イズムパラフィリア   作:雨天 蛍

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31話 魔法

「おや、こんな時間にどうしたのかな迷い子よ。まだディナーの時間ではないが、我慢できないというのなら、少しだけ手製のクッキーをあげようじゃないか。さあ、そこへお座り」

 

 スリープとアヤナが閉じ込められる少し前の時間。ガイストという優男の部屋に新田柊菜はいた。

 窓が無いので外の様子は分からないが、それなりに遅い時間帯だろう。それでもこうして突然の訪問に目を丸くしただけで優しく受け入れて貰えた。スリープよりかは信用出来る人間性かもしれないと、柊菜は僅かに安堵の息を吐く。

 

「夜分にすみません。少しだけ、話したいことがあって……」

「いや、気にしなくていいさ。我ら魔術師は探求者。知りたいことがあればすぐに突撃して調べるのは好ましいと思うし、僕達の常識さ」

 

 柊菜の言葉に演劇でもしているかのような、大仰な仕草で、気にしなくていいと返すガイスト。

 彼が指を鳴らすと、ひとりでにテーブルや椅子が動き、柊菜を座らせる。白磁のポッドが部屋の奥から飛んできて、同じく金縁で彩られた来客用であろうカップに不健康そうな青色の液体を注いだ。

 テーブルから魔法陣が浮かび上がり、星のクッキーが盛り付けられた丸皿が現れ、本棚から赤い装丁の本が一冊ガイストの手元に収まった。

 

「わぁ……!」

 

 柊菜はすっかり、このいかにもな魔法空間に目をキラキラと輝かせて感動していた。話したい事などすっかり忘れて、アニメーションかCG映像でしか見ないような魔法に心を奪われてしまっていた。

 

「コホン。それで、素敵な迷い子の少女は何をしに来たんだい? 生憎と僕は黄色いおしゃべりな花のお茶会や、絵画の歓談を開けなくてね。簡素で悪いけど、これくらいでそのマジックを見た、子供のような目を収めて欲しいな。今の僕には、即席でこれ以上君を満足させられるような魔法は使えないんだ」

「あっ、ごめんなさい……」

 

 柊菜は自分の状況を思い出して顔を真っ赤にした。

 そんな柊菜の様子を見たガイストは、柊菜の頬へと細い女のような手を伸ばした。

 

「珍しい子達だ。この世界に居ながら、この世界の人間とは違う価値観を有している。脆く崩れそうな儚さや、その歳でなお持ち続けている夢と希望の姿は、一輪の大華のようだ。だからこそ、君を手折りたくなる。強く惹かれるんだろうね……」

 

 この世界の人間は、かつていた地球の人よりも美しく見える。だからだろうか。柊菜は心のどこかに拒絶感と恐怖を持ちながらも、どこかぼんやりとした様子で、手を伸ばすガイストの姿を眺めていた。

 一気に柊菜のパーソナルスペースに侵入したガイストだが、柊菜の体に触れる前に、その腕が強く握り止められた。

 

「えー、くん」

「……君は、いや、そんなはずは」

 

 ゆっくりとだが、現実に脳が引き戻されていく。ガイストはエンドロッカスを見て、表情を険しくしながら、うろたえた様子を見せていた。

 そんなガイストを全く気にしていないようなエンドロッカスを見て、ガイストは、表情を隠した。さっきまでの様子は無く、最初に部屋に入った時のような、どこかひょうきんに見える大仰な仕草をして話すようになった。

 

「ああ、申し訳ない! 美しき姫を見て我を忘れてしまったようだ。騎士に咎められて、ようやく気が付いたよ。すまない」

「い、いえ……気にしてないですから……」

「君は奥ゆかしいね。それは美徳であろう。しかし、いつまでも遠慮されていたら、朝になってしまう。僕はそれでもいいけど、君は疲れているだろう?」

 

 遠回しに本題を促されて、柊菜はカップの青い液体を一口入れてから切り出した。

 

「私に魔法を教えてください」

「おや? 君はもう少し別の話を聞きたいのだと思っていたが……」

「あ、えと。それもあります」

 

 確かに、柊菜は最初、この世界について情報を集める為にここを訪れた。しかし、さっきまでの出来事を受けて、魔法の、ひいては魔術師の存在に心惹かれたのだ。

 万能な力に見えた。変幻自在に心の隙をついて潜り込む手法や、役に立ちそうには見えないが、様々な物質を動かして楽しませる魔法。そして、最初に見た、あの異形の人間を一瞬で消し去った力を。

 ガイストの手から守ってくれたエンドロッカスを見て、心を決めた。最初は自分の目的だけを優先していたが、やはり、彼女の従魔達の役に立つ事を覚えようと。

 柊菜の持つ従魔は皆前衛である。それでいて、スリープの従魔であるウィードよりも弱く、柊菜もまた、スリープよりも戦闘が上手くない。

 そして、アヤナや里香のような勇者が増えて、ここまで来る間の戦闘で実感したのだ。この調子だと、いつか破綻すると。

 

