イズムパラフィリア   作:雨天 蛍

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14話 ステージ解放

 シルクの成長はなんとか一日で終了した。

 真っ白な毛が生えた蛾が俺の腕にくっ付いている。蚕蛾というのはかなり可愛い虫なもので、幼虫よりは気分がマシになった。

 しかし、その成長後の姿を見た柊菜が大きな悲鳴をあげて距離をとった。彼女の従魔であり、現地住民のチェリーミートが首を傾げる。

 

「うええええ! 気持ち悪い!」

「そうですか? かなり可愛いじゃないですか」

「そうだぞ都会っ子。こんなんで気持ち悪いとか言ってたら生きていけないぞ」

 

 このゲームはその名の通り従魔にまともな人型はほぼ出てこない。パラフィリアだぞパラフィリア。ケモナーどころかズーフィリアにまでおすすめ出来るし、ぺドフィリアにだっておすすめ出来る。

 欠損食人人外様々なジャンルの従魔を持っている。ただしR-18はダメである。健全なゲームなので。

 

 俺のおすすめは天種や機種である。普通の人なら死種か野種を推すだろうけど、案外いいものが多いのだ。単純に性癖がそこに需要を見出しているというのもある。箱頭と有翼は良い文明。

 まあ、星七以上のレア度かつリミテッドキャラの擬人化率を百パーセントにすれば人間鑑賞も出来るけどさ。それをしたらこのゲームの良さが半減してしまう。

 

 蚕蛾は虫の中でもかなり可愛い方だ。人の手でしか生きていけない虫な分可愛げがある。急に飛ばないしそもそも飛べない。むしろ食事だって出来ない。

 

「予想外だったけど、やっぱり自然死はしないようだね」

「なにかしたんですか?」

「いや、蚕って成虫になると口が無くなるんだよ。幼虫の頃の食事で得たエネルギーだけで生きるんだ。家蚕って言う完全に家畜化された、野生では存在しない虫でね。絹を作るのは知っているだろうけど、その為だけに作り替えられた生き物なんだ」

 

 最長十日で死ぬセミみたいな虫だが、セミ以上に死にやすい。そもそも外で生きていけないのだ。

 それが、俺とパスが繋がっている事で、餓死する事はないのが感覚的にわかっている。まあ、何もしないで放っておくと勝手に死ぬゲームとか飼育ゲームでも無ければクレーム物だろう。

 

「……かわいそうですね」

「そう思うなら近付きなよ」

「さすがにそのサイズの虫には近寄りたくないです」

 

 まあ、俺の頭以上の大きさだ。女子高生には好かれまい。俺もそんなに好きじゃない。蚕の成虫は蛾であるからして。

 現在は夜。ゲームでは死種が出てくる時間帯だったりと、敵が強くなるというより、出現モンスターが変わる時間帯だが、新緑の森でも同じである。緑種でもちょっと強い奴の出現率が高くなる。

 

 ザワザワと木々が揺れ始める。夜間出現モンスターの一体であるトレントだ。正式名称は知らない。

 

「え? モンスター!?」

「なっ! ご主人様!」

 

 夜間は奇襲成功率に補正が入る。そもそもこのタイミングでポップしたモンスターだろう。チェリーミートの感知には引っかからなかった為に、一番近くにいた柊菜が危険に晒される。

 

「シルク【マナボルト】」

 

 シルクへ指示を出すと、素早くトレントへ向かい無色の弾丸が射出された。トレントへと当たったマナボルトは貫通し、魔法属性ダメージでのHP消失により、トレントが収縮して弾け飛ぶ。光の玉は現地モンスターなので発生しない。これで死ぬからだ。

 

 シルクは第二ステージ解放をしているので現在実質百十レベルである。これにあとレベルマックス分の七十レベルを足せば、シルクの完凸レベルマで育成はとりあえず終了する。

 

 流石に早朝から夜遅くになるまでレベリングをしていたので、既に帰りたい気分でいっぱいだ。これ以上はシルクが戦えるようになったのでシルクを連れてやることにする。

 目標達成には届かなかったが、これ以上は召喚士側の都合で戦闘継続が出来ない。撤退である。とりあえず完凸までは出来ただけ良いとしよう。

 ぶっちゃけゲームとリアルでの移動時間とかそういうのを軽視していたのが今回の失敗だ。もう少ししっかりした装備で、休憩を取れるような準備をしていれば、シルクが完凸前に帰還していただろう。休憩無しでぶっ通したから効率こそ最高だが明日は休もうという心境にさせられた。

