「ここがあの女のハウスね」
妙な高さの太い声で樹少年が呟く。トラスが俺のズボンの袖を握りながら、きょとんとした風の無表情で樹少年を見上げた。
時刻は空がオレンジ色と青色で鮮やかなグラデーションを作っている。暮れとも昼とも言い難い時間。子供が家に帰る時間。
「私もう少しした時の空の色が好きですね」
「俺は青空の方が好きっすよ。スリープさんは?」
「雨か夜」
各々が好きな空を上げていくと、どうやら全員が別々の時間が好みだと判明した。
無駄な情報だ。
「って、そうじゃないでしょ……。どうして町長さんとこでパーティーがあるって情報なのにこのビル街が会場になってんのかって話ですよ」
樹少年が口を尖らせた。ギルドやら何やらへ駆け回ったらしく、どうにも大規模なパーティーがあるという情報を掴んできたのだ。
俺としてはミラージュが勇者へ直接対応することの理由が不明なので、こんな罠みたいな場所の情報を掴まされ、それを信じた樹少年の方が不安である。
そして、ミラージュの行動も意外だった。別の人間で代理出席して小さい歓迎会でも開くと思っていた。勇者がこの街で何かするって訳でもないし、形だけの歓迎会でもするのだろうと。
それがミラージュのアジトの入口たる廃ビル郡がある地域でパーティーとは。廃ビルと言っても外装はそこそこ綺麗だし内装も整っているのだが。奴の目的が分からない。
「勇者さん達を害する目的があるんじゃないですか?」
「まあ、街ですぐ襲撃があったくらいだし、何か因縁でもあるのかとは思うけどね。アイツの腹真っ黒だし」
「人身売買、脅迫、暴行、殺人……結構めちゃくちゃですよね」
異世界転移での被害者一号である樹少年の顔が青ざめている。どうやら若干トラウマを患っているようだ。
そこで柊菜が口を開いた。
「勇者って高く売れるんですか?」
「外見や希少価値的にはそこそこじゃないかなぁ。不老って部分が凄い価値だとは思うんだけど、絶対的な不死ではないんだよね」
初手人身売買を想定するの好きだよ。
捕虜にはなりにくいけど、戦力と異世界の知識があるのだ。自分達のものにするという点ではメリットがある。
逆に王国側は勇者を取られても取り返そうとするかは不明だ。勇者一人にどれくらいの予算がかかるのか次第だが、多分新しい勇者を喚ぶとは思う。
王国だからね。権利の国だ。そこに王国と並び立つ存在はいない。居てはいけないのだ。それが王という仕組み。王という制度である。
つまりは、よくあるネット小説における国王やら王子とは全く別の存在である。彼等に一個人としての意思は許されず、国の王としてのシステムだけが求められる。そうじゃないと成り立たなくなるからだ。
舐められたら終わりなのだ。王は絶対。対等など許されず、ましてや下に見られるなどあってはいけない。その前例も作ってはいけない。それを許した途端に王のシステムの価値はなくなるからだ。
暴力主義世界における権力とはそれくらいでなければいけない。力無き権力は、力によって覆される。それを防ぎ誤魔化す為に権力は絶対性を見せ続けなければいけないのだ。
この世界は日本とは違う。国民に自由は無いし、身分の差も軍隊以上に確固たるものだ。それでいて誰もが上へ上へと力を求めている。横並びの日本ならともかく、この世界で国王がタメ口きかれて許してしまえば全国民が国王にタメ口きいてくる。果てにあるのは革命だ。
とまあ、王国とは個の質による暴力主義世界に対抗するための郡である面が大きい。軍隊と言ってもいいだろう。そんな存在なので、勇者が捕まって交渉に持ち込まれそうになったら勇者を切り捨てる。
だから。
「勇者を捕まえるのが目的では無いと思うな。ここはミラージュのホームに近い。どっちかと言うと逃げる為の場所選びとすぐさま戦力を集められる場所って感じだと思う」
「どっちにせよ戦闘はありそうっすね」
「…………そうだな。戦闘を予想している?」
「パーティーなのに……ですか」
色々と謎である。虎穴に入らずんば虎子を得ずという言葉もある通り、これ以上の情報は潜入しないとわからないだろう。
「全員従魔をリコールした?」
「バッチリです!」
「……はい」
「それじゃあ内部に潜入するまでは出すなよ。出来る限り戦闘は避けたい」
どうせ戦わずとも人の集団なんぞノーソをコールしてしまえば勝てるのだ。決め手は疫病。
まあ、ミラージュには通用しない。回復スキルを持った従魔がいるので。
