「『我が身は唯繋ぐ』」
「ご丁寧にどうもっ!『三つの試練』!!!」
両者が杖を抜いて魔法を放つ。ミルミルは風の魔法。モンスターは水の魔法だ。
魔力がぶつかりあう。空間が目に見えるほどの揺れを伝え、体がぐらついた。
両者の魔法は、モンスターの勝利に終わった。
「舐めないで!」
ミルミルの一度消えた魔法が再発動し、今度こそモンスターの魔法を食い破る。
「チェイン」
モンスターは一言告げるだけで、新しく魔法を放った。ミルミルの魔法がさらに消滅、再発動して、ようやく相殺した。
「す、スリープさん! これ俺達何すればいいんですかね!?」
「んー。見てたら?」
シナリオスキップしたいなら、そこのボスモンスターを殴ってもいいけど、話が飛ぶよ。
これはイベント戦なので、基本的には見ておくしかない。もう少ししたら俺達も処理する実用があるスケルトンが湧くので待っていてほしい。
「蘇れ、我が同胞よ」
モンスターの醜悪な杖が地面を叩くと、その下からスケルトン達が湧き出てくる。
「あれを倒すよ」
「う、うっす!」
体育会系な返事をして、樹少年は剣を構えてスケルトンへと向かっていった。後は時間が経つまでの耐久戦である。
「ウィード、柊菜の方も蹴散らしておいて」
「グルル……なあ、いいのか?」
「別にいいんじゃないかなぁ。俺は必要だと判断したことなら実行するし、その結果にはある程度責任を持つつもりではあるよ」
ダンジョンというのは、ひとつの地脈のたまり場でもある。星の魔法。と言われるように、高濃度の魔力の元となる物質が幾つも含まれており、それは都市を作る上で非常に役に立つ。
つまり、基本的に街の付近、もしくはその内部に実はダンジョンが転がっている事が多い。ミラージュがいるヴエルノーズでは、近場に終末の洞窟が存在しているし、魔法都市にはこうしてすぐ側にダンジョンがある。
ダンジョンの中にいるモンスターや従魔は、そこから外には出てこない。理由は不明だが、まず放置していれば、出てくることは無いのだ。
そして、今までの道のりに人が生活していた様子は見受けられなかった。ダンジョンの形を見ればわかる通り、ここは元魔法都市である。
ぶっちゃけハメられている。それはゲーム時代でもそうだった。つまりはここまでが正史の流れでもある。
魔法都市は、一人の地脈に捧げられる魔術師を長とした集落である。次代の魔術師が誕生すれば、その集落は不要になり、捨てられる。地脈で定めた範囲から出られない唯一の存在は、そこに捨てられ、ダンジョンのボスとして半永久的に生き続ける。
それが延々と続くのが魔法都市の仕組みである。ここは複数かつ広範囲に地脈が密集しているらしく、それぞれを束ねるように時間をかけて魔術師が生贄となり都市を、ダンジョンを生み出している。
そして、古いダンジョンのボスを倒して、そこに新しい魔法都市を作れば、魔術師達の次の拠点の完成だ。
この都市の頂点は、あくまでも守護者であり生贄なのである。これが、このシステムが、魔術師達が出した最善の案だという。
こいつを倒せば、魔術師ミルミルは柱となる。地脈に楔を打ち、建築魔法で都市を、集落を生み出す魔術師となる。まあ、儀式は必要だが。
俺達プレイヤーは、それが成された時に真実を知る。そして、その負の連鎖を断ち切る為に、次であるミルミルを殺すことで魔法都市の崩壊を狙うのがメインストーリーだ。
サブクエストでは、ミルミルの代わりになる魔術師を作るガイストを倒し、魔法都市そのものを消滅させることが目的である。
地脈を操れるミルミルは、おそらく今後必要になってくるはずだ。エンドロッカスが従魔となっている今、完成体がいるのかは不明だが、それでも用心しておくに越したことはない。
イズムパラフィリアの第一部に必要なストーリーキャラと勇者アヤナは確保しておくべきだろう。樹少年と柊菜が地球に帰る為にも、世界滅亡を防ぐためにも。
より大きな善の為に。功利主義の考えは嫌いじゃないが、俺の心理を突きはしない。
らしくない事をしている。
「っ! エー君! チェリー!」
