「風俗に行きたい?」
時刻は夜。深夜にも近い人が休みに入る時間。日課の検証活動を終えて俺もいざ宿屋で寝ようとしていた時に、ドアが叩かれた。
待っていたのは気まずそうな表情の樹少年だった。近くにピクシーを召喚していない辺り、リコールさせているのだろう。
そんな樹少年から受けた悩み相談こそが、風俗に行きたいということだった。勝手に行ってくれ。
「スリープさん今日言ってたじゃないですか! 娼婦と羅生門してきたって」
「そうは言ってないよね?」
羅生門は隠語じゃないだろ。第一アレは老婆相手にやることだったはずだ。娼婦も何も関係ないじゃないか。
「いやぁ……俺の友達とかは出会い系アプリとか使ってそういう事もしてたんスけど、俺は嫌だったから経験とかないし……。スリープさん遊んでそうだからそういう手解き出来ますよね? お願いします!」
「シーちゃんに頼みなよ」
「いや、入らないでしょ……。何よりあんな無邪気な女の子にそんなこと頼めないし……」
純情だなぁ。オナホ妖精というジャンルを知らないようだ。腹ボコ系には興味無かったんだろうな。
俺は元々地球人の女性に対してそこまでしたいと思わなかったので、その手の事は己の手で済ませてきた童貞なのだが……。
まあ、この世界の地球とは比べ物にならない美女美少女を見ていると、商売での経験というのも一度位はあってもいいと思えてくるものだ。無防備なピクシーを相手に樹少年なども悶々とさせられているのだろう。
「柊菜やチェリーは?」
「そんなこと頼んだらパーティー解散っすよ。新田さんとか特に潔癖っぽいじゃないですか」
「世間体を考えてもあるだろうけど、そういう過去でもあるんだろうかね」
柊菜という少女はある程度俺とも似通った思考判断基準がある。それに照らし合わせて見るなら、俺とウィードにとった嫌悪感も、普通は黙って距離を置くと考えるはずだ。彼女も俺と同じように時間か何かで価値判断をしているだろうし。
それができない辺りに、彼女の琴線か何かがあるんだろう。今日初めて拾ってきたトラスを受け入れようとする所とかに。
チェリーの件と合わせて考えるなら、幼少期に誘拐でもされたんじゃないかな。ブラフもあるかも知れないが。
「何より俺、そろそろ禁欲生活続きで間違いを起こしそうなんですよ……。部屋で自己処理っつっても臭いがあるでしょ? ちょっとだけ! 先っちょだけで良いから!」
「嫌よ! そう言って流されるような軽い女じゃないんだからっ!」
真面目に話すのは恥ずかしいのだろう。茶化してくるのでそれに合わせると、樹少年は少しだけ言いたいことを我慢するような顔をしてから口を開いた。
「前々から思ってましたけど、ネカマ経験でもあります?」
「あるよ。フルダイブVRとかは女の子キャラ使うし」
理想の女の子作って演じるのめっちゃ楽しいんだよなぁ。リアルに居ないからこそ自分で満たすのがいいのよ。
今のご時世、VRゲームでの女の子キャラは中身は男だと知れ渡っている。女性キャラを使う女など、姫プ狙いが多いし、可愛くなどないのだ。それでもリアル女に惹かれる男は絶えないが。まあ、基本的には男同士で需要と供給は満たせているのがVRMMOの現状だ。
俺は基本的に無口キャラかギャルっぽい感じかメンヘラ系のキャラが多い。完全な理想を追求すると、ガチになってしまい妥協を許せなくなるので、基本的に少し外した感じにするのがネカマのコツだ。
言うなれば、少し雑に扱ってもいい女の子を用意するのだ。
「うわぁ……ガチ勢じゃないっすか。姫経験あるでしょ?」
「無いなぁ。貢がれはするけど基本的に情報を扱うのがゲームだから役に立ててたはずだし、姫とまでは言われないはず……」