以前にも通った廃ビルの入口を抜けて、受付がある二階のエントランスホールへと辿りついた。一階は表向き廃墟然とした風体なのだ。ちなみに周囲に女以外の人影は見えない。奥に両開きの扉があるので、向こうでパーティーをしているのだろう。そちらからは人の声やら音楽が聞こえる。
「ようこそ、いらっしゃいませ。お客様のお名前をうかがってもよろしいでしょうか?」
受付にいた女性がニコリともせずに一礼した。
その顔を見て首を傾げる。こいつ、どこかで見た記憶がある。
該当者を探り当てる前に、見覚えがあるという事実を認めて穏便には済まないという事を悟った。
「「『コール』」」
女と俺の声が被る。飛びかかってきた黒い影にウィードが両腕を交差させて受け止める。翻った黒い影は女のすぐ隣に立つ事でようやく姿が分かった。
黒と灰色の獣。流れる毛が光沢を見せる凛々しい顔付き。だが、どこまでいってもそいつは獣だ。
星三野種【荒野の狼グラルフ】だ。高い攻撃と速度による高速アタッカー。アビリティに特徴的なものは無いが、かわりにこいつの属性が特殊である。
闇属性と地属性の混合型だ。地属性はウィード、チェリー、ピクシー。闇属性はエンドロッカスが該当する。
ウィードの攻撃はグラルフの所持属性による耐性から減衰が入る。対してグラルフの攻撃はウィードに通用するのだ。闇属性も兼用するというのはそこに強みがある。ウィードの個体耐性値的に考えれば大したダメージも受けないだろうが。
ただまあ、今のエンドロッカスやピクシーで挑めば苦戦しただろう相手だ。味方だと使えないが敵だと地味に厄介。そんな従魔である。
ついでに言うと完凸している分樹少年と柊菜ではより苦戦する。場合によっては負けるかもしれない。
「『コール』」
すると、女が二体目を呼び出した。出てきたのは大きなコウモリの従魔。目が無く鋭い牙に灰色の産毛。鼻などもなく、顔には大きな口がついただけの気味の悪い姿。
星三野種【廃鉱山のジャイアントバット】だ。色で生息地が変わるタイプのゴミである。
ちなみにこいつの持つ属性は地属性やら鋼属性とかでもなく、地獄属性というものになる。
HPMPの吸収攻撃能力を持つ死種の多くや、一部ジャイアントバットのような従魔に付けられる属性である。吸収攻撃における耐性は地獄属性の耐性を上げるといいのだ。ここら辺はゲームでも上級者向けの知識である。
「やはり貴方達でしたか。ミラージュ様を狙う賊というのは」
「え、ちょ。話が違うんですけど!」
「……『コール』」
狼狽える樹少年を尻目に柊菜がエンドロッカスとチェリーミートを喚びだす。いい構え方である。判断はやや遅いが及第点を与えよう。立派な暴力思考だ。
「トラス。おいで」
トラスの脇に手を通し抱え上げる。こいつは従魔を出す訳にはいかないし、殺されるにも惜しい人だ。おいてけぼりにならないようにしっかりと身体を保持する。
「思い出したよ。あんたミラージュの所にいたザコイと同じ下っ端だ」
「っ! 私を下っ端扱いするな! この地位はミラージュ様に迫る脅威を即座に排除できる戦闘力を買われたものだ」
「ふーん。ミラージュの方が強いし、最初から従魔を出してない辺り即効性はないと思うけど」
珍しい人間だ。誰かの下に付く事を喜びにしているとは。何かしらの恩義でもあるんだろう。
騒ぎを嗅ぎつけたのか、どこからともなくゴロツキや剣士、魔術師のような人間も現れてくる。
どいつもこいつも崩れでしかないだろうけどな。
「賊!? 賊ってなんだよ!」
「とぼけるつもりか? 貴方達がこの街に来てから地上でのミラージュ様の勢力は大きく減った! 地上での影響力を失った時に薬物騒ぎに怪物の登場だ。随分周到な計画を持っていたと見える。薬物騒ぎは陽動だったのだろうな」
まるっと全部疑問を解説してくれた。有能だわこの子。
つまり、俺達の行動と、今この街で起きている事件を結び付けているのだろう。実際立て続きに起きているので不信感を持たれる理由にはなる。
「それ俺達じゃねぇよ! そりゃあちょっとした正義心でアンタらと敵対はしたけど、そっちが勢力をけしかけて来たんじゃん!」
「フン……。ゴロツキ達を纏めていたヘボイを殺し、情報伝達役のトロイを生かしている時点でそんな言い訳が通用するとでも?」
「ありゃ事件だって……。そもそも俺悪くないじゃん。あっちが誘拐したんだし」