「了解です、ご主人様!」
魔術師同士の戦いで、年季の差は覆せなかったのだろう。ミルミルが打ち負け、魔法が直撃しそうになった途端。柊菜が動いた。
チェリーが風で道を作り出し、エンドロッカスが進む。従魔の力で一瞬のうちに詰められた距離が、容易くモンスターの魔法を打ち砕いた。
手のひらを返し、一閃。元々耐久力の無い魔術師のモンスターだ。巨大な剣の一振りに倒れ、動かなくなる。
「あちゃー。手を出したか……」
イベント戦闘は、普通に進めば一度ミルミルが死ぬ。というか、シナリオスキップしたところでミルミルは死ぬ。必定である。
そこで小出しにされるこの魔法都市の情報があるのだが、それはいいのだろうか。
イベントは進む。ボスモンスターの首が、転げ落ち、ミルミルを見つめる。
「契約は成された……。私の知識を、連綿と紡がれる記憶と共に、この都市を捧げよう……」
「えっ……キャアアアア!!!」
鋭い悲鳴をあげてミルミルが崩れ落ちる。モンスターは既に白い粉となって崩壊した。
「お、おい! どうなってんだよ! 何が起きてんだよ!」
今回は完全なモブだった樹少年も、ただならぬ様子に急いで駆け寄ってきた。気絶しているミルミルを抱き上げて、脱出しようとする。
『その必要は無い。迷い子達よ』
声が聞こえる。振り向くと、紫色の小さなボール型のモンスターがそこにいた。
「うそぉ!? ゴブリン、ゴブリンじゃないっすか!」
樹少年が一発で見分けた通り、ゴブリンと言えるような風体のモンスターだ。実際ゴブリンである。ボールに手足がくっついたような姿なのに、よくそうだと気付いたな。顔はもうゴブリンだと思わせるデカい鼻と牙があるから、顔だろうか。
ゲームやら創作やらでは、悪しき魔物だったり、追い剥ぎとかする蛮族だったりと、様々な設定のあるゴブリンだが、この世界のゴブリンは無邪気な妖魔である。善にも悪にも使われる、奉仕種族みたいなものである。彼らに善悪の概念はなく、ただひたすらに命令を聞く存在だ。賢い子供と言ってもいい。
使い勝手の良さから、魔術師にはよく使われる。
『むしろ、魔術師ミルミルを、そのダンジョンから離す方が危険だよ』
「……どういうことです?」
『これが、僕では出来ない仕事だったんだ。本来ならば、他の魔術師を連れて、大きな犠牲を払って行う儀式だったんだけどね。これが、これこそが魔法都市の作り方。地脈は人間の体では扱いきれない。その身が飲まれ星と混ざり合うその時まで、守護者となり続ける魔法だよ。僕らの、魔術師達の繁栄を目指す魔法さ』
「こんな……こんな方法でっ! 一人によって守られる世界を作ったんですか!? 魔術師達皆で力を合わせることも無く、ただ一人に犠牲を押し付けるような、こんな方法しかなかったんですか!」
柊菜が初めて声を荒らげた。しかし、未だ幼い少女の言葉は、老練な魔術師には届かない。
『君も見ただろう? 先程君の従魔の手によって、あれだけミルミルが苦戦した存在を、僕の師匠をあっさりと切り伏せたのを。いいかい召喚士。君達は従魔を操った気になっているようだが、それは大きな間違いだ。強い召喚士は人間じゃない。僕らは人としての矜恃を持って、人類の世界を作るんだ。こんな、人外の化け物達の手のひらで踊らされて生きていくなんてごめんだね』
「……結局、自分が化け物になっていたら、なんの意味もないじゃないですか!」
柊菜が叫ぶ。ミルミルを抱きしめ、ゴブリンを睨みつける。
……魔術師は分類上まだ人間の範疇である。というのは無粋だろうか。ガイストも、あくまで人間であり、モンスターでも、ましてや従魔ですらない。ちっぽけな人間クラスだ。
『…………話は済んだかな? 報酬は用意した。ミルミルも、意識が戻れば己の役目を受け入れるだろう。疲れただろうから、戻っておいで。ご馳走の用意もしたんだ』
既に事は完了している。これ以上問答を続けたところで、意味を成さないだろう。
……ミルミルは己の役目を受け入れ切れなかったけどな! ツンデレクソ雑魚メンタル片思いが哀れだぜ!
