「っていうか、アンタはイツキでいいの?」
「あ、はい。大丈夫です……」
完全にギャルと化したスリープさんが首を傾げて人定確認をした。
「この間行った風俗は?」
「最近行ってないっすよね。そもそも旅の最中で魔法都市という名の集落にしか行きませんでしたし」
「合格」
多分アレは新田さんでも分かると思うぞ……。いや、不潔ですとか言うのかも。
「もう出てきていいよ」
「うっ。ぐすっ……」
「え、誰!?」
半泣きの男子が給水塔の裏から出てきた。不良みたいな顔している癖に泣いているせいで雰囲気半減だ。
というか、この場の不良率やばいな。スリ……ネルコさんは見た目だけは普通の古い女子高生だけど、俺と男子は不良の外見をしている。
「えっと、新田さん?」
「っ! そんな風に見えるわけ!? 私だってこんな姿になりたくなかったわよ!」
「あ、里香ちゃんっすか」
言葉の勢いでもう里香ちゃんだと分かる。そう見ればイメージとも合う気がする。
ネルコさんは一見普通の女子高生だけど、ギャップが凄い。里香ちゃんは見た目からして口うるさい感じの不良。俺も金髪だから面影くらいはありそうだ。
後この場にいないのはトラスちゃんと北条院さんと新田さんだけだろうか。
「し、失礼します……」
ガチャ、と控えめにゆっくりドアが開けられた。そこから様子を伺うように覗いているのは、今朝ぶつかった真面目そうな男子。
「「あ」」
もしかして……この人が新田さんだろうか。
不安そうな表情の彼は、今朝出会った俺を見て少しだけ緊張が解かれた様子だ。
「もしかして新田さん?」
「え? 知ってるの?」
「俺だよ俺! 原田樹!」
「え、えぇぇぇ!?」
「うっさ。ダル」
泣きじゃくる里香ちゃんを慰めながら、ネルコさんが疲れた顔をして呟いた。
「ここは【TS学園p-zの世界】イズムパラフィリアで最初に起きたイベントよ。イベント説明は『従魔と送るTS生活! 気になるあの子と急接近しよう!』だから。普通にやっていれば従魔との好感度上げることが出来るイベントってこと。期間は一週間。従魔もTSしてるから。ってかアタシ達もTSするとは思わなかったし」
「イベント、ですか?」
全員の混乱が収まると、ネルコさんは気だるそうに説明を始めた。
「そう。ゲームのイベント。従魔の世界にアタシ達が引きずり込まれたってこと。ルール守れば安全に出られるから、ルールだけ守ってね。集団行動出来れば問題ないから、全員と動き合わせるように。あとは合間に従魔と適当に生活を送って好感度上げておくといいよ。ここじゃあ従魔は『コール』も『リコール』も出来ないけど、ギャルゲー乙女ゲーみたいに出会えるから」
「トラスちゃんやアヤナちゃんは……?」
「これはプレイヤーだけ……地球から来た召喚士だけが発生するイベントだから」
ネルコさんが言う分には、俺達だけで発生した出来事のようだ。好感度を上げるにしても、なんでTSさせたんだろうか。
「イズムパラフィリアは偏愛が主体なの。まともな恋愛イベントなんて起こすわけないじゃん?」
「あ、そっかぁ……」
俺の表情を読み取ったネルコさんが笑う。察しのいい人だ。
「イベントが起きたってことは、これからも偶にこういうことあると思うから、意識しておくといいっしょ。場合によっちゃアタシ達がちゃんと集まれるかどうかも分かんないんだし」
ネルコさんは、そう言うと、安心させるように笑った。
「まあ、どうにかなるっしょ」
ネルコさんでもお手上げのようだ。
「とりま、ルールだけ守っとけばおけ」
ギャルに戻ったネルコさんは屋上で空を見上げて動かなくなってしまった。自分からこれ以上説明するのはないということだ。
むしろ、ネルコさんがここまで自分から説明するのは珍しい方だと言える。それだけ危険度が高いということだろうか。
とりあえず、休憩時間になるまでは、ここにいた方が良さそうだったので、屋上で大人しくしていることにした。
「樹ちゃん樹ちゃん」
「お、おう?」
新田さん……いや。新田君が話しかけてきた。彼は、少しだけ周囲を気にするように小声でぼそぼそと話し出す。
「えっと、樹ちゃんは女の子になったの初めてだろうけど、だからこそ気をつけなきゃいけないことがあるんだよ」
男子がある日突然女の子になるのは誰だって初めてのことだと思う。
「大股で歩いちゃだめ。走る時も気をつけて。むしろ走らない方がいいかも。あと、階段では気をつけてね。そ、それだけっ!」
少しだけ顔を赤くして、新田くんは離れていった。そして、里香君の元へといってしまった。
やはり、男女別で行動するのだろうか。少しだけギャルのネルコさんと一緒に行動するのは恥ずかしい。
俺自身女の子なのはわかっているが、それでも自意識は男なのだから、女子とずっと一緒とか恥ずかしいだろ。
……ここしばらくは男女一緒に行動してきたけどさ。
「あ、お昼までは全員バラバラで行動しときなよ」
「えぇっ!?」
助かるけども! 危険なんじゃないのかよ!
