娼婦の娘トラスが召喚士になった翌日。俺は召喚士ギルドの門を叩いた。こいつを登録するのと、召喚石集めをするためにだ。
つい先日召喚士になったトラスはともかく、俺も石の数がノーソを召喚して以降変わっていないので、三つしかない。最低限の安全確保しか出来ていない状態だ。ヴエルノーズにいる時点で、安心は一切出来ないのでさっさとトラスと一緒に石を確保しておこうと動いたのだ。
これは、NPCがクエスト初回クリアで石が手に入るのか。という確認を含めた行動である。
まあ、多分この世界の召喚士はゲームと同じような仕様で召喚石を入手しているとは思うのだが。根拠は初日。発狂した俺を咎める奴はいなかった辺りにそういう事情があると睨んでいる。
「我々召喚士ギルドは新たな召喚士がここに誕生したことを嬉しく思う」
トラスを召喚士ギルドに登録すると、初日に聞いたセリフをカウンターのおっさんが呟いた。定型文なのだろうか。
「これで登録は完了だ。んで、なんだ? 新人こさえて畑仕事でもまたしようってか?」
「しないよそんなもん」
汚れたカウンターに肘を置いて身を軽く乗り出したおっさんが俺を睨みつける。よほど俺の働きっぷりに不満があるらしい。最近召喚士ギルドを介さずに大金が手に入る仕事をしたこともあって、やけに嫌味ったらしい。
そうでなくとも畑仕事はやるつもりがなかった。トラスの従魔であるアラバスターゴールドは斬属性の攻撃を持たないので当たり前である。
「そんなことよりも、やけに今日は浮ついた雰囲気だな? なんかいい仕事でもあんの?」
「情報がおせえな。今日は東の王国から勇者サマが視察にやってくるんだよ」
勇者。異世界ファンタジー系のゲームなので、そういった存在も出てきたことがある。
多くの種類は従魔で登場する。死種ならば初代勇者なり初代聖女とでも書けばいくらでも勇者や聖女といった存在を生み出せるからな。
そうでなくとも、俺は勇者という存在に心当たりがあった。第一部では魔王としてこの大陸をエンドロッカスが滅ぼそうとする。それに対抗して召喚された存在がいたからだ。
勇者アヤナ。俺が唯一知る地球からこの世界に来る日本人であり、ゲームのキーパーソンである。
そもそも、勇者は召喚と言われているが、召喚士が使う従魔召喚ともまた違う方法によるものだ。
分類としては、魔術師がそこら辺の空間に穴を開けて人を引っ張り出す魔法である。よくあるアイテムボックスに近いものがある。そうして呼び出された勇者は、異世界において不老その他各種特性を獲得する。他は自前で用意してね。と放り出されていたはずだ。
最終的にはプレイヤーと共闘して、魔王を討伐に至る訳だが。
「勇者なぁ……なんで今のタイミングでいるんだろう」
そもそも魔王エンドロッカス自体の認知が滅びの大地へ向かった後の事になる。それ以前からいただろうが、外へ侵略しに行ったのがそれくらいの時期であったはずだ。
ここまで来れば、流石に俺も他のプレイヤーがこの世界に来ている可能性を考え始める。とはいえ、チェリーミートがいる辺り、俺らと違って転生でもしたのかもしれない。
そもそも、ゲーム人口が少なすぎた記憶があるので、純粋な元プレイヤーは俺以外にいるとは思えないのだが。
「なんでもいいけど余計なことしないで欲しいよね」
本人にも事情があるだろうからしょうがないとしても、文句の一つ位は言いたくもなる。下手にシナリオを早めると、こっちが準備する間も無く地球が滅ぶ。
それ以前に勇者が育ってなければ負けるかもしれない。ステータスこそ一従魔と変わらない魔王だが、魔王というだけあって勇者以外の攻撃を防ぐ手段を持っていたはずなのだ。
エンドロッカスは純粋な魔王ではないが、魔王と呼ばれる従魔にはいくつかの強力なアビリティがある。エンドロッカスも生きている間は使えた魔王バリアがその一つだ。
効果は単純。ダメージ大幅減衰である。具体的に言うと十分の一くらいまでダメージが減る。
その癖下限ダメージ無効化までボス補正で持っているので、連射系攻撃やスリップダメージでの削りも期待出来ない鬼畜仕様である。
ストーリクエスト最終で勇者が魔王バリアを破壊するまでは、普通にプレイしても魔王を倒すことは出来ないだろう。
インフレパワーによるレア度の暴力という手段もあるのだが、ウィード一体だけではどうしようもない。高レアリミテッドキャラの召喚が出来ればシナリオ無視も可能なはずだが。
まあ、予想ではあるが既に魔王らしき存在は死んで従魔になっている辺り問題ないであろう。俺は俺で樹少年や柊菜がいるのにシナリオを進めるつもりは無い。俺の見立てでは柊菜が魔王を倒すであろう。居たとしても。
「おはよーごさいます……。あっ! スリープさん、おはようございます!」
「……おはようございます。今朝ぶりですね」
噂をすればなんとやら。樹少年と柊菜が召喚士ギルドにやってきた。
昨日もトラスを柊菜に預けたので、柊菜とは今朝顔を合わせている。樹少年は起きてこなかったので今が本日初の顔合わせである。
「スリープさんをここで見かけるの珍しいっすね。今日は早く出たんですか?」
「君らが遅いだけだと思うよ」
実際俺は普段から二人よりも早く宿を出ている。そしてさっさと畑仕事をしていた。
今はその手の依頼が無くなっているので、こうしてじっくり依頼を吟味しているだけである。
「そういや知ってましたか? この世界にも勇者なんて存在がいるらしいっすよ」
「俺このゲームのプレイヤーだったからね?」
「この手の勇者って噛ませが多いっすよね。どんな面してるか門で拝みに行くんです。スリープさんも行きましょうよ」
嫌だよ。俺も様子くらいなら見るつもりだけど、樹少年達と一緒に行きたくはない。
しかし、最近の樹少年はここに来てようやく慣れたのか、精神面での辛そうな状況から脱却し、元来の性格である押しの強さを発揮して俺を引っ張っていった。
懐かれたという訳でも無さそうだ。多分日本人であり同性である事が重要なんだと思う。
光属性の陽キャなんかに負けたりしないんだからね! これは無理やり連れて来られただけなんだから!