「って、ちゃうわ! 今それどころじゃないでしょ! 娼婦の娘さんがあんな美少女なら母親も結構いい感じでしょ? 基本的にここってそういう人が多いから、出来るならそこで童貞卒業したいんすよ……!」
「必死だね」
「そりゃ必死になるって! 最低でもアイドルクラスがそこら辺の道を歩いているんだから!」
性に戸惑う若者は凄いなぁ。かく言う俺もあと四年若かったら全力でチートハーレム狙いに行ってたと思う。まずは奴隷から始めましょう。
「そもそもさぁ……。樹少年に質問があるんだけど」
「!」
「じゃあまず、年齢を教えてくれるかな?」
「十七歳です」
「十七歳? もう働いてるの? じゃ」
「学生です」
「学生? あっ……(察し)ふ~ん……え、身長、体重はどれぐらいあんの?」
「えー、身長が175cmで、体重が64kgです」
「64kg。今なんかやってんの? なんかすごいガッチリしてるよね」
「剣道やってましたし、トレーニングも……やってます」
樹少年まだ十八歳以下だし高校生なんだけど……風俗利用出来ないだろうに。
まあ、地球でも日本でもないしいいのか? いいか。
「というか、俺もそういった経験無いし、場所も区域でしか知らないけど」
「大丈夫ですよ! 二人で渡れば怖くない赤信号。とかいう奴と同じですって。行きましょう! あ、ウィードちゃん出さないでくださいよ。シルクって従魔だけにしといてください」
結構強引に樹少年に引っ張られて、南区へと戻ることになった。
「──くっさぁ!?」
南区へ到着した瞬間に樹少年が叫んだ。
「え、待ってください。くっさ。なにこれ。え、わけわかんない」
あまりの匂いに語彙力無くした女子高生みたいな事を言い始めた樹少年にため息をついた。
「帰る?」
「……か、帰りません」
まあ、俺も顔を顰めるほどにここは臭いので、性で頭がいっぱいの樹少年ですら帰ることを考慮するほどだ。死体遺棄の腐った臭いに、ゴミの臭い。海の磯臭さに加えて、それを誤魔化すように混ざる饐えた性の臭いがより一層悪影響を及ぼしている。
「大丈夫っす……部屋の中ならきっと臭くないでしょ」
「これだけ酷けりゃ数分で慣れるよ」
ちなみに、嗅覚の神経とは、唯一回復する神経細胞である。と聞いた事がある。視覚、触覚、味覚、聴覚は一度死んでしまうと戻らないが、嗅覚だけは死んでも再生するのだとか。
イズムパラフィリアでは肉体の再生は割りと頻繁に行われるので、目が見えなかろうが、四肢が無かろうが、大抵は回復出来る。
「で、だ。この後どうすんの?」
「えっ? 店とか無いんですか?」
あるかも知れないが、俺がここで見つけたのは薬屋である。道歩くこの世界産の女性キャラとは思えない娼婦に道案内を頼んだだけなのだ。
上空からの見取り図と、一部背景くらいならゲーム時代からの記憶があるが、それ以外では、ほぼ無知と言ってもいいレベルだ。
「あるとは思うけど……高いんじゃないかなぁ」
「やっぱり奴隷美少女買うべきっすかね?」
「あら? あの時のお兄さんじゃない」
樹少年とまごついていると、女性が近付き声をかけてきた。膨れた顔と下っ腹の出た熟女。つまりあの時の娼婦である。
「やあ。無事だったようで」
「それは私の言葉よ。なに? またお仕事?」
「いや。男二人で来りゃちょっとイイコトしたくもなるもんさ。そういう付き合い」
「いいわね。男同士で堂々と見せつけるの?」
言い方が悪かったようで、どうにも俺と樹少年がそういう仲だと思われてしまった。
「えっ……」
サッと尻を押さえる樹少年。俺は弁明のために両手を上げた。
「間違えた。娼婦と遊びに来たんだよ」
「ふふふっ。今度こそ私の出番ね」
「えっ!?」
同じセリフだが、樹少年が全力で嫌がった。男とやるよりもブスとやる方が嫌なのか?
