イズムパラフィリア   作:雨天 蛍

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早産です(未熟児)


総プレイヤー人口(お気にいり登録者数)100人突破記念『空想エンドロール』

「ゲームでもしようか」

 

 ある日のこと、宿に勇者達と俺達召喚士を集めたスリープさんが提案をしてくる。床に広げられた紙や手作り感漂う駒を見て、新田さんやら勇者達女の子が首を傾げる。古いゲーム等も色々知っている俺だけは、このゲームがなんなのか分かっていた。

 

「TRPGっすか?」

「流石にルールブックないからオリジナルだけどね」

 

 TRPG、日本語で言うとテーブルトークロールプレイングゲーム。紙とペン、サイコロや駒を使って遊ぶアナログなゲームである。一般の人がイメージするゲームの機械などは使わず、対話で進めていく想像力で楽しむゲームのことだ。ニッチなジャンルの中ではファンも多く、興味がある人だけでも数多くいる。いわゆる『アンティーク』なゲームの一つである。

 肩を竦めるスリープさんの正面に座る。どうしてこんな事をするのだろうかと気になり、他の困惑気味な人が座ってくる間に尋ねてみた。

 

「なんでまたこんなものを?」

「今日は雨で暇だし、赤ちゃんが言葉を覚える時って脳が結構高度な総当たりしてるってどこかで見たことあったんだよね」

 

 そう言って、頭に乗せているトラスちゃんをくすぐる。その手を軽くペチペチ叩いて甘えているトラスちゃんは無表情のままだ。スリープさんは雰囲気を察しているらしいけど、俺には出来ないので大体の仕草で判断している。少なくとも本気で嫌がってはいないだろう。

 

 その子赤ちゃんではないと思うんだけど。まあ、子育てしているってことなのかな。

 

「とりあえずもう少し言葉を使っている部分を見せようかなって思い、現在に至るのさ。おっと、これを気に懇親会でも開こうかなとも思ってたさ。嘘じゃないかもしれない」

「本気でそう思うならもう少し嘘臭くないしゃべり方してくださいよ」

 

 思い付いたように加える言葉に苦笑する。この人は本当に人と仲良くする気はないのだろう。それは、単純にわざわざ努力するべきではないと考えているのか、それとも価値を見出だしていないのか。

 スリープさんのやりたい事は理解した。言葉を使う遊びだし、言語に触れる。という側面から見れば間違いはないだろう。共通のルールやら言葉が指す意味まで理解できている前提が必要だが。

 まあ、そこはスリープさんに任せておこう。コミュニケーション自体俺達には少ないのだから、問題点を指摘してご破算にする必要はない。

 

 とりあえず、といった様子で全員が座った。テーブルトーク系を知らない人を代表してアヤナさんが手を上げた。

 

「何をするの?」

「そうだな……。キャラを自分で作り、場面に合わせた演技をする遊び?」

 

 そういえばダイス用意してないなスリープさん。マジで何するつもりなのだろうか。

 

「シナリオとか全く考えてないし、使えそうなものから引っ張ってきている。キャラクターの能力は統一させて……俺が勝手に作っておいたのがあるからそれを参考にしつつクリアを目指そうか」

「ダイスないっすよ」

「ん? ああ……これ使うよ」

 

 そう言って取り出したのは八面体の結晶。召喚石だった。表面に凹みや傷は見当たらない。

 変則的だなぁ。

 

「面で色が違うからそれで判断するよ。数字じゃなくて成功の可否だけ」

 

 幾つかのハウスルールの説明を加えつつ、スリープさんが準備を終える。

 

「あ、そうだ。アヤナだけは何も知らないし、特別にこれをあげよう」

「紙? これが何になるのよ」

「とりあえずゲームが始まったら読んでくれ」

 

 彼女だけが知らないとはどういうことだろう。新田さんも不思議そうに首を傾げている。

 トラスちゃんを肩から下ろし、胡座の上に抱き寄せたスリープさんが片頬を吊り上げる。

 

「それじゃあ、始めましょうか。シナリオのタイトルは、そうだね『TS学園p-z』とでもしようかな。今回は普通に恋愛してくれよ」

「ちょっ!?」

 

 まさかのシナリオである。目を見開く俺達に対し、スリープさんは深く安心させるように頷く。

 

「大丈夫。登場キャラとかそこら辺のデータは全部把握しているからね。ルーニープレイに対するペナルティもこれだと用意しやすいし、好きに遊んでくれ」

 

