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29話 新緑の森を抜けて
新緑の森。資源都市ヴエルノーズの東に広がる森である。規模はそこまで大きくはなく、獣の類いも住んでいないという不思議な森だ。常に空から僅かな光が射し込むように森が蠢く様子から、ここは新緑の森と呼ばれている。
「ここ何処っすか?」
「う、うっさいわね! 街道に出たんじゃ追っ手がかかるかもしれないからこうして森を抜けようとしたんじゃないの! 私達みんな日本人よ!? 森の歩き方なんて分かるわけないじゃない!」
髪を染めた男子高校生ほどの年齢の青年、原田樹のつぶやきに過剰反応した、女子中学生から女子高校生の中間くらいの外見の少女、和内里香が地団駄を踏む。
今現在、彼ら二人と、女子高校生二人に混ざった大人である俺達は、新緑の森を迷子になっていた。
事の始まりは、俺達が色々な誤解からミラージュ・バトラーに狙われて、ヴエルノーズから逃げ出し、合流した所までさかのぼる。
「とりあえず私達は王国に向かうってことでいいのよね?」
「まあ……場所もわからないですし、あても無いので、そこでいいと思います」
リーダーのように仕切る里香の言葉に、新田柊菜が頷く。樹少年もまた同じように、僅かに眠気を堪えながら同意した。
「でも、徹夜でヴエルノーズを出て王国に向かうのは厳しいんじゃない? 最終的な目的地はそこでいいとしても、近くに村か街を探して泊めてもらった方がいいかも」
里香達の流れを止めるように手を上げたのは、北条院アヤナである。
そもそも、俺達はアヤナと里香の勇者二人組のパーティーに乗り込んだ部外者だったので、なんなら夕食すらとっていない。逃げる為に酷使したウィードは休憩の為に『リコール』してあるし、俺達の体調も優れないのだ。
「流石にヴエルノーズのすぐ近くで野宿する訳にはいかないから、とりあえずここを離れながら、街を目指しましょう。ここからなら街道で歩いて二日くらいで街があったはず……」
「遠っ!?」
樹少年が悲鳴をあげる。彼が望んでいたファンタジーと冒険の始まりである。メンバーは最初から五人もいる。手持ちは装備だけであり薬草すらない。なんなら食事も野宿するための準備すらない。
「流石に歩き通しじゃあ体がもたないから、新緑の森を抜ける辺りまでは進もうじゃないの!」
一番元気な里香が拳をあげてみんなを引き連れていく。これが後々夜が明けても森をさまようことになるとは、誰も思っていなかったのだ。
「私だって足痛いし疲れたしお腹減ったしお風呂入りたいわよ! でもまずは森を出ないとどうしようもないし、街道なんか堂々と歩いていたら一都市の指名手配犯だから捕まっちゃうわよ!」
半泣きの状態でヒステリックに里香が叫ぶ。何か策があるのかと思って放置していたのだが、ただ適当に歩いていたらしい。
新緑の森は、ただの人がなんの考えもなく歩き回ればあっという間に迷子になる場所である。それは、この森の多くがトレントというモンスターで構成されており、彼らは互いの領域を守り合う為に時間で少しづつ動いているからだ。
どこを歩いても森は深くならず、常に緑色の光が差し込む空間。そういう意味でここは新緑の森と呼ばれている。
そうして迷い込み、疲れた獣を襲い食らうのがこのフィールドの設定だ。
まあ、それ以外にも役割はある。単純に終末の洞窟に外部の者を寄せ付けない為に作られたという側面もあるのだ。
作られた強靭な生命力の森は、僅かに破壊しただけではたちまち新しく生え変わる。常に新しい森の息吹を感じるから新緑の森。とも言われる。
それにしてはアラバスターゴールドが暴れた場所は荒地のままであるが。まあ、従魔が持つ設定の効果が影響を与えているのだろう。アラバスターゴールドは破壊の存在だ。
えぐえぐと泣き出した里香の肩に手を置く。サッと叩き落とされた。
「まあ、ここは年長者に任せなよ。ここの正しい攻略法って奴を見せてあげよう」
