「あ、スリープさん。お疲れ様です」
「……どうも、お疲れ様です」
召喚士ギルドから離れた場所にある宿屋。最初に泊まった場所とも違い、立地は悪いものの、部屋の広さや質が値段よりも良いのが特徴の場所。
そこの一階食堂にて、俺は食事が用意されるのを待っていた。そんな時に、冒険を終えた柊菜と樹少年が帰ってきた。
ここ数日二人は俺と別れて行動しつつ、この世界の情報やら何やらを自力で集めていた。今回もそんな社会見学の一つであろう。NPCとパーティーを組んでフィールドへと向かっていたはずだ。
俺としては、二人とも自立してくれているようで大変ありがたく思っている。この調子で問題を起こさず、起こしても自力解決出来るように育ってくれると嬉しい。
「…………スリープさん、その小さい子は誰ですか?」
俺をロリコンと見なしている柊菜がいち早く、ウィードと拾ってきた子供が向かい合って何かをしている姿を発見した。
ちなみにウィードはお姉さんぶっているのか、ガキンチョに龍としての心得を説いている。
「いつかやるとは思ってましたが、まさかこんなすぐ目を離した隙にやるとは思いませんでした」
「うおお……結構可愛いっすね。本当にどこから連れてきたんですか?」
「南区の娼婦の死体からとってきた」
まあ、実際にその娼婦の子供かどうかは不明である。
「し、死体から!?」
「羅生門……」
驚く柊菜と今ひとつ真剣味が足りない樹少年。俺は別に引剥ぎをした訳でもないし、そもそも娼婦は老婆でもなかった。騙してたかどうかは知らん。
「ちょっとした仕事でね。俺が殺したわけじゃないし、見捨てるのもなんか良心に訴えるものがあったから拾ってきただけだよ」
「それにしては随分綺麗な身なりしてますね……」
ボロ布を纏っていただけのガキンチョは現在ウィードが着るかどうか試しに買った時の服を着ている。なお、ウィードは着なかった。
べっとりと汚れ、フケやら垢まみれの全身は既に綺麗さっぱり洗い流されて、ガリガリに痩せているけれど、とんでもない美少女っぷりを発揮している。
まあ、この世界はゲームの世界なので外見グラフィックは肉感マシマシかつ、ゲームと同等レベルだ。地球産美少女が裸足で逃げ出すくらい、そこら辺を行く女の子でもなんでも可愛い見た目の人が多い。モブでこのレベルだ。
とはいえ、美少女といえば地球でもフルダイブVRゲームが出てきているので、見慣れてはいるだろう。プロ女子(ネカマ)からは逃れられない。
それと比べてもガキンチョは結構可愛いが。
ちなみにガキンチョは女の子であった。体を洗う必要があったのだが、ウィードに任せようと思い任せたら、あまりにも雑な仕事だったので二度手間をかけて俺が洗い流した次第だ。
「へんたい、ロリコン」
「娘でもいたんですか?」
「いや、独身だったけど」
慣れてるからね。とは続けなかった。ウィード相手に既にキレイキレイは実践済みであると。そこまで言えば柊菜の絶対零度の視線が永久凍土の如く不変のものになるだろうし。
「この子は、私の部屋で寝泊まりさせます!」
「うん。よろしく」
ギュッと少女を抱きしめた柊菜が宣言する。その言葉を待っていた。
「明日の朝には世話させるのも悪いし、迎えに行くからそれまでよろしく」
「へっ? あ、はい。言われなくても……」
「じゃあおやすみ」
「あれ? スリープさん今日は食堂で食べないんですね」
「都合が悪くなったんだ」
用意されたトレイを受け取り、階段を上っていく。ウィードが嫌そうな顔をして後に続いた。
今後俺は食事を部屋でとる必要が出てきた。その原因が従魔召喚にある。
自室の扉まで来た。ウィードに指示を出して部屋の扉を開けてもらい、素早く入る。
続いたウィードが部屋に入るとバタンと勢いよく扉を閉めて鍵をかけた。
「あ……おかえり、なさい」
「はい、ただいま」
部屋の中央。床にペタンと女の子座りをしていた人物へと顔を向ける。
艶を失った髪、痩せこけた頬。落窪んだ目。死病にかかった事を示す皮膚の斑点とカビ。
吐く息が毒々しい緑色を混ぜている。それでもなお、美人だとわかる外見の女性。
星四死種【死病の生贄ノーソ】である。
待ちに待った星四以上の従魔であるが、これを引いた途端に俺はそれを望んだ事を後悔していた。バイオテロ従魔とか一緒に生きていけないだろ。
