新緑の森。初期フィールドにして植物系の敵がほとんどを占める空間。ここは自殺の名所とも言われているが、実際の死体が見当たらない辺り噂は噂でしかないようだ。
ゲームではとある聖女が世界を救う旅に疲れて全てを忘れて眠りについたというストーリーがあったりするが、それは現在関係のない話である。死体こそ無いが、精神的に重篤な人がここで眠りについている事は間違いなかったりする。それは、新緑の森ではなく、ここの奥地こそが目的の場所であるが。
閑話休題。そんな常に日光を透かした緑色の空間は、今は見る影もなく荒れ地と化している。肥沃な大地である分耕作地として開拓したのだと、誰かに咎められたらうそぶくつもりである。
そんな状態なら、普段は日の光も木々の葉で遮られている場所が開けて、明るくなっていたと思われるだろう。しかし、正面に佇む巨大な影がそれを阻んでいた。
「ったく。優秀なの引いたね……」
荒れ地を作り出した片割れが言うのもなんだが、とんだ迷惑行為である。自然の崩壊による環境変化だとか資源が失われるとか色々思うことはある。
まあ、モンスターがいるような森での伐採なんてやらないだろうから、生態系の変化くらいしかないかなとは思うが。
ここには動物系モンスターがいない分まだマシだろう。
「ウィード、そろそろいいか?」
「グルル……」
ウィードが首を横に振った。【龍種覚醒】はまだ終わらないらしい。こういう時速攻が出来ない辺りどうしも龍種は使いにくいという評価になる。実際に使いにくい。
現在、地龍ウィードは俺を背に龍の姿を見せている。彼女の背後では小さな蚕蛾が羽を羽ばたかせてやる気を見せている。全く役に立っていないが、それでもシルクは現状唯一のアタッカーである。
俺の傍らには寄り添うほど近くにノーソが立っている。もしかしたら病魔を移されるとか言っている場合じゃない。完全な総力戦状態だった。
とはいえ、シルクとノーソは気休め程度にしかならない。敵が強力だというのもあるが、それ以上に相性が悪すぎるのだ。
白亜の像が立ちはだかる。十メートルを超える巨大な白い人型の石像だ。各部には金色の装飾が付けられており、英雄のような強大さと格好良さを見せつけてきている。
星五機種【アラバスターゴールド】である。こいつはウィードと同じタンクだ。
ただし、コンセプトが魔法タンクである。戦闘中のHP回復を受け付けない代わりにHPの半分に魔法シールドを持つ従魔だ。魔法攻撃に対してHPが実質一、五倍になるというアビリティである。
他にも、敵の引き付け、ノックアップ、範囲攻撃等と様々なスキルを最初から持っている非常に優秀な従魔である。
育てると最終的に数百メートルほどの大きさになる。
レア度の割に使い勝手がいいのだ。スキル構成次第では近接魔法火力も出来る優秀な従魔である。物理相手には大して強くならないが、対魔法相手には非常に強力な切り札にもなる。
俺も育てて使っていた。インフレの波に飲まれた存在だが、敵の強さが上限星五環境ではかなりの強さを誇る。ウィードと違い早熟タイプなのでお手軽に即戦力となる。
唯一の問題はリアルじゃ使いにくすぎるってところだ。動けば重さで大地が揺れて戦えば怪獣大戦争により新緑の森が壊れる。
自身のご主人様を傷付けないように慎重に立ち回ってもこれである。本気で動かれたらどうなることやら。
「生きてない機種は大体精神異常無効だし病気系の状態異常も弾くんだよねぇ。あっちもほとんどはHP回復を受け付けなかったり、特殊な回復方法が必要になるけどさ」
「私機械って苦手ですね。生前は見たことないし、今は効果すらないとか存在意義を見失います」
「従魔戦って相性も重要だからね」
ウィードのシェイプシフトはサイズ比によるダメージ差を想定した為の処置である。従魔にはサイズというステータスがあり、単純な接触範囲等に影響を与えるのだ。ピクシーとアラバスターゴールドが戦えば、サイズ比ダメージという、小さい従魔相手に発生するダメージボーナスでワンパンされるだろう。
