執筆の遅さやら、色々反省すべきことはありますが、とりあえず本作をお楽しみいただけたら嬉しいです。申し訳ございませんでした。
なお、閑話にするべきか悩みましたが、完結編的なノリでこの話は本編にしています。
推敲一回のみです。
「スリープさぁぁぁん!」
男の低い潤んだ声が飛んでくる。街は既に青い空を取り戻し、魔術師達が復興を始めている。街の外見上はもう数時間前の崩壊が無かったかのように消え失せて、通りを歩く民衆の顔も笑顔になっている。
通路の端、足元に残る植物の残骸だけが、少し前の事件の名残としての存在を主張していた。
そんな中、なんか粘液まみれの樹少年が駆け寄ってきた。震えながら両手を広げている。
不安定な足元であろう彼は、しかしバランスを崩す事なく地に足を付けている。おそらくだが、乗り物関係か地面、液体に関する従魔を召喚している可能性が見て取れる。
「もう二度と会えないのかと思って……俺達皆死ぬかと……」
「おーけい、気持ちは分かった。それ以上近寄るんじゃないぞ。俺は男とぬるぬるプロレスなんかやりたくないんだ」
そばに寄ってきた樹少年を牽制する。
感動の再開のようなシーンなのかもしれないが、エロゲの凌辱後みたいな様相だと、流石に嫌な気持ちが前面に出る。
ローションプレイは嫌いじゃないが男同士となれば話は別だ。
「これは、ちょっと事情があったんすよ。あ、俺変わった従魔を入手したんで、それについても相談があります!」
「要件は分かった。ところで、アヤナ達とは会わなかった?」
「アヤナちゃんっすか? 見てないっすけど」
「じゃあ、とりあえず探しに行くか。街からさっさと出るよ」
宿なりなんなりで身体を綺麗にしたいであろう樹少年には悪いが、不穏な雰囲気で黙り込む柊菜の様子を見れば早めに街から離れた方がいいだろう。
衝動のままに街の住民を虐殺しても俺は驚かないね。
「…………あれ、何したんすか? またセクハラでもしたんじゃ?」
「別にそういうんじゃないわよ。ただ気分が悪くなるような事があっただけ。ほら、水かけてあげるから来なさい」
樹少年の疑問はミルミルが濁し気味に答えてくれる。そのまま魔術で水をぶっかけて樹少年を洗い流し、温風を当てて乾かす。
「最近はなんか悩むこと多いんすよね。新田さん」
「元々悩んだり焦っているような雰囲気だったけど?」
「あー……。そっちは多分もう吹っ切れたと思うっていうか……」
非常に言いにくそうに濁しまくる樹少年。
「まあ、俺も同じようなことあったんで、気持ちは分からなくもないっていうか。そっちは気にしなくてもいいんすよ。ってか、スリープさんってこれからどうするつもりなんすか?」
「それについても話し合う必要があったね。この場にいない里香についても言っておくことがあるし」
結局のところ、俺達がやるべきことは、原作をなぞっていき、この世界から脱出することだ。
向こうも同じように動いているのだろうが、同時に、世界ごと崩壊させるつもりなのだろう。高レア従魔による世界移動を成し遂げるつもりなのか、ゲーム通りの大穴による移動にするのかは不明だが。
まあ、相手方の動きから、この世界でやるべきことは回れるところ回って、石を回収していくだけである。サブクエも消化して、リミテッド従魔の召喚を可能にする必要もある。ストーリーも自動入手は残すところあと一人、メイド系悪魔美少女のみだ。
問題は、ここまである程度原作乖離しているのに、彼女は完成しているのだろうかという点だ。早めに確認したいのだが、人間の疑似従魔化現象についてそこまで知られていない状態なので、いないような気がする。やはりここは、一度時間を置いて次に向かうべきだろう。
それ以外は、別に今やる必要はないかな。
「流れとして、里香の回収ついでに、ヴエルノーズから東方面の街でのサブクエ処理。里香を回収したら西を済ませる。かな」
「なんというか、なかなか全員が揃わないっすね……」
「そんなもんだよ」
樹少年と並びながら街を出ると、ノーソに絡み付かれているアヤナがいた。
単純なステータスで言えば、アヤナの方が強いはずなのだが。レベル差だろうか、引き剥がすことができないようだ。
アヤナはこれまで一人旅をしているキャラなのに付いてきているので、実戦経験が不足気味なのだろう。
「離しなさいよ! もう結界も無くなったでしょ!?」
「いいえ! 未だにリコールが入らないのでダメです! 私達、リコールが入ったら動いて良いですよ!」
「それじゃあ私だけ迷子になるっつうの!」
「戻ったよ」
「あるじさまぁ!」
声をかけた瞬間にノーソがアヤナから離れて駆け寄る。しかし、抱き着く直前に何かに気付いて立ち止まった。
表情がみるみるうちに怒りへ染まっていく。
「体内から他の女の匂いがする……っ!」
「それはもう本人の匂いでは?」
樹少年がツッコミを入れる。
「ちょっと中に入れてたからね」
「体内にすか!?」
カニバリズムの気配に樹少年の肌が粟立つ。そこに、トラスを抱えたエンドソーマが戻ってくる。
「マスター、今戻りました!」
「えっっっっっっ! でっっっっっっ!」
「あー! マスターそんなのに見とれちゃだめー!」
動く度にサイズ感の合わないシスター服が悲鳴をあげる。小脇に抱えられたトラスの顔に質量がぶつかりトラスの眉が顰む。
風船の如き大きさと丸みを帯びたそれは、サイズに見合わないような柔らかさで跳ねる。擬音で言えばバルンバルンとでも表現しそうだ。
これまでに無い外来種の到来。黒船来航の如き威容に目を奪われた樹少年に、小さな相棒が首を捻って物理的に視界を外した。
音がなる首。
「ん”ッ”!?」
──楽園かな?
