ある鬼狩りの葛藤   作:clearflag

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第09話 命の価値

1

 その日の夜、玲士(れいし)は、繁華街へと赴いた。昼間のひったくりが口走った言葉が忘れられなかったからだ。

 蒼白の顔と共に、男は言った──『俺は、喰われるんだ』と。

 飲み屋の呼び込みをことごとく無視し、行く当てもなく、ただ歩く。立ち並ぶ屋台からは、男たちの陽気な声が聞こえ、両親に挟まれる形で手を繋ぐ、幼子の楽しそうな顔とすれ違う。

 行き交う人の足元を街灯が淡く照らし出し、影が、玲士の後を追った。そんな影を横目に、自分は確かに、ここに居るはずなのに、何故か周囲が別の世界のように思えた。

 

(いや、違うのは俺か)

 

 ふと足を止め、路地裏へと入った。地面の土はデコボコで、舗装路と呼ぶにはほど遠い。おまけに薄暗く、頼りになるのは、中が見えない怪し気な店や民家から漏れる光だけだ。

 時おり、ひと目を避けるようにして、若い男女が愛を育む姿が視界に入った。巷では、恋愛結婚と言う言葉を耳にするようになったが、それはただの憧れの幻想に過ぎず、多くは親の決めた相手と見合いをし、婚姻に至ることがほとんどだった。

 玲士は、気に留めることもなく、ただ歩く。

 

(思い過ごしなら、良いけど)

 

 上野に滞在し、数日が経過していたが、鬼の気配を感じたことはなかった。最後に鬼を斬ったのは、二週間前の横浜。港を持つ横浜は、外国人が多く住む場所で、仮に海の向こうから持ち込まれた宗教だったらと考えたが、何も得られなかった。その前には、上弦の弐・童磨と対峙した寺院を調べに足を運んだが、痕跡は何一つ残されていなかった。隠が処理をしてしまったのだろう。

 繁華街の外れまで来た時だった。玲士は、見覚えのある姿に息を飲んだ。

 

(鬼殺、隊)

 

 黒の詰め襟のある隊服。羽織を着ているが、腰に刀を隠し持っているのが、遠目からでも分かった。無意識のうちに彼らの後を追っていた。

 ある洋風の建物の前で止まると、入口に立つスーツ姿の男と何やら言葉を交わし、中へと消えて行った。近くまで寄ってみると、入口前に、奇術劇と書かれた板が立掛けられていた。

 

「すいません、今から見られますか?」

 

 玲士は、看板を指差す。

 

「こちらの公演は、関係者のみの販売となっております。申し訳ありませんが、お引取り下さい」

 

 スーツの男は、淡々と述べると、軽く頭を下げた。無機質な目が早く帰れと言っている。しかし、鬼殺隊がここに居ると分かった以上、引き下がることは出来ない。鬼の居る可能性が高い。

 

「──ワシの連れや」

 

 しゃがれた声が、割って入った。何処からともなく現れた中年男──昼間、玲士の腹部に蹴りを放った男は、しわくちゃの二枚の券を右手でプラプラさせながら、近付いて来た。

 券を受け取ったスーツの男は、ジッと券を見つめた後、重い扉を開き「そのまま階段をお降り下さい」と、先の見えない暗がりに手を添えた。

 促されたまま、電球がぶら下がる階段を降りて行く。そして、玲士の読みが確信となる。階段を一段降りる毎に、空気が揺らいで行き、人ではない呼吸の流れ持つ何かが居ることを、肌にひしひしと感じていた。

 

「これでチャラやな」 

「あの、ここ何なんですか?」

 

 男は、足を止めた。

 

「知らんと来たんか?」

「知り合いが入って行くのを見まして」 

 

 男は眉を潜め、薄ら笑いを浮かべた。

 

「闘技場や。──金と命を天秤に掛けたな」

 

 

2

 階段を降りきると、劇場と呼ぶに相応しい広さの空間が迎えた。中央に舞台を構え、舞台を囲む形で、四方に渡って長椅子が置かれている。後ろの席の人が見やすいよう、床に傾斜が付き、舞台から離れるつれて、せり上がって行く作りで、二人は、その一番高い場所に立っていた。

 

「あまり、居ないですね・・・・・・」

 

 玲士は、辺りを見回す。百人や二百人は、優に収容が出来そうな広さだが、席の埋まりは芳しくなく、ガランとした印象を受ける。 

 

「ああ。決闘は、そんなにけぇへん」

 

 男の後を追い、券に書かれた席に腰を下ろす。舞台から比較的近く、良席だった。

 

「決闘以外にも何かやってるんですか?」

 

 玲士の言葉に、男は、溜め息を付く。

 

「入口に書いてあったやろう。普段は、正真正銘の奇術劇や。子供から年寄りまで、あちこちから、ようさん見に来るで」

「ひと目が付く場所で、大丈夫なんですか?」

「お上の黙認やからな」

「黙認、ですか・・・・・・」

 