 

「今日は最後まで付き合ってくれてありがとう」

「……いえ、私の従魔もレベルが上がったのでいいですよ。もうレベルマックスなので、今度ステージ解放の条件を教えてくださいね」

「そのくらいなら帰ってすぐに教えるよ」

 

 レア度が低く、レベル上限も低い柊菜の従魔だと、今日のレベリング活動にてレベルが上がりきったようだ。初期キャラのチェリーミートならカンストするとは思ったが、エンドロッカスまでレベルが上がりきるとは思わなかった。

 

 ウィードの現在のレベルは三十である。経験値テーブルが厳しすぎる。

 

 これで一応次にザコイと戦闘になっても、柊菜一人で勝利出来るだろう。

 むしろこの間はどれだけ苦戦したのだろうか。エンドロッカスの攻撃力なら殴り倒せるはずなのだが。

 

 まあ、過ぎたことを考えるのも良くないだろう。初心者は割りと古参プレイヤーの思い付かないような行動をすることもあるので。

 

「さて、それじゃあ日が昇る前にさっさとギルドに戻ろうか」

 

 討伐の確認部位も入手したので、クエストも三つまとめてクリアである。

 

 疲れた身体を押して召喚士ギルドへ向かうと、既に夜も遅いというのに、大賑わいの様相を見せていた。

 人々からは「やっちまえ」だのと野次が飛んでいる。どうやら喧嘩でもしているようだ。

 こういう時、人は案外危険を察知して逃げ出そうとはしない。それは文明によって守られていた日本人だけではないらしい。

 流れ弾とか気にならないのだろうか。それとも、そんな事が起きないと確信出来るような状態なのか。恐らくそれは後者だろう。何せ、エムルスが出ていた時は周囲に召喚士は一切いなかったのだ。

 

「なにこれ……何かの騒ぎですか?」

「らしいね。喧嘩か何かだと思うよ」

「スンスン……ご主人様、これ、樹さんの匂いがしますよ!」

 

 チェリーミートが集団の中心に樹少年がいると指をさした。

 

「それって……!」

 

 柊菜の顔が強ばる。俺はため息をついた。

 あのイケメン姫はちょっと目を離すとすぐ騒動に巻き込まれる。一度痛い目でも見た方が良いだろう。

 俺は集団を避けて受付へ向かった。それに驚いたのが柊菜だ。

 

「え、ちょ……。助けに入らないんですか!?」

「俺の中ではそれは正解ではないね」

 

 俺の持論で、人間は不正解だと思う、自己に不利益だと判断した事は行わない。というものがある。

 結果的に失敗だった、自らの意志とは別の要因で不利益を被った場合は違うが、自分の意志で動いた時点で、その行動の本意には、必ず自分の中でその瞬間正解であると判断した理由が存在するはずなのだ。

 戦争とは正義と正義のぶつかり合いだというように、一人の人間の行動には全て己の正義が宿っていると思うのだ。

 暗殺者の切っ先にはそいつの正義、本人にとって正当な理由が存在するはずだし、犯罪者だろうがなんだろうが、そいつの行動には何かしら自分の利益を得る為の理由があっての行動なのだ。

 

 要は、現在の状況は樹少年が引き起こした事なら助ける気は無いし、そもそも樹少年を助ける事のメリットが見当たら無いとも言える。

 死にはしないだろう。流石に死ぬんだったり何かしらの危機ならば助けに入るつもりだ。ただし、ピクシーのロスト位なら放っておく。問題が起きて、それを自己解決出来なかった時の勉強代である。ゲームだったら助ける事など出来すらしなかった。従魔のロストは自己責任である。

 

「いつまでもおんぶにだっこじゃこの先生きのこる事が出来ないでしょ。これが樹少年にとって悪い事が起きるのだったら、今のうちに痛い目みて問題起こさないような慎重な立ち回りを覚えさせた方がいいと判断しているよ」

「そんな……! いえ、あなたはそういう人でしたよね」

 

 柊菜が失望したような目で見下してくる。そして踵を返すと、人の集団へと向かっていった。

 従魔のロストは死んだように見えるが、実際は元の世界に戻っただけなのだし、ピクシーで済むうちに一度経験させた方が大人しくなると思うのだが、彼女はそう思わないのだろう。

