イズムパラフィリア   作:雨天 蛍

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17話 仕事

「薬物犯の取り締まり?」

「そうヨ。どうやらうちのシマで勝手に薬物が売られているようでネェ。調子に乗った奴を捕まえて見せしめに殺さなきゃいけないノ」

 

 聞き返した言葉に、ピンクアフロのミラージュは頷いた。

 場所はギルドから離れて廃ビルの中。内装が案外整っているので、裏組織の奴らが使っているのであろう一室の中だ。

 そこで俺とミラージュ含む幹部であろうザコイと女の子がいた。

 

 ミラージュの依頼は、現在ヴエルノーズに薬物が蔓延し始めているらしい。そこで、許可もなく薬を売っているような人間をとっちめろ。というものだった。

 

「あ、君は勝手に殺しちゃダメヨ? 君の仕事はあくまでも戦闘発生時の戦力排除。同時に聞き込み。こっちではザコイを付けるから二人で行動して犯人を探してネ。ってこト」

「薬の名前とかは?」

「『レフトオーバー』ヨ。実物はこレ。南区で患者が増えていたから気付くのに遅れちゃったワァ」

 

 コトリと、粉を固めて作った錠剤をテーブルに置いた。コーティングされているのか、綺麗な青色で光沢がある。

 

「南区は海だったよな、売人はともかく製造元は海の向こうなんじゃないか?」

「ンーまあ、製造元は良いのヨ。手出しした売人を殺すことで舐めた態度取った結果を見せるかラ。それと、南区は海だけど、搬入経路が海だとは限らないのよネェ」

 

 顎に手を当ててため息を吐くミラージュ。

 まあ、知っている事だ。薬の名前を聞いた時点で大体の事情は判明した。これが知らないものだと少し面倒だったのだが。

 

 ちなみに、南区は海に面しているから港となっている。湾となっており、波も荒くないので漁をして魚を取るなり色々している。

 それ以上に、ゲームでは死体遺棄の場所として使われていた場所であったりする。

 理由としては、アンデッド対策と街の外に死体を運ぶのが面倒だからである。街中に放置するのも衛生上危険だし、海に流して海洋生物の餌にした方がいいのだろう。

 

 そして、そんな事情もあってか南区は非常に臭いのだ。腐った臭いに磯臭さ。それを誤魔化すように南区は歓楽街的な要素も含んでいる。血生臭さは薄いがそれ以外がとても濃い場所だったりする。

 

 まあ、そんな事情を含めて知っているが、それを教えるつもりは無い。教えたら教えたでなんで知っているのか聞かれるだろうし、それの説明も出来ないので当たり前である。

 ついでに言うと、この街でこの薬物が出回るとは思わなかった。

『レフトオーバー』は増強剤みたいな感じの薬物である。理性を吹っ飛ばし、凶暴性を上げながらも人間を若干超えた力を生み出すというもの。

 これは、メインストーリーで出てくる薬物なのだが、不純物にして副産物的なものである。真の目的は、これを超えた完成品を用意すること。

 

 それが大体六章くらいで使われるストーリーなのだが、これほど早いタイミングの、しかもこのヴエルノーズで発生するとは思っていなかった。

 まあ、もしかしたらプレイヤーがいなくなった後にそれが蔓延したのかもしれないが、ストーリーには出なかったので知る由もない。

 ついでに六章ストーリーでは加入キャラもいない。

 

「期限は一週間。報酬は五百万シルバでどう?」

「……受けようか」

 

 頷くと、ミラージュはにっこりと笑った。男が笑った所で嬉しくもないが、それ以上にこいつの顔では似合わなさすぎる笑顔だった。

 

「成立ネェ! それじゃ、ザコイ。二人で動きなさイ。私は別の仕事があるかラ。逃がしたらタダじゃおかないからネ」

「ハッ!」

 

 カツカツと靴を鳴らしながらミラージュは去っていった。

 

「……ウィード、やれ」

「なっ!? ガフッ」

 

 ミラージュが立ち去ったのを確認すると、ウィードに命令してザコイを昏倒させた。

 気を失っているザコイを適当な紐で縛り上げて逃げられないようにする。

 

「悪いね。俺は下手な詮索をされたくないんでね。仕事はきっちりこなすよ」

 

 そもそもお荷物連れて戦闘の可能性がある依頼を受けたくないのだ。護衛クエストは難易度が高い上にその護衛が弱いとすぐに死んでしまうのだ。

 そこで、今回なら縛り上げて動かなくして自分が解決するのが一番楽だと判断した。

 

 ふと、テーブルに置かれたままの『レフトオーバー』を拾い上げる。

 地球ならコーティングしたお菓子みたいな見た目のそれをウィードへと放り投げる。

 

「ウィード、食べな」

「グルッ!? あむ……」

 

 命令通り薬を食べたウィードが恨めしそうに睨む。

 人間相手に使う薬物が従魔に効くわけないだろうに。そもそもウィードは状態異常耐性がそこそこ高いので血液に直接高濃度の薬剤をぶち込まれようとも効きすらしないだろう。それが従魔っていうものだ。

