「スリープさんに渡したく無いんですけど……」
「でも柊菜が持ってても意味無いよね?」
宿屋でノーソやウィードと過ごした次の日、どうしようもないので子供を柊菜から引き取りに来た。
一悶着あったが、柊菜から子供を受け取り、宿を出た。今回は召喚士ギルドへ向かわずに直接外へ出るコースだ。
あれから色々考えたが、やはり今のままではガキンチョをどうすることもできないので、諦めて捨てようかと思う。
悪いのは自分の弱さだ。この場合の自分は俺ではなくガキンチョ自体の弱さである。兵器を個人が圧倒する世界で弱者に生まれた自分を怨みな。
ちなみにだが、この考えを伝えた時のウィードとノーソの反応はというと。
「フン。托卵を育てようとする考え自体がおかしいんだ。自分の子、グループの子供だけを守るのが普通だろう?」
「そうですか……仕方がないですね。出来れば助けてあげたいですが」
と、かなりあっさりとした受け入れ具合であった。野生幼女龍ウィードは自然界らしき掟に従い価値や考えを持っているので理解した。しかし、ノーソは意外にも感じた。箱入り娘だから反対くらいすると思っていたのだ。
しかし、よくよく考えてみれば、普通の事だった。彼女は狭いコミュニティで生きていた人間であり、疫病に悩まされた挙句、生贄に出されたのだった。
切り捨てること自体に理解は示している。というか、仄暗い感情が透けて見えた。そもそも、彼女の持つ呪いの力とは、自分を追いやった村への強い恨みの感情があるのだった。
つまり、ノーソは自分と同じように切り捨てられる人物を見て同情混じりに喜んでいた。箱入り娘と言ってはいたが、清楚系とは程遠い性格をしているのだ。複雑な心境の一側面を汲み上げて評すれば「優越感」とでもいうのだろう。
結果、満場一致でガキンチョは死ぬ。殺さないけど、最後まで育てる気も無かったのだ。
せめてもの義務として、この世界で俺が知る限り一番安全な場所へ送るつもりである。清浄な水と食料。やや冷たい気候だが、外敵の脅威も少ない場所があるので、今日予定を変更して向かうつもりである。ノーソの検証はその後にでも行う。ガキンチョがいては検証もできないのだ。
現在の戦力でも向かうだけなら問題ないと思うのだが、かなり危険な旅路となるだろう。今日はその準備に費やすつもりだ。
しかし、柊菜が渡して以降ずっとガキンチョが俺にしがみついている。この様子を見て柊菜もまた苦笑していた。
「スリープさんって、変態ですけど凄い子供にモテますね」
予想だが、ガキンチョは自分が捨てられそうな気配を感じ取っただけだと俺は思っている。必死にしがみついて離れない辺りが根拠だ。
「ガキンチョも召喚士だったりすれば話も変わるんだけどねぇ」
「グルル? 召喚士だと何が違うんだ」
「手数の増加と現地人物と転移者の仕様違いなどの検証かな。後はレイドバトルとダンジョン攻略で使える」
プレイヤーを育てるよりもこの世界の仕様を常識として認識しているキャラの方が、育てるなら楽であろう。説明が不要であるからして。
それ以上に、あの二人を見てて戦力として考えるのは難しいと察したのだ。樹少年は今なお剣の道を進んでおり、柊菜も柊菜で既に現状に満足している様子だ。下手なリスクよりも安全をとってこの地に永住しそうな雰囲気がある。
二人は地球へ帰るつもりは無いのだろうか。俺は無いが。二人には少なくとも友人や家族くらいいると思うのだが。
従魔の能力を考えれば地球へ戻る事は不可能では無い。というか可能である。平行世界への転移や次元、時空間の移動など普通に従魔で能力として持っている奴がいるのだ。
少なくとも地球に帰るのは可能である。それが俺達の知る地球であるかどうかは不明だが。
というのも、第二部はこの世界ではなく最初は地球で物語が展開されるのだ。
帰り方はストーリークエストを進めて魔王であるエンドロッカスを討伐すればいいだけだ。ちなみに、魔王のエンドロッカスは従魔ではない。柊菜の持つ暴剣のエンドロッカスは死種。つまり魔王死後に登場するはずなのだ……。
なんでこの世界でエンドロッカス召喚出来るんすかね? 死んでる?