 そうじゃない。

 しかし、訂正を入れる前に、スリープさんがオープニングを語り始めた。

 学園に通う女の子の樹と、男達。いつもの日常に、転校生がやってくる。彼女の名前はクオリア。綺麗な黒髪の女の子だそうだ。

 

 根本から変わっているので、俺達も人物は知っていても何が起きるのかは分からない。スリープさんは上手く改変しているようだ。

 俺はクオリアがどういった存在だったのかを彼女の目で見ているので、何となく一部の展開は予想できてしまったが。

 

 個別の開始があるらしく、しばらくの間は待っているだけらしい。

 

 ちょうど空いた時間だし、何気ない妄想をするのは結構好きだし。今まで忙しくて考えられなかったような事でも考えておこうか。

 

 それこそ、今やっているシナリオのように、平和な世界に戻れた時のような。

 

 俺達の物語の終わりのようなものを。

 

 

 

END No.5『日替わり彼女のパラフィリア』

 

「すみません、待たせたっすか?」

「……ん。待った」

 

 俺と同じ金髪に染めたショートボブのちんまい女の子が無表情に頷く。隣で手を繋いでいた金髪のトラスちゃんがいなかったら多分気付けなかった。

 

「……これから家族デートだというのに、樹は意識が足りない」

「いやー、マジですみません。スリープさん」

 

 そう、彼女はスリープさんだ。今の俺の結婚相手である。

 何があってこんなことになったのか。それは全く思い出せやしないが、それでも俺は彼女を選んだ。時期とか、きっかけとか、そういうのが特に思い出せなかったが、日常の積み重ねがあって、俺は気付いた時にはスリープさんが好きになっていたのだ。

 

「昨日……ハッスルし過ぎた?」

「…………うへへ!」

 

 付き合い始めた当初は皆ドン引きだった。それこそ、最初は男同士だったし。今ではスリープさんが従魔を召喚して女の子の身体になってしまったが、そうならなかったらどうなっていたのだろうかと戦慄する。それでも気持ちは変わらなかったと思うけどさ。

 でも、まあ。悪くはない選択だったと思う。今でもかつての旅の皆でたまに会って話をするのだから。俺があのメンバーの女の子の誰と付き合っても、人間関係にヒビが入ったと思う。

 だが、スリープさんは年齢とか本人の態度もあってか、距離が若干離れていたし、問題にはならなかった。召喚士だからなのか、本人の価値観なのか、最初こそ、皆驚いてはいたが、かなりあっさりと受け入れてくれたし。

 新田さんも、ずっと元の世界に戻る方法を探ってはいたが、最終的には諦めて従魔と一緒に過ごしている。案外女の子になったスリープさんと気が合うようで、俺のいないところでファッションの話やら色々しているらしい。

 

 そう、俺達は結局地球をあきらめた。元々戻る気のないスリープさんに、俺が合わせた形になる。勇者組も戻りたくない気持ちが大きかったようで、そうなると新田さんだけが戻りたいと思っていた人になるのだ。

 最初こそ新田さんは一人ででも戻る方法を模索していたが、スリープさんの誘導が無くなると同時に、どの町へ行ってもそれらしいストーリーは起きなくなったらしい。半年ほど、努力した後に、すっかり燃え尽きてしまったかのように、新田さんは隠居した。

 

 それ以降、俺は新田さんとほとんど話さなくなった。

 

 というか、俺が一番驚いたのは、スリープさんが女の子になって俺と恋人になってくれている事だ。実質ホモでは? と思っているのだが、気安いし話も合うし、スリープさんは割りと理想的な女の子だった。料理出来るわ度量があるわ。日替わりキャラチェンジ好感度マックス彼女スタイルは、日々に刺激と潤いを与えてくれて、俺はもうスリープさん無しでの生活が考えられないくらいドハマりしていた。今日は口数の少ない大人しめな女の子らしい。

 

 ふんふんとご機嫌な様子で鼻唄を歌うスリープさんを横目に見る。今日はデートなので、道中までは従魔がいない。

 目印となっていたトラスちゃんは、先ほどノーソさんに引き取られていった。その際に鋭く睨み付けられたが、害意は無いのでスリープさんも放置している。

 

 今でもスリープさんは従魔を愛していて、彼女達に囲まれて過ごしている。その中の一人に俺が加わったってだけなんだろう。

 でも、それでいい。それがいいのだ。

 トラスちゃんを一緒に育てながら、従魔の皆と仲良く囲まれて、明るく楽しく過ごせている。これ以上に無い平和な世界だと思えるんだ。

 

