なんとか書き上げました。推敲不足で、個人的には文がとっ散らかっている気がしてなりません。
気が向いたら手直しします。
穏やかな昼下り。波は穏やかで、昇った日は心地良い暖かさを伝えてくる。爽気を孕んだ風が帆を張り、左手に見える大陸に沿って進んでいく。
甲板の上では、男女二人が並び立ち、こちらを向いていた。彼らの前には、幾度の死線を乗り越えて来た風格漂う戦士達がいる。小さな妖精、朱い悪魔のような風貌の剣士、狼少女、そして、触手を空間から滲ませる女の子。
対して、こちらには黒い衣服に身を包み、周囲へと紫色の瘴気を立ち昇らせた女性と、その女性に距離を取りながらも手に持ったロッドステッキを構えたシスター服の女性がいる。
数の上ではあちらが有利であるというのに、一向に攻めてくる気配がない。
焦れたので、追加で召喚を行うことにする。
「来ないなら、制限時間でも付けようか『コール』」
指を鳴らすと、龍種の上位種である幼い女の子が現れる。かつては一桁年齢の幼女といった姿であったが、今は戦闘中というのもあって、外見は一凸後の中学生くらいの年齢を思わせる姿だ。
「そっちにウィードへの有効な打点を持つ従魔がいないのは分かってるよ。ほら、動き出す前に片付けないと!」
「わ、分かってるっすよ! シーちゃん、ファイア!」
「りょーかいだよ!」
「チェリー、先にエンドソーマさんの方を片付けて! エーくんはノーソさんとの合流を阻止して!」
ようやく樹少年と柊菜が指示を出す。
俊敏性が一番高いチェリーミートが、エンドソーマへと突撃する。立ち止まることなく振るわれる爪に、エンドソーマが悲鳴を上げた。
「きゃー!?」
「ガァァ!」
思い切り目を瞑ってロッドステッキで受け止めようとしているが、そんな隙だらけの行動をチェリーはあっさりと見切り、杖を爪で弾き上げ、空いた腹へ蹴りをぶち込んだ。
まあ、レベル差も大きいからなぁ。それにしたって戦闘向きじゃない心構えだとしか思えないが。
街では彼女が唯一の操作キャラクターだったのでほとんど張り付きで使用していたが、元々立ち位置としてはヒーラーでしかない。ヒーラーはタイミング見てスキルかアビリティのヒール打つのが基本的な仕事なので、今後彼女が街で使ったような戦い方をすることはほとんど無いだろう。
最低限のケアとして、吹き飛ばされたエンドソーマを操作して着地する。
「うぅ……目が回ります」
感覚が同期されたこちらにも、エンドソーマが目を回している状態だということが伝わってくる。揺れる視界は、こちらの感覚も狂わせるノイズとなるので、とりあえず戦闘に復帰するのは時間がかかると判断して、感覚同期対象としての接続を切った。
そして、今まで同期接続をしてこなかったノーソへと繋ぎ合わせる。
「ふおお! 主様と繋がってきているのを感じます!」
同期接続した瞬間にハイテンションになるノーソ。こちらは先程からエンドロッカスからの攻撃や、ピクシーからの遠距離魔法を打ち込まれているのだが、特に被害が出ていない。
純粋なレベル差が出ている。死種は型が決まっているステータス構成をしており、死体側のノーソは物理方面に強い配分値になっている。
とはいえ、アビリティ構成と合わせれば、タンクにもファイターにも成れない中途半端なのだが。
ノーソのアビリティは、接近すること自体が状態異常を引き起こすような条件になっている。前衛のエンドロッカスはレベルが低く、被害を抑えてノーソを倒せるだけの火力がない。ピクシーなど他の従魔も同様だ。だからこそ手を出せていないのだろう。
これは柊菜の優柔不断さか、エンドロッカスの戦闘経験か。どちらにせよ、被害を無視して短期決戦で挑まない限り、勝ち目はない。
「ほらほらぁ! どうしたんですか!? 私を抑えないといけないのに近寄ることもできないんですか!? やーい! ざぁーこ、ざぁーこ!」
調子に乗って煽りまくるノーソ。煽りも戦術の一つなので、うまく使う分には良いのだが、マナーとしては最悪である。
「エーくん! 【叩きつける】!」
柊菜がエンドロッカスのスキルを発動する。地面に触手が生えてきた。
影がノーソを覆う。文字通りの叩きつけるような一撃が襲いかかる。範囲スキルなので躱せる攻撃だが、ノーソでは移動速度が足りていない。見事に直撃し、ノーソの体が無防備に宙へ浮き上がる。
ノックアップだ。
行動妨害が入る直前で、こちらもノーソの所持スキルである【毒霧】によって状態異常は押し付けた。しかし、生まれた隙を見逃すほど、彼らも成長がない訳じゃない。
「チェリー!」
「シーちゃん!」
それぞれが自身の従魔へと声をかける。ピクシーは遠くから魔法スキルを放ち、チェリーは地を猛禽の如き速度で駆けて、ノーソへと肉薄する。
