イズムパラフィリア   作:雨天 蛍

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次回更新も一週間後を予定しております。お待たせして申し訳ございません。


41話 放課後

 日もすっかり傾き、夕暮れ時を示すオレンジ色の空が街を覆った。キンコンカンコンと懐かしいチャイムが聞こえる。

 

「ん、放課後か」

「そうみたいっすね」

「はい終了! さあ、帰るわよ!」

 

 里香君が手札を投げ捨てて鞄を掴み立ち上がった。

 俺達は結局、放課後になるまであまり積極的には行動しなかった。唯一、新田君だけが、ここに一度も来ることはなく、授業か何かに取りくんでいたと思われる。

 

 そんな、サボりで外見も不良生徒な俺達はというと、シー君やウィード君を交えてずっとトランプで遊んでいた。

 最初は各々ぼんやりしていたのだが、じっとしていられない性分なのか、里香君がイライラした様子で階段の向こうへと消えていったのだ。そして、数十分後には、キラキラした笑顔でトランプを見つけてきた。

 思えば、懐かしさも相まって、かなりの時間を遊んでいたようだ。色々な遊び方をして、ひたすら楽しんだ。

 最後はババ抜きをしており、ネルコさんの表情を読めなかった里香君がひたすらに苦しめられていたところだ。

 敗色濃厚だったババ抜きを放棄して素早く里香君が片付けにかかる。続行の雰囲気じゃないことを見て、しぶしぶネルコさんも帰り支度を始めた。

 

 そうして、準備も終えたところで思い出す。家に帰るにしても、最初に目覚めた場所になるのだろうかと。

 音の無い。誰が住んでいるかも不明な家へと。

 

「ねえ、ネルコさん」

「どうした?」

「帰るって、最初に目覚めた場所にっすか?」

 

 正直それは気が引ける。このまま別々に行動するというのは良くないだろうし、家に自分だけがいられるとも限らないのだ。

 声をかけるなとすら言われた人と一緒の空間にいたいとは思えない。

 

「ん? あー。そうか。家も別々だし、なんなら他の家族がいる可能性もあるのか」

「そうっす。わざわざ禁止にされた事が起きる可能性のある場所に戻るのはどうかと思うんですけど」

「ふーん、じゃあウチに来る?」

 

 そう言って間に入ってきたのは、里香君だった。

 

「私の家、多分人いないわよ。ゴルとテリも連れて帰る予定だし、来る?」

「アタシは遠慮しとく。やることまだあるし、最悪ウィードんとこに行くから。樹少女だけ連れてって」

 

 勝手に決定されてしまった。別にいいけどさ。ネルコさんはどうするつもりなのだろうか。

 

「そ。じゃあ帰るわよ」

「じゃあね〜」

 

 ネルコさんはまだ学校に残るつもりらしく、屋上でウィード君と一緒のまま手を振って送り出してくれた。

 胸ポケットに入れたままのシー君が出てくる。

 

「ううー。ドラゴン消えた?」

「もういないよ。それにしても、なんで急にウィード君がダメになったの?」

「オスのドラゴンはダメなんだよぉ!」

 

 よく分からないけど、龍種はオスの場合危険らしい。確かに普段のウィードちゃんよりも、オスのウィード君はネルコさんにべったりで嫉妬深いというか、独占欲が強かった。

 

 何故か里香君よりも俺に突っかかってきたけど。

 

「私の従魔は先に帰らせてるけど、どうするの? イツキの従魔も連れて帰る?」

「出来ればそうしたいかなーって、あれ?」

「……どうも」

 

 屋上への階段を降りたところで、いつぞやの保健室の少年に出会った。病気なのか、不健康そうな肌と顔色だが、しっかりした足取りでこちらに向かってきている。

 その手には、純白のデカい蚕がいる。

 

「ますたーは上ですよね?」

「あ、はい。ネルコさんは上にいましたよ」

「ありがとうございます」

 

 なんというか、こっちに対してなんの興味も持ってなさそうなところがネルコさんにそっくりな人