 まあ、スリープさんはゲームの世界を楽しむ気でいるので、ちょくちょく俺も旅に連れていかれるのだが。安全マージンこそ取っているらしいが、ギリギリまでスリープさんの従魔は助けてくれないので肝は冷えまくりだ。

 

「しっかし、なんで俺達結婚するに至ったんですかね? いや、俺はスリープさんのこと結構好きでしたけど、スリープさんがオッケーだす理由が分からなかったんすよね」

「……私に、男だ女だという固定観念は薄い。愛せない理由は無い」

 

 色々頓着しないのは知ってる。

 

「きっかけとかっすよ。スリープさん、人が好きなタイプじゃなかったと思いますし」

「…………」

 

 スリープさんはしばらく口に手を当てて考え込んでいたが、やがて首を横に振り「わかんない」と出した。

 

「でも」

「はい?」

「劇的な出会いとか、助けられたとか、そういうのじゃないから、付き合って、結婚までいったんじゃないかな」

 

 風にふわりと髪があがる。花の匂いが鼻腔を突き、少しだけ心臓が跳ねた。

 

「連綿と続く日常。そこで培ったものが、何気ない日常の幸せと価値になるんだよ」

「……そうっすね」

 

 始まりこそ、特別なものだったが。過ごした日々も、非日常の連続だったが。

 記憶に残らないような小さな幸せの積み重ねの先に、俺達の道があったのだろう。俺とスリープさんが過ごした日々のほとんどは、くだらないじゃれあいのようなものだった。

 その大切さを、この世界で見つけたんだ。

 

「ねえ、スリープさん。今日はどこにいくんすか?」

「…………ん。今日は山を越えた北に向かう。花畑を見に行く」

「へぇ、珍しい場所っすね。秘境ってやつですか?」

「実は昔トラスを捨てようとした場所でもある」

「えっ」

 

 時折現れる非人道的な一面にも、どこか受け入れられる気持ちになっている。

 怪物と主義と偏愛。これがまさしく俺のイズムパラフィリアであった。

 

 

 

「次の日目覚めると、プレイヤー達の姿が真逆の性別のものになっていた。この光景を見たあなた達はSANチェックです」

「…………うーん」

「あの……スリープさん。樹君の事は……?」

「こっちで適当に処理しておくから放っておいて」

 

 

 

END No.4『財閥令嬢の婚約者』

 

 電子機器の動く、微かな電気の通る音と、ファンが回る音がする。失われていた五感が、貧血から治る時のようなじんわりとした気持ち悪くこみ上がるえも知れない感覚のように戻っていく。

 いつだってこのフルダイブVRからの現実への復帰は慣れない。脳と記憶処理のあれやこれやで、企業用フルダイブマシーンは数世代前の夢を見せるような、自己の脳の処理で再現するものになっているのだ。これが最新型だともっとデカイ金属の箱に頭を挟んで機械の処理による仮想世界への没入が可能なのだが、いかんせんとんでもなく高い。ちょっとした大きい企業の資本金位はかかる。

 

「じゃ、定時なんで帰りまーす」

 

 頭にセットされた金属製のブレインインターフェースを取り外し、個別の席から起き上がる。荷物を手早くまとめて、帰宅の準備を整えた。

 

 返事の言葉はない。そりゃあそうだ。フルダイブ中は現実の五感などの機能は冬眠に近い状態にされている。動かず、消費を減らし、感覚を鈍くさせる。だからこそ収縮した血管がフルダイブから戻るときに膨張してあの気持ち悪い感覚になるのだから。

 

 彼等が眠る仕事用のデスク──当時は机にPCを置いてやっていたからそう言うらしい──をちらりと一瞥する。

 

 統一規格の肉体保護用の箱に並んで入り、身動ぎせずに眠る。箱からは有線は壁へと延びており、そこから会社のサーバーまで繋がっているのだ。

 その見た目の様子から、コフィンと俗称が付いているそれは、本当に死体を詰めているようにしか見えなかった。

 

 小さくため息をついて部屋を後にする。日照等の問題から、逆に一切の窓がなく、空気の通用穴しかない部屋には、健康の為に設置された疑似太陽光線を希釈し発する照明装置が取り付けられている。味気ない機能美に満ちた部屋は、確かに死体安置室と言われれば頷ける迫力があった。

 

 階段を降りる。エレベーターもあるが、運動も多少はしておいた方がいいので気紛れに非常階段を使って移動するのだ。この世界は、効率化を進める裏で、非効率的を好む傾向がある。

 

