イズムパラフィリア   作:雨天 蛍

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リハビリ中です。
次回更新は一週間後になります。


39話 TS学校生活

 ネルコさんがウィード君を連れてどこかへ行ってしまった後。俺達はいつまでも屋上にいる訳にはいかないと、校舎の中に入った。

 俺達が屋上に集まったのは、昼休憩の時間だ。早めに解散してきたので、今のところ少し余裕がある。チャイムが鳴ったら、屋上へ避難しようと思いながら、廊下を歩く。

 

 ちなみに、リビングエッジは校庭のグラウンドで使われる機材倉庫の中に入っていた。台座に刺さっており、それを引き抜いたら仲間になった感じだ。

 雑すぎると思ったのだが、里香君の話によると、喋れない従魔かつ、人型ですらない従魔はそういうイベントにしかならないのではないかとのことだ。

 

 まあ、確かに喋れない従魔を使ってイベントを進めるのって難しそうだよね。里香君の従魔はどっちも喋れない為に、両方感動の再会とはならず、そこら辺で見つけて拾ってきたとのこと。

 

「……ねえ、樹ちゃん」

 

 新田君が小さな声で話しかけてきた。

 

「授業に出ちゃダメかな?」

 

 それを聞いて、俺はハッとした。少しだけ異常事態ではあるのだが、思えば、確かにここは限りなく日本に近い世界であり、そして、学校生活を送っているのだ。

 遅れた勉強をここで取り戻したり、忘れかけてた日本での感覚を取り戻すにはいいのではないか?

 

 新田君も、そういう考えがあったのだろう。いや、もしかしたら、新田君はもっと別の考えがあったのかもしれない。

 それは、日本の生活に戻りたくて、ただ、幻想の日本に近い生活を送りたかっただけだとか。

 失われた物を取り戻そうと思っているよりかは、それを使って自分を慰めるような気がする。マッチ売りの少女みたいに、ありもしない幻想を見たいがために。

 

 だけど、そんな新田君の行動を俺が止めていいものか。

 別に悪いことでは無いと思うのだ。

 この世界は強烈だ。滅茶苦茶で、過激なんだ。暴力が横行して、日本とは違い、法律に守られない世界だ。わけも分からないまま放り出されれば、誰だって不安になる。

 そして、それを埋めるように従魔がいるんだ。彼等の存在は、俺達にとってはありがたいものの、同時に少し危険なのだ。

 

 日本を、故郷を、忘れてしまいそうで。

 

 どんな場所にいても、彼等がいれば、何も怖くないようで。どこにも行けてしまいそうで。

 

 いつか、戻れなくなってしまいそうな気がするんだ。

 

 だからこそ、こういう時に、日本にいた記憶を刺激して、本心を忘れないようにしておく必要はあると思う。

 古傷を触って、あえて痛みを引き起こすように。過去を忘れてしまわないように。

 

「……なによ。馬鹿らしい。ここは日本じゃないし、そもそも何があるのか分からない場所なのよ。ルールを守れって言われているんだから、余計なことはしないで、あまり動かずに受け流した方が良いに決まってるじゃない」

 

 そんな、新田君の弱気な発言に、里香君が反発した。

 そのいじけたような表情は、俺や新田君に向けているものとは思えなかった。

 

 里香君やアヤナさんは、俺達と同じ日本から来た人間だが、偶にこうして、意識のすれ違いが発生する。

 元々、勇者として王国とやらに召喚された二人と、気が付けば洞窟の中にいた俺達では、確かに違いは生まれると思うのだが。それ以上に、二人は目的が違うような気がするんだ。

 俺達は、日本に戻りたいが故に、こうして世界を回っている。特に誰かと目的意識を合わせた訳じゃないが、少なくとも俺は日本に戻る事を目的として活動している。

 ……ネルコさんは、多分日本に戻る気はないと思う。あの人は、最初からこの世界を知っていて、平然と受け入れているのだから。

 ネルコさんは置いといて、勇者組もまた、日本に積極的に帰ろうとはしていないと思われる。それは、行動や言動にほんの僅かにだが、感じ取れるものがあったからだ。

 彼女達は、この世界を満喫しようとしているんだ。ネルコさんと同じで、すっかり受け入れている。

 あちらに置いてきた家族とか、友人が気にならないのだろうか。そう思っていても、はっきり問いただしたわけでは無いので、俺の勘違いであるかもしれない。

 帰りたがっている人と、観光客が一緒に行動しているような、足並みの揃わなさが、俺は気になっている。

 