アラバスターゴールドが大きな声でウィードへと語りながら拳を振り上げる。人間に近い形の石像だが、やはり人間ではない。人形が肩関節を回すような持ち上げ方をして、地面に叩きつけた。本体は末端部がよく稼働しているが、身体部分はほとんど揺れもしなければ動きもしていない。
「主の平穏を脅かす者よ! 裁きを受け入れろ!」
「あれもう壊しちゃいません? 私やウィードさんがいればこれ以上の戦力なんて必要ないでしょう?」
「ハッ! こんないい従魔引いた奴絶対に連れて帰るに決まってんだろ。ウィード、壊すなよ」
「グルアアアア!!!」
「シルク『リコール』」
ようやくウィードが動き出すようなので、シルクを引っ込めた。これだけの損害を環境に与えてなお、ウィードは一割のダメージも受けてない。
レベルアップが効いているようだ。
アラバスターゴールドを召喚した肝心のガキンチョは、巨人の肩の上でぼんやりしている。こっちを眺めているようにも見えるし、焦点があってないようにも見える。
特に彼女から従魔へと指示を出していないが、召喚した状況が状況だったからか、かの従魔は俺達を見るやガキンチョを肩に乗せて戦い始めたのである。
というか、まだ反応も動きも見せないな。
……現実逃避してないか? こいつ。
心が読める従魔が今このタイミングでとてつもなく欲しくなってくる。アレは強さの割りにレア度が高いのでそう簡単に手に入るとは思えない。より上位種たる美少女の方はリミテッドキャラだったし。
しかし、戦闘が無駄に長引いている。ウィードのアビリティが解除されないということは、一割以上のダメージを与えていないということだ。ウィードも俺の指示があって、攻めあぐねている。この調子だといつまで経っても戦闘は終わらなさそうである。
巨人の肩でぼんやりしているガキンチョへ声をかける。
「おーい! 聞こえてるか?」
意識が無いのかもしれない。まああんな高いところで上下左右に揺さぶられればああなるか。戦闘ということもあり、全く動かない訳では無いし、高さに対して心もとなさ過ぎる場所だろう。
「どうしましょうか? 殺します?」
「うーん……。呼びかけて反応を待つしかないよね」
頬に手を当てるノーソにかぶりを振る。殺しちゃ意味無いだろ。
ノーソがそっと俺の肩に頭を乗せてきた。こいつは先程召喚してから何故だか妙に距離が近い。
「私がいても不満ですか? ウィードさんのような小さい女の子が好きなんでしょうか?」
「よほどじゃなければ外見に大して言うことは無いね。可愛いは正義」
若干ヤンデレみたいな事を言い出したノーソを止める為に腰を抱き寄せる。ガサガサの肌だった。既に人間のものとは思えない身体をしてやがる。皮膚も固く肉も薄い。カチカチのガサガサだぜ。
病魔に関しては諦めよう。最悪の場合樹少年に頼んでピクシー介護をしてもらおう。報酬は質問全てに答えることで。
ノーソの発言から分かる通り、従魔は主人寄りの立場であり、他人に気を配るなんてことは一切しない。従魔同士ならなにかあるだろうが、基本的に敵対可能なままで動いている。
「なにか、なにか方法が必要だな。従魔は主人の命令で動く。戦闘に関しては主人の意志である程度操作可能なはずだ」
周囲を見渡す。ウィードの跳躍撃なら届くかもしれないが、衝撃でガキンチョがノックバックしてしまう。俺を飛ばすのもダメだ。あの巨人はデカいが遅いなんてことは無い。俺よりも早く振りかぶり、拳を振り落とせる存在だ。
改めて眺めるフィールドは、巨体とぶつかり合い、半ばから折れたり、根元からひっくり返っている木々で溢れている。ウィードも動き出しているので、ここら辺一帯が農業にでも向いた感じの土地になるのはあっという間だろう。
「名前でも呼んであげたらいいんじゃないですか?」
すぐ隣から答えが送られてきた。顔を見つめると、ニヤニヤと嫌らしい顔で笑っている。
これは、以前見せた同情の中の喜びに近い感情が含まれている顔だ。
「ええ、あの子供の名前ですよ。私も小さな頃に夢中で遊んでいた事がありますが、母が私を呼ぶ声だけははっきりと耳に残るんですよね。ああ、あの子には名前なんかありませ──」