「……遅い!」

「す、すみません……定時であがったんすけど」

「定時ねぇ……」

 

 ビルの入り口で待っていた黒髪の美少女が、呆れた目で俺の背後を見上げた。つられて俺も見上げると、そこには日暮れの空に染め上げられるオレンジ色の立方体が建っていた。

 周囲には画一化された同じ建造物が立ち並ぶ。

 

「……ずいぶん非効率的だと思わない? 発達した通信技術と、場所を取らないで済むはずの電子没入装置。自宅さえあればそこから仕事が出来るのに、わざわざ出社してからダイブするなんて」

 

 黒髪の少女。北条院アヤナちゃんは、別の地球にいた財閥の令嬢だ。将来大企業を引っ張っていく人間から見れば、今の日本の在り方はとても非効率的で、ちぐはぐに見えるのだろう。

 

「それもそうっすね」

 

 SNSでも話題にされる部分だ。効率化と慣例、慣習。未だに日本は足りない土地を無駄に使ってリアル観光地だとか、歴史風習だとか、学校やら施設を作っている。

 企業がフルダイブ技術の導入を始めたのも、日本では最近のことだ。

 

「でも、それって凄い日本らしいじゃないすか」

 

 貧富や権力の差は開き続け、もはや覆すのは不可能であろう。そんな上に立つ人間はいつでも古く老いていて、新しいものを嫌いつづける。新しい価値観を受け入れられない。

 島国根性など、そんなものだ。

 

「ほら、こっち行きましょう。俺の学生時代から公園があるんすよ」

 

 遊具が一切無くなった、ただの空き地と化してしまった場所だが。

 公園だってそうだ。子供が場所を借り続けて、いつまでも新しい子供に返さないで独占し続けた場所。その子供が死ぬ頃には、新しい子供にとって魅力的な遊具は全部壊されていた。返さない子供の為にめちゃくちゃにされた場所。

 

 世界なんてこんなものだ。

 

 いつまでたっても会社は無くならないし、数時間かけて移動して、そこでわざわざ電子世界に潜って仕事。ちがう、そうじゃないなんて言い続けても、古臭い人間は変わりっこない。

 社会の自浄作用なんてありはしないのだ。

 

「それこそ、今までの形を全部ぶっ壊せる何かが無くちゃ、何も変わらないっすよ」

 

 元の世界に戻れた俺達は、自然と召喚士の力を失った。

 一番先に失ったのが新田さんで、その次に俺、里香ちゃんは暫くの間使えたが、自分の夢を叶えた時辺りから使えなくなっていた。

 

 スリープさんと、トラスちゃんはこの世界にはいない。俺達を地球へ送り届けた後、別れの挨拶も無しにさっさとどこかへ消えてしまった。

 

 残されたのはアヤナちゃんだけだ。彼女だけはこの地球とは、まったく別の地球に住んでいたらしく、ここへ送り届けられて目を白黒させていた。

 元から戻りたく無かったので好都合だったと言ってはいたが、それでも何も分からないこの世界で、彼女は一人寂しそうにしていた。

 

 だからだろうか、それが見過ごせなくて、手をさしのべてしまったのは。

 

 皆、元の生活に戻るのに必死だったのに、俺は自分を捨てて彼女をなんとかこの世界に馴染ませようとしたのだ。

 戸籍の用意、衣食住の用意、両親の説得、社会復帰。本当に色々なことをやった。俺の力だけでは足りず、どうしても親を頼ることにもなった。

 

 その結果、俺はアヤナちゃん……アヤナと同棲することになった。

 警察になって親孝行をしたかったが、異世界生活とアヤナへの支援の日々で俺は社会人ドロップアウト組になり、今や古臭い慣習に囚われたブラックな中小企業の一社員として働いている。

 

 それでも、俺は自分のしたことを後悔するつもりはない。隣で幸せそうにしてくれる彼女がいるのだから。

 

「……私ね、この世界をもっと良いものにしてやるわ」

 

 公園の中で、俺と向かいあって宣言するアヤナ。

 

「私がいた地球は、財閥があって、今よりも時代は送れていたけど、積極的に未来へ進もうとしていた。嫌な慣習もあったけどね」

 

 アヤナと里香ちゃんは、勇者となった日から、肉体的には成長していない。今でも勇者のシステムが残ったままらしく、時間が止まったままなのだ。

 詳しいことは、知っている人に聞けたら良かったのだが、それも出来ない。

 

 この世界に、スリープさんはいない。俺達が頼りにしていた大人は、どこにもいなかった。

 