心の中のツンデレ系美少女が樹少年へツンツンしている。これはいけない。アンドロミメトフィリア(男子性転換性愛)が始まってしまう。アレは多分男性的精神性こそが共感を呼び、同時に若干の純粋さがある事が利点なんだと思う。女性特有の狡猾さが無いという所だ。
イケメンは自分をかっこよくないとは決して言わない。顔がいい女子は自分を可愛くないと言う。そこら辺に違いが出ているのだ。
場所は変わって大通り。中央では普段荷車を引くよくわからない動物等が通るのだが、今日は一切通っていない。
というのも、本日ここでは勇者のパレードみたいなお披露目が行われるからである。
一目見ようとする人も多く、かなりの人で賑わっている。お祭り騒ぎのようだが屋台や出店の類はない。乱闘騒ぎが頻繁に発生している程度だ。
ミラージュが忙しそうにしていたのはもしかしたら勇者が来るからだったのかもしれない。探られたら痛すぎる腹を隠す為に邪魔な存在を一掃したという可能性もある。
「勇者勇者って……魔王すら見かけないのになんで勇者がいるんですかね?」
異世界ファンタジーに夢を見る樹少年の表情は暗い。この世界が暴力で成り立っている事を理解したのだろう。政治運用されていそうなイメージを持っているのかもしれない。
ちなみにだが魔王は従魔としていっぱい出てくる。ラミアかハーピー辺りは手頃なレア度なので一度召喚してみるのいいだろう。
柊菜の後ろで佇んでいるエンドロッカスも一応魔王であるし。
突如、歓声が沸き起こった。どうやら勇者が到着したらしい。紙吹雪のような物を投げる人や、花束を放り投げる人もいる。
最初に現れたのは、俺の知る勇者アヤナであった。長い黒髪の日本人と分かる学生服を身に付けた少女。ゲームキャラだったので、外見は明らかに日本人離れした美しさがあるのだが。
そして、彼女の隣に見知らぬ女子中学生くらいの女が付いてきていた。こちらは学生服なのだろうか? 全体が黒に白のラインが入ったワンピース型のセーラー服を着ている。こっちは見たことない人物だ。
二人の仲は良さげであり、談笑しながら道を歩いていた。
「はぁ!? 女の子っすか!」
「そりゃあそうでしょ。ソシャゲの世界だぜここ」
「そうでしたねソシャゲの世界でしたね……。勇者なんていう有名キャラが男なわけないじゃないですか」
「スリープさん、あの二人知ってますか?」
「いや、一人だけ──」
俺らが話していると、勇者であろう二人へと飛び出す人影があった。一丁前に身を屈めてドスのような刃物を構え突進するゴロツキである。
二人は特に驚く様子もなく、アヤナが前に出て腰に下げていた剣を抜いた。
あっさりと切り捨てられる男。そしてゾロゾロと現れるゴロツキ達。全員が武器を出している。刃物を持った人物はいなく、この世界でよく見る鈍器を全員が構えていた。
「──やっぱり現れたわね! どこの人の手引きか知らないけど、先にそっちが抜いたんだから正当防衛よ正当防衛!」
女子中学生の方がこちらにまで届く甲高い大声で怒鳴りつける。
右手を頭上に掲げ、手のひらを天に向ける。左足の膝から下を地面と水平になるように折った。
めちゃくちゃあざといポージングだ。俺は好き。
「『コール』!!」
召喚士特有の掛け声と共に、ゴロツキ達の上が影に覆われる。
次の瞬間、ズシンという地面に響く音と振動によってゴロツキ達はミンチになった。
彼らがいた場所には光沢を輝かせる丸い体に手足が付き、上半身と下半身の間にはっきりと線が入っている硬質の巨人が立っていた。
星三機種【鋼鉄のゴーレム】である。アラバスターゴールド等とは違い、精々が三から四メートルほどの大きさであり、殴りやすいように巨大な拳がついている。より機械っぽさを思わせる直線的な動作しかしていない。