皆も疲れているだろうし、さっさと次の街へ行こうじゃないか。
「死ね」
正しい新緑の森の攻略法。それを喚び出した時にかけられた第一声があまりにも憎しみに満ちていた。
「まあそう言わずにやってよ。ここから一番近い場所まで案内するだけだから」
「森の案内人がいるのに私をこき使うのか? 小間使いなど龍の仕事じゃない。私は疲れた。寝る」
見つめた者を震え上がらせるような龍の眼光を発揮するウィードを落ち着かせようとなだめすかす。
これが俺の新緑の森攻略法である。
というか、元々イズムパラフィリアのメインストーリーでも、仲間になったチェリーが率先して道案内をした結果、新緑の森を抜けたすぐ先に、隠された街がある事に気付くのである。迷いの森出身の彼女が出来るのなら、ウィードに出来ない理由はない。
そもそも、最初から俺は新緑の森での道案内はウィードに頼っているのだ。それが今になってこれほど機嫌が悪いのは、単純に疲れているからだろう。
ゲームには疲労度などのようなシステムは存在しなかったが、あくまでも彼女達はここに肉体を持って物質的に存在しているのだ。ならば疲労などもありえるのだろう。
とはいえ、三時間にも満たないだろうが、休ませたのだ。戦闘はしなくていいから俺達も休めるように案内してもいいだろう。
身体を鍛えている俺や樹少年、最強の人間たる勇者アヤナは、まだまだ動けるだろうが、普通の女の子でしかない柊菜や里香はこれ以上さ迷い続けるのは無理だ。
何も俺達はただ歩き回っただけじゃない。新緑の森というモンスターの出る場所を戦闘をこなしながら進んで来たのだ。戦力的に負担が大きい柊菜とアヤナは特に何も喋らず、無駄な体力を使わないようにしているのだ。
今一番やばいのは柊菜である。ウィードが抜けた分の戦闘と攻撃はほとんど柊菜が埋めているのである。
それを知ってか、ウィードは俺達を一瞥すると、大きくため息をついた。
「……すぐ近くの人間の手が加えられている土地にしか行かないからな」
「うん。よろしく頼むよ」
大地の化身にして権能たるウィードは、地面を介した知覚能力を持つ。それを使いこなして、ウィードが先頭を歩き出した。
進むこと数十分、俺達は全力で走っていた。
「ななな……なんでこんなところにあの化け物がいるんだよおおお!!」
樹少年が叫ぶ。森を進んでいたら、突如としてあの異形と化した人が襲ってきたのである。
まあ、これは想定内である。ゲームでのメインストーリーでもこのシーンはあった。時間が違うかと思ったのだが、確定事項なのか、丁度よく巻き込まれたのはありがたい。
しばらく走り続けていると、ウィードが何かを感じたように一瞬動きを変えた。それを見届けて反転。
「シルク、あいつの動きを抑えろ『シルバーウィンド』」
輝く突風を怪物にぶつける。シルクのステータスが足りないのは知っていたので、攻撃にしか使えないマナボルトよりも、物理的に影響を与えられるシルバーウィンドを選択した。
とはいえ、突風にあおられただけなので、体勢すら崩せていない。ほんのすこし、僅かに隙を生み出しただけである。
その一瞬の隙を使ってウィードが俺と怪物の間に入る。とはいえ、戦闘準備などしていなかったので攻撃を受けただけだ。
「グルル……グオオオオオ!!!」
最大体力の一割以上のダメージを受けてウィードが戦闘態勢に入る。龍種覚醒のスキップで一番手っ取り早いのが、これだ。
要は倒されないダメージを受ければいい。スキル枠を一つ埋めて庇うでも覚えさせれば龍種の弱点は致命的ではなくなる。
ちなみにウィードは庇うを覚えない。スキル屋で覚えさせよう。
「スリープさん!?」
驚いて足を止めた柊菜。アヤナも戦闘に加わろうと振り向くが、行動を察した里香が手を引っ張った。
背後に回した皆を庇うように両手を広げ、サムズアップする。
「ここは俺に任せて先を行け!」
「めっちゃいい笑顔!? なんか絶対裏があるでしょ!」
樹少年が俺の横顔を見た。確かにこれはイベントであり、ゲームでもあった出来事なのだが、俺の良心を欠片でも見ないのは遺憾である。