「私、元の世界では、それが嫌で逃げたのよ。でも、もう逃げたりしない」

 

 そんな、外見こそ変わりないはずの彼女は大人びて見えた。精神は成熟して、今の大人達よりも、ずっと立派な人間に見えた。

 

「私のことを掬い上げてくれた人がいるんだもん。私の将来の旦那様が中小企業のうだつの上がらない男だなんて嫌だわ」

 

 天頂に指を指す。西の空に微かな光が見えるだけで、辺りは闇に包まれていた。

 

「古いものをぶっ壊してやるわ。北条院財閥をここでも作り上げるの。私は勇者よ? 異世界が太鼓判を押した地球最高の天才なんだから!」

 

 明るい未来を思わせるその有り様は、まさに勇者といった様子で。

 

 ──勇者って感じじゃないですかね?

 

 どこかから、少年の呪詛のような言葉が聞こえてきた。

 

 そういえば、俺もいつかの日に勇者だと宣告されたのだった。

 忘れていたものを思い出す。ニヤリと不敵に笑い、アヤナを抱き締めた。

 

「そうっすね! 俺達は一回世界を渡った人間っすからね! 今さら地球がなんぼのもんじゃいって感じっすよ!」

「良いじゃない! 今日からここで私達の新しい物語が始まるわ」

 

 資本金もなんの仕事をするかも決めたしね。と準備の良さを呟くアヤナ。俺のような一時の感情に突き動かされた訳じゃないらしい。少し気恥ずかしくて頬を掻く。

 

「ヒイナにも既に話しは通してるのよ! 早く帰るわよ、今日から脱サラしてこの国をひっくり返す大財閥になるんだから」

 

 子供みたいにはしゃいで駆けるアヤナ。俺も彼女の後を笑って追いかける。

 

 しかし、まあ。心のどこかで思うこともあるのだ。

 

 世界最高峰の天才一人だけで、国をひっくり返すことは出来るのかと。

 

 それこそ、彼女がどうなっていくのかは、俺達の手にかかっている。そんな予感がしていた。

 

 

 

 

「邪魔するわよ……あーっ! やっぱりここにいたわね馬鹿弟子達! 魔法の練習を……って、なにやってるの?」

「遊戯演技? 興味あるならやってみる?」

「少しだけね」

「じゃあ丁度良いから樹少年のPCをあげるよ」

「……あれ、なんでベッドにいるの?」

「いきなりアヤナに抱き付こうとして殴り飛ばされた」

「ふーん……修行ばっかりで疲れたのかしら?」

「別に関係無いから気にしないでいいよ」

 

 

 

 

END No.3『男子大学生と天才ピアニスト』

 

「せーんぱいっ」

 

 講義後の騒がしい講堂へ甘えた声が響く、近くの人が俺や声の人物へと視線を送るが、そんなものを無視して少女が駆け寄ってくる。

 

「珍しいっすね。今日は何も無いんすか?」

「……可愛い後輩が来たんだからもうちょっといいリアクションが欲しいんだけど」

「そこまでノリ切れないんすよ」

 

 普段は外で講演会だったか演奏だったか知らないけどあちこちで引っ張りだこな里香には悪いけど、俺は大学生活をしているのだ。下手にはっちゃけて友達を失うのは痛い。

 

「ふーん……彼女と友達どっちが大事なの?」

「めっちゃ面倒くさい質問送ってきたっすね!? しかもこんな衆目の場で聞くんすか!?」

 

 どう答えても地獄が待っている質問に恐れ慄いていると、くすりと笑った里香が俺の頬を突いた。

 

「冗談だよ。さ、行きましょうセンパイ」

「へ? どこ行くんすか」

「久しぶりに今日一日全部空いてるのでデートにしましょ!」

 

 里香に引っ張られて講堂を後にする。その時に受けた視線からすると、俺のこの後の大学生活は絶望的なようだった。

 少なくとも、バカップルの謗りは免れないであろう。

 

 俺と里香は大学生になっていた。もちろん現実に戻って来れているし、新田さんも帰還している。

 俺達が目を覚ましたのは自宅の部屋の中だった。もう記憶に残ってはいないが、きっと転移する直前に居た場所だったのだろう。数ヶ月間もの間どこにもいないのに、ある日突然部屋の中にいた俺達は、共通の行方不明者として事件性を見出だされ、事情聴取を受けることになった。そこで、俺達はまた再会することが出来たのだ。