 男は、教えてくれた。決闘の参加者の多くは、借金を抱え、金に困っていると。

 貸し手が、借り手から可能な限りの金を巻き上げ、絞り取れなくなったところで、借り手を劇場に売り飛ばすらしい。簡単に言えば、人身売買だ。そして、劇場は、参加者同士の殺し合いを、賭け事や娯楽の場として、社会的権力者に提供をしているとのことだ。

 黙認なのを良いことに、チンピラや一部の警察関係者に向けて、観戦券の販売も行っていた。

 

「ワシは、知り合いから譲ってもろた口や」

 

 説明を聞けば聞くほど、男と知り合いとやらの素性が気になるところだが、今は、重要ではない。玲士の視線は、斜め右。隣のブロックに座る、鬼殺隊の隊服に身を包む三人の隊士へ向けられる。

 

(動きに変わった様子はないか)

 

 考えている内に客席の照明が落とされた。照明の残された舞台上へ観衆の意識が流れる。

 選手の登場に、歓声と拍手が沸き起こる。現れたのは、昼間のひったくり。そして、対するのは、鬼殺隊の隊士だった。玲士と差ほど変わらない年であろう青年。

 同じ人間同士でも、これでは話にならない。止めなければと思い、席を立ち上がろうとした瞬間、空気が揺らぐ──男が隣で、「今日も、来よったな」とあくび混じりに声を漏らした。

 今さっき来たのであろう。舞台を挟んだ反対側の客席、暗がりの中で、周囲の人間と挨拶を交わす人の姿。外套を羽織り、紳士然とした風貌で、不敵な笑みを浮かべている。形こそ人だが、間違いなく鬼だった。

 

「今、座った奴、この劇場の支配人や」

 

 顔を正面に向けたまま、男はボソり呟く。

 

(鬼だ、間違いない)

 

 その頃、客席の照明が落ちたのと同時に、動いたと思われる、羽織の内に刀を隠した三人の隊士が、忍び足で、鬼へ距離を詰めていた。

 舞台上の二人が逃げられないよう、出入口が封鎖された音と共に、鬼は、右手を高く掲げると、指を鳴らした。パチンと音が響いた直後、世界が止まった(・・・・・・・)。 

 

「!?」 

 

 突然、音が消えた。周りの人間の動きが止まったのだ。動くことの出来た、玲士と舞台上の隊士は、頭を振り辺りを見回す。

 

「一体、何が・・・・・・」

 

 隣の男は、石のように固まっていた。

 

「──ようこそ、私の世界へ」

 

 鬼の右手には、あの三人の隊士の一人と思われる男の襟が掴まれ、引きずりながら傾斜を降りて来た。肩から先が装甲のようなもので覆われ、手は、長く鋭い刀が三叉の爪となっている。背後には、擦った血の跡が残っていた。

 

「選手として舞台に上がり目を引き、その間に私の頸を狙おうとしたのは、評価しましょう。観客席の仲間に合図も出しやすい」

 

 一見、物腰の柔らかい話し方をするが、まるで、感情が込められていない。ふと、顔を持ち上がると、玲士に微笑みかけた。

 

「良く気付きましたね。貴方も鬼狩りですか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 息を飲む。玲士は、刀を鞘から抜き構えた。鬼は、十二鬼月ではない。だが、折れた刀の剣士以上の力を感じる。額から一筋の汗が流れ、緊張が高まる。

 

「良い表情です。正しく相手の力を把握し、どうすれば、勝利の方程式を組めるのかを思考する。本当に、厄介なのは貴方のような人間ですよ」

「・・・・・・他の人はどうした?」

「心配は入りません。ちゃんと、あちら側に居ますよ。私の世界は、現実世界と少しズレた位置にあるんです。非日常を娯楽として、お届けするのが、この劇場の役割でもありますからね」

 

 鬼の態度に、隊士は苛立ちを募らせる。

 

「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇよ!! テメェの相手は、俺だろ!?」

「ずいぶんと短気な方です。人間も鬼も完璧な存在ではありませんが──貴方の場合、能力以前に人間性に問題がありそうだ」

「あぁっ!?」 

 

 隊士の首飾りが揺れた。小ぶりの勾玉に穴を明け、二重にした紐を穴に通す形で下げていた。

 

「仲間も周囲の人間を心配せず、自分のことばかり。ずっと、お仲間を睨んでいたでしょう? とは言え、あの三人は周りの人間を庇ったが故に、あっけなく死んだわけですし、実際は、何が正解かなんて分かりませんけどね」

 

 玲士は、隊士の背後に立ち、声を掛ける。

 

「加勢します」

「部外者は黙ってろ!!」

 

 隊士は吠える。協力する素振りはなく、「俺一人に舞台へ上がる役を押し付けたからだ」と、唇を噛むと、刀を振りかざし、鬼に走り向かって行った。

 

「待って下さい!!」

 

 鳴り止まない衝突音。隊士は、刀を止めることなく、呼吸を連続で繰り出して行く。鬼は、防戦一方だが、表情を崩すことなく、何処か楽しんでいるようだった。

 

「壱の型はないんですか?」

 

 鬼の問に隊士の目が一瞬、見開かれた。

 

「稲魂!!」

 