「いやさーアタシら一緒にいても出会いイベント始まらないから」
「出会いイベントってなんすか?」
「イツキ、もちょっと女の子っぽい言動しなよ」
ネルコさんが笑う。いや、あんたが馴染み過ぎなんでしょうが。
「まあいいや。気付いているだろうけど、従魔とのリンク切れてるっしょ? それでもあいつらここにいるから、適当に歩いてりゃゲームみたいに出会って好感度上げていけるようになるから。ま、実際に見てみると分かるわ」
そこまで言うと、不意に何かに気付いたように、ネルコさんが給水塔を見上げた。
そこには、小さな影が立っていた。
影はしゅたりと降り立つと、ネルコさんに壁ドンするかのように近寄っていく。
「……グルル。俺の昼寝の邪魔をする奴は誰だ?」
「アタシ」
強気な笑みを浮かべるネルコさん。その影はネルコさんよりも小さいはずなのに、彼女を押し倒し──背中を支えて、キスでもするかのように顔を見合わせた。
「ふぅん……龍の俺を見てビビんないのかお前。おもしれぇ」
緑色の髪に、不良みたいに着崩した学ラン。中も緑色のシャツを着ている。腰パンにまで下がったズボンは、そこから尻尾が生えている。
っていうか、この男子ウィードちゃんだ!
「お前、今日から俺の女な」
「はぁ? あんたがアタシの従魔でしょ? 忘れないでよ」
俺様系男子と、これまた俺様系JK。
見てて少しだけドキドキする。
「ふん、そう言ってられるのも今のうちだ。龍は自分のモノに執着するからな」
それを自分で言っていいのだろうか。
ぺろりとネルコさんの顔を舐めると、ウィード君は屋上を出ていってしまった。
「……まあ、こんなふうに、出会いイベントが発生するから。あとは上手いこと出会ってイベント起こして好感度稼ぐといいよ」
なんてことないようにネルコさんは言った。
「TS学園って、従魔まで性転換しているんですか……」
新田君が俺達の心を代弁した。
俺、シーちゃんがシー君になってるところ見たいようで見たくないわ。
ネルコさん達と別れて、休憩時間の廊下を歩く。
こうやって歩いている分には、特に変な所も見当たらない。普通の学校といった感じだ。
適当にざわついていて、適当に生徒が喋っていたり、寝ていたりと好き勝手に過ごしている。
俺の従魔はどこにいるんだろうか。シーちゃんは気まぐれだし、リビングエッジはただの剣なんだけど。
メスの剣になるんだろうか。メスの剣ってなんだ。
とりあえず、剣道場にでも行ってみようかな。と、人気の少ない廊下の方へ足を向けた。多分こっちは部室棟とかそんな感じだと思う。
静かな廊下を進んでいると、奥の方で誰かがたたずんでいた。女の人だ。この人は制服を着ていない。教師だろうか。
「あの、すみま──ひっ!」
「ん? ……ああ、ごめんごめん」
背後から声をかけると、眉間に銃を突きつけられた。一瞬で死を悟った。それだけの殺意がこめられた顔を彼女はしていたはずだ。
しかし、笑って銃を外した女性は、そんな様子など最初からなかったかのようにヘラヘラと笑っている。
「見咎められちゃったと思ったんだけど、どうやらセーフみたいだ」
「え、えっと……?」
「ん? 知らなさそうな様子だね。その髪色……もしかして、ヴエルノーズにいたことある?」
「え! 知ってるんですか!」
もしかして、この人も地球の召喚士なんだろうか。
「まあね。少しだけ縁があってね」
「お……おおおー! よかった! 俺、ネルコさんや新田君以外に転移者とかいないのかなって不安になってたんですよ! 文明レベルは高いし使ってる言葉も文字も日本語なんだけど、日本を思い起こさせるものは何一つなかったし!」
「おおっ! 落ち着いて落ち着いて。ほら、安心して息を吸ってー」
興奮した俺を宥める美人さん。彼女の言葉に合わせて息を吸って吐き出す。
「落ち着いたかな?」
「はい……すみません」
「いいってことよ。スリープ君は元気?」
「お知り合いなんですね! だとしたら、元プレイヤーですか!」
「その調子じゃあ元気そうだね」
「まあ……元気といえばそうですが、大変なんすよー! ヴエルノーズを追い出されるわ、魔法都市は飛んでいくわで。結構冒険してるんですよね」
「は? 追い出された? 誰に?」
「誰って……そりゃあミラージュって人にですよ。俺達あの人に勝てないってんで逃げたんですよ。それからは野宿の生活ばっかりっす」
