16話 不穏な影
あれから数日が経過した。それまでの間はとても穏やかなもので、俺も石を集めるクエストと日々の検証や情報収集に精を出していた。
石の数も十個まで戻り、そろそろ次の従魔を引いてみたい欲が出てきている。
「グルル……暇だ。あの二人みたいに外に出ないのか?」
「もうそろそろ簡単なクエストも無くなるから、それまでだね」
今現在は宿の一室。俺の借りている部屋の中である。ウィードがベッドの上でゴロゴロし、シルクは机の上で大人しくしている。
お試し期間が終了して、樹と柊菜の二人は俺から離れて行動するようになった。最近ではピクシーもいつの間にか第三ステージ解放までしており、見ないうちに樹少年の成長が著しいものになっている。
そこまで育てれば、後はレベルが上がりきるだけで育成は終了である。スキル習得もスキル屋が見つからない今では不可能なので、樹少年は新しい従魔を引くべきであろう。
柊菜はチェリーミートとエンドロッカス両方ともステージ解放を一段階進めたので、レベリングの最中だ。
ちなみに、柊菜と樹少年は二人で活動しているが、それに加えて見知らぬNPCとも一緒に冒険へと出ていたりする。服装も、生活に余裕が出てきたために学生服ではなくなり、ギルドで見かけるような短めのマントに杖を持った召喚士スタイルとなっていた。樹少年は杖の代わりに剣を持っている。今も剣士ギルドへと通っているそうだ。
俺も服装自体は似たようなものだ。必要性を感じないために杖は持たず、マントも長い膝丈ほどの外套にしているが。
「……よし、書き終わった。それじゃあギルドに行こうか」
パタンと厚い紙束を閉じる。腰の荷物入れへとしまい込み、ウィードへと声をかける。
これが最近の日常であった。
カランと音が鳴るドアを開け、召喚士ギルドへと入る。日中でも酒を飲み腐っている人しか中にはいなかった。
「よお、農民野郎。今日も畑仕事かい?」
ギャハハと笑いながら酒臭い息を吐きながら男が絡んでくる。
「ウィード」
「シッ!」
ウィードに任せると素早く動き顎へと一撃を見舞う。昏倒した男に周囲はシンと反応が無くなった。
ウィードも手加減が上手くなったものだ。最近は俺がスキルを教えられないか試しているのだが、その賜物として、ウィードが人間への手加減を覚えた。
スキルは覚えなかった。
ため息をつく。最近はこういう輩が増えてきた。恐らく樹少年やら柊菜が人と関わり始めたからであろう。樹少年が喧嘩した話は聞いたが、その後仲直りしたらしく、そこまで大きな問題にもならなかったらしい。
閑話休題。そういった事情もあるのか、俺にまで絡む人間が出てきたのだ。そして、俺に絡む人間は何故かこういった酒飲みかチンピラがほとんどなのだ。
絡むなら可愛い女の子がいい。ぶっちゃけただの人間相手にそこまで興奮しないのだが、それでも男よりかは可愛い女の子がいいものだ。
「邪魔するワァ」
カランと音を立ててドアから純白のダンサースーツにピンクアフロの男が入ってきた。周囲は緊張と悲鳴に包まれる。
この街を裏で支配する大ボスのミラージュ・バトラーである。
「あらあらあら、珍しい男がいるじゃなイ。ボクに会いに来てくれたノ?」
「……偶然だな。そもそもお前の方が珍しいだろ」
「んもう照れちゃっテ。ま、ボクも今忙しいからまたネ」
「ミラージュさんに声をかけてもらえるだけありがたいと思えよカスが……」
ピンクアフロは短く言葉を交わしてカウンターの奥へと進んでいった。その後をサングラスを付けた猫背の男が追いかける。ザコイだ。他にも女の子らしい人物が後を追うが、一切こちらを見なかった。
……俺に絡むのはやはりチンピラばかりである。
気を取り直して受付のカウンターへ向かう。いつものおっさんへと声をかけると、おっさんは首を横に振った。
「は? 昨日ので畑仕事全部終わりなの?」
「そうだ。しばらくは休耕日だな。それよりも、イツキやヒイナは既にダンジョンやフィールドでの仕事をしてるんだ。お前も畑仕事ばっかりじゃなくてそろそろ稼ぎのいい仕事を受けろよ」