「で、でも! ルールを守れば安心だって言ってたでしょ? なら、ルールを破らない範囲で自由に動くことは出来ると思うし……」

「…………好きにすれば? わたし、ネルコさん探してくるから!」

「あっ! ちょっと待って!」

 

 里香君は、足早に去っていってしまった。それを引き留めようと伸ばした新田君の手が、宙をさまよう。

 ゆっくりと降ろされた手と、反対の手が、新田君の頬を掻く。

 

「あはは……。ごめんね。空気悪くしちゃって。私、最近調子に乗ってたかも。日本にいた時は、もっと大人しかったはずなんだけどね……。わがまま、言っちゃった」

 

 確かに、新田君は出会った当初は行動力はあっても大人しい人だった。物静かというか、控えめな感じの。それでも、大事なところでは自分から動いていたけどさ。

 

「新田君は悪くないでしょ。お……わた……僕も、日本にいた時の事を忘れないように、授業で遅れた分取り戻そうかなって思ってたし」

「うん……ありがとう。ごめんね」

 

 一人称は僕で許して欲しい。俺と言うには違和感がありすぎて、私というまでは振り切れなかったんだ。

 新田君を励ますと、ほんの少しだけ表情が柔らかくなった。

 というか、今後の行動をどうするべきか、一切決まっていない。ネルコさんが与えた情報からすれば、多分ここはルールを守っていれば、自由に動いてもいいと思うのだが。

 

 ネルコさんは、決して俺達に、動かずじっとしていろとは言わなかったのだから。

 動いてはいけないのなら、ネルコさんは、多分、はっきりそう言う人だ。

 

「里香君のことが気になるけど、ネルコさんはイベントを進めろとか言ってたし、普通に学校生活を満喫しようよ」

「あ……そうだね。元々従魔の好感度を稼ぐイベントだって言ってたもんね」

「僕は、シー君と少しだけ見て回るよ。それじゃあまたね」

 

 新田君と別れて行動する。従魔とのイベントを進めるんだったら、多分俺が近くにいない方がいいはずだと判断した結果そう動いた。

 

「シー君、どこに行こうか?」

「どこでも大丈夫だよ!」

 

 うーん。従魔の言うことを信じるべきか。どこも大丈夫だとは思えないのだが。

 

 ネルコさんの言葉を思い出すなら、多分従魔とプレイヤー以外の人物とは接触しない方がいい。つまり、ここにいる全ての人間は敵か何かだと思うのだが。

 …………わからないな。

 

「一緒に授業、受けよっか」

「うん! マスターは僕が守るから安心してね!」

 

 シー君と手を繋いで、恐る恐る教室の中に入っていった。

 教室の中では、何人かの生徒が机に向かって予習をしていたり、一つの席に集まって何事かを話している。時折笑い声が聞こえるので、雑談でもしているのだろう。

 適当に入った教室なのだが、不思議な力を感じ取り、ここが自分の教室なんだろうと、理由も無く理解した。

 

「おえ」

 

 直接脳を弄られたような感覚を覚えて、吐き気を催した。これは明らかに異常事態だろう。ここに来て、ようやく危機感が働き始めた。この世界は、ネルコさんが言っていたイベントの世界であり、俺達がいた日本ではないのだと。

 

 そんな、正気度の削れるような体験を経て、手に入れた感覚が言うには、窓際最後列が俺の席らしい。

 近寄って椅子の後ろにでもシールが貼ってあるか探すと、きちんとそこに『原田 樹』の名前のシールが貼られていた。小学校以来だと思う。椅子の後ろにシール貼ってあるの。

 

「あっ! 君、転校生ですよね?」

「ん?」

 

 声をかけられた。その方向に顔を向ける。窓の反射で一瞬目が焼ける。反射的に目を閉じてから、うっすらと開けると、そこには黒髪ロングの女の子がいた。

 

「どうもこんにちは! 私、この学園の生徒会長をしています。クオリアと申します!」

「……どうも」

 