思いつく理由としては、ゲーム仕様だからだろう。そもそもエンドロッカスは特徴的にリミテッドキャラのはずが通常従魔として扱われているのだ。分霊とかなんかあるんだろ。きっと。
そもそも今の時期にこの世界のエンドロッカスを殺すということは人間を殺していることになるはずだし、俺のようなゲームを知る人物でも、元の彼が誰だか分からないはずだ。
ふと、子供が俺を引っ張る手が離れた。足が胴体をがっちり拘束しているが、それだと落ちてしまうだろうから慌てておんぶの体勢へと変更する。
「急にどうかしたか?」
声をかけると、彼女は俺の眼前に小さな手を持ってきた。何か握っているらしい。
開かせると、なんとそこには虹色の八面水晶体が。星三以上確定召喚石である。
「うおっ!? 石じゃん」
「なっ!? 召喚士だったのか?」
隣を歩くウィードもこれにはびっくり。往来なので視線も集まる。
急遽予定を変更し、宿へと引き返す。
ガキンチョには荷物が無かった。着の身着のままの状態で連れ帰ったはずだ。今ここで召喚士としての才能が開花したとでもいうのだろうか?
召喚士は通常、召喚士の資質と従魔との相性で決まる。似たような存在を引き当てる傾向があるのだ。
つまり、従魔程の存在に通用する意志の強さが必要になってくる。同時に従魔を受け入れられる感性、従魔に認められる精神性が重要なのだ。
従魔は優しい存在じゃない。怪物だ。人であろうとどこかに必ず破綻や異常がある。それを認め、受け入れることができて初めて召喚士になるのだ。
現実がどうのこうの言ってる間は絶対に召喚士になれないし、受け身であったり、従魔に否定的な時点で召喚士の才能は無くなる。そして、従魔の求めにも応えることが出来る必要がある。
そうして初めて召喚士は石を手に入れられるのだ。
…………ゲームの設定だが、間違っていない。この世界では当たり前のことらしい。ミラージュから確認は取っている。
つまり、言い換えれば今背中にいる小さな子供が、それだけのことが出来る存在だということに他ならない証明であるのだ。召喚石というのは。
これは良い拾い物をしたな。
未だ一言も発さない子供を背負い直して、宿屋へと先を急いだ。
宿屋へと戻ってきて、すぐに自分の借りた部屋に入った。鍵を閉めてウィードに周囲の人間の存在を確認させる。
ウィードが首を横に振る。誰も聞き耳を立てているということは無いようだ。
「さて……まずはなぜ今になって召喚石がガキンチョの手に入っていたかだな」
まあ、召喚石を親に捨てられたとかそういう理由でもあるかもしれないが、それでも、柊菜が石の存在を言わなかった時点でありえない。
これも検証したことだが、一度入手した石は消費しない限り失うことは無かった。ウィードが食べてもどこかへ投げ捨てても、必ず少ししたら近くに転がっているのだ。
俺がガキンチョと一緒にいた時間でも何度か石が戻ってくるタイミングはあった。しかし、気づかなかった可能性もある。人探ししていたからな。
しかし、一緒に寝たであろう柊菜は確実に気付くはずだ。つまりは元々召喚士としての才能があった訳では無いということだ。
何かしら心境の変化なりなんなりがあったことで、今この瞬間に召喚士としての才能が開花したのだろう。
この時の心境とは、おそらく捨てられたくないというものだろう。
……いや、違うな。捨てられたくないという感情だけなら絶対に従魔は答えない。同情で召喚できるなら誰だって召喚士になれる。
一時の感情での召喚は確かに可能だ。とはいえ感情だけで呼べる従魔はいないから、他の素質があって初めて呼べる訳だが。
まあ、内容こそ不明だが、従魔が応えたくなるような精神性を手に入れたということだろう。元々召喚士の能力だけはあったはずだ。
「とりあえず召喚しない?」
「…………」
「あ、くそ。こいつ喋らないんじゃなくて喋れないやつだ」
教育的な問題なのだろうか。心因性の失語症かなんかなのだろうか、とりあえず言葉を理解している様子ではあるが、声は出ないようだ。
筆談でもいいが、そもそも文字がかける年齢かどうかも怪しい。娼婦の子供だった時点で、日本のようにはいかないだろう。
「うーん……そもそも召喚って音声認識なんだろうか? そこら辺確かめてみるか。いいか? 石を放り投げるんだ。ちょっと手を借りるよ」