「…………」
「あのー?」
真剣な表情で黙り込んだ女性に声をかける。すると、すぐに手をひらひらと振ってなんでもないように笑った。
「おっと。すまんね。色々教えてくれてありがとう。その調子だと、次は王国に向かうのかな?」
「その予定っすね。こんな所でプレイヤーさんに会えるとは思ってなかったっすよ! どうです? 王国で合流しませんか?」
「いいね。俺も用事があるから、王国で会おうじゃないか。そしたら、この世界のこと色々教えてあげるよ。ここじゃあ、どこに目があるかわかんないしね」
その時だけ、美人さんは目を鋭くした。まるで何かを警戒するように。
「とりあえず、今日はここまでかな。俺もちょっと忙しくてね。……いや。リスクが高いから、後は大人しくしてようかね。まあ、身を隠さなきゃいけないんだ」
「へ? ……あぁ!?」
そう言うと、彼女の姿が薄くなって消えてしまった。どこへ行ってしまったのだろうか。
「……あれ?」
今気付いたのだけど、この世界は男女性別が逆転している場所だったはずだ。もしかして、女の人だと思って話したあの人は、男の人だったんだろうか。
……何か、大事なことを忘れているような気がする。
「あっ! リビングエッジ探さなきゃ!」
従魔はネルコさんを見た限りだと、記憶が無くなっているように思える。身を守る武器を手に入れる為にも、まずはシーちゃんではなく、完全な武器の形をしていたリビングエッジを探しに行くべきだ。
残り時間を意識して、俺は少しだけ急ぎ足で剣道場へと向かった。
……だから、気付かなかったんだ。あの女性がいた近くの教室から、真っ赤な血が流れ出ていることに。
そして、剣道場。部活の時間でもなければ、不良生徒もいないらしいこの学校では、剣道場でサボっている男子の一人すら見当たらない。
代わりに、一人の剣士が素振りをしていた。
ピンク色の肌に、顔の上半分を隠すような仮面。頭には二つの捻れた角が伸びる。
身体はすっぽんぽんに見える。繋ぎ目の無いピンク色の肌を惜しげも無く全て晒している。だけど肝心な所は一切見えなかった。
暗黒騎士風サキュバスが一番近い表現だと思われる。明らかに従魔の見た目をした剣士が、そこで素振りをしていた。
……あれ、新田君のエー君じゃね? 今はエーちゃんか。
普段から喋れない彼女とは、俺もコミュニケーションをとったことがなく、今この場で出会っても、どんな顔をすればいいのか分からない。
どうするべきか迷っていると、エーちゃんの素振りをしている正面にある女子更衣室から、誰かが扉を壊しながら飛んできた!
ベシン! と、剣に叩き切られる。
「ええええええー!?」
飛び出してきたのは新田君だった。あんな所で何してたんだ……。
新田君を切り捨てたエーちゃんは、頭から血をどくどく流している彼を見てオロオロした後、女子更衣室から包帯を持ってきて、彼の頭に巻き付けた。
そして、正座をして彼の頭を自分の膝に乗せた。膝枕だ。そのまま瞑想でもしているかのようにじっとしていた。
…………いや、じっとしていない! 新田君の顔を覗き込んでいる。キスでもしそうなくらい近付けているぞ!
あの仮面に目が開いてないのに見えているんだろうか。
「う……ん……」
新田君が身動ぎすると、驚いたように肩を跳ね上げて、エーちゃんの顔が離れた。そして、何も見ていませんとでも言わんばかりに正面を向いた。
「あれ……私、うっかり男子なのを忘れて、道場にある女子トイレに入って……」
何をしているんだ新田君。
「柔らかい?」
新田君は膝枕されている事に気付いた。
「えっ!? ごめんなさい! どこか怪我してたりしませんか! 膝枕なんてしてもらいありがとうございます!」
混乱状態にも近いのだろう。焦り気味の新田君を落ち着かせるように、エーちゃんは彼の頭を抱き寄せた。
「あっ……」
しばらくの間沈黙が降りる。
「えー、くん?」
顔を上げた新田君がエーちゃんの正体を見事当てた。こくりと頷くエーちゃん。
「よかった……無事だったんだね」
新田君は感激に少し目尻を光らせながら、エーちゃんを抱きしめた。感動の再会だ。
……………俺、なんでこんなところにいるんだろう。
我に返った俺は、二人をそっとしておこうと、剣道場を静かに離れた。