 

「…………これ、アルラウネの蜜じゃないか! ペッペッ! なに食べさせる!」

「ふーん……やっぱりアルラウネか」

 

 ウィードが予想外の検分を終える。まさか知っているというか分かるとは思わなかった。舌がいいのだろうか。

 

 アルラウネといえば植物型の女の子の従魔である。肌が緑色で下半身が植物だ。そしてその蜜というからには、つまり、そういうことなのだろう。

 ちなみに俺の知る内容だった場合、今回の薬物を作るのに使われているアルラウネはかなり特殊なアルラウネになると予想される。具体的にはリミテッドキャラクターである。

 

「さ、とりあえず同じ薬物を売っている人を探そうか。この街の元締めが知っているならそれなりに広まっているのは確かだし、欲しがれば情報位は出るでしょ」

 

 むしろミラージュの関係者が捜索すれば逃げ隠れされる可能性もあるわけだ。やはりザコイは邪魔でしかないと思われる。

 

 

 ゲーム時代から、召喚士が従魔を使った産業というのは割りと多く描写されていた。

 その力を使った農作業や、野種を使った畜産物、果てには大自然そのものからの贈り物を売る等と、結構プレイヤー視点でも使える事は出来たのだ。その多くが換金アイテムだが。

 そして、俺もまた一度だがそういった事柄に触れた経験がある。養蚕業である。

 

「従魔を繁殖させるのは無理だからねぇ……後が続かない仕事だぜ」

 

 忘れていたシルクの絹玉を手に街を歩く。内側にあるサナギの抜け殻は捨てた。

 

 従魔を繁殖させることは不可能では無いだろう。しかし、それを命令して従魔が実行するかは不明だし、繁殖したとして、その子供が召喚士に従うかは全くの別であったりする。

 召喚していない上にこの世界での誕生なので従魔になるのが難しいのだ。リミテッドキャラクターとして分類されるが、システムに存在しない従魔が呼べるかはわからないので。

 

 プレイヤーの産業はもっぱら月齢による収穫日に入手出来るアイテムの入手であった。卵とか乳とかそんなもんである。

 

 ウィードもまた成長させれば卵を産むのだが、初期段階では産まない。少なくとも三段階目のステージ解放まで行く必要がある。

 龍種で卵を産むのは使いやすいサラマンダーが有名だ。星三龍種故にこの世界でも少数ながらサラマンダーの卵が高級食材として取り扱われているのを見かけている。ゲームでも最初期キャラ故に金策として所持するプレイヤーは多かった。

 

 なお、普通の女の子を予想してはいけない。実際はサンショウウオみたいな顔をしたトカゲであり、擬人化すらしていない。メスなのは確かだが。

 

 ともかく、従魔もまた需要と供給の社会活動に枠があるので、仕事がてら絹玉を売ることにしたのだ。

 

「なあ、私アレが欲しいんだが」

 

 市場を巡ること数分。ウィードがこちらの袖を引っ張ったかと思えば、何かを指さした。

 その先には龍種の脱皮やら鱗やらで作った装飾品がある。

 …………自前で用意出来ないか?

 

「自分のじゃあ意味が無いだろ!」

「……まあ、いいけどさ。すみません、これ一つください」

 

 憤慨するウィードを尻目に欲しがっていた鱗を重ね合わせたアクセサリーを購入する。

 小さくても女の子ということなのだろう。そう思い、彼女の首へアクセサリーを着けようとすると、手で防がれた。

 

「どしたの?」

「首につける必要は無い。よこせ!」

 

 言われるがまま。ほい、と手渡すと大きく口を開けてアクセサリーを食べ始めた。

 驚愕のまま見つめていると、あっさりと鱗を通していた紐ごと食べ終わり、満足そうな顔をする。

 

 …………アイテムである。さっきのアクセサリーは経験値アイテムだったのだろう。ウィードのレベルが上昇したのを見て先程の行動をそう結論付けた。

 

「……なんだよ」

「いや……なんでもない。強いて言うなら俺も人間の価値観に囚われていたなって思っただけだ」

「? 変なやつ」

 

 首を傾げるウィードを連れて、アクセサリーショップを離れた。最後まで驚愕の表情を隠さなかった店員が印象深かった。

 

 さて、気を取り直しての行動である。結局高級そうな織物店で絹玉を売った。ウィードのアクセサリー代程度にはなったので満足である。

 そして、買い物を終えて南区へとやってきた。時刻は既に日が傾き始めている。本格的に調査をするのはもう少し後だとは思うが。

 

「あの薬の匂いとかって分かるか?」

「わからん。臭い」

 