泡を噴いた樹少年に、回復スキルのエフェクトがかかる。回復系従魔を手に入れたのか。と発動者を探すと、ぬるぬるした感じの幸薄そうな美少女が出てきた。
俺の感覚ではただの女の子にしか見えないが、従魔側の感覚では彼女が従魔であることを示している。
それにしても見覚えのない従魔だな。
金髪碧眼の美少女にしか見えない少女だが、NPCならともかく、従魔だという感覚においては特徴が無さすぎる。足があるから死種の幽霊系統ではないだろう。機種にしてはこだわりが見えない。
龍や獣、虫でもない。擬態を考えるなら虫やむしろ小さい生物の集合体か?
「あ、ありがとうっす……シルキュリア」
「気にしないでいいよ〜」
復活した樹少年が少女の名前を呼ぶ。その瞬間に脳内で情報が蘇る。
「──へえ、わかったんだ。いや、偶然かな?」
アレは名前が正しいなら、四章ボスキャラだ。それを何かの偶然で樹少年の手持ち従魔にしたのだろう。
従魔の仕組みに気付いたということか。
従魔は多くの場合、殺せば召喚枠に入る。本当は違うのだが、それを利用すれば特定の存在を従魔に加えられるということになる。
例外的な手法だが、これを使えば特定の存在を助けることができる。
ゲームでは、ミルミルがその例になった。
俺は、この仕組みを利用して、一つ計画を立てている。不可能にも等しいことだが、まあ検証みたいなものだ。
だが、樹少年がそれを成し遂げたということは、驚きでもあり、予想通りでもある。
「……へ?」
「いや、なんでもないよ。相談っていうのは彼女のことでしょ?」
「おお、わかるっすか。随分特殊な事情でシルキュリアとは縁ができたんすよ」
「まあ、従魔としては見たこと無かったからね」
コンプ勢だった自分としては、非常に欲しくなってしまう。流石に強制無課金な今は、出るまで回すことはできないのだが。
「それで? トラス、ちゃんと捕まえてきたか?」
樹少年から視線を外し、エンドソーマに抱えられたトラスを見る。言葉を発する事はなかったが、しっかりと目を見つめ返してトラスは頷いた。
次の瞬間、トラスを苗床に植物が芽吹いた。
「うわあああぁぁぁーーー!?」
樹少年の絶叫が響く。周囲に生き物の気配は無いけれど、そうやって存在を主張するのはやめたほうがいいと思う。
植物はトラスの口から伸びていき、低速度撮影のような早送りでにょきにょきと伸びていく。花が咲き、枯れて、実をつける。
「地味にグロいね。俺も端から見ればあんな感じだったんだろうか」
「なんだか恥ずかしいですね……っ!」
照れたようにはにかむエンドソーマ。幅広い感性にある程度の理解を示せると考えている俺だが、やはり本物相手には敵わない。理解はできても、同じ感性を持つわけじゃないから、価値観や感情の発露までは再現できないのだ。
実が熟し、ぽとりと落ちた瞬間に、種が再び、しかし今度は更に素早く形を作っていく。
根を張り、花を開き、花弁から先が少女の形を取る。
しっかりと太ももから上が女の子であるので、樹少年がゴクリと息を飲む音まで聞こえてくる。そして、再び何かが折れた。
そうして花開いた少女が、祈るように手を組んだ姿勢で完成する。
ゆっくりと開かれた目は、期待と失望。そして僅かな喜色で染まっていた。
「【花開くデンドロ】やっと、また会えたね!」
入手台詞を吐いて微笑んだ彼女は、素早く触手を伸ばし、エンドソーマからトラスを奪い取った。もちろん、先程の台詞も俺達に向けている訳じゃない。
一人の女の子を産み落としたトラスは息も絶え絶えに辛そうにしている。
そんなトラスを抱え込むと、バクリと花弁を閉じて彼女は引きこもり始めた。
「え……ちょ……!? 苗床の次は丸呑みっすか!?」
「定番はワーム系だけど、結構植物タイプもあるよね」
「言ってる場合!? ノーソもそこの色々デカい女も手伝って!」
「「嫌ですぅ」」
「ほんっとに言う事聞かない女ばっかりね! ミルミル! ちょっと来て!」
「従魔なら召喚士に危害は加えられないし、少し待ってみるのもありよ?」
「……仕方ない。二人共、手伝ってきてあげて」
アヤナの号令に我が純正ヒトガタメンバーは拒絶を示し、ミルミルがあれこれ言いながらも手を貸しに前へ出る。俺も、アヤナには拒絶を示した二人を出動させる。それを見て、ますますアヤナがつまらなさそうに口を曲げた。