 雷の呼吸の高速五連撃は、鬼の右腕によって防がれた。装甲は固く、徐々に隊士が力に押されて行く。鬼が爪を水平に振りかぶった寸前に、玲士は、両者の間に飛び込んだ。隊士が斬られると思ったからだ。

 

「──雨打(あまう)ち」

 

 しかし、攻撃は完全には回避出来ず、二人は、客席に飛ばされた。受け身を取り、玲士は、起き上がると隊士に声を掛ける。

 

「大丈夫ですか!?」

「・・・・・・余計なことするじゃんねぇ」

 

 肩で息をする隊士が玲士を見ることはない。

 

「お喋りとは余裕ですね」

 

 舞台から飛び上がり、二人を目掛けて鬼は爪を頭上から振り下ろした。玲士と隊士は、二手に分かれ、即座に間合いを取る。席は爆散し、足元にクレーターのような窪みが出来ていた。

 

「──逃がしません」

 

 鬼は、体を捻り孤を描くようにして、腕を振り抜く。鋭い突風が、二人を襲う。三人の隊士を殺した技だ。

 

(避けきれるか、いや)

 

 重心を後ろから前に移動し、足を前に踏み出す。劇場の傾斜を利用し、攻撃の下に滑り込んだ。

 

❲────(あお)の呼吸、肆ノ型)

 

(のぼ)(りゅう)!!」

 

 鬼の懐へと飛び込むと、低い姿勢から飛び上がるの同時に、刀を下方から振り上げた。刃は、頸を捉えるも、爪に防がれて、芯から僅かにズレる。

 

(駄目だ、足りない)

 

 頭上に高く飛び上がった玲士を、爪が追った。人間は、宙の上で、思うように動くのは困難である。回避しようと何とか構えを戻そうとした時、隊士の声が響く。

 

「雷の呼吸、伍ノ型──」

 

 隊士の上半身には、肩から下腹にかけ三本の爪痕があった。黒の隊服の上からでも分かる出血の多さだったが、刀を振るったのだ。

 

熱界雷(ねっかいらい)!!!!」

 

 上方へ体勢を取っていた鬼は、下方から攻撃に追い付けない。腕を頸の前で交差させ、完全な防御の姿勢。玲士に対し、背後を向けた鬼の頸はガラ空きだった。

 

(────青の呼吸、壱ノ型)

 

青天落(せいてんお)とし!!」

 

 体勢を崩しながらも、鬼の頸に目掛けて、刀を下ろした。鬼の頸が飛び、次第に体は崩れて行く。消え行く鬼の視線と玲士はぶつかった。

 

「あの距離をあえて詰めるとは面白い選択でしたよ」

 

 一時の間を置き、玲士は鬼をチラリと見やる。

 

「何故、劇場(ここ)を作った?」

「金と権力に踊らされる人間の姿が滑稽だったから──」

 

 そう、表情のない顔で答えると、口角を上げ、「後は忘れました。大分、昔のことなので」と付け加える。消える寸前の瞳は、何かを訴えるような色を持っていた。

 

 

3

 鬼が灰となり、完全に消えたのと同時だった。何事もなかったかのように、世界は動き出した。歓声が溢れ出し、元の活気を取り戻す。

 

「元に、戻った?」

 

 玲士が、支える形で、隊士の腕を自身の肩へと回したところだった。客席では、「人が死んでいるぞ!!」と悲鳴が上がった。「参加者なのか」と戸惑う声に、「どう言うことだ」と不気味がる人たちの会話。誰一人として、心配をすることなく、自分は無関係である、そう思いたいのか一人、また一人と席を立つ。

 その姿に、死んだ三人が守った命は、なんだったのだろうか──内から、ふつふつと湧き出る気持ちに、玲士は苛立ちを覚えた。

 

「お前は、先には出ろ」

 

 顎をしゃくった隊士の先には、鴉と黒子姿の隠だった。恐らく、外で待機をしていたのだろう。

 

「すいません」

 

 隊士を残し、ひと目を避けるようにし、劇場を後にする。

 

「──アンタ、何者や!?」

 

 大声に振り返ると、息を上げた男の姿。そう言えば、何も告げずに出て行ったことに、玲士は、今更ながらに気付く。男は、口早に続けた。

 

「一体、何を知っとるん? あそこには何が」

 

 男は、口元を抑え、咳き込んだ。

 

「鬼が居ました。だから、俺は斬りに来たんです」

「鬼? じゃあ、死体が見つからへん噂は・・・・・・」 

「噂は知りませんが、鬼が喰べたと考えるのが妥当かと」

 

 玲士は、姿勢良く一礼をすると、再び歩き出す。

 

「・・・・・・ワシは記者や。いつか全部、明るみにするからな!!」

 

 小さくなって行く背中に、男は、叫んだ。




東衛玲士
鬼狩りの家の人間として、教えを受け育つ。しかし、自身が一般社会から乖離して行くことの喪失感は大きかったようである。鬼殺隊入隊前は、学校に通っており、世間一般で言う日常に触れた生活を送っていた影響もあるだろう。
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