「できた?」
「できませんでした!」
翌日。ミルミルの手により久しぶりに屋外へ連れ出された。そして、昨日出した課題の成果を聞いたのだが、樹少年は元気よく匙を投げた旨を伝えたのだった。
苛立った顔をしてミルミルが樹少年へ音玉を投げつける。
「うっ」
「ったく……なんでこんな簡単な事も出来ないのよ。とりあえず、迷い子達のレベルは分かったから、先にダンジョン攻略に行くわよ!」
「えっと……理由は?」
「簡単な話よ。ダンジョンは星の魔法。時空の異なる空間にして、エーテルの塊でもあるんだから! まずはエーテルに触れる為に行くわよ。そこで魔法の感覚を掴むの」
色々説明しているが、要はフレンドダンジョンである。一人二体まで従魔を召喚して、ダンジョンの奥地を目指すコンテンツだ。
これがギスギス要素にもなる。オートで進められるだけの強さが従魔にあればいいが、大体手数が足りないので、手動で助け合う必要があったり、ギミックがあったりする。
そのくせパーティーは個別に見せ合うことも無く自分で決めるブラインドピック方式なので、下手すると全員で同じ従魔だったりゴミ出してきたりする。
ちなみに、ダンジョンはひとつの巨大なバトルフィールド扱いなので、龍種覚醒が足を引っ張る事は無いドラゴン優遇コンテンツだ。
「それと、昨日言い忘れてたけど、魔法を学ぶにつれて、一つ決めておく事があるわ。自分がなんで魔法を使うのか。人の理を外れるのか。その理由を明確にするために、誓いを決めておきなさい」
ミルミルはそう言うと、自分の杖を抜いた。
「『三つの試練』……私は命が三つあるの。その分魔法を同時に三回使えるのよ。まあ、それとこの言葉はあまり関係ないんだけど、魔術師同士、戦うことがあった時に名乗れるように、自分の根底にある魔法を決めておきなさい」
好感度イベントで判明することだが、ミルミルの誓いであるその言葉は、小さい頃読んだお話に憧れて付けたものだ。試練を乗り越えて大活躍する魔法使い。それを目指すために彼女は自分の命にかけて『三つの試練』という誓いを刻んだ。
同名アビリティ効果は、魔法再使用二回という破格のものである。魔法が当たればアビリティを使うだけで魔法が三回当たった事に出来るという、実質三倍ダメージを与えられるアビリティだ。
「それじゃあこれ渡すわよ」
そう言ってミルミルはブレスレットを取り出した。ひとつのビー玉サイズの水晶球がついている。
「これはなんすか?」
「その魔道具同士で登録した相手の現在位置を知ったり、会話したり出来るわ。後は信号を出して救援も呼べるわよ」
フレンドシステムである。最終ログイン時間。ゲーム所在地のサーチ、ささやきやメッセージの送信。レイド救援ができる。
「まずは迷い子達とそこの子供の分を用意したから、登録しておきなさい。ダンジョンではぐれたら、それで探すのよ」
軽く水晶同士をくっつければ登録出来るわ。という説明を聞いて、全員分登録しておく。
早速俺は水晶を弄り回してゲーム時代にあった機能も付いている事を確認した。
『活動はまったりでやってます! 星十以上完凸レベルマ必須。コンテンツ参加制限かけてます』
まあ、さすがに全部ゲーム通りじゃないので参加制限とかかけられないのだが。
参加報酬目当てで参戦して即死されるとクリア評価が下がるので、必須機能なんだよなぁ。
『ピクシー可愛い! 女の子の従魔求めてます! おすすめがあったら気軽にtellしてください』
『初心者です』
樹少年も柊菜も、流石は若者といった具合に、色々弄り倒してプロフィール設定から何から作っている。
『すりーぷ』
トラスはどうだろうかと確認してみると、プロフィール画面の一言にはそれだけが書かれていた。
ちらりとトラスを見る。目が合った。
『ありがと』
……俺トラスエンドでもいいかもなぁ。いつの間にこんなに好感度を稼いだのだろうか。
「ちょっと! なんでそんなに黙々と魔道具弄ってんのよ!」
スマホに飼われている日本人の姿が異様に見えたのか、怯えた声でミルミルが怒鳴った。
「いやー。懐かしいなって」
「ほんとにね……。まだそんなに長い間離れてないはずなのに」
「……とりあえず、先に進むわよ。今日の目的はダンジョン攻略。ダンジョンは特殊な空間だから、従魔は二体までしか召喚出来ないわ。それに、後々引っ込めたり、追加で呼び出すのも不可能よ」
ミルミルに連れられて新緑の森に入ったすぐの所に石階段を見つけた。周辺には、風化して折れた石の柱が生えている。
地下に何かがあると思わせるようなダンジョンだ。
「ここよ。魔術師達の偵察では、ここからエンド──あの怪物のことね。そいつが出てきたのを確認しているわ」