「っ!?」
だからこそ、チェリーだけが確認できたのだろう。ノーソの視界では、驚愕に顔を染めた彼女が見えた。見開かれた瞳には、ニヤァ……とまるで獲物をいたぶるような嗜虐的なノーソが映っていた。
「【死体爆破】」
ノーソの新しく解放されたアビリティが発動する。同名の状態異常スタックを相手に与えるパッシブ効果があり、相手が死亡。もしくはアビリティを発動するとスタック分の腐蝕と混沌、死の混合属性ダメージを与える。
これはバランス調整によって上方修正が入ったノーソのアビリティだ。現状、彼らにこれを防ぐ耐性を持っている従魔も、スタック解消スキルも持っていないのは確実だ。
「時間をかけてこちらの様子を窺っていたのが、負けた原因ですよ」
遠くへ離れていようが、受けたスタックを解放する分の射程は無限だ。
これだけで相手を全滅させられるほどのダメージは与えられていないが、数手で詰みになる状態まで持っていけた。
エンドソーマも復帰しており、ノーソが受けたダメージを回復する。
「…………終了だね」
「かぁー! きっつい! 勝てねー!」
こちらが宣言すると、即座に樹少年が船の上で尻餅をついて空を見上げた。彼の手持ちであるヒーラー達が慌ただしく味方へ回復を打っていく。
エンドソーマに指示を出して、回復作業の手伝いを任せることにした。
「これから向かう場所は、基本的にどこも相手が占領した土地だと考えた方がいいよ」
「これでもある程度場数は踏んできたと思ったんすけどねぇ……」
樹少年がぼやく。
「…………いや、そもそも正面きって戦うことは避けてきてたっすね」
「自分が不利なら潔く引く。基本ができてるってことだよ」
「でも、この先は戦えるだけの実力が欲しいっすよね」
樹少年の表情が暗い。まあ、彼の手持ちは回復や補助が多く、前衛ができる従魔が少ないから仕方がない。
「……スリープさんって、俺みたいな手持ちだったら、どんな戦い方をするんすか?」
「ピクシーを攻撃速度バフ積んで遠距離物理アタッカーにするかな。まあ、ネタにしかならないけど」
「もうちょい現実的なレベルで欲しいっす」
「うーん……。ピクシー、オセアン、リビングエッジ、あとはよくわからないシルキュリアだからなぁ。オセアンをタンクにして、回復連打で壁はできるけど、火力がなぁ。行動妨害やデバフが無いからリビングエッジが使えないし」
ボスと同じ性能になるのなら、シルキュリアをエースにした要塞型パーティーを組むかな。地獄属性の回復攻撃持っているし。
「まあ、手持ち増やして耐久性高い従魔か高火力高機動の従魔を持ったほうがいいと思うよ」
「それができればいいんすけどね……。ってか、スリープさんの従魔ってかなり厄介っすよね。たしか、時間経過で動いてしまうウィードちゃんに、短期決戦じゃないと痛手を負うノーソちゃん。しかも、回復のエンドソーマちゃんもいるんすよね。で、サポートに……名前の知らない青い娘がいる。バランス良いっすね」
「【ヘドニズムのリリィ】だね。まあ、対人スタンスが敵対的だから名前知らないのも仕方がないけど」
性能はどうであれ、バフデバフで有利を取ってエースに繋ぐという基本を貫いているからな。
樹少年と話をしていると、横からミルミルとアヤナが入ってきた。王国へ戻ったと思われる里香との通信をしていたアヤナが口を開いた。
「連絡付いたわよ!」
「おぉ! それで、どこにいるんすか?」
「既に王国を出て陸路でヴエルノーズへ向かっているって。で、肝心のヴエルノーズが東西を分断する関所みたいになっているから、どうにかそこで回収してほしいらしいわ」
「じゃあやっぱり、戻らないと行けないんすね……」
樹少年が憂鬱そうだ。それを無視して、ミルミルが俺へと顔を向ける。
「それで、柊菜のメンタルケアは済んだのかしらっ?」
「え、俺?」
「逆にこの中で一番大人である迷い子が先導しなきゃ誰があの子を助けられるのよっ!?」
「……人を示す指標っていうのは、その人が持つ外的ステータスよりも、何をしてきたかとか、どう行動するかで評価するべきだよ」
そういう意味では、自分ほど評価に値しない人間はいないと思うのだが。
「じゃあ、これからそういう振る舞いをすることね!」
押し切られるように、戦闘後も考え込む様子を見せる柊菜の係を押し付けられてしまった。
・・・・・
船尾のデッキの手すりに寄りかかり、進むことで作られる泡を眺めるように柊菜は俯いていた。
人一人分の隙間を開けて、隣へと立つ。こういう時、下手に声をかけるよりも、相手のアプローチを待ったほうが無難だと、俺は考えている。
そもそも、慰めたりだとかするような間柄ではない。やはり人選ミスなのでは?