「トラス!!」
大声でガキンチョへ呼びかける。ノーソは驚いたように僅かに目を大きく開いた。そしてすぐに頬をプクーっと膨らませて拗ねた。
ノーソは箱入り娘だが陰湿な女である。最初からこのガキに対してはずっと同じような態度を見せ続けている。同情と愉悦。それは、こいつの本質が呪いであり病気というマイナス方面に特化しているからだろう。後は同じような時期に新入りとして扱われることになったという、ある種の対抗心もあるだろう。トラスと比べれば彼女は俺以外と関わりを持ちにくいので、寂しいのもあるかもしれない。今度可愛がってあげよう。
その分ウィードはあけすけだ。野生的感性を持っており、それに準じた行動指針がある。基本的に召喚士たる主人の命令に従うし、下の仲間には自分なりの優しさを見せることがある。本質が力、自然、上位者となっている。
シルクは人間相手には完全服従スタイルだ。生きれればそれでよし。死ぬまで味方である。
未だ意識を取り戻さないガキンチョへと怒鳴りつける。これでダメならいよいよ最終手段に入るか。
一旦彼女をここに捨ておいて、ピクシーを用意した上での実力行使である。ヒーラーがいれば多少の怪我などいとわない。困った時は暴力。素晴らしい響きである。
そうなる前に戻ってきて欲しいものだ。
「降りてこいトラス! いつまで現実逃避してんだ!」
あのガキに名前があるかなんて知らない。しかしまあ、適当に名付けて呼びまくればいつかは反応するだろう。
ちなみに、名前の綴りはtrashのつもりだ。発音は流石にバレないようにトラスにした。ゴミクズめ。
数度呼びかけただけで、トラスは反応した。目の焦点がこちらにしっかりと合い、もう一度トラスと呼びかければ、自分の名前だと理解したようだ。
トラスがぺちぺちとアラバスターゴールドの顔を叩く。
「ぬ? どうした。主よ」
「…………」
「そうか。偉大なる主よ、また私の力が必要になれば、呼びかけてくれ。飛んですぐにでも向かおうじゃないか」
短いやり取りの間に何があったかは分からない。しかし、会話以外での意思疎通が行われたらしい。
まあ、俺もよくウィード相手に会話抜きでああいったやり取りが起きることがあるので、そう珍しくない行動だろう。
ゆっくりとトラスを手のひらに乗せて地面に下ろすと、指先で頭を撫でた後に、堂々と仁王立ちして微動だにしなくなった。
まあ、これがアラバスターゴールドのフレーバーテキストと一致する事情である。元々こいつは別世界の魔法戦争時代の英雄像であり、魔法による世界の危機に対して目覚め、全部ぶっ壊して停止する奴だ。同じような事が起きればまた起動して暴れ回る。世界の秩序のためーって感じに。
こいつが対魔法相手のタンクである理由だ。こいつ自体も攻撃方法は魔法だが。
本質としては守護。善なる存在である。例え行動の結果が破壊だとしても。
法律が通用しないこのゲームでの悪行とは大体罪悪感を覚える行為である。逆に罪悪感を覚えなければ罪じゃないのだ。
天種等はこういうのを意識する必要がある。マスクデータでプレイヤーのカルマ値やらスタンスが決められているという説はあったからな。俗説だけど。
「よし、よく出来たなトラス。お前はこれから俺の弟子か養子みたいなもんだ。将来はグループダンジョンやレイドコンテンツの数合わせとして使うから、そのつもりで鍛えていく」
トコトコ近寄ってきたトラスを抱き上げて頭を撫でる。こうして見れば愛着が湧いてくるぜ。
シェイプシフトが解除されたウィードも俺の頭へと上り静かに目を閉じた。疲れたのだろう。タコ殴りにされてたからな。
「ノーソ『リコール』」
「えぇぇぇー……」
俺は無事でもトラスには危険なノーソをリコールで消す。非常に不満と不服そうな表情でノーソは消えていった。
「さて、とりあえず今日はもう帰ろうか。明日から石を集めてトラスに言葉を教えないとだな」
特に誰に向けて言ったわけでもない言葉に、トラスはしっかりと頷いた。