 

「……? あのメスは花妖精の主が好きなのか?」

「いや、そうじゃないと思うよ」

「そうか? メスがオスを追いかけるなんて好きだからだと思うが。ましてや弱者だぞ?」

「同郷で同年代っていう情でもあるんだよ」

 

 野生味溢れるドラゴンさんは首を傾げるばかりだ。

 

「それに、俺たちの社会だと、ルックスや性格、若さっていうのが地位に関係するんだよ。そういう意味では、俺が弱者で樹少年が強者だな」

「ああ、なんだ。人間社会は面倒くさいな。知識と力以外本質的に無価値だろうに」

「それには同意するよ」

 

 安定した社会、安全な文明における余裕でしか成立しない価値観だからね。自分自身が持つ暴力が最も安心出来る最小の単位だと思っている。

 もっとも、その価値観を人に押し付ける気は無い。が、その価値観のもと行動はさせてもらう。

 

「自分の尻くらい自分で拭いなよ、樹少年」

 

 俺の予想通りなら、恐らく俺の出番は必要ないだろう。既に事は成した後である。

 

 ウィードを連れて、召喚士ギルドを後にした。

 

・・・・・

 

「おい、兄ちゃん。ちょっとツラ貸せよ」

 

 とりあえず一日目の修行を終えて、樹は召喚士ギルドへと向かった。夜も遅いこの時間なら、スリープや柊菜もいるかもしれないと顔だけでも出したのだ。

 しかし、そこに二人の姿は無く、樹を待っていたのは、先日も樹へと陰口を飛ばした男だった。と言っても、樹だけを待っていた訳ではなく、ただギルドで酒を飲み管を巻いていただけのようだ。そして、面白いものを見つけたようにギルドへ入ってきた樹へと声をかけてきたのだ。

 

「……なんだよ」

「へっ。気持ちだけは一丁前だなぁ! 今日は一人ってこたぁ遂に見限られたかね」

「うっさいな。アンタには関係ないだろ。俺は今自分一人でも戦えるように鍛えてんだよ」

 

 腰に提げた剣を叩く。カチャリと音を立てた剣は、師匠であるセイコウから貰った斬るために特化した剣である。

 

「おいおい、召喚士が剣士の真似事かよ? こりゃあ笑っちまうなぁ! 田舎者は本当に何も考えていないらしい」

「そりゃあそうだ! 田舎者は与えられた仕事をその意義も意味も考えず、ただ動き続ける一生を送っている奴らばっかりだからな!」

 

 別の席からも罵声が投げられる。この場に樹を擁護する者はいないらしい。誰もが樹を馬鹿にしたような目で見ている。

 

「いらないってんならそこの可愛いピクシーをくれよ! 俺は蜘蛛の従魔なんでな! 手に入るなら可愛い女の子が良かったぜ!」

「バカヤロウ! お前みたいな粗末なモンじゃあピクシーだって満足できねぇよ!」

 

 ガハハと下品な笑いまでおきる。それに対してピクシーは反応すらしなかった。

 

「……シーちゃん?」

 

 変に思った樹が、頭に乗るピクシーへと声をかける。シーちゃんはそれにも返事を返さなかった。

 

「かわいそうな従魔だよなぁ! ご主人様はピクシーじゃあ満足出来ないからって自分の力を鍛え始めた! お前の力はいらないって言ってるようなもんだ」

「なっ!? そうは言っていないだろう!」

「言外にそう示してるんだよ! 従魔の力こそが俺らの力だ! それを信じ、育てるのが俺ら召喚士! なのにピクシーを育てず、自分の力を鍛えるって事は、要はそいつは必要ないって思っている事だろう!」

 

 男が憎しみすら込めた瞳で樹を睨みつける。それは、まるで従魔の言葉を代弁しているかのようだった。

 

 樹は、ピクシーを自由に戦わせるために自分でも自衛出来るだけの力が欲しかった。決して、ピクシーの力を信じていない訳では無い。何より、樹が拉致された時に目にしたシーちゃんの力は、樹なんかでは太刀打ち出来ないほどの力を持っていた。

 しかし、その気持ちはシーちゃんにすら伝わっていなかったのだろう。樹の頭から飛び上がったシーちゃんは、樹の正面へと移動した。

 

 その顔は、悲しみの一色に染まっていた。

 