 前衛が多過ぎるのだ。ゴーレム、アヤナ、エンドロッカス、チェリーミート、ウィードと、とにかく数が多い。

 それに比べて後衛があまりにも薄い。ピクシーとシルクだけである。

 里香はもう一体従魔であるテリリを「情報収集用よ」と言って戦闘には使わないし、テリリが前衛だったら意味が無いレベルだ。

 前衛が多過ぎて後衛は援護射撃をしにくいし、前衛は前衛で、ごちゃごちゃする。

 更には、最大戦力たるウィードは滅多に動かない。いつも戦闘開始時には後ろで突っ立っている。彼女は敵の攻撃を相殺出来るし、その身体能力から攻撃をほとんど受け付けない。

 

 柊菜の従魔やアヤナでは、さすがにいつまでも無傷ではいられない。戦闘が増えれば増えるほどに、アヤナ達は傷付き、ピクシーの回復が忙しくなる。

 今はまだ、樹のピクシーが完凸済みなまでに強化されているから支えきれるが、いずれ柊菜達の戦力が追いつくと、回復不足で戦線は崩壊するだろう。

 それをどうにかすることにしたのだ。柊菜は最初従魔で回復役や後衛火力でも引こうと思っていたが、これで今回も前衛だったら目も当てられなくなる。

 

 前衛が傷付く前に倒しきれる火力か、回復魔法。そのどちらかが、柊菜は欲しかった。

 

 最悪、情報はスリープのゲーム知識に頼ればいいのだ。アヤナや里香は王国所属だから、そこで情報を集めるという手もある。

 だが、あの怪物を一種で屠る程の魔法はここでしか教われないような気がしていた。

 

「私には、今魔法が必要なんです。いずれそれが不要になったとしても。その時が来るまでは、絶対に必要なんです」

「……魔術師に、本業の取引かい? 情報ではなく手段を教えるんだ。対価は貰うよ?」

「それで、いいです。無理な対価なら諦めるだけですし」

 

 柊菜の言葉を聞くと、ガイストはゆっくりと立ち上がった。

 

「なんでも言うことを聞くというよりかは賢いね。魔術師はそういう狡猾さが無くてはいけない。その点君は見込みがあるよ。さて、話は理解した。今日はもう遅いからお帰り。ディナーまで休んでいるといい」

「へっ? まだ返事が……」

「おお、悪いね。言葉を省いてしまったか。君に適任の魔術師がいる。僕の後継者であり、三つの命を持つ天才の魔術師だ。明日、お昼前にまたおいで。彼女を師に付けさせよう」

 

 本来の目的であるガイストから直接教わることはできなかったが、それでも彼の弟子にして天才とまで呼ばれる人を師匠につけてくれるようだった。

 立ち上がり、頭を下げる。彼にはなんの利益も無さそうなのに、こんなお願いさえも聞いてくれるとは、感謝の念が尽きない。

 

「あ、でも……対価は?」

「それはディナーの時にしよう。丁度、迷い子達に解決して欲しい願いがあったのさ」

 

 それだけ聞くと、柊菜はエンドロッカスに手を引かれて部屋を出た。

 どっかりと、ガイストが椅子に座り込む。体の力を完全に抜き、ずりずりと椅子から落ちつつある状態になった。

 

「全く。あの馬鹿者は完成させたのか。それでいて死んでるとは、油断したな」

 

 彼の一人言は、部屋に響くことはなかった。それと同時に、巨大な振動と音が、彼の部屋まで伝わって来たからだ。

 

「ふっ。龍の目覚めか……。そろそろ準備に取り掛かろうか」

 

 のそりと起き上がると、既に彼は元通りの優男の姿になっていた。

 

 

・・・・・

 

「結局はこうなるのね。暴力が全てを解決する。世界が核を手放さない理由が何となくわかったわ」

「俺も最初にウィードを引かなかったら精神的に余裕無かったんだろうな」

 

 結局、どれだけ待っても助けは来なかったので、壁をぶち抜いた。

 途端に警報がけたたましく鳴り響き、魔術師達がやってくる。壁に飾られていた鎧がひとりでに動き出し、俺達に襲いかかってくる。

 

「ウィード」

「グルル……」

 

 呼び出したウィードは寝起きらしくテンションが低めだ。一応全快まで休ませたので、コンディションは悪くないはずだ。

 群がる雑魚共をウィードが鬱陶しそうになぎ払う。あっという間にバラバラになったゴミを眺めて、ウィードが肩を回した。

 

「やっぱり調子が出ない。地脈の流れが歪んでいる」

「あ、そういうのも分かるんだ。ウィードの言う通りだよ」

 

 ここは魔法都市。そもそも都市は地脈の上に建てるので、ある程度歪むのだが、それ以上にこの場所は地脈が歪んでいるのだ。

 ウィードや、そもそもシルクを見れば分かるが、人間は弱い。人間の使い魔であるガーゴイルやスライムのような存在が手も足も出ずに倒され、蹂躙される存在だ。それがこの世界の人間である。