「樹君……話し合うにもまずは落ち着かせないといけないよ。こういう時は実力行使って学んだでしょ」
「うえぇ……新田しゃんやる気じゃんか。大人の人ー! 助けてくれーい」
樹少年がお手上げだと俺に助けを求めてきた。
「見てみ?」
「あっ……」
先程一瞬だけやりあったウィードを見て樹少年は視線を逸らした。既に戦闘開始状態なのだ。往生際が悪いぞ。
「お前ら! ニッタヒイナとハラダイツキをやれ! 私はスリープという男を相手にする」
女が周囲へ指示を出し、俺を鋭く睨みつけてくる。
樹少年がピクシーとリビングエッジを召喚する。あちらは任せておこう。樹少年も戦力を確保しているし、バランスが偏っているが召喚士二人に対して向こうには召喚士をぶつける様子はないからだ。
問題はこちらにある。
「『コール』シルク。こっちに来る敵と攻撃を撃ち落とすんだ」
「バット、『ナイトベール』」
女が出した指示に従い、ジャイアントバットが周囲にオーロラのような暗幕を垂らす。周囲の光が遮られ、辺りに一切の光が失われる。
スキル【ナイトベール】は周囲の環境を暗闇へ変更するスキルである。暗闇の効果は命中率の大幅低下だ。
こいつもミラージュの傘下故に環境使いなのだろう。厄介な敵である。特にウィードもシルクも暗闇に対する耐性は無いので、がっつりデバフを受ける。
対するあちらはジャイアントバットが高い暗闇耐性があるので効果が無く、グラルフも耐性はおろか、アビリティ【ナイトシーカー】を持っている。
ナイトシーカーは環境が暗闇状態の間攻撃が不意打ち判定になるアビリティだ。不意打ちはダメージ二倍に確率でスタンが入る。面倒くさい能力だ。
「グラルフ、やれ!」
暗闇に女の声だけが聞こえる。ナイトベールに包まれて樹少年達の方からは一切の音が聞こえなくなった。
ゲームでは攻撃は当たるまで殴り続けるか、ナイトベールの効果が切れるまでの耐久戦を選ぶところだが、俺は少しやりたい事があるのだ。
ナイトベールは周囲を包んだだけだ。要は範囲指定スキルでしかない。単純に効果範囲外へ出ればいいのではないだろうか?
「ウィード、跳躍撃」
「グルラアアアア!!」
ウィードが真上へ飛び上がり足元を殴りつける。崩壊に巻き込まれ、俺と女が落ちる。
そう。女の姿がはっきりと見えた。驚愕に目を見開く女へ俺はニヤリといやらしく嗤ってやる。馬鹿め。
「スリィィィプゥゥゥ!!」
「ハッ! 素人が、想像力足りてねぇんじゃねぇの?」
こちとらイズムパラフィリアの王者だぞ。常に計算と情報の把握をしていた使い捨ての精鋭だ。検証と実行はお手の物んだよ。
無理やりなナイトベールの解除に女の動きが止まる。その一瞬の隙さえあれば十分だった。
「ウィード!」
一階に落ちきる前にウィードが瓦礫を蹴り飛ばしてグラルフへ突っ込み殴りつける。グラルフは加速した弾丸のように地面へ叩きつけられ、ぐったりとする。流石に鍛え上げた完凸グラルフは一撃で沈まなかったが、致命的なダメージを負ったはずだ。
そして、また落下中の瓦礫を足場に女へと攻撃を仕掛ける。すると飛んでいたジャイアントバットが割って入り、攻撃を受けた。
ジャイアントバットはグラルフよりも打たれ弱いので、ウィードの加減した攻撃でもノックアウトだろう。そもそもウィードの狙いは女ではなくジャイアントバットだった。
ロストさせる気は無い。俺等がミラージュの手の者を警察送りにして弱体化させたのは事実だが、これ以上弱体化させる必要もないだろう。
何より、ミラージュとの敵対勢力がいるらしいのだから、下手に負ける要因は作りたくない。これが原作通りだとは思わないが、これ以上下手に原作を崩すと、俺の知識も通用しなくなる。
流石に戦力が整ってない状態でそんなことになると困る。
「……なんの真似だ」
「信じられないだろうけど、あんたの言うことと俺達は関係ないんだよね。俺達はあくまでもチェリーミートが欲しかっただけだから」
「そういうことだ」
背後から聞こえた声にウィードが殴り掛かる。振り向くと、ウィードの攻撃は受け止められ、僅かながらウィードが怯んだような顔をしていた。
黒いローブの男と、ハンチング帽を被ったひょろ長い痩せぎすの男が立っていた。背後には十を超える昨日見た化け物がいる。
そして、ウィードの攻撃を受け止めていたのは──
「グルル……私、だと?」
幾分か成長した姿の、地龍ウィードであった。