本名であるノーソの前部分から分かるように、彼女は小さな村で伝染病が流行った時に、神への捧げ物として殺された少女である。
肉体は呪いと伝染病に冒されており、触れる者近付く者へ平等に病をうつす従魔である。
ちなみに、彼女自身は人間である。供物であり、生娘であり、箱入り娘の感染源だ。
アビリティにも【疫病感染源】というものがあり、ノーソから一定距離以内に近寄ると、パッシブで一定時間毎に状態異常【病魔】への感染判定が入る。フィアズエッグよりは強くない。そして上位互換にあらゆる病魔そのものの従魔がいる。使えるがゴミだ。産廃だ。下位互換としても弱いのだ。
何より面倒くさいのが、フィアズエッグ同様のパッシブアビリティである。彼女はフレーバーテキストにも書かれているくらい面倒くさい伝染病の感染源であり、触れる者近くにいる者全てを伝染病に罹患させる。
もしかしたら俺も数日後には死んでるかもしれない。
こんな所に栄養欠損の、ガリガリのガキンチョを入れたら即座に感染して死に至るだろう。回復スキルを持っていない現状それは避けたいので、どうにかしてガキンチョは柊菜に預けるつもりであった。
ちなみに、彼女はノソフィリア(病症性愛)を担当する従魔の一体である。彼女がゲームではノソフィリアの初従魔なので近い名前を持っているのだ。
そのため、いくら育てても彼女は病気から復活しないし、伝染病は治らない。好感度イベントも看病系が多い。彼女は病弱(罹患済み)な箱入り娘なのだ。
似たような存在にエメトフィリア(嘔吐性愛)がいるが、アレはクレームも多い従魔であった。なんせゲロゲロなのでどう足掻いてもヨゴレ系キャラにしかなれないのだ。
トレイの一つをノーソへと渡し、自分も机を出してそこに置く。ウィードは先に食堂で肉の塊を食べてきているので机の下へと潜っていった。
「座らないの?」
「…………私が近寄ると病にかかってしまいますので」
一定距離から一切近寄ろうとしないノーソがやんわりと首を横に振った。
好感度が足りない。同じ部屋にいる時点で俺は既に感染しているとは思うのだが。それとは別に遠慮しているのだろう。
ちなみにシルクは【リコール】してある。どのように影響を受けるか分からなかったからだ。フレンドリーファイア有効だった場合大損不可避なので。
ウィードも罹患はするが、そもそもレアリティの暴力で耐性が高く、かつ感染直後に距離を取れば自然回復まで生き残れる強さがあるのだ。
立ち上がりノーソへと近寄る。ずかずかと近寄り、少しでも距離を置こうと身を引くノーソの手を掴み取る。
グイッと引き寄せ、緑色の息が顔にかかるほど近寄せる。
「俺は召喚士だ。見た感じ感染症にもかからないらしいから、遠慮なんてしないで近寄るといいよ。呼吸を一緒にしようが従魔の影響で俺が死ぬことは無い」
「わかりましたぁっ! わかりましたから離れてくださいぃ……」
顔を真っ赤にして俯き、視線を合わせようとしないノーソから顔を離す。
「うぅ……」
「変に遠慮されてもこっちが困るんだ。どうせ今後ずっと一緒に生きていくんだからさっさと慣れてよね」
手も離して席に戻る。すると、ウィードは机の下から出て、俺の食事に自分の指を噛み切り血を垂らしていた。
「……なにしてんの」
「龍の血は生命力だ。母も私が赤子の時に乳をくれた。飲め」
ちなみに、血も涙も母乳もその成分は実はほとんど同じである。つまり血を流す事は泣くことと同じである。メンヘラ知識だ。
そして泣くことは母乳を出す事と同義である。変態豆知識だ。
俺が先に手に入れたのはメンヘラ知識である。後々変態豆知識も入手した。
まあ、流石に召喚士も従魔の吐く毒息そのものの無効化は難しいようで、実は肉体が既に熱病の如くふらつき初めていた。この行動は大変有難かったりする。
「ありがと」
「……別に」
ウィードはふいとそっぽを向いた。
ドラゴンズブラッドで彩られた料理を食べる。ノーソもこちらをチラチラと伺うように席を同じにした。
検証も兼ねた行動だったのだが、俺自身には従魔への耐性が付いているのかもしれない。
