「はぁ? 幽霊が出た?」
「……うん」
「そりゃあ……出るでしょ。私だって幽霊よ」
夜も遅い時間帯。従魔とのコミュニケーションをとる時間で、柊菜は相談をしていた。
相談相手はミルミル。柊菜の新しく入った仲間であり、生前は魔術師の師匠として、友人として、短いながらも確かな友情を育んできた相手だ。
だからだろうか、そんな相手に柊菜は自身の苦手な事を打ち明けたのは。
「うー。だってぇー、ミルミルが死んだ時もだし、この魔法都市ってゾンビと幽霊の街でしかないよ。ここに来てからずっと人の死と死体しか見てないよ。死にすぎてもはやパニック都市だよぉ」
「それは最近のことだけよ。基本的に魔術師は不干渉で大人しい存在だから、最近の方が異常なのよ」
「そんな最近の異常のせいで今日幽霊見ちゃったんだよぉ! 一緒に付いてきて……」
この世界線にかつて敵かもしれない怪しい男を殴り倒したガッツある少女はいない。ボス戦を前に気絶したか弱い少女しかいないのだ。
泣きつく柊菜に困り果てたミルミルは、宥めながらも、彼女が幽霊を見たという場所へ向かうことにする。
怖いのに逃げ隠れるという選択肢が無いあたり、二人は非常に勇敢である。
暗い廊下をいちゃつきながら通り、イベントを知るスリープの「ここの道は怖がらないのか……」という視線も抜けて、二人は地下にある石の部屋の前にたどり着いた。
「ここ? なんでこんな所に来たのよあんた」
「実は、迷子になっちゃいまして」
えへへと笑う柊菜へ一発拳骨を入れるミルミル。いったーいと叫ぶ柊菜を無視して扉を開けた。
「……ん? どうしたんだい。こんな死に損ないに何か用でもあるのかな?」
そこに居たのは、白い長衣に身を包み、フードを被ったガイストであった。
この世界でも、ガイストは今まで別の魔術師の成れの果てが支えていた魔法都市を一つにまとめ、真の姿を見せていた。彼は、その魔法都市を一つにするために自らの身を使っており、もはやその姿にしか人である所はない状態であった。
ミルミルの本音を聞き、運命を打ち破った彼女を見て、ガイストは覚悟を決めたのだ。彼が最後の魔法都市の柱となることを。魔術に全てを捧げ、この地より死後も離れることの出来ない地縛霊となることを。
彼が自我を失い、精神も何もかもをすり潰すまで、魔法都市は不滅となったのだ。
柊菜が見たのは、魔法都市そのものとなったガイストだったのだろう。その体は現世には存在しておらず、薄く透けておりながら、闇に紛れることなくはっきりと映し出されていたのだから。
「ガイストじゃない。こんな所にいたのね」
「……ああ、我が弟子か。どうしたんだい。こんな夜更けに、悪い魔物が怖くて眠れなくなったのかい? 雷の音でおねしょでもしちゃったのかい?」
「そ、そんな昔の話はいいでしょ! 今日は私のマスターがここで幽霊を見たっていうから来たのよ」
バシンと背中を叩かれる柊菜。幽霊の正体もわかったので、はいさようならという訳にもいかない。
しかし、ここで柊菜はガイストに何かを言えるとは思わなかった。ミルミルを殺して魔法都市の柱にさせた元凶であるし、しかし、彼女の本音を聞いて、悲しみの連鎖を断ち切ったのも、彼である。
敵か味方か。それすらも分からない。何かをしようとした勇者達を怪しんで、常にミルミルを見張っていたからこそ、この世界線になったことを知るのは、スリープただ一人であった。
「やあ。君はいつも夜に私に会いにくるね。なんとも勇ましいジュリエットだ。幽霊を見つけたと言って見に来るなんてね。僕の──我が弟子は怖がりだから、あまり無理をしないように」
「恥ずかしいこと言わないで、バカッ! 私はもう死んでるもん幽霊なんて怖くないんだからね!」
笑いにくいジョークを飛ばすミルミル。彼女を助けられなかった柊菜としては、苦い経験だ。
そんな両者を見てか、ガイストは指を鳴らした。
それは、いつかの再現であった。石の部屋が見るまにかつてのガイストの私室へと変貌した。そうして、柊菜が見た魔法をなぞるように、部屋にはお茶会の準備が出来ていた。