こいつはぶっちゃけハズレである。攻撃力防御力共に高いものの、HP回復を受け付けず、戦闘終了後回復か、機種の多くに使われるスキル等の特殊な回復方法に頼るしかない。そして動きが遅いのでdpsも稼げない。タンクに使うとあまりの遅さに次の行動に移る前にヘイト効果が切れる。攻撃力の高さを活かせなくなる産廃従魔である。そもそも高いのは物理防御力であって、HPや魔法防御は高くないので魔法に沈む。役割は前衛物理火力なのだ。
ゴーレム種は複数いるのだが、コイツは特徴の無い、一番使い道が無い奴だ。
最序盤の単騎運用だけなら無類の強さを誇るが、以降は完全に失速する従魔である。
そいつをゴロツキの頭上から呼び出したのだ。鋼鉄の名の通り重量はとんでもないものだろう。ゴーレムの足元は水風船が弾けたように赤い血が飛び散っている。
途端に騒がしくなる大通り。背を向けて逃げ出す一般市民であろう人間と、少しだけ距離をとって観察し始める人に別れた。
「ありゃあ一回だけのこけおどしだ! ゴーレムは素早く動けない。従魔を抜いて勇者を狙え!」
「勇者狩りなんて成功すればとんでもない名声が得られるぜ!」
「囲め囲め! 一人しかいない召喚士なんぞ数で押しつぶせる! 傷付けすぎんなよ、アレはウチで売るんだ!」
「馬鹿野郎! 捕まえて身代金を王国に要求した方が儲かるっての!」
「ちいせえ方は要らねぇ! 可愛い方は俺のペットにさせろ!」
まだまだ勇者へと向かっていくゴロツキは多い。金目当ての馬鹿が多いようだ。
それらに紛れて毒に濡れたナイフやら何やらを持っている人間も混じっている。アレはどこかに雇われた殺し屋なり奴隷商の手先だろう。
「…………っ! あったまきた! 特に最後の奴、あんただけはぜぇったいに潰す!」
なんのために勇者はここに来たのだろうか。要らない子呼ばわりされた女子中学生の方のボルテージが上がっていく。
「テリ! ゴル! やっちゃいなさい!」
ゴーレム以外にも、彼女の肩に小さな緑色の毛玉みたいな動物がいた。
マスコットキャラの出来損ないみたいな外見の従魔だ。野種星二【緑色のテリリ】とかいったはずだ。
名前の通りあいつにはカラーバリエーションがある。コンプ魂をくすぐられる。それだけだ。
使い道も無いし特徴すらない。既存の動物ですらない。フィールド戦闘で現れるザコ敵専門みたいな従魔である。
俺はほっこりした気分になった。俺以下の従魔を引いた奴を見かけると心が安らぐ。シルクよりも弱い奴だぞあいつ。
まあ、シルクと個人戦すれば負けるのはシルクの方だが。野種は少なくとも同レアの緑種に総合力で負けはしない。
じゃあ何が弱いのかと言うと、総合力で強くても、運用方法で勝ちを狙えるという点と、アビリティの優秀さにある。
シルクは無詠唱。テリリは可愛さというアビリティだ。テリリは召喚時に低確率の魅了付与を与える。効果時間は三秒。ゴミアビリティだ。
これが上位レアになれば強いかというとそうでも無い。魅了などの下位状態異常は属性耐性だけで完全無効化されるのだ。
ぶっちゃけウィードには通用しない。精神系判定ではないので機種にも通用するが、通っても使えない。
「エー君、援護して! チェリーは合流するために寄ってくる敵の排除!」
「了解です! ご主人様」
「おっと……。シーちゃん、行くぜ!」
「おっけーマスター!」
二人もこの争いに参加するようだ。俺も二人の間に挟まれていたので巻き込まれた気がする。
まあ、勇者には情報を得るためにも接触は必要だったので良いとしよう。
「『コール』シルク。ウィードは準備。トラスは近くにいろ」
「グルッ! 私から離れるなよ」
「……」
どう見ても足りない魔法火力分を追加する。ウィードは多分戦闘終了までに動き出すことは無いだろう。
「そこの人! もしかして日本人?」
「そうですっ! 援護しますね!」
女子中学生に声をかけられて柊菜が大きく頷いて返事した。女子中学生とアヤナは少しだけ嬉しそうに笑った。
「りょうかいっ! こいつらとっちめて首謀者を吐き出させるよ!」
召喚士四人に勇者一人。対する相手は有象無象ばかり。
蹂躙と言えるような戦闘は僅か十分足らずで終了した。