 明らかに日本人と思えない反応。行動だ。それに、生徒会長。この人はどちらかといえば敵側だろう。

 首謀者が接触してきたと見るべきか。

 

「あら? 反応薄いですね。どこか警戒しているご様子」

 

 そんな俺の考えを読み取ったのか、生徒会長を自称するクオリアという女の子の表情に影が落ちる。

 目のハイライトが消えた。

 

「もしかして…………この世界を知っておりますか? 私の目的を知っているのでしょうか?」

「……」

 

 返事をする必要は無い。こういう状況で下手に喚いたって、何をしたって、情報を与えてしまうだけだ。俺は何も知らない。だからこそ、反応を返すべきではない。

 受け流すべきだ。冷静でいるべきだ。

 それは、あの世界で最初に学んだ事だ。自身の不利を悟らせてはいけない。喚いたところで助けは来ないんだ。

 

「……ふふふっ。そのご様子では何も知らないのでしょう。警戒しているだけのようで。まあ、いきなりこんな所に来たのですから、不安に思うのも無理はありません」

 

 ネルコさんから事前に情報を与えられていたら、どんな反応や動きをするか分からなかった。最低限の情報だったからこそ、この結果になったのだろう。

 ひとまず窮地は脱したと思う。

 

 雰囲気が最初に会った時と同じように明るくなったクオリアという女の子が、話を続ける。

 

「ここは私の世界です。私だけの箱庭です。あなたはここに迷い込んだ、ただの人です。都市伝説や怪異にうっかり入ってしまった一般人です」

 

 そう言われて、納得のいく自分がいた。確かに、言われてみれば、現状は都市伝説に巻き込まれたとみてもいいのかもしれない。

 従魔とはなんなのか、異なる世界に住む存在だと聞いてはいたが、どこかしっくり来なかった。

 だが、それが一つの怪異としてあるのなら、俺にも理解が出来た。従魔という存在の一端に触れられた気がする。

 こういう存在もまた、従魔と呼ぶべきものなのだろう。

 

「私が作っていた身体にうっかり近しい存在がいたのでしょう。あなたは魂だけこの世界に引き寄せられた状態です。その繋がりだけで、幾つか別の存在も混ざって来てますが、そこはどうでもいいです」

 

 淡々と説明してくるクオリア。その表情は、明るく優しいはずのものだが、作り物にしか見えなかった。

 

「まあ、いずれ魂が肉体に引き戻されるでしょうから、その間までは大人しく過ごしていてください。私は今忙しいのです。目的を達成するためにも、早くこの世界を完成させなければならないのです。あの人なら、絶対にこの世界に来ますから」

 

 あ、と彼女は続けた。

 

「一応、試運転として、私に声をかけてくれたら、少しだけ遊ばせてあげますよ。その時は感想もおねがいしますね。ただし──」

 

 表情が無くなる。目から一切の光が消える。ただの暗闇がこちらを覗いている。

 

「どこぞのネズミみたいに、私の世界を壊そうとするのなら、殺しますから」

 

 それでは。とスカートを翻して、クオリアは教室から出ていった。

 

 彼女がいなくなってから、どれくらい時間が経ったのだろう。数秒後かもしれないし、数十分はこのままだったかもしれない。忘れていたように浅く呼吸を繰り返す自分を意識して、そこで息苦しさを感じた。

 

「ハッ……ハッ……ハッ……ハァ……」

 

 久しく忘れていた記憶を思い出した。理不尽な暴力と、死の恐怖。圧倒的な存在と力。

 

 椅子からずり落ちて、ガタンと教室に大きな音を立てる。

 その音にすら気を使うことも出来ずに、膝を抱えてうずくまる。肉体が変わったからか、涙がこぼれ落ちてくる。

 

「ますたー、大丈夫?」

「大丈夫……大丈夫だよ……」

 

 膝にそっと手を乗せてくるシー君に、震える声で返事をする。

 

 死への緊張感か、恐怖か。プツリと途絶えたそれによって、俺は涙をこらえることが出来なかった。

 すがりつくには、シー君は小さすぎる。

 

「ネルコさん……」

 

 あの不真面目で不思議な人に、無性に会いたかった。

 どこまでも人間らしい。特別感の無い人に会いたくなった。

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