イズムパラフィリア   作:雨天 蛍

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次回更新も一週間後を予定しております。


40話 TS召喚士達のトイレ事情

 あの後、授業を受ける気にもなれずに教室を抜け出した。フラフラと頼りない足取りで廊下を歩く。自然と向かう先は、ネルコさんに会った屋上だ。

 

 新田君は真面目に授業を受けているのだろうか。里香君はネルコさんに会えただろうか。あの生徒会長に目をつけられていないだろうか。

 ただ、無事を願った。

 

「ん? ……おかえり」

 

 屋上の扉を開けると、ネルコさんが屋上をぼんやりと見つめていた。

 開けた時の音でこちらに気付き、顔をゆっくりと向けた後、再び元に戻ってしまった。

 ネルコさんの膝上では、ウィード君が丸くなって寝ている。猫みたいだ。

 

「何よ……イツキも結局来たんじゃない。ヒイナだけ授業受けに行かせたわけ?」

 

 そんな二人から若干距離を置いて、給水塔の上に、里香君が腰掛けていた。手持ち無沙汰なのか、膝を拳でトントンとリズムをとって叩いている。

 この世界で一番安全に思える空間だった。張り詰めた緊張が解けていく。

 

「ちょ……!? 悪かったわね! 私もイライラしてたし。だからそんな泣くことはないでしょ!?」

「……へ?」

 

 慌てて給水塔から飛び降りた里香君が駆け寄ってくる。彼の言葉で、ようやく自分が泣いている事に気が付いた。

 自覚をしても、涙は止まらないし、止められなかった。両手で拭っても、何故か溢れてくる。

 

「ああもう! そんなんじゃ目を赤くするじゃない! ほら、ハンカチあげるからそれで優しく拭きなさい」

「えっと……ありがとう」

「ったく……。女子力低いわよ」

 

 そりゃあ女の子歴一日目なんで。

 しかし、身体が変わったからか、随分感情的になった気がする。感情が表に現れやすいというか、涙腺の緩み以外にも、なんだか振り回されるような感覚だ。

 

 女の子の身体とはこういうものなのだろうか。

 

「落ち着いたー? なんか全体的に余裕無くなってきたのが、これを期に表に出た感じだね。ネルコさんはメンタルケアとか無理だから、適当にここで吐き出すといいよ」

 

 だるだるのギャルモードになっているネルコさんが座ったまま声をかけてくる。

 確かにネルコさんは他人のメンタルケアとか向いていないだろう。我が道を行く人だろうし。

 

「……ネルコさん、あなたはどこまでこれが想定内なんですか?」

「ん?」

 

 女性となって、胡散臭さの減ったネルコさんに、疑問をぶつける。

 それは、多分新田君も思っていたことだろう。

 ネルコさんは大体いつも余裕そうだ。この世界を知っており、未来を知っており、俺達を導いていく。

 二次創作小説等で、未来を知っていて、それを知りながら動いている人物だと、俺からは見えている。

 それならば、どこかで原作と大きく違う展開になると思うのだが、大筋はネルコさんの手によって変えられていない。

 

「あなたはゲームとしてこの世界を知っている。なら、どこまで知っていて、何をするつもりなのか、教えて貰えないでしょうか」

「……樹ちゃんも柊菜みたいなこと言うねぇ」

 

 ネルコさんがため息をつく。膝に乗せたウィード君を優しく撫でた。

 

「確かにゲーム全体の流れは理解しているよ。大筋をメインストーリーとして知っている。だけどさ、これはソシャゲなんだよ。ゲーム開始の前は知らないし、なんならほとんどのキャラクターの行動も把握していない。そんなもの語られないんだよ」

 

 ウィード君が耳をピクリと動かし、軽く頭を上げて起きた。ネルコさんをじっと見つめている。

 

「アタシが余裕あるのは、出現する敵とその強さ、行動パターンにステータス、そして対応法を知っているからだよ。ついでにいえば、ウィードがいるから余裕あるだけ。メインストーリーを知っていたとしても、アタシ達がゲーム主人公かどうかなんてわからないんだし、その主人公が複数人いるんだから、知っている通りのストーリーになるとは限らないでしょ?」

 