「ここから?」
柊菜の疑問はもっともだ。入口は小さく、人一人が入れば横を通り抜ける事は出来なさそうなほど狭い。到底あの怪物が出てこれるとは思えない。
そういう疑問の意図を読み取ったミルミルが手に持った杖をクルクルと回した。
「あの怪物の元は人間よ。お師匠様──ガイストは秘密主義だから何も教えてくれなかったけど、アレがなんなのか多分分かっていると思う」
別に難しいことじゃないだろうに。人の形をした化け物。似たような存在ならすぐ隣にいるだろう。
従魔だ。あのエンドという化け物は従魔になる事を目指して作られた失敗作である。そして、唯一の成功作は柊菜の隣にいる。
【アビスの暴剣エンドロッカス】同じエンドの付く存在であり、死種だ。まあ、第一部終了後にしかエンドロッカスは手に入らないので、死種なのは当たり前なのだが。
人は弱い。従魔に簡単に蹴散らされる虫けらのような存在だ。脅威に対して人間が取る行動なんて大体想像つくだろうに。創作では、人類が今のままでは勝てない相手には、いつだって似たような方法を取る作品で溢れている。
従魔化だ。従魔になれば、抵抗出来る。そういう考えに行き着くのは、そう遠くないだろう。
思いついて、実行に移す存在は、どんな人物かも、少し考えれば分かるはずだ。
「ま、そういう難しい事は気にしなくていいわ。上意下達を徹底すれば、ある程度上手くいくものよ。多分人間が潜伏していて、外に出た時に従魔化するんだと予想しているから、今のうちに叩けば勝てるわよ」
イズムパラフィリアの世界観は基本的に暴力的で実力的だ。トップは必然有能になるので、ミルミルの言うことも理解出来る。
群衆とは思えない程に行動が早いのも特徴である。
「さ、入る前に従魔出しておきなさい」
「『コール』シルク、ウィード」
「俺はもう出してます」
「こ、『コール』エンドロッカス、チェリーミート」
「……」
樹少年は胸元からピクシーを取り出し、腰に下げているリビングエッジをぽんと叩いた。
トラスは、俺の肩に乗ったまま天に手をかざした。数秒後、ジェット機でも飛んでいるかのような音を立ててアラバスターゴールドが降ってきた。
「ちょっと!? くっ『エーテリアルシールド』」
大急ぎでミルミルが地脈を引っ張り障壁を張った。おかげで周囲に影響を与える事無くアラバスターゴールドは着地に成功した。
「うそ……。地脈の障壁をこんな簡単に……」
着地させるだけに終わった魔法を見てミルミルが絶句している。まあ、アラバスターゴールドは対魔法用従魔なので仕方がないだろう。
「呼んだか? 我が主よ!」
「……」
「……流石にそれは無理な問題だ」
呼び出されたアラバスターゴールドが無言でトラスが指さした先を見て困りきった顔をする。先には人一人分の大きさの階段。
リコール出来ないから今回も参加は無理のようだ。
がっかりしたトラスを見て、ますます困った顔をしている。無理なもんは無理だ。
「ちょっとハプニングがあったけど、先へ進むわよ」
「トラス、気にしなくていいさ。どうせ参加報酬は手に入る。石さえあれば新しい従魔も手に入るんだ。次は小さめの従魔を狙おうぜ」
トラスを慰めてダンジョンへと足を踏み入れた。
光源が存在しないにもかかわらず薄暗いだけで済む謎の空間。淀んだ空気と肌を刺す不快な刺激が、ここは危険な場所だと本能に訴えさせている。
「気持ち悪い……」
「ここがダンジョンっすか……気味悪いっすね」
「この肌を刺す感覚こそがエーテルよ。……思ったより濃度が低いわね」
柊菜が両腕を摩って身を縮める。樹少年も顔をしかめて周囲を見渡している。
ゲートだろうか。入った先にあるのは、広めの空間に、1人ずつ通れるような区切りが幾つも作られた場所がある。本来の役目は失われており、通り抜ける事も可能だろう。
「何もいないわね……。まあ、入ってすぐだし、そんなこともあるか」
「ウィード、戦闘準備」
ダンジョンは一つのバトルフィールドだ。接敵前にウィードの龍種覚醒を発動させておく。ここから先はウィードがいる方がいいだろう。
龍種覚醒は、ゲームではただのデメリットアビリティだったが、現実ではその行為に理由が付けられていた。
龍種の力は強大だ。それ故に消耗が大きく、常に同じ状態でいれば、あっという間に力が枯渇してしまう。そういう消費を減らす為に普段は力を抑えているらしいのだ。
じっくり時間をかけて本調子に戻すのが一番負担が少なく、しかし緊急時用の為に大きなダメージを受けた時に、無理やり体を叩き起す事も可能になっている。それが龍種覚醒というアビリティのようだ。