ちなみに、こういう時は緊急時の救助としてラインクレストか、大地系列の王として統制をウィードに求めるのが正解である。好感度が足りている必要があるが。
「──スリープさん?」
「ひえっ」
冷え切った声が背後から投げ掛けられる。樹少年を巻き添えにしたせいで彼が姿勢を正してビビりまくっている。
後ろからゆっくりと後ろを歩いていた柊菜が、真後ろに立っていた。瞳に感情が乗っていない。
「騙していたんですか? それとも、偶然だと言うんですか? あの戦いもやり取りも全て茶番でしかなかったと?」
「騙すも何も、最初から俺はこうすると決めていただけだよ」
従魔を増やしていくってね。
それだけ答えると、柊菜は再び沈黙し、考え込むようになった。既に視界に俺達が入っている様子はない。
「だ、大丈夫なんすか?」
「さあ?」
そもそも柊菜が何を考えているのかすら聞いていない。俺と柊菜では考えも視点もやりたいことも違う。
「まあ、これが原因で余計にこじれようがさ、所詮は大きな一つの流れの中のほんの一瞬でしかないんだよ」
「その瞬間こそが尊いのだから大事にしろって話でもありそうっすね」
「正解」
万物は流転しやがて全てが壊れる。ならばこそ、その流れの瞬間を大切にするのもそうだ。
とはいえ、視点を遠過ぎず近過ぎない程度に寄せて考えれば、また別の答えも出てくる。
花が枯れて、季節が巡れば再び花開くように。
どれだけ複雑に絡み合った植物でも、冬になり、切り倒されれば、やがて再びそこから芽を出すように。
一度壊れればまた一からやり直すこともできなくはないのだ。人間関係がそう上手くいく訳では無いが。
今は劣悪な関係性かもしれないが、この世界を見て、柊菜がどんな答えを出すのか。最終的にどんな考えに至るのか。
その時は、もしかしたら手を取り合う可能性がある事だって確かなのだ。そう考えれば仲良くするべきだが、そもそも俺の目的や行動は理解されない可能性が高いからな。
じゃあどうするかといえば、甘やかす訳にもいかないから、これでいいんだよ。今すぐ殺し合いにならないし、最低限元の世界には帰すつもりではあるのだから。
「…………なんか良いこと言って誤魔化してないっすか?」
「ぶっちゃけそこまで興味無いからね」
「……新田さーん! 後で俺達とスリープさんで模擬戦でもやりましょう!」
樹少年が俺から離れて柊菜の味方に付いてしまった。
まあ、召喚士なんて基本そんなものだ。人と相容れず孤独。それが本来の姿である。
俺達が向き合うべきは従魔だ。
いつの間にか近寄ってきた罪罰とラインクレストが寄り添うように立つ。それを見て、エンドソーマとノーソが駆け寄ってくる。
素早く背中を這い上がってきたウィードに声をかける。
「元気にしてた?」
「グルル……」
ウィードは不機嫌そうに喉を鳴らす。頭の上にいたシルクを掴むと、ぺっとエンドソーマに押し付けた。
デンドロの閉じていた花が開くと、中から出てきたトラスの頭のてっぺんに、デンドロとお揃いの花が飾られていた。
「とりあえず、地脈は断ち切っておいた。これでこの街で再び実験を繰り返すほどの力は発揮できないだろう」
「それはよかった」
ウィードの言葉を聞いて大きく頷きを返す。これで安心して街を離れられる。既に必要量の産出は済んでいるのかも知れないが、これ以上の敵を生み出せないようになった。こうなればデンドロが追われることもないだろう。
結局のところ、トラスは間に合わなかったようだ。後で召喚するつもりだったのかどうかは分からないが、口から寄生による復活をさせている辺りで、そこは確認できた。
ではなぜデンドロが復活しているのか。それは単純に保険を用意していただけだ。なにも特別なことはしていない。
お腹の中にあった重みのある果実がゆっくりと溶けて軽くなっていく。
戦闘中に寄生復活されるのだけが恐ろしかった。保険として自分とトラスの両者が好感度を稼いだのだが、トラスの方がいいということなのだろう。俺の食べた保険は役目を終えたようだ。
後は、道の途中で召喚に成功させればいい。
デンドロが街に向かって手を振る。誰かが見送りでもしていたのだろうかと振り返るも、誰もいない。
遠くに見える街中は、既にすっかり綺麗になっていた。