これはゲームでも一切説明がなかったのだが、ありうる話である。そもそも召喚士はなんの力も持たない人間だ。そんな人間が、存在からして違う従魔とどのように生活をするのか。
例えば、召喚士ギルドのギルドマスターエムルス。彼の従魔は敵へと無差別に恐怖を植え付ける能力がある。この場合の敵は、何も目の前にいる相手だけじゃない。事実、樹少年のピクシーと柊菜のエンドロッカスは恐怖を流れ弾で喰らっていた。
最も従魔の影響を受けるのは召喚士だ。それがどんな従魔であろうと、その従魔に近いのは召喚士なのだ。
修行の果てに従魔の力を克服するとかは有り得ない。それが通用しないのが従魔であり、人間とはスケールが違う存在なのだ。
では、なぜエムルスは彼の従魔であるフィアズエッグの恐怖を植え付けられないのか。
仮説だが、召喚士は召喚した従魔の能力に対する耐性かなにかを所有するのではないか。まあ、単純にフレンドリーファイア無効なのかもしれないが。
従魔同士は影響を受けたり受けなかったりと描写が様々だった。イベントによっては、プレイヤーの従魔が他の仲間である従魔になにか影響を与えて、それの解決に奔走することもある。
これらを考えれば、召喚した従魔に対する耐性の取得が納得出来るものだと判断したのだ。もちろん、先程のように耐性を突破するのかもしれないが。
ここら辺は要検証だろう。明日以降考えよう。
「明日はノーソの実験をしに外へ出るよ」
「へっ? 外、ですか?」
「従魔になったからには戦ってもらう必要があるしね。それ以前にノーソの能力が危険過ぎるというのもある」
ノーソの問題は召喚したまま街を出歩けないというところにある。フィアズエッグがそこら辺の人間相手に能力が通用する時点でもうダメだ。この街の医療レベルや衛生面を把握していないが、ほぼほぼ滅びるだろう。星四とはそれくらいできる規模の強さだ。最低でも一都市相手に勝利出来る能力を有している。
ただの人間が星四死種になれるほどの病と呪いだ。ここから外へ放り出しただけで街が壊滅する。
ひたすら感染地獄を予想するなら、生態系が狂わない場所を選ぶ必要がある。具体的には現地生物のいないフィールドかダンジョン。従魔系のモンスターが出る空間へと。それなら死んでもすぐにゲートを通って新しく生物が補充されるし。
新緑の森方面にも終末の洞窟はあるが、アレはレベルが高すぎる。少し難易度は上がるが、反対方向のダンジョンを探そう。
人間がベースとだけあって、ノーソの耐久面はかなり不安がある。後衛職かつサポート系なので打たれ弱さがトップクラスなのだ。
現在のシルクよりも簡単に死ぬと言えば深刻さも分かるだろうか。小さな虫よりも脆い人間、弱肉強食。
とにかく、ノーソの今後の扱いを決める為の確認作業を行うため、明日は西へと向かう事にした。
そうと決まれば行動は早いのだが、一つ問題がある。
「あのガキンチョどうしようかなぁ」
拾った子供の処遇だ。彼女の親が既に事切れており、その後の生活を憂いたから拾ってきたのだが、ぶっちゃけ育てるつもりは無い。
弱者救済をしようとする時点で間違いなのだ。自然淘汰されねばならぬ存在。そうでなければ無残に搾取されるだけの存在。
守るものと扱うには彼女に価値は無いし、何より俺のやりたい事や、そもそも俺の従魔と共に生きれない点で問題がある。
強者と弱者が共に生きる場合、強者が弱者に合わせて生活しなければならない。この街もそうだ。トップクラスはミラージュやエムルス、セイコウといった超人だが、大多数はゴロツキ以下の弱者だ。
エムルスは自身を危険に晒して普段はフィアズエッグをリコールしている。セイコウは知らんが、思うがままに力を振るうのは難しい状況だろう。
ミラージュなど、裏でこの街を支配しているが、普段は地下にいる。地下はミラージュの手先である人で固めている。
他者へと合わせて生きるつもりが無いのであろう。ダンスばっかりしていた記憶がある。ゲームではだけど。
まあ、拠点を作り、そこで活動する分にはそこまで問題は無いだろう。しかし、俺はゲームがしたいのだ。現実となった世界で生きていきたいのだ。それには彼女は邪魔でしかない。
拾って早々に悪いが、どこかへ捨てる事を検討しておこう。せめて安全な場所で。
……どこかにそんな場所あったっけかなぁ?