ギルドは派遣会社とかそんな感じの職種である。儲けがいい仕事を受けてもらった方が利益になるのだろう。受付のおっさんが俺へと仕事の伝票を持ってくる。
しかし、俺は外での仕事。つまり戦闘が伴う仕事をしたくなかった。リスクがあるし、従魔の戦力が不足している為にこっちに危険が及ぶからである。
ウィードはタンクだ。龍種なだけあってステータスは高い。しかし、龍種らしいスキルをまだ覚えていない。範囲攻撃に不足している現状物量で来られると敵が抜ける心配がある。シルクもまた単体攻撃魔法のマナボルトしか使えない。何より機動力も無ければ戦闘力も無い。肩に止まった固定砲台である。
少なくとも一体は自分に来る攻撃やら敵をどうにか出来る従魔がいない限り、俺は戦闘を行うつもりはないのだ。ミラージュ戦でウィードを自分の壁にし続けたくらい俺は戦う気が無かった。
というのも、ゲームでは描写されるだけだったのだが、召喚士へのダイレクトアタックというものがある。
これは、剣士や魔術師と違い召喚士の弱点は、召喚士そのものにある事を示している。実際にプレイヤーがダイレクトアタックされることはないのだが、現実となったこの世界ではありうる手法なので警戒すべき行為なのである。
召喚士が死ぬと従魔はゲートの向こうへと戻される。そのタイミングはバラバラであり、召喚士が死んでもしばらく残り続ける従魔もいるのだ。
そういった従魔はどのような行動をするかと言うと、召喚士の蘇生をしたり、枷が外れたかのように暴れ回ったりと様々なのだ。
実際にストーリーで召喚士が死ぬのはもう少し先の話なので、その時にでも確認を行うつもりであった。
「失礼したワ……。あラ?」
掲示板の前でまごついていると、カウンターからミラージュが戻ってきた。こちらに気付いたのか歩み寄ってくる。
「グルルルル……」
「怖がっちゃって可愛いワァ。支配者たるものみだりに暴れたりしないから安心してネ」
ウィードが警戒を剥き出しに喉を鳴らして唸る。ミラージュは笑顔でそれを受け流した。
「それで、何をしているのかしラ?」
「見てわからないか? 仕事を探してるんだよ」
「ふーン……? 別に君の従魔なら余裕でこなせそうな仕事ばっかりだけド。いえ……そういえば、君は臆病者だったわネ」
にやりと嫌らしく嗤うミラージュ。実際に臆病者なので無視した。
ゲーマー的にはリスクが高い事をするつもりは無いんだよ。それで得るリターンも少ないしね。
ウィードの強さは知っているが、身辺警護に向いていないのも知っている。【龍種覚醒】は先手を譲るアビリティである。この隙をついてプレイヤーへ攻撃が及んだ場合、ウィードが動かなかったら死ぬのは自分なのだ。無茶は出来ない。
この手の検証は自分がヒーラータイプの従魔を引いてから確かめる。
「ミラージュさん。こいつは農家と蔑称されるような奴です。ミラージュさんの期待に応えられるようなタマじゃないかと」
「ああ、塩漬けされていた畑仕事のクエストばっかり受けているのネ。何が目的なのか知らないけど、流石に戦わなきゃ従魔は育たないワ」
「知ってるよ。俺は育てる前に戦力を増やしたいんだ」
「護衛分の金が欲しいってわけネ。それなら、良い依頼があるのだけド?」
ミラージュは適当な紙を破り取り、裏に依頼を書き込んだ。
「この仕事、受けてみる気はなぁイ?」
・・・・・
新緑の森の奥、四人組の男女が囲まれている。
周囲は二本足で立つ枯れた木が幾本も立ち並ぶ。両者の間には、人とも木とも違う姿。
「ニャシー、撹乱しろ!」
「エー君は攻撃、チェリーはエー君の後に強打で体勢を崩して!」
「シーちゃんは回復を」
「援護射撃で道を開いて!」
柊菜と樹、そして彼が作った友人の二人である。男性二人女性二人の召喚士パーティである。
柊菜と樹は召喚士になってから日が浅い。そこで、最近親しくなった同僚へと召喚士として師事を受けることにしたのだ。
彼等と同郷の者であり、この世界に詳しいスリープと名乗る男は、ゲームとしてしかこの世界を知らない。細やかな常識やら召喚士としての立ち回りを知らないのである。
