戦いは呆気なく終わった。
不利を悟ったローブの男がエンドをあてがいながら撤退していく。エムルスも俺も特に追撃する気はないようで、去っていく男をただ普通に見送った。
「それで、お前は……ふん。帰ってきたか」
偉そうに腕を組んで顎を反らして見下してくるエムルス。
「負け犬が今更なんのようだ?」
「欲しいモノを手に入れに来たよ」
「強者から逃げ回るしかできない奴がか?」
「そのつもりさ。トライアンドエラー。俺は召喚しか才能はないけれど、それですら無条件に勝てるわけでもない。勝てると思ったから、またここに来ただけだよ」
「自惚れるな。力すら持たない男が何を成し遂げられる?」
「確かに俺は真正面からぶつかったら勝てない程度の強さしか無いさ。でも、上手い負け方なら自信があるんでね。だからこそ負け続きでもこうして立っていられてるんだ」
手の中にある召喚石を弄ぶ。
まだ、流れは掴んでいない。ここぞという感覚が来ていない。だから、召喚は無しだ。
今ある手札だけで戦った方がいい。
聖女は未だ手に来ないだろう。
「不愉快だ」
「ウィード」
シャドウボーンが離れた位置で腕を振るう。ウィードが俺の横に立って腕をガードするように持ち上げる。その瞬間、重い殴打の音が鳴り響いた。
相変わらずの糞従魔である。明らかな近接型に見せかけた体型をしている癖に、その中身は遠距離物理型である。スキル構成も恐らく嫌がらせに特化したゲーム当時のままだろう。
感覚を同調させてウィードを動かす。次の一手が来る前にシャドウボーンへと肉薄し、勢いそのままにタックルを浴びせる。
押し負けたシャドウボーンが家をなぎ倒しながらエムルスから引き剥がされる。
その瞬間、パァンと軽い発砲音が鳴った。
意表を突くような一撃。シャドウボーンの体により死角となっていた位置から頭部を狙った鉛玉がエムルスに襲い掛かる。
しかし、ラインクレストの狙撃は、フィアズエッグの突き出された手のひらに防がれていた。
「狙撃失敗。これ以上ない一撃を防がれたと判断します」
「機種っていうのは嫌になるくらい正確だね」
ゲームでは使えなかったダイレクトアタックをこうも簡単に防がれたとは。機種だなんだというよりも単純に通用しない。しにくいと考えたほうが良いだろう。
「まあいいや。条件は整った」
互いの機種が場にいる状況。フィアズエッグのアビリティにしてメインウェポンを一つ殺した。
ラインクレストは人間の姿をした機種従魔である。しかし、それは人間であることと同等ではない。
機種はあくまでも機種。サイボーグでもなく、ただ一人で一方角の国境線を守り続ける絶対の防衛機構でしかない。
優れた外見は破壊を僅かにでも躊躇わせるため。人間らしさすらどこかに見出だせる言動は、鹵獲させて完全破壊よりも敵の内側で暴れるため。
それらの設計が機能した経験が無いほどに強いものの、こいつはそういう目的で作り上げられているということだ。
「聖女とその卵、貰いに来たよ」
「天頂に座する星を望んで手を伸ばすのなら、焼け死んでも文句は無いだろうな?」
ラインクレストが動く。横方向に弾け飛ぶようなゼロからの急発進。ブーストによる瞬間加速で間合いを取った。
ラインクレストはアビリティとステータスが優秀で、初期スキルセットがゴミカスというタイプの従魔だ。スキルの一つも残す余地はなく、大量の金や周回によって欲しいスキルを入手する必要がある。当人のステータスが高いので通常攻撃だけでも十分立ち回れる物理遠距離のエースだ。
育成に関しては手間がかかるが、その分完成形は無類の強さを誇る。デッキ最終候補の一角でもある。火力型としては頭一つ抜けた存在なのだ。