「違う! 俺は、シーちゃんが俺たちを守るだけじゃなく、自由に戦えるように力が欲しかったんだ!」

「従魔とのコミュニケーションすら取れない主人じゃあ不安にもなるよなぁ!」

「黙れ! だまれぇぇえ!」

 

 この男が居ては、シーちゃんに伝わるものも伝わらない。そう思って樹は剣を抜いた。

 すぐ近くにいた男なら、すぐに切り捨てることも出来るだろう。その瞬間樹の頭にあったのは、邪魔な音を消す。それ一つであった。

 男の服装は丈の短いマントに身軽そうな布製の服。手には杖すらない。樹が振るった剣は、男をあっさりと切り裂いたであろう。

 

「ニャシー、やれ」

 

 樹の凶行を前に慌てず、静かに指示を出した男。その男の足元にいた【草原のポイズンキャット】が樹へ体当たりをする。

 

 まるで車に轢かれたかのそうに衝撃を受けて吹き飛ぶ樹。剣を握ることすら出来ずに、腹を抑えて吐瀉物を撒き散らした。

 

「人間は従魔に勝てねぇよ。そこらのモンスター相手なら余裕で倒せる。剣士ギルドや魔術師ギルド相手にも、俺ら召喚士ギルドがライバルとしてやっていけるのは、俺ら召喚士が数は少なくともその力が上にあるからだ」

 

 男が樹の腹を蹴りあげる。手の甲が蹴りを受けて皮を剥く。

 起き上がれない樹の頭へ男は足を乗せた。今にも殺しそうな目で睨む樹を見て、涼しそうな表情で見下している。その目は、路傍の石でも眺めているようだ。

 

「てめぇは弱い。剣士志望だったのかもしれねぇが、召喚士になった時点でその才能はあんまねぇよ。召喚士は嫌われやすい。従魔が強いだけで、召喚士自体は弱ぇからだ。召喚士だけならモンスターにだって勝つのは難しい。そこらのチンピラにだって殺される」

「グゾがっ! 殺ず! ごろじでやる!」

「気持ちだけで人は殺せねぇよ。そして、従魔を鍛える発想すらないお前は、召喚士としても落ちこぼれだ。従魔と気持ちを交わすことも出来ず、従魔にすら見捨てられるような雑魚だ」

 

 まだ喚き続ける樹へ男は口に靴先を突っ込んだ。汚ぇと笑いながら。

 

「俺もなぁ、最初は魔術師になりたかったな。地元の村で一番可愛い幼馴染に将来は二人で魔術師になって冒険しようとか言われてな。結局俺はその才能も無くて、幼馴染も別の街のゴロツキに輪されて死んじまったしな」

 

 虚空を仰ぎみて、男は語る。その目は、全てを諦めたように死んでいた。

 

「召喚士は強い。従魔がそこらの人間を蹴散らせるバケモンばかりだからな。それに気付くのにも随分かかったよ。その代償が今さ」

 

 周囲は既に二人を取り囲んで、野次を飛ばしている。男へはお前の昔話なんて聞きたくもないと。樹へは嘲り笑うような馬鹿にした言葉を。

 

 誰も樹の味方はいない。まるで事故が目の前で起きた時に、スマホ片手に集まる人間のように、二人を面白がって見ているだけだ。

 その根底は無関心と暇潰し。面白がってはいるが、第三者の視点で騒ぎ立てているだけだ。関わろうとはしてこない。

 

「召喚士はなぁ。強いんだ。それもどいつもこいつも強ぇ奴ばっかりだ。お前のお仲間の召喚士二人。あいつらは特に別格だよ。一人は街中で殴り飛ばされるくらい弱い癖によ」

 

 男は樹へと視線を戻し、指さした。

 

「お前は弱い。長いこと俺らが街でやっている中で調子ノッて騒ぎを起こしている糞ガキ共の中でも俺らが勝てるくらい弱いんだよ。なら、俺らが迷惑してる鬱憤くらい晴らさせて貰ってもいいよなぁ?」

 

 そう言って男は樹の口から靴を抜いて、鼻先を蹴り飛ばした。

 

「なに、殺しはしねぇよ。俺のニャシーを生かして貰ったからな。その代わり……」

 

 男は嫌らしく笑う。

 

「二度と調子に乗らないように痛い目見てもらうだけだ。恨むなら弱い自分を恨めよな」

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