「残念ながら、私は春を売ってないの。ここ南区の少し大きめな娼館のママをしてるのよ。着いてらっしゃい」
そう言われ安心した樹少年と女の後をついて行く。今度は分かりやすい道案内で、かなり大きめな建物に着いた。
中へ入ると、酒場とでも言えそうな雰囲気の店だった。胸の大きな若い女の子達が給仕をしており、男達が酒を注文している。
「おほー……」
樹少年の鼻の下が伸びる。俺としてはあまり好みではない。アレならまだ従魔の方が可愛いし、なんなら柊菜の方がまだいいと思う。
「こっち」
「おかえりなさいママ。あら? 男の人を連れてくるなんて珍しいね。お偉いさん?」
二階へと連れていかれると、そこは薄明かりの廊下があり、女の子がほぼ全裸と言わんばかりの服装で歩いていた。こちらに気付いて興味深々で見てくる。
「そういや、指名とかそういうもんなの?」
「うーん。高級娼館でもないけど、初回はこっちで用意するのが通常なんだけど、誰か良い子でもいたの?」
「天使とかいる?」
「……ここは亜人の店じゃないわ。ごめんなさいね」
俺としてはその答えの時点で終了だ。女将だかママだか知らんが、彼女にはいつも通りで良いよ。と答えた。
「お、おおおお俺は…………」
「一番肝心などういう系統が好きなのか聞いて無かったね。そういや」
童貞卒業にもシチュエーションとかあるかもしれない。もしかしたらこれは失敗だっただろうか。
ガッチガチに緊張した樹少年を見るや、近くにいた娼婦の子が寄ってきた。かわいーだのなんだのと揉まれている。
「…………それなりに良さげな子でも選びなよ」
「じゃあ先にお兄さんの方から部屋に案内するわ。ちなみに椅子とソファーとベッドの部屋があるけれど、どれがいい?」
「ソファーで」
楽に座りながら適当に会話でもして時間を潰すか。
通された部屋は、三階にあり、立地的にも高い場所にあるのか、海が見えた。天高くに月があり、橋の下にでもあるだろう浮浪者の焚き火等は一切見えない青白い空間があった。明かりもつけないまま部屋に入り、ソファーに座り込む。正面からは海の見える窓。
カチリ、と鍵がかけられる音がする。見ると、ノーソが後ろ手で鍵を閉めていた。
「月が綺麗ですね」
「死んでもいいわってか?」
生憎とそれは俺の口説き文句では無い。
「俺なら告白する時にはもっと自分の言葉を送りたいね」
「例えば、どんな言葉ですか?」
俺にとっての言葉か。
「俺なら、お前の神様になりたいとかそんな感じじゃないかなぁ。パッと思い付いた言葉でならね」
「傲慢だこと」
くすくすとノーソが笑う。今気付いたが、どうやって出てきたこいつ。
「私、ずっと一人だったんですよ。生前は村で一番偉い所の一人娘でしたし、従魔になった後は、こんな身体ですから。誰かが呼んでくれても、使ってはくれなかったです」
ノーソは窓辺に寄り、月を見上げた。青白く映る彼女の肌は、普段の病魔の斑点を消して、本来の少女の顔を暴いた。
「あなただけです。あなただけが私に触れてくれた」
そっと、恐る恐る俺の指先にノーソが手を伸ばす。触れたかどうか分からない位の距離で、彼女の手がサッと引かれた。
「私のマスター。私を使う人。病魔に冒された呪いの身体を恐れない人」
肩も腕も触れない距離で、彼女はソファーに座った。あまりにも軽い体重は、ほんの僅かにソファーを沈ませるだけで、俺の方の沈みに体が傾いた。
両手で触れないように支えた体を引き寄せる。やはり接触感染はしないらしい。謎だ。
「あたたかい……」
「……」
これを期に、色々聞きたい事やら何やらがあるのだが、流石にそれは野暮だというものだ。
窓辺の月が沈むまで、俺達は並んで座っていた。
「ゆうべはおたのしみでしたね」
早朝。結局俺の元へ娼婦は来ず、そのままノーソとソファーで寝落ちした。部屋を出て一階へ降りると、丁度キリッとした男の表情を浮かべる樹少年と出会った。
「スリープさん……」
「なんだよ」
これで俺も部屋代位は出さなきゃいけないのが非常に不愉快である。その手のお店なのでかなりお高かった。女の子とどうこうしなかったというのに。
「めっちゃ良かったっす……! 次も行きましょうね」
「ああ……うん。そうだね」
喜び全開で感動にうち震える樹少年へ適当に返事を返す。これでまた来た所で俺は何もしないだろう。
まあ、彼も結構苦労をしているのだし、この程度の付き合いくらいなら月一レベルでなら付き合ってもいいかと、心に決めたのだった。
……二ヶ月に一回、半年に一回でいいかな。
次回更新も閑話です……。そして一週間ほどお時間いただきます。おまたせして大変申し訳ございません。