シェイプシフトも同様である。食事等の量を普段から減らせるようにすることで、種全体の配分を増やすと同時に個体数を伸ばす為の節約術なのだとか。
故に、普段から龍種覚醒をダメージ発動させていると、いざと言う時に力が出ない可能性があるのだとか。
デメリットアビリティがより強いデメリットになって返ってきた気分だ。本当に使いにくい。
「……先に進むわよ」
俺を先頭に柊菜、ミルミル、樹少年の順で先へ進む。タンク、戦士、魔法使い、僧侶の順である。
ゲートを抜けた先はエントランスなのだろうか。とても広く大きな空間があった。明らかに地面を突き破っているであろう高さにまで天井が伸びている。ボロボロの椅子やテーブルがあちこちにあるだけで、他に目立つ物は何も無かった。
強いて言うならば、人が集まって話をするだけにありそうな部屋だ。
人骨が転がっている。それは、俺達がこの部屋に入ってくると同時に、カタカタと鳴り出して、糸で吊り上げられるように形を作った。
「キャアアアア!!」
「うわっ!?」
柊菜の悲鳴が響く。それに驚いた樹少年の声もした。音は部屋に反響して、動いていなかった人骨達を動かし始める。
スケルトンとでも呼べるモンスターである。
「ちょっと! 落ち着きなさいよ! こんな場所で自分の居場所を教えるような真似しないでよね!」
「まったくだ。ウィード」
「グルルッ!」
パニックになった柊菜と樹少年の相手はミルミルに任せて、ウィードをスケルトンに仕向けた。
数こそ多いものの、動きは緩慢なので、特に問題も無くガッシャーンと蹴散らされるスケルトン達。
「……いつの間にこのゲームはこんなホラーチックになったんすか」
「別にホラーでもないでしょ。スケルトンなんてRPGじゃよく出てくるし」
「帰る! 帰りますぅ!」
柊菜の発狂が収まらない。幽霊とかダメだったんだろうか。思い返せば、柊菜は人の死体を見ていた記憶が無い。
……どうしようかな。
少なくとも、このダンジョンはアンデッドしか出てこない。我慢して貰おうか。
「だだだ、大丈夫ですご主人様! 私が守ります!」
「もふもふ……」
チェリーミートの自身を使った押さえ込みで柊菜が大人しくなった。チェリー自体もこういうのはダメらしく、表情は真っ青なのだが。
まあ、先へ進んでもいいだろう。
「先行くよ」
「これ、何が目的なんですか?」
「ダンジョンといえば奥地にいるボスを倒すのが普通だろうに」
今のレベルだとウィードがいるからこそこうして全員で戦わずに済んでいるのを忘れないで欲しい。ここは、チェリーミートと星三従魔一体、ミルミルだけで攻略出来る難易度なのだ。
周回すると難易度も上がるので、いずれはDPSを意識したギスギスが始まるであろう。その時にいちいち悲鳴など上げられなくなっているはずだ。
柊菜が使えなくなるのは構わないが、ミルミルだけはこのダンジョンの最終戦で欲しいので、それまでにお荷物のままでいるのだけはやめておいてくれ。
エントランスを抜けた先は、長い廊下だった。エントランスの大きさに合わせてかなり広い空間であり、ひとつひとつの扉は頑丈なスライド式の石の扉だった。
部屋を覗くと、そこは工房のようなものだった。割れたガラス瓶に、床にある紋章、朽ちた本棚など、複数の部屋を回ったが、大体同じ作りになっている。
「……スリープさん。俺、今朝こんな感じの部屋を見たんですけど」
「おっ。良い記憶力だ。答えを見に行こうじゃないか」
長い廊下を進むと、突き当たりに一際大きい両開きの扉があった。その扉だけは、他とは違い、まだ使われているような印象を与える。
「やっと着いたわね! さあさあ、早くガイストのお願いを叶えてあげようじゃないの!」
「えっ、こういうのはまず聞き耳からしていくもんなんじゃ……!」
これまた随分珍しいゲームを知っている樹少年の言葉はミルミルに届かず、扉は開かれてしまった。
最奥部。そこにいたのは、ゾンビとも言える人物だった。
落ちくぼんだ目に、乾きひび割れた唇。ボロボロの長衣を着込み、誰かの腕に宝玉を収めた杖を持っている。
柊菜は無言のまま口元を押さえた。今までのモンスターと違う様子に、樹少年も剣を抜いている。
「来たか。次代の人柱よ」
「……あんた、魔術師ね。なんでこんな存在がここにいるのよ。もしかして魔法都市を襲っていたのはあんただっていうの?」
ミルミルの言葉にモンスターは答えない。
「私は長い言葉を好まない。そういうことは、貴様の師匠にでも聞け」
「──っ! ああそう! いいわ、帰ったら全部ガイストに聞いてやるんだから! 私だってそろそろ次の魔法都市のボスになれるくらいの実力はあるんだから!」
ミルミルが激昂し杖を抜いた。それを皮切りに戦闘が始まる。