なにより、俺達人間の足でいつまでも化け物相手に逃げ回れると思うなよ。コンディション最悪な君らよりも俺一人が残って戦う方が効率はいいんだよ。
基礎スペックだけならウィードが圧倒しているから、一体だけなら倒して帰ってくるよ。
そう伝えると、樹少年の勢いが弱くなった。
「うっ……そりゃそうっすけど、案内役がいなくなったらどうするんすか!」
「ひとまずの危険が去って、足を止めていればウィードで探せるよ」
戦闘では使えない程度に知覚能力を持っているのだ。有効活用しようぜ。
まあ、多分ウィードはこの戦闘の後しばらく使い物にならないだろうが。道案内は終わりだし、戦闘にまでかり出せば、一日くらいは疲れきって動かないと思う。
と、あれこれ騒いでいると、空から声がかけられた。
「──おや、今日の迷い人は騒がしいね。それに、良くないものを連れてきている」
声と同時に怪物の身体が弾け飛んだ。パアンと音を立てて風船が割れるように粉微塵になったのだ。
そして、空からゆっくりと長衣をはためかせて、薄ピンク色の天パをした優男が降りてきた。
「ようこそ、龍に導かれし者たちよ。ここは秘められた土地、魔法都市だよ」
大仰なカーテシーをする男が俺達の背後を指さす。
振り向くと、そこには一本の天を刺すほどに伸びた巨大な木が生えている街が見えたのだった。
「……なんで、さっきまでは何も無かったのに」
「そりゃあここは結界が張られているから。あんた達みたいなよそ者が簡単に寄って来れないようにしてるんだから!」
柊菜のつぶやきに甲高い子供の声が返ってきた。見上げると、ほうきを持って空を飛んできた少女が胸を張っている。
「ガイスト! まったくもうあなたって人は! 一都市の長がこんなに腰が軽くちゃまた賢老院に怒られるわよ!」
「ハハ、魔法使いとはそんなものだよ。さあ迷い人よ。ついてきておくれ、この魔法都市を案内しよう」
男がパチリと指を鳴らすと、次の瞬間には場所が変わっていた。
どこかの部屋の中か、広々とした木をくり抜いた密閉空間へと移動していたのだ。
ウィードをリコールし、シルクを頭に乗せる。柊菜から眠っているトラスを預かった。
「ここが基本的な交流場さ。ただ広いだけで、特にめぼしいものはないが、暇な人が集まって適当に歓談している。他は研究室だけだよ」
「…………えっ、それだけ?」
「それだけさ」
目を丸くした樹少年が俺にこっそりと歩み寄る。そして、耳元へ顔を近付けた。
「スリープさん、スリープさんならこれを知ってのことなんだろうけど、マジでその二箇所しかないの?」
「まあ、施設としてはそれしかないよ。後は外と研究室で個人用に増設したものばっかりだし」
なにより、ここは通り過ぎる為の場所である。僅かな情報やら世界観を知るくらいなら出来るだろうが、ストーリーの大きな部分に関わるわけでもなく、また、いつまでも留まれる場所ではない。
ここはあくまでも通過点。ゲーム的には、最序盤を終えてある程度慣れ出した人用のまとめ的な場所でしかない。
まあ、追加コンテンツあるけど。
「迷い人達よ。まずは空いている部屋を与えよう。疲れているだろうし、ディナーの時間までは部屋でゆっくりとしていておくれ」
優男──少女が言っていたガイストという男は、俺達を連れて一人一人に部屋を与えた。与えられた部屋は、やはり木をくり抜いたような場所であり、スライド式の扉と、簡素なハンモック以外は何も無い。しかし広さは十人集まっても狭くないようなものだった。
何にせよ、疲れているのは事実だったので、与えられた部屋で一度眠ることにした。
何かをする必要は無い。晩餐会のようなものがこの後開かれるまでは、特に大きな出来事はないはずである。
そもそも魔法都市とは言ったものの、異世界ファンタジーなどほとんど魔法都市であろう。ここに来るまでに魔女の従魔が欲しかったが、最悪ここでも一体従魔を手に入れられるので、それまでは動かないでおこう。
未だ眠ったままのトラスを柊菜に預けることも忘れて、俺は眠りについた。