 そう言って拳を突き出した。椅子に座って、体勢も変えずに。だけど、それは俺の眼前でピタリと止まり、軽く髪を持ち上げるだけの風を起こした。

 

「金でも権力でも暴力でも、人間力を持っていれば安心できるもんだよ。いいこと教えてあげる。今この世界──全体的な話じゃなくて、この街のことね。その中だと、アタシ達の身体能力は、全員フラットになっているんだよ」

「うわぁ!?」

 

 ウィード君を抱えたネルコさんが、飛びかかるようにして、俺を抱きしめると、勢いよく宙を飛んだ。

 それは数メートルほど浮き上がり、重力に従って猛スピードで落下した。

 ズダンッという音と共に、着地する。俺もネルコさんとの身長差が少ないので普通に地面に打ち付けられた。

 

 だけど、痛みは無かった。

 

「ここでは戦闘システムが変更されて、ATBのコマンド式になるんだよ。そして、自分と攻略対象を連れて、シナリオを攻略していく形になる。忙しくなるだろうから、今のうちに好感度稼いでおきなよ」

「……ご忠告ありがとうございます」

「それじゃあね」

 

 ネルコさんがウィード君を連れて屋上から出ていった。先程の流れを見ていた里香君が呆然としている。

 まあ、俺も抱いていた不安はさっきので吹き飛ばされた。ネルコさんの言葉を信じるなら、あの人はメインストーリーをなぞるように行動しているのだろう。

 

 何も解決してはいないが、一応俺の心は軽くなった。

 だけどさ、いきなりでめちゃくちゃ怖かったし、無いのにタマヒュンしたんだけど。

 

「あっ……」

 

 トイレ行こう。思い返せば、今日一度も行ってなかった。

 意識すると途端に催してくる。男女で竿分男の方が余裕あると言われるが、そんなことは無い。

 竿まで来て膀胱引き締めたら勢いよく出てくるからね。そうでなくてもアウトである。

 

 里香君を置いて、俺はトイレを探す旅に出た。

 

 

 

 

 屋上からすぐ下の階で、適当にうろつくこと数分。ようやくトイレを見つけた。

 見つけたのだが……。

 

「どうしよう……」

 

 目の前には男子トイレと女子トイレの両方がある。

 いや、本当にこれどうしよう。俺の体を考えるなら女子トイレなのだが、精神を考えると男子トイレに入った方がいいんだよな。男子トイレにも洋式トイレはあるだろうから、そっちでもいいんだけど、外聞というものがあってなぁ。

 男子トイレに入るか……!

 

 いざ行かん。と男子トイレhr歩み出そうとしたところで、女子トイレからネルコさんがひょこりと顔を出した。

 

「なにしてんの?」

「それはこっちのセリフっす」

 

 マジで何してんだこの人。恥じらいもなく女子トイレに入ってやがる。

 

「いや、アタシら女子じゃん。トイレは女子の方に行くべきっしょ」

「いやいやいや! 心は男子でしょう!?」

「授業中だし誰もいないし、そもそも変な行動すんなっての。ほら、いくよー」

 

 女子トイレから出てきたネルコさんに羽交い締めにされて女子トイレへ引きずりこまれる。

 初めて見た学校の女子トイレは、全部個室になった男子トイレと同じものだった。

 

「お、おほー……」

「音に関しては自力でどうにかするように。ここにそういう装置ないから」

 

 既に先に入っていたネルコさんが女子トイレの一室を開けて指さす。普通だ。普通のトイレだ。

 

「無いとは思うけど、女子トイレはゴミ箱見ない方がいいよ」

「そりゃあわざわざそんなところ見ないっすけど……なんでっすか?」

「出血凄いからね」

 

 出血と言われて首を傾げる。なにかあったっけ? 女子にそんな血を流すような瞬間って。

 数秒考えた後に、答えに思い至った。ボフンと顔が熱くなる。

 

「ちょっと! ネルコさん、セクハラっすよ!」

「はっはっは。既に童貞ですらないやつが何をうぶなこと言ってやがる」

「それとこれとは別っすよ!」

 

 悪かったね。と軽く手を上げて謝罪を済ませると、ネルコさんはトイレを出ていってしまった。

 

「う……」

 