実際に彼から話を聞けば「従魔を増やして物量で殴る」としか言われなさそうなのである。実際に今でも彼からも教わっている柊菜は戦力の拡充を勧められた。
それも間違ってはいないのだろうが、樹と柊菜が現地の召喚士に教えられた事は全く別の話だった。
曰く、召喚士は弱い。本体が弱点である。それ故に召喚士は複数で行動する事で手数を補い、従魔の補助をするのだ。と。
そう、スリープはなんでも自分の力で解決しようとする。それも良いのだが、それ以上に協力出来るならした方が手っ取り早く済むのだ。
従魔一体召喚士一人では、従魔は召喚士を守る為に攻めに出ることは出来なくなる。しかし、召喚士が複数いても一箇所に集まっていれば、少ない数を防衛に回して、残りを攻撃に転換出来るのだ。
そして、同時に召喚士達もまた道具を用意して従魔の補助をしたり、限りなく従魔への負担を減らしていく。
それが、現実での召喚士の立ち回りであった。
「お疲れ、怪我は無いか?」
「大丈夫っす。クエスト目標も達成したんで戻りましょうか」
「お疲れさま、ヒイナさんが二体も従魔を連れているから助かったよ」
「いえ、それほどでも……」
戦闘が終了し、柊菜のチェリーと男のニャシー、【草原のポイズンキャット】が増援がいないことを確認する。ひとまずの安全が確保された所で召喚士達は緊張を解いた。
柊菜よりも年齢が上であろう女性。機種で両腕が銃になった小型の人型ロボットの従魔を使う女性が笑う。
「私もかれこれ二年くらい召喚士しているけど、未だに二体同時召喚が出来ないんだよねぇ」
タハハと笑う女性に、柊菜は思案げな表情をした。
ゲーム仕様で動く自分達と違い、女性は従魔は複数いても、同時に召喚は出来ないらしい。それは、枠を拡張すればいいと思ったのだが、どうやら違うのだ。
それは、プレイヤーとNPCの違いなのか、自分達が特別なのか、その違いが柊菜には分からなかった。少なくとも、柊菜は前から女の発言を受けて枠を増やすという手法を教えたし、それが失敗に終わったことも知っている。
元々、現地では同時召喚は召喚士の才能で左右されると言われているらしい。それにしては従魔を複数使う召喚士は見当たらないのだが。
従魔は所持だけはしているらしく、その時々で従魔を使い分けるのが一般的な召喚士の戦い方だった。
「おーい、二人ともそろそろ戻りましょうよ!」
「あ、はーい!」
樹が柊菜達へ声をかける。トレントとの戦闘処理も終えて、帰還しようと各々が動き始めた。
「っ!? ご主人様、誰か来ます!」
柊菜の従魔であるチェリーミートが警告を発した。遅れてニャシーも警戒を露わにする。
高まる緊張と誰かという人間を示す言葉。盗賊の類いかと全員が身構えた。
ガサリと茂みをかき分けて出てきたのは、ハンチング帽の線の細い男だった。
「日本人……?」
その特徴的な外見に樹が首を傾げる。ハンチング帽の男は今樹達に気付いたと言わんばかりに顔を上げ、ヘラヘラと笑いだした。
「おー……同郷っぽそうな人。もしかしてプレイヤー? 結構いるねぇ」
「あの、あなたは誰ですか?」
「ん? 俺? 俺はしがないサラリーマン。かつてはね。今はちょっと人探し中」
マイペースに男は適当な喋り方をする。柊菜と樹の様子を見て、残りの二人は樹へと知っている人か尋ねている。
「君たち【社会氏 寝太郎】って人知らない?」
「なんすか……その、ふざけた名前の人」
「あら、知らない。そっかぁ。君たちプレイヤーでは無さそうだねぇ。イズパでは有名な名前なんだけど……」
まあいいや。とハンチング帽の男は気にした様子も見せずに歩き始めた。
方向は柊菜達と同じ、資源都市ヴエルノーズである。
「ちょっと待ってください! あなたは結局誰なんですか!」
「んー。若い子ってのは自分が誰だとかはっきり決めたがるよねぇ。所詮人ってのは他人から見りゃ曖昧な肩書きでしか定義出来ないと思うんだけど……」
片手をひらひらと振って柊菜達に振り替えらずに男は言った。
「【ノーマネーボトムズ】……。まあ、知らなくてもいいよ。俺たちはそういう名前の【レギオン】だ」