まあ、別にどうでもいい。このままだと、普通にメインストーリーは進み、ミルミルは運命を受け入れず、従魔になるであろう。
そしたら、次の街へ行けばいい。ここもまた逃げるように後を経つ必要があるが、休息は十分だ。
大筋に変わりはない。
「──話は聞かせて貰ったわ!」
そんな時だった。絶望を切り払うように、甲高い少女の声が響き渡ったのは。
ゴブリンの後ろから、里香とアヤナが入ってくる。
「勇者里香参上!」
「ゆ、勇者アヤナ参上……」
『勇者がここに来たところで、何も変わらないよ。既に彼女は地脈と繋がりつつある。後は魔法が完了するのを待つだけだ』
「そうね。多分そうよね。でも、私達いいモノ持ってきてるのよね。『コール』アヤナ!」
里香がゴーレムを召喚し、アヤナがそれを素手で貫いた。引き抜いた腕には、ゴーレムのコアであるクリスタルが輝いている。
「悪いわね。ここでお別れよ」
ゴーレムは何も言わずに、里香へ忠誠を誓うように跪いた。
ゴーレムのコアがダンジョンの床、ミルミルの隣に置かれる。そして、勇者アヤナが手を着いた。
「魔術起動、術式確認、掌握可能
──『持てる者の義務を』」
三メートルほどの魔法陣が展開する。それはミルミルを中心に、繋がりをゴーレムのコアに書き換えているようだ。
「繋がりが全部書き換えられない!」
「はぁ!? 予想外なんだけど!」
早速問題発生のようだ。アヤナと里香が叫んでいる。魔術師達が繋いできた歴史の方が上手だったようだ。
「ちっ……何か方法はないの?」
「殺したら?」
里香の言葉に、アドバイスを送る。次の瞬間頬に痛みが走った。何事かと思えば、柊菜がビンタした後のように腕を振り抜いている。
いや、こいつグーで殴りやがった。鈍痛だ。怒りに拳が固く握られている。
「ふざけている場合じゃ無いんです! 人の生死が関わっているんですよ!」
「いや、だから殺しなよ。ミルミルの命は三つだ。魔法都市の作成による生贄では、二つ以上の命を持った魔術師が必要でね。儀式の完成時に、耐えきれなくなった命を一個使い切るんだよ。流れを切るっていうなら、儀式中に使っている今の命を切り捨てれば、繋がりだって途切れるんじゃないの?」
これはスレで議論されたことである。ゲームではミルミルは完成して一回死ぬし、ボス戦で一度死ぬ。そして、主人公が連鎖を断ち切る為に殺す。それで命を使い切って死種になるのだ。
そこに魔女の従魔がいて、儀式完成前にぶち殺せばミルミルは救えたんじゃないかって議論が起きた事がある。
まあ、答えは不明だが、今使っている命に地脈が繋がっているんだから、とりあえずそこを切り捨ててしまえば、繋がりは薄くなるだろうし、やってみてもいいだろうに。
どうせまだ命は三つあるんだ。一回分余裕に使えるんだし、救うつもりなら使えるものは使っておくべきだと思うけど。
そこまで伝えると、柊菜がタックルしてマウントを取ってきた。追加で一発ぶん殴られる。この女俺の事嫌い過ぎだろう。というか枷でも外れたのか凄い迫力だ。胸ぐらを掴まれた。
「それに確証はあるんですか? 失敗だったら二回死ぬんですよね。そしたら何も出来なくなるんですよ?」
「はぁ……召喚したら? 今のミルミルは人間だから、枠組みから外す必要があるけど、そうすれば色々な問題から逃げられるよ」
殺して召喚しろと言い換えただけである。まあ、殺せば儀式は成功だろうが失敗だろうが使えなくなる。そしてミルミルも召喚して従魔にすれば、この魔法都市にはいられなくとも生きていける。死んでるけど。
「人の枠組みから外す? そんな方法
がどこに……」
コロセ……コロ、シテ……。
マウントを取り続ける柊菜に怨念を送っていると、樹少年が柊菜を後ろから羽交い締めにして引き離した。
「仲間割れしている場合じゃない!」
「……すみませんでした」
「……ぺっ」
不服そうな顔をして謝る柊菜の足元に唾を吐いて中指を立てる。メインストーリーをそのまま進めるつもりだったのだが、展開が変わりそうだから手伝ったというのにこの仕打ちである。
後日貴様だけはブロックリスト行きだ。運営に報告してやる。イズムパラフィリア運営が働いたことないけど。
柊菜から解放された俺は、ミルミルの元へ向かう。里香とアヤナがこっちを見ていた。
「殺しを提案するってことは、あんたがそれを実行するってことでいいのね?」
「元からそのつもりだよ」
「……それでどうにかなるの?」
「さあね」
他に手が無いのも事実だろう。
こういう時は、天種の罪罰ちゃんが欲しくなるぜ。いたら、いたとしても絶対に犠牲にさせる気なんてないが。
だけど、選択肢としては、肩代わりする事も可能な従魔が欲しいものだ。
殺しはしたくないなぁ。俺の手で殺すのかぁ。
俺は暴力主義だ。力を思うままに振り回す暴力を信仰する人間だ。
だけど、そんな俺でも、現実の地球で生きて過ごした時間が、植え付けられた偏見の思想が、殺しを忌避させてくる。
こんなにも、罪を意識させてくる。