 やるしか、ないよなぁ……。ここでうだうだして授業が終わればそれこそまずいことになる。

 意を決して、コトリと便座に座り込む。股を若干開き、手を入れようとしたところで、付いていない事を思い出した。

 押さえる必要無かったっすね。

 

「……ん」

 

 我慢していたものが解放されて、吐息が漏れる。思ったよりも勢いとか音が凄くて、顔がどんどん熱を持つ。

 視界がぐるぐるしてくる。

 

 これ、俺の体では無かったんすよね。

 罪悪感やら背徳感でドキドキする。悪いことだと分かっていても、心の中ではどこか興奮している自分がいる。

 

 初のトイレは、色々精一杯で、なんだかよく分からないままに終わっていた。

 

「はぁ……。酷い目にあった気がするっす」

「あっ」

 

 手を洗い、里香君から渡されたハンカチで拭きながら女子トイレを出る。すると、こちらに入ろうとしていた里香君とばったり出会った。

 

「えええっとぉー! これは私が今女じゃなくて男の身体になっていたのを忘れていたというか、立ってやるとかあそこ見るとか無理だし、そもそもなんでこんな肉体なのかっていうか、別に私内面は女なんだし別にいいんじゃないかと思うんだけど!!」

「そ、そうっすね……」

 

 そもそも見るのも触るのもしなければ、男子は用を足せないと思うんすけど。

 

「イツキ! アンタ誰かが入ってこないように見張っておきなさい!」

「え、えええ!? そんなの無理っすよ!」

「パパっと済ませてくるから! よろしく!」

 

 強引に話を決められて、里香君はそのまま女子トイレへと消えていった。

 どうしよう。とは思ったけど、見捨てる訳にもいかないので、女子トイレの脇に佇んでおく。

 

 すると、今度は新田君がこっそり周囲をうかがいながらこちらに歩いてきた。

 

「あ……」

「新田君もトイレっすか? 今女子トイレを里香君が利用中っす」

「え、女子トイレを?」

「そうっすけど……」

 

 事情を包み隠さず説明すると、信じられないとでも言うような顔をして、新田君が首を振った。

 

「私達今性別が逆転してるんだよ!? それなのに男のまま女子トイレに入ったの?」

「そりゃあ……心は女の子ですし」

「おかしいでしょ、それは……」

 

 俺にどうしろっていうんすか。

 

「心が女の子なら、女子トイレに入ってもいいの? そうじゃないでしょ。抵抗はあるかもしれないけど、こういう時こそルールには従うべきなんだよ。自分だけ特別だって思って行動するから、皆ルールを守らなくなるんだよ」

 

 新田君の言うことは正しいと思う。確かに自分だけと行動すれば、それが波及して、自分もとルールが壊れていくことになるだろう。

 

「そうして損をするのが、ルールを守る人達なんだよ? 全員に事情があるのは分かるけど、だからって例外を許していいとは限らないと思うんだ」

「そう言われるとそうっすねぇ……」

「……まあ、樹ちゃんは悪くないよ。でも、そういうことをする里香君は悪いんだから、ここで見張りをすることもないんじゃない?」

 

 それとこれとは別っすよ。俺は里香君に怒られたくないし。わざわざ波風を立てる必要は無いと思うっす。

 

「そうは言っても、僕は里香君に頼まれたから……」

「そっか。ごめんね? こういうのもあれだけど、頑張って」

 

 そう言って、新田君は男子トイレへと入っていった。

 

「自分の事情かぁ……」

 

 相手の事を考えて男子トイレへ入ろうとした自分と、自分の状況を考えて女子トイレにいたネルコさん。

 自分の事情で女子トイレに入った里香君と、ルールを守って男子トイレに入った新田君。

 そのどれもが、理解の出来る主張だった。誰かが悪いという訳では無い。どちらか一方が間違っている訳では無い。

 

 ただ、トイレ一つでそれだけの主張と考えがあるのだと思った。全員が全員、違う考えを持っているんだと、理解した。

 

「イズムパラフィリアっすか」

 

 主義と偏愛。これまでも見てきたそれぞれの主義主張が、徐々に増えて来ている気がする。

 こんなタイトルを付けられたゲームなら、これからが本格的な、イズムパラフィリアになるのだろうと、予感していた。

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