 しかし、その場にはスリープさんの姿もなく、また彼が言っていたゲームの世界の住民であるトラスちゃんとアヤナちゃんもいなかった。まあ、スリープさんの存在こそネット上で散見されていたのだが。住所も調べればあっさりと発見出来たし。

 だが、その家には誰もいなかった。身寄りも無いのか、人付き合いも無い彼は、俺達が調べに行くまで、その存在が地球上にいない事が明るみになっていなかったのだ。

 

 まあ、スリープさんへの心配はそこまでない。あの人は立派な大人だったし、ゲームの世界を好いていた。

 それよりも問題は俺達だった。数ヶ月間のブランクに、一時期インターネット新聞に載る程度には有名となった。社会復帰のリハビリ生活で、いつしか俺達は、異世界へ転移した日常の事をすっかり過去のものにしてしまっていた。

 召喚能力を失ったことに気付いたのもかなり後になってからだ。正確にはいつ使えなくなったのかすら不明だが、生活に余裕が出来て、三人でオフ会を開いた時には、みんな召喚能力を失っていた。別れを告げる事も出来ないままに、俺達の経験は夢のように証拠を失っていたのだ。

 今でも、時折あの日々を忘れないようにと三人でオフ会を開いている。新田さんは行方不明後から積極性と自立精神が養われ、今では海外の貧困地域でボランティア活動や、紛争地域の問題解決に奔走している。

 

 俺と里香は付き合うことになった。きっかけは分からない。俺がクオリアの一件でスリープさんとずっと不仲のままになり、それから徐々に彼女と仲良くなっていったと、今になって予想できる程度だ。

 そんな里香もまた、俺と同じ大学に入ったものの、ネット上で自分の夢だという音楽活動に精を出して、いまではデビューすらしてしまった新人アーティストになっている。

 

 俺は、未だに夢を決められていなかった。とりあえず、あの日の経験を大事にしたくて、警察になる夢よりも、教員免許の取得に向けて勉強をする日々を送っている。

 

「……で、なんで国際空港なんすか?」

「ピアノがあるから!」

 

 音楽大好きっ子な里香とのデートは、基本的にお忍びだとか関係無しに音楽漬けになる。普段は時間がないからカラオケとかに行くのだが、今日は珍しく空港というチョイスをしてきた。

 

「来月コンサート開くから、その予行練習ってことで。さ、聴いてなさい!」

 

 俺を脇に立たせてピアノを弾き始める里香。彼女の音楽は場所の雰囲気に合わせたものらしく、世話しない人々の足をふと止めさせることもあれば、より焦燥感を募らせるようにもなる。

 空気感を掴むのが上手い。そんな印象だった。彼女のこの独特な雰囲気が俺は好きなのだと、そう惚れ直す。

 それくらい、隣でピアノに真剣な表情で向かい合う彼女の姿は、魅力的だった。

 

 スタンディングオベーションの中で一曲弾き終えた里香は、軽く一礼をすると、俺を携えてささっと空港を後にする。次に向かったのは映画館。

 

「フルダイブで見るのも楽しいけど、傍観者のような画面で見るのが好きなんだよね」

「あー、なんとなく分かるっす。あのアンティークっぽさがいいというか、味があるというか」

 

 互いに好みが近いのか、俺と里香のデートは互いに楽しめるものになる。今回選ばれた作品は、ファンタジー物であった。アニメ作品だが、一応原作を知らなくても楽しめるように作られているらしい。

 

「ほら、これ。懐かしくない? モンスターを召喚して旅をする学生の物語」

「あらすじだけ見るとそれっぽいっすね」

 

 なんとなく、期待感が沸き上がってくる。里香と手を繋いで見た映画は、まさしく青春と成長を題材にしたような感動ストーリーで、悩める学生達がすれ違い、支え合いながらモンスターを使役して、青少年の青臭い主張を交えて進んでいくストーリーだった。

 そこに胡散臭い大人の姿はない。勇者の姿もない。俺達が過ごした泥臭い日々なんかよりもずっと爽やかで、本音でぶつかり合って輝いて見えて。青春を全力で過ごしていた。

 里香の姿はもう視界に入っていなかった。彼女と一緒にデートをしているなんて意識もなく引き込まれていた。俺達の冒険と映画のストーリーを間違いあわせをするように比べて、現実味が無いな、と心の何処かで評価していた。

 

 そして、気付けば涙が流れていた。彼等の物語は、あくまでも学生達の青春ストーリーであり、感動もあるが泣けるほどではない。

 

 心の隙間にからっ風が吹き荒ぶような、荒涼とした心持ちで、涙が流れていた。

 俺達は望んだ現実に戻れていて、夢を追い掛けている真っ最中で、彼女もいて充実している。

 なのに、まさかとは思うが、後悔をしているのだろうか?