「今なら、もっと楽しませる魔法もつかえるだろうさ。だけど、君には出来ていなかった報酬を支払おうか。さあ、座って、魔法を教えよう」
「は、はい!」
「あ! ガイスト、マスターは私の弟子なんだからね! 私も教えるわ! ほら、早くしなさいよ!」
二人の天才魔術師に急かされて、柊菜は椅子に座る。二人の魔法は素晴らしく、未熟な柊菜では、一割も理解できなかっただろう。しかし、笑い合うガイストとミルミルを見て、柊菜はこれが間違っている光景だとは思えなかった。彼女を救うことは出来なかったが、その幸せそうな風景を見て、これでよかったのだと、心から思えたのだった。
「ん……あれ?」
まだ暗い森の中。柊菜はすすり泣く音で目が覚めた。先程まで見ていた光景は夢だったのだろう。
音の方向にいたのは、生きた魔術師のミルミル。彼女は、ツンとした表情で空を睨みつけるように見上げていた。
しかし、その目の両端からは、抑えきれないように透明な雫が流れており、流れ星のように頬を伝っている。
「ミルミル、さん」
「っ!? な、なによ! 起きてたの? 私もちょっと目が覚めただけだし、迷い子もさっさと寝なさいよね!」
声をかければ、すぐさま目を擦って後ろを向いてしまった。一人ぼっちの背中が可愛そうで、寂しくて、柊菜はそっと抱き寄せた。
「ちょっと! いきなり何するの!」
「ごめん……ごめんなさい……」
夢を見た。彼女が幸せそうにしていた夢を。それは、有り得たかもしれない世界線の話だ。確実にそうだったとは言えない。だけど、柊菜はどことなく、間違えてしまったという意識を持っており、それが罪悪感を刺激した。
自分の選択全てが正しい訳じゃない。生きている事だけが幸せなのではないかもしれない。
死種として、従魔として召喚するという、スリープが明確にはしなかった可能性を見て、謝らなくてはいけないと思ったのだ。
そんな柊菜の気持ちは伝わっていないだろう。どこか困惑した様子のまま、ミルミルはため息をついた。
「……まったく、しょうがない弟子ね。別にあんたが悪いわけじゃないわ。私だって、一度は魔法都市の柱になりかけたんだし、貴方達のやろうとしていた事は理解しているつもりよ。私もそんな事は知らなかったし、生きてここにいさせてくれるだけ感謝してるわ」
「でも……」
「でもじゃないわよ。私が魔法都市のボスになりたかったのは、ガイストをそれから解き放って、二人で自由に世界を見て回りたかったからって理由だけだし。これからは、ガイストをどうにかして地脈から剥がすことを目標に行動するわ。もちろん、貴方に助けられた恩は返すわ。足でまといになるかもしれないけど、仲間に入れてよね」
「あ、足でまといなんかじゃないです!」
「そう。それなら良かったわ。さあ、早く寝なさい。明日も早いわよ。それに、明日からは迷い子達に魔法を教えなきゃいけないからね」
まだふっきれてはいないだろう。それでも、表情の明るくなったミルミルを見て、柊菜は少しだけ安心した。そして、夢の再現をするかのように、二人は寄り添って寝たのだった。
翌日。
「あの……すみませんでした」
柊菜は自分が嫌いな男に朝イチで謝りに来ていた。
胡散臭い男だ。名前は全部偽名。柊菜達を襲う謎の存在──異形の怪物にせよ、ミラージュ達のような存在にせよ──を知っており、自分達と同じ日本人であろうハンチング帽の男に警戒されている。聞かれた事以外はほとんど情報を落とさない人だ。
この世界をゲームという形で知っており、冷徹な一面を見せる男は、スリープという。かつては集団リンチされていそうな状況の樹を見捨てた男だ。その一件以降、柊菜はこの男が完全な味方ではないと思っている。
「ん? まあ別にいいよ。またどんな悪いことしたのか知らないけど」
「なっ!? 何もしていません! ただ、ダンジョンの時、殴ってしまったのを謝りたくて」
「あー、そういう……」
頭冷えたのか。と失礼な呟きを零す男へ苛立ちを抑えながら頭を下げる。明確には言わなかったが、この男はもしかしたら大団円に終われたかもしれない可能性を提示していた男だ。意地悪なほどに詳しく説明したりはしないが、トラスという赤髪の孤児を世話したりと、悪人では無いことが伺える。