ガキンチョの手を掴んで放り投げる仕草を繰り返す。理解が遅いが根気よく続けた結果、見事石を放り投げることに成功した。
「おおっ! そうだ。それだよそれ! よーしよしよし」
褒めるために頭を撫でまくる。笑顔になっていいことをしたんだと教える。
犬と同じような扱いだが、言語が通用しない時点で物事を理解させるには動物と同じような方法をさせる必要がある。仕方の無いことだ。
「つっても放り投げるだけじゃあ召喚石は割れないか。召喚させる意志ってどうやって与えるんだろうなぁ」
ウィードをリコールさせて呼び直すのはどうだろうか。いや、そもそも召喚とコールでは仕組みが違う。
こいつがなぜ石を手に入れたかを考えろ。捨てられたくないような状況である。再現さえさせれば、さながらインコが仲間を呼ぶように、覚えた言葉を繰り返す方法と同じことが出来るはずだ。
すなわち、召喚石を手に入れたのと同じ感情で、覚えた動作を繰り返すはずだ。
「よし、捨てるか!」
「グルッ!?」
俺の結論にウィードがギョッと目を見開いた。予想外の展開だったのだろう。
まあ、前言撤回したようなもんだしな。俺の目的はコイツに召喚させることだが、それが捨てることに繋がらないだろうし。
ガキンチョを抱えて部屋を出る。なにか言いたげな表情でウィードが後を追いかけてきた。
「おい、捨てないんじゃなかったのか?」
「捨てることで望んだ結果が得られそうなら捨てるまでよ。大丈夫。従魔は復讐の感情では召喚できない」
ノーソ等は、自身の境遇から人間への憎しみを持っているが、それを叶えられそうな人間の召喚に応えたりはしない。
ちなみに、復讐心とは別に殺意だけだと召喚できそうな従魔はいたりする。嗜虐心を満たしたいタイプの従魔辺りが応えるだろう。
結果的に復讐へと繋がるのなら従魔は呼べるが、復讐だけが目的の場合、事が済んだら用済みになってしまうので、大抵の従魔は呼べないし応えないのだ。ぶっちゃけ人間の復讐心などどうでもいいのだろう。
フレーバーテキストであるが、召喚士は強い意志を持ち、強烈な思想が必要である。イズムパラフィリアのイズムの部分だ。
これは従魔と召喚士の物語なので、人間が意志、従魔が身体のような役割を果たす。
イズムとは主義だ。復讐心は主義ではない。おそらくだが、そういうことなのだろう。
俺は暴力主義者だ。暴力革命とはまた別だが、似通った考えはある。社会主義よりも資本主義的な思想での暴力主義者だ。個人の暴力。力こそが絶対の価値基準であり、指標になる。と信じている。
まあ、ずっとそんな考えであり続けるのは疲れるので、消極的暴力主義者だと言えるのだが。基本的にそう思っているが、別に他人に押し付けるつもりもなければ、それを軸に勝てもしない社会の力へと反発することはしないのである。
逆にいえば、今のような誰にも縛られないような力がある状態なら、自由に振る舞わせてもらおうとは考えている。
そんな考えに呼ばれたのが、地龍ウィード、迷いの森のシルク、死病の生贄ノーソというわけだ。彼女たちには俺に似たような思想があると言っていい。
とまあ、こんなようにスタンスで呼べる従魔が変わってくる可能性があるということだ。ゲームでも乱数の偏りはスタンスの違い扱いされていた。
「とりあえず、本気で捨てるつもりはないけれど似たような状況で実験しようってだけだよ」
「ああ、そういうことか。何か精神系の攻撃でも受けたのかと思ったぞ」
「あー……そういうのも確かめるべきだったなぁ。まあ後でいいだろう」
ウィードと会話をしながらヴエルノーズの門まで歩く。次第に状況を理解したガキンチョがヒシっと俺の身体にしがみつく。
「そうじゃないんだよなぁ……。まあ、とりあえず新緑の森で放置されるまで続けようか」
「早く気付くといいな。時間がかかりすぎるやり方だ」
「これがダメなら言葉を教えるしかないよねぇ。俺子育てとかしたことないわ」
「放任でも子供なんて育つもんだぞ」
「どんな育ち方するかわかったもんじゃねぇな」
ウィードは野生かつ子供だから知らんだろうが、子育てくらい僅かでもあるだろうに。
ゆるゆると外へ向かう。ヒントを差し上げるためにガキンチョへ声をかけた。
「自分の有用性を示すんだよ。捨てられたくないなら価値を見せなきゃ」
従魔のいない召喚士など最弱の人間である。存在価値すらない。石がなければその時点で詰みなのだ。
泣かない子供を抱えて、俺は新緑の森へと歩き出した。