 怪我と命の危機、逃げるように街を転々として、時に罵り合い喧嘩してばかりの日常に。時折、憎しみは決して抱かない仲間とふざけ合う日々に。未練があるのだろうか?

 

 社会的に見れば、今の生活の方がいいだろうに。バカップル出来て、命の危機に脅かされない平話な日常を当たり前の顔をして享受できるのに。

 

「……ふふっ。映画、そんなに楽しかった?」

 

 VRよりも臨場感があり、むしろ現実のなかにいた。あの日常が。

 

「──本当に、楽しかったっすね…………」

 

 映画は、いつの間にかエンドロールを流していた。

 

 

 

「ううっ……」

「お? 今度は泣き出したぞ」

「マスター? 大丈夫?」

「うおおおっ! シーちゃん今までありがとうっすよ!」

「ひゃあ! …………えへへ。私もマスターのこと大好きだよ。私を召喚してくれてありがとうね」

「……不潔です」

「純愛だから清潔だと思うわ……」

 

 

 

END No.2『清楚で従順で控えめな女の子』

 

「やっと、戻ってこれた……ね」

「そうっすね……」

 

 激闘の末に広がる世界。感動にうち震える俺達の前には、いつも待ち焦がれていた光景が広がっていた。

 どこまでも広がる青空、規則正しく立ち並ぶ白亜の塔。

 

 俺達の知る地球に、やっと帰れたのだ。

 

「なーに感動しちゃってんの。まだ帰ってきたばかりでしょ? 問題はこれからだから」

 

 俺達の間に割り込むように顔を出した里香ちゃんがジト目で睨む。「イチャイチャしちゃって……」と呟かれた言葉に、少し気恥ずかしくなり、柊菜と繋いだ手を離そうとした。

 

「ダメ、だよ?」

 

 少し不安そうな笑顔を浮かべながら手をしっかりと掴んでくる。

 里香は離れそうにない俺達を見てため息をついたあとに体を起こして離れていく。

 

「まあ、なんでもいいから、地球に戻れたことだし、とっとと付き合っちゃいなさいよ」

 

 その台詞に柊菜の顔がボンッと真っ赤に染まる。俺も気恥ずかしくて首裏を掻いた。

 新田さん、いや。柊菜とは付き合ってはいなかった。特に明確に言葉にした関係ではなかった。今の今までなあなあにして過ごしてきていたのである。それでも柊菜と親密な関係でいられたのは、あの日がきっかけだったのだろう。

 

 全てはほんの少しの歯車の違いだった。あの日、転移した最初の日にスリープさんに毒を吐いて飛び出した柊菜を追い掛けた。その時に目の前で彼女が連れ去られていくのを見かけたのだ。

 必死で助けに行った。怪我もしたし、俺なんかが助けに行ったせいで逆にピンチになってしまったりした。結局、最終的にスリープさんが助けに来てくれて、それでようやく解決することになった。

 

 しかし、あの日がきっかけになり、柊菜は俺に心を許したのだろう。少しづつ寄りかかるようにして、彼女は俺を頼るようになった。

 依存している。という状況に限りなく近い状態であったが、それでも時には支えてもらったりなんとか助け合いながら、これまでの世界を生き抜いてきた。

 言葉にすることはなかったけど、まあ、そういう事だって経験したし、俺は風俗とかを経験したりせず、柊菜とそういった関係を持っている。

 まあ、言わなくとも付き合っている関係だとは思う。柊菜が男女間のあれやこれやにトラウマを持っているという事実があり、それで一悶着あったのだが、それもまあ俺限定で解決している。

 

「はぁ……スリープもアヤナもいなくなっちゃったし、私はこれで一人ぼっちよ」

「ま、まあ……仕方ないんじゃないかな……? アヤナちゃんは、その、ゲーム世界のキャラなんだし、スリープさんも、ゲームの世界に居続けることを選んだんだし……」

「私も残ってれば良かったかなぁ……」

 

 本気で思っていはいないだろうけど、ぼやく里香はなんとなく寂しげだった。

 まあ、俺は柊菜のメンタルケアとかスリープさんとの折衝にかかりきりで、勇者組とはそこまで仲良くしてなかったしな。里香と仲が良かった人は、皆この世界にはいないわけだし。

 