何より、胡散臭くても、彼は同じ日本人だ。同郷の人物は貴重なので、仲違いしている訳にもいかないだろう。
「ま、気にしなくていいんじゃない? 自分の主張を押し通した結果だろうし、暴力を振るう事は否定しないさ。謝る必要も無い」
だから、いつか殴り返させてね。と何故か柊菜は副音声が聞こえた気がした。
こいつに負けないように鍛えよう。柊菜はスリープにもう一度軽く頭を下げながら決心した。
「仲直りして良かったっすよ」
「あ、樹君……」
「俺心配してたんすからね! 新田さんもスリープさんも喧嘩してから空気悪かったし、気分転換にスリープさん誘うにしてもこんな所じゃ何も無いし……」
「えっと、心配させてごめんね? もう大丈夫だから……」
「あ、そんな気にしないでください。スリープさんも俺達にあまり話をしてくれないのが悪いんだし、どっちもどっちでいいでしょう?」
明るく元気な樹が駆け寄ってきた。彼は金髪でチャラい見た目に反して色々気苦労しているのだ。今日も朝から運動していたりと、強くなるために修行をしている。それに加えて仲間内のムードメーカーもしているのだ。
「今朝なんか凄いんすよ。スリープさんからメッセージ来たんですけど、読みにくい言葉で『今リスカした』とかいう文送ってくるんすもん。焦って見に行けば手首切ってないし、構文とかいう奴だって教えてくれたんですけどね」
「ふふっ……そうなんだ」
柊菜は思った以上にスリープと樹の仲がいい事に驚きつつも、その面白そうなエピソードを聞いていた。
彼も案外悪い人では無いかもしれない。僅かにだが、そう思えた。
「あ、いたいた。なにしてんのよ馬鹿弟子! さっさと今日の授業をするわよ!」
「あ、俺も参加させてください!」
「いいわよ! 着いてきなさい!」
ミルミルが柊菜を探しに来て、樹が並ぶ。夢とはまた違う光景だが、幸せそうなミルミルを見て、柊菜も満面の笑みを浮かべることができた。
「それじゃあ、音玉の魔法から行くわよ! 前回ダンジョンに入ったんだからエーテルの感覚は掴めたでしょ? それを使って音玉を作るの!」
「わかんないっす!」
「そう……魔法っていうのはこう使うのよ!」
「ぐえええ!!! それだけじゃあわかんないっすよー!」
「マスター! ミルミルじゃなくてシーちゃんの魔法を使おうよ! ファイアーってするんだよ!」
ミルミルと樹と、樹の胸元から飛び出したピクシーのシーちゃんがじゃれつく。不出来な樹は音玉をぶつけられて耳を押さえている。
柊菜は、そんな三人の様子を眺めながら、魔法を呟いた。
「『全ては奪われる者を救うため』」
魔法を発動させた柊菜に視線が集まる。ミルミルは満足そうに頷き、樹は悔しがった。シーちゃんは樹を励ましている。
魔法を唱えた途端に、柊菜はエンドロッカスと繋がりが強くなったのを感じ取った。
「そうよ! それがエーテル魔法。地脈から漏れ出た星の魔力を使う魔法よ!」
「ぐぬぅ……俺も負けてらんないっすね!」
「マスター、がんばれがんばれ!」
「ヒイナもイツキも何してるのよ?」
そこに里香が合流してきた。柊菜と樹は魔法を教わっている事を伝えると、里香はあっさりと魔法を使って見せた。
「ま、私は勇者だからね! これくらいは朝飯前よ!」
「みんなー、ご飯出来たよ!」
遠くでアヤナが朝食の準備が整った事を教える声がする。樹と里香は走って向かっていった。
「そういえば、迷い子は誓いが出来たのね」
「はい! 私はやっぱり、弱い人達を助けられるようになりたいです!」
「ふーん……ま、いいと思うわよ。それのお陰で私も救われた訳だし」
続きは寝る前ね。と告げて、ミルミルは柊菜の手を取った。
「さあ、行くわよ! 探求者たるもの、朝は活力を得ないといけないんだから!」
木陰の裏、チェリーミートは尻尾を噛んだ。
「ご主人様ぁ……私のことはどうしたんですかぁ!」
チェリーミートの好感度イベントは、まだ来ない。
次回更新は一週間後です。