 ウィードの顔がこれ以上ない程に顰められている。俺も同じように眉間にシワが寄っている。

 臭いのだ。ゲームでもそう描写されていたが、めちゃくちゃ臭い。

 すえた臭いに磯臭さが混ざり、果てにはどことなく香る香水やら何やらの香りで鼻が曲がるのではないかと思う程に臭い。

 波止場の向こうでは水死体が浮いているし、路地裏へ行けば娼婦と共に暴行を受けたような怪我人が転がって残飯をぶちまけられている。

 日陰部分ではドラム缶のような物で焚き火をする浮浪者が座り込み暖を取る。その横を漁師が網やら籠を持って駆け抜けていく。

 

 混沌とした弱者の空間だ。そこにいる人間のほとんどが死に、諦めた目をしている。

 

 ここに来てから既に三度襲撃を受けている。ウィード狙いなのか自分狙いなのかはよく分からないが、人さらいの類いであることは間違いないだろう。

 しょうがないのでウィードには顔をボコボコにされた男を引きずり歩いてもらう事で人避けを任せている。この男も俺たちを路地裏へ連れて行こうとした人間である。この場の臭いでは、放っておいても傷口から病気を引っ掛けて死にそうである。

 

「どうしようかなぁ……今からでも依頼断れないかな」

「そこのお兄さん。ちょっと気持ちいいことしていかない? 見た感じ身なりも整っているしここは初めてでしょう?」

 

 ウィードがいるのにも関わらず声をかけてきた娼婦を一目見る。膨れた顔と下っ腹の熟女であった。よく見れば瞳孔が開いており、口も歯がボロボロで黒ずんでいる。

 

「レフトオーバーって知らないかい?」

「あらなに? 薬を使っているの? アレは使った男が激しくなるから身体が持たないんだけど」

 

 声をかければ一発目で当たりであった。幸先が良いと口元を歪める。

 

「あいにく女には困ってないんでね。彼女との為に買いに来たのさ」

 

 そう言ってウィードの肩を抱き寄せた。ウィードは不満そうに一度だけペシりと尻尾で俺を叩いた。

 

「イイ趣味してるのね。それなら行きつけを紹介しましょう」

「仲介料だよ。ほら」

「……着いてきなさい」

 

 女へ金を渡すと、よそ行きの顔を捨てて表情を殺した状態で歩き出した。距離を置いて後を追いかける。ウィードは既に効果が無いと悟り、男を放り捨てた。

 路地裏へと入り込み、複雑な道を進む。どうやらあえてジグザグに進んでいるらしい。店の場所をわからなくすると同時に帰りの分の道案内代を稼ごうという算段であろう。

 道の途中にある一つのドアの前で立ち止まる。

 

「ここよ。帰り道が分からないなら呼んでね。近くで待ってるわ」

「はい、どうもね」

 

 ウィードがするすると俺へとしがみついて体を登り始めた。その様子から、ドアの向こうに脅威は無いと判断出来る。

 ドアを開くと、店内から粉っぽい匂いが漂ってきた。

 薄暗い。ロウソクの明かりだけがカウンターにあり、壁は全て引き出しになっている。

 

「ア"ア"!? 誰だ! こっちは機嫌悪いんだよ! 金の無い娼婦が子供引っさげて薬を寄越せこいつを売るってうるせえんだ!」

 

 よく見ると男の足元は血溜まりになっており、傍らにボロ布を纏った女性らしき肉塊が転がっている。

 部屋の隅、男から極力離れた俺のいるドア横の方には、金髪赤目の子供がガタガタと震えていた。

 

「そりゃご愁傷さまだね。レフトオーバーって奴を買いに来たんだけど」

「耳が早いな。どこのモンだ?」

 

 表情が変わり静かになった男を見て、ゲームと同じ事情だと判明した。バレない様に下の人間へと売るだけの命令のようだ。

 

「そりゃあ──天下のミラージュ様だよ」

「っ! 勘づかれたか! おい、仕事の時間だ!」

 

 男が声を荒らげると、男の背後の扉から顔を隠したナイフ持ちの人間が二人ほど出てきた。用心棒だろう。

 

「クソッタレ! この街でミラージュの野郎に睨まれりゃ生きていけないってのに! どこの馬鹿がここを紹介しやがったんだ!」

 

 ドスドスと入れ替わるように男が向こうの部屋へと消えていく。

 ウィードは既に俺から飛び降りて相手を威圧している。出来れば逃げた男を無力化して欲しかったが【龍種覚醒】中で動かないらしい。

 

「シルク、そこの子供を守ってなよ」

 

 戦闘力は低くとも、それでも人間相手なら、余程の相手ではなければ負けないだろうシルクに子供を任せる。人質として取られた場合見捨てるので、そうならない事を祈る。

 

「出来れば穏便に行きたいからそこを退いてくれないかな? 召喚士と従魔の強さは理解しているよね?」

「…………」

 

 一応引いて貰えないか声をかけるも、返事は無く、スラリと鞘から抜かれた短剣が返答になった。職務に忠実なようでため息が出る。

 

「悪いけどこっちも仕事なんだ。君達の生死は特に言い付けられてないから、全力でいくよ」

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