「はーああ、とっとと付き合いなよ。これから自分達の生活に戻るんだし、毎日顔を合わせられるとは思えないし」

 

 里香の忠告にハッと意識が戻る。

 

 あいまいに流していた関係だけど、いまここではっきりと伝えておくべきだろう。

 

「新田さん……いや。柊菜ちゃん! 俺、今まで言葉にして伝えたことは無かったけど、柊菜ちゃんのこと好きです! これから、日本で、地球で一緒に生きていきませんか!」

 

 俺自身女性と付き合う経験が皆無に等しいか、告白するような文化で過ごさなかったので、かなりめちゃくちゃな告白になってしまった気がする。

 

 しかし、それに少し涙を滲ませて、そっと手を握り返してくれた柊菜の笑顔は、まさに花が開いたと形容するに相応しい。素敵なものだった。

 

 

 

「新田さんのメンタルケア……」

「原田君の中の私って、どんなイメージなんでしょうか……?」

「言葉通りの意味でしょ。今手首切った」

「メンヘラキてるわね……」

「きゅうりはほぼ水。ところでこの世界にきゅうりなんてあるの?」

「あるわよきゅうりくらいっ! 緑種の召喚士が作るブランドの野菜でしょ?」

「現地には無いってことね……」

 

 

 

END No.1『???』

 

 これからの未来。




イズムパラフィリア運営です。この度は特別イベントの読了ありがとうございます。今回は早産につき一部書かなかった部分の解説等を説明していきます。なお、今話は読まなくても問題無いようになるべく伏線や情報を排斥しておりますので、読み飛ばして大丈夫です。

END No.5
バッドエンドです。ついでに一番あり得ないエンディングです。このためにBLタグの追加をしました。後で利用します。
一応、樹の満足度で言えば最高峰のエンディングではあります。が、今後のストーリーの一切を放棄しますので、全体的にバッドエンドになっております。一応唯一全員がいるエンディングです。

END No.4
バッドエンドです。樹の満足度で言えば最低ですし、未来が不穏なまま終わっています。このエンディングも通常ではあり得ないルートです。存在しないのはスリープのみ。
なお、都合上ここでどうしても現代側の描写が入っております。一応樹の妄想上での日本ではありますので、覚えていなくても問題ないです。
アヤナの場合樹達の日本へ行くと、彼女が抱える問題の全てが解決しますが、天涯孤独になります。彼女目線で言えばノーマルエンドです。

END No3
バッドエンドです。一番筆がノった所。里香とアヤナは基本的に本編でもほとんど情報を出さないまま進んでおり、閑話やイベントを読まないと出ていない情報があります。今後キャラの掘り下げを行うべきだと今回の話を書いて実感いたしましたので、何処かでここに出た二人の情報が書かれると思います。詳しい内容はそこで。
樹の心情では、かなりイズムパラフィリアの世界を好んでおり、無意識の内で冒険に心惹かれています。それが明確になった場面です。対する里香は、基本的に現代に戻れれば大抵どの世界線でも自分の夢を叶えているので、作中随一の勝利者です。

END No.2
グッドエンドかトゥルーエンドです。この作品は主に(流石にネタバレが過ぎたので検閲されました。
柊菜はTRPGで言えばSAN値がめちゃくちゃ低い子です。トラウマ持ちで、幼少期に誘拐され、そこから精神や価値観が歪んだ所に異世界へと連れて行かれて、アイデンティティー形成期にとんでもない経験を積まされる作中一の悲劇のヒロインです。大人は頼れず、同年代の子もなんか軽い。そんな時に従魔が現れたものですから一気に依存しています。それが樹に変わっただけのエンディング。ですがそれが一番良いエンドです。将来的に見て。
樹や里香、アヤナの方がとんでもないんです。一応、彼らは彼らで複数回死んだり、かなり痛い目にあったり、胃を痛めながら生活したりしてますが。
柊菜はスリープ目線では悪い子っぽく書かれていますが、彼女の視点からすれば、スリープこそ最大の悪になります。全てはコミュニケーションを最低限しか取らないスリープが悪いです。その結果がメンバーの好感度に大きく出ています。
なお、スリープはスリープで後でいろんな目に遭うので……。
一応、運営の想定シナリオでは、柊菜を上手く助けるのが一番良いエンディングになると思います。彼女は主人公の一人でありヒロインなので。
短いのは、二人がクリア後の世界ではなくクリア直前の各種ヒロインのエンディングの中にいるからです(技量不足)

END No1
イズムパラフィリア本編に続く!


なお、今回のイベントによる配布はありません。
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