単体で完成した強さを持つので、補助役には適さないが、弱点はそれくらいだ。
無数の銃弾がフィアズエッグに、全方位から降り注ぐ。移動速度と射程の差で一方的にダメージを与えていく。
しかし、レベルの差で最低保障分のダメージしか入らない。
「詰み防止対策の従魔は既にウィードで抑えた。後は──」
「時間をかければ良イ?」
懐かしい、どこか引きつったような音の外れを感じさせる声が背後から届いた。
振り返ると、数メートル先に、ミラージュと彼が駆る輝く関節の無いゴーレムを思わせる人型、セイントシステムがいた。
「ーー・ー ー ・ー」
掲げられる光の杖。天を覆い尽くすほどの槍が現れる。相変わらずの魔法物量だ。
「肝心の相棒は遠く離れていて、こちらは次でいつでも君を撃ち抜けル。チェックメイトってやつヨ」
「うーん。こりゃあ参った」
人質にでもするのか、言葉を投げ掛けてくるミラージュに、両手を挙げてラインクレストをリコールする。
「参った、参ったなぁ……」
大地が揺れる。ぐらぐら、ゆらゆらと。大きく、左右に。
魔法火力とウィードは相性が悪い。正面からやりあったところでコレには敵わない。一芸特化型の魔法火力。個でのみかつ瞬発力なら最強なのが聖女様、ひいてはセイントシステム様だ。
更には、最大HP量を減らすデバフ効果がある砂漠の従魔を使ってくる。これらを使われると、耐久に秀でたウィードがカンストしていようが倒される。
相性ではウィードの負けだ。普通に戦ってもウィードの負けだ。
だが、それを知っていて、なんの対策も準備もしないでここに来たとでも思っているのか?
「ところで、俺さ、戦闘中に人質を取ろうとするやつはバカだと思うんだよね。警告とかも、悪手だっていうかさ」
ミラージュが、たまらず地面に膝をつく。エムルスもまた、地に這いつくばっていた。
建物が倒壊していく。バランスを崩したセイントシステムがよろめいて魔法が掻き消える。
「だってさ、人質を取るには確実に一手無駄にするんだよ? 敵じゃない場所への攻撃。寸止め、どっちにせよ一手止まる。途方も無いアドバンテージを相手に与えるわけだ」
従魔を召喚すると、特定の現象に対する耐性を手に入れる。ラインクレストなら、高機動にかかる重力。エンドソーマなら、寄生化。リリィなら、感覚的快楽。ノーソなら、病魔。
剣の従魔を持つ人は、剣による傷やダメージに耐性を持ち、人体実験の果てに怪物へと化した従魔を持つ人は、外見に対する生理的許容度や薬理耐性を。
恐怖を撒き散らす卵なら、恐れを受け付けなくなり、砂漠を持てば、熱と乾きに強くなる。
その力が強くなればなるほど、共に生きる為に影響を受け付けなくなる。
まるで、人間から離れていくように。
地鳴りが轟き、地面が割れる。誰も彼もが大地の怒りを前にひれ伏す。
「チェックメイト? 従魔との相性? 君達何か忘れてない?」
ウィードが隣に降り立つ。遅れて空から肉塊がドチャリと音を立てて降り、潰れた。
「地龍ウィード。四元龍。通常ガチャ最後のコンテンツであり、初期属性最強の存在。名に宿るのは力が届く末端まで」
そよ風、水溜り、灰、そして雑草。
地面に通う地脈が地殻変動で断ち切れる。力を失い契約が切れたエンドが事切れていく。
「幼体なれど大地そのものを前に、只人が勝てるとでも?」
背後から音がする。滝のような圧倒的質量の動く音が。
足元に水がかかる。
全てがただ見上げるしかない光景を前に、俺はウィードと共に立っていた。
「始めようか、第二ラウンド。ここからが本番だよ」
ウィードが俺を抱えて跳ねる。一際大きく大地が揺れた。
這い蹲る有象無象を流そうと、津波が押し寄せてくる。