「スリープさん。みんながみんな、幸せに生きられる世界って、有り得るのでしょうか?」
ずいぶん壮大な事で悩んでいるようだ。
「……少し前までは、私は早く帰りたいという気持ちでいっぱいでした。学業だって遅れちゃうし、普通のレールから外れるのが、とても恐ろしかったです。ですが、もうそこそこの時間が過ぎちゃいましたし、ただ焦っていても何もできないなって思って。それからは、今後に向けて色々学べていけたらって考えたんです。ちょっとした、海外旅行みたいな……」
「うん」
「私、地球にいた時はうっすらとしか考えていませんでしたが、より良い世界にしたいって、思うんです。初の人権を認められたAI【プログラム・イブ】って知ってますよね。私が幼い時に、彼女が人権を認められた映像をリアルタイムで見てたんです。それに私、感動しちゃって……。それで、AIが認められるような世界って、なんか、いいなって、思うようになったんです」
柊菜は、こちらを見ず、独白するように語り続けている。
「だけど、まあ、色々あったり、成長して色んな社会を見てたら、なんだか難しそうだなっていうか、夢を打ち砕かれたような気になってたんです。増え続ける人口に対する施策とか、見ました? 私、アレ本当に嫌いなんです。安楽死とか尊厳死って、権力者は絶対にしないんですよ? 言葉で飾った合法的な処刑装置の側面が見えて、私が大人になったら、もっと規制を強くしようって思ってたんです」
……俺達のいる日本では、参政権に様々なルールが増やされている。民主主義と議会制では健全な政治を行えないとして、年齢での枠決めを始めとしたいくつかの平等なシステムを作ろうと試みが存在する。
柊菜は、そこの枠へと入ろうと考えていたのだろう。
「…………そういえば、スリープさんって、見た目通りの年齢なら、無個性世代でしたよね。そういう風潮があったってだけですが」
「そうだね。俺達の世代は、個性を持つべきじゃないって言うような空気が世代間にあったかな。行き過ぎた承認欲求とか、ネットで見える上流層の生活とか、色々見て育った世代だったのもあるしね。一番は、AIの人権問題だったかな。二種類の考えがあったんだよ。有史以来、支配構造の無い社会は存在しない。だからこそ『支配する構造を消す』為に、AIを隣人とした個が生産活動を完結させた世界を作るか、人の個性を消して、指導者を無くそう。ってね」
両方の考えは、主観で見なければ違いはない。みんながみんな同じ事、同じ環境にするという考えであったため、どちらも選べたのだから。当事者としては別だが。
だからこそ、無個性世代とか、工場世代とか言われていたのだ。
「……スリープさん達の頃の価値観だったら、みんな平等で平和な世界を作れたんでしょうかね」
柊菜の言葉に、俺は首を横に振った。
「そもそも、自分が嫌なことは他人も嫌だと教えることと、個性を尊重することは僅かな矛盾を持っているんだよ。個を尊重するなら唯独論者であったほうが筋が通りやすいし、自分が嫌なことは他人も嫌だと教えるのなら、経験主義的側面に基づく平等主義であると示すべきだ。そりゃあ同じ人間である程度同じ環境で生きているんだから、ある程度同じ感覚を持つのは確かだろう。だけど、その一点のみで最初の論を唱えるのは間違いだと思うね」
無個性世代だとか言われていたが、当事者の俺からすれば、そんなことあり得ないと言える。個性が無いなんて事はないし。そうあろうとしても反発が起きるまでだ。
「全員が全員同じように感じる訳じゃない。同じ方向を見ても、焦点が違うかもしれないし、もしかしたら見えている景色が違うかもしれない。俺達が空を同じ青だと判断しているのは、整合性の取れた矛盾である可能性は否定できず、あくまでも同じだとするのは脳の働き方が同じだから、きっとそうだろうというものでしかないんだ」
それで言うなら、柊菜が平等やら平和を作るのなら、当事者の俺達同様に、AIの人格を否定する道を選ばなくてはいけない。
しかし、俺達は人格を否定せず、むしろ世間と真っ向から立ち向かった。結局のところ、俺達の世代は、無個性だとかなんだとか言われるが、世に映る肥大した自我の怪物を見て嫌気が差していただけに過ぎないのだ。
俺からしてみれば、世代の名前が逆なんじゃないかってすら思えるね。
「ならば、幸せの形なんて人それぞれでしかないんだから、理想郷なんてのは、きっと自分の中にしかないんだと思うよ」
「理想郷は……人、それぞれ……」
スリープが出した結論は、柊菜の中にあったナニカを明確にする。
幸せとは何か、平等とは何か。柊菜の尽きぬ悩みの果てに僅かな輪郭がおぼろげに浮かび上がっていく。
「………………自分で作る?」
「個人工場理論かな?」
「はい。資源などの問題点はありますが、スリープさん達の目指した形の一つって、どっちにせよ理想ではあるような気がしますが……。スリープさん」
柊菜は、何か光明を見出したのかもしれない。
「従魔なら、もしかしたらできるんじゃないですか?」
そんな質問に、俺は思わず笑みがこぼれてしまった。
そして、大きく首を振った。
肯定か否定かは、遠い先の本編で。