 故に、この世界の人間の住処は狭く、都市は密集している。外壁を大きく強固にするために、内側を狭くしているのだ。そうして訪れる脅威に抵抗をしようとする。簡単な話、人間を襲うのは面倒くさいと思わせれば勝利なのだ。手出しされなければ、都市としては勝利なのである。

 

 かなり大まかであり、例外が多過ぎるのだが、従魔のレアリティである星には、その数で従魔のある程度の脅威度を測ることが出来る。もちろん完凸レベルマ前提だ。

 星一は一般人の大人が武器を持ってようやく勝てるレベル。それでも勝てる可能性がある。というだけのものだが。

 星二は、小規模の一般人の集団でどうにか勝てるレベル。

 星三は有効な戦術を持って、訓練された軍人が挑んで勝てるレベル。

 星四は一都市が滅ぶレベル。同時に都市総力で挑めば撃退が可能なレベル。

 星五は、この世界で言う国が滅ぶレベル。簡単に言えば、都市以上大陸未満レベルの強さだ。軍隊と戦って勝てる強さである。

 

 まあ、これが絶対だというわけじゃない。従魔そのものの強さとは関係無しに強力な能力を持っている奴とかいるからな。スキルによっては星三の従魔が都市を滅ぼすことだって可能だ。

 

 基本的に星三までの野生の従魔はそこら辺で見ることが出来る。つまりひっきりなしに襲撃されることだってあるのだ。

 それに対抗するためにはどうするか。人間は勝利を求めて様々な強さを探すのだ。

 

 肉体の限界を追求する剣士。従魔の持つ異なる法則に目を付けて、理を外れた魔術師。従魔へメリットを提供し共存する召喚士。

 

 この中で、一番集団で行動するのが、

 魔術師である。彼らは人外の法則に手を出した人間である。所詮はどこまで行っても劣化コピーでしかない。

 今のままでは勝てないのならば、どうするか。それなら代償を支払ってでも強さを求めるまでだ。

 

「双方共に静まりたまえ!」

 

 転移してきたガイストが声を張る。その一言で魔術師達は静止した。

 

「……この度は、僕達魔術師が不意に襲ってしまい申し訳ない」

「実害も出てないしいいわ。元々私達はここに居させて貰っている身だしね」

 

 ガイストが軽く下げた頭をアヤナが許すことで、この場は手打ちになった。

 一瞬で現れた魔法。この都市の絶対的ルール。自由な探求者を纏める者。

 

「ディナーの準備が出来た。さあ、ここは空気が悪いから、案内しよう」

 

 ガイストが指を鳴らすと、俺達ごと空間を転移させた。

 蝋燭で灯された煌びやかな部屋は、中央に長テーブルがあり、豪華な食事が置かれている。

 

「空間魔法……? でも、こんなことって可能だったかしら」

 

 アヤナが首を傾げる。彼女は魔法を知っているので、これがいかに不思議な現象なのかを理解しているようだ。

 

 そもそも、都市にいる魔術師達が使う建築魔法とは、空間を作り替える魔法だ。それは、地脈と契約を結んでいるからこそ使える魔法であったりする。

 よって、都市の外に出れば魔術師達は建築魔法を使えない。

 魔術師は一定の空間において強力な力を得られる手法に手を出した。契約術と呼ばれるそれは、人類に生存圏を作る事に大きな活躍を見せたのだ。

 シルクのような星二の従魔では、あの鉄の壁は一発では撃ち抜けない。何回も撃つ必要があるのだ。そして、魔術師は更地になった都市を三日もあれば元通りに直せる。壊れそうなら作り替える事など簡単に出来るのだ。

 あれは都市を滅ぼせるピクシーでも手を焼くだろう。それほどまでに強力な魔法だ。その力は地脈と契約を結ぶ事で成り立っている。

 

 ここは魔術師の総本山だ。強大な地脈があり、それに魔術師達は契約を結んでいる。

 そして、彼らの長であるガイストは、この地脈と永遠の盟約を結ぶ事で、無類の強さを得ている。

 

 その条件とは、一生涯この地脈の範囲から出られないが、その変わりに地脈を流れる力を使いこなせるというものである。

 

 だからこそ、この男は長い時をこの地で生き続けるし、やって来た敵を一瞬で滅ぼすくらいなら可能なのである。

 

「仲間が来るまで少しかかる座って待っていようじゃないか」

「ああ、そうさせて貰うよ」

 

 予想じゃ誰かがこいつと接触しているだろうし、この後はメインクエストが進行するだろう。接触してなければここで俺が話を進めるまでだ。

 肩からトラスを下ろして、隣に座らせる。膝の上にウィードを乗せて頭を撫でた。

 

「グルル……グルル」

 

 喉を鳴らして調子は良さそうだ。

 扉の開く音がする。今日から新しいコンテンツが解放される。

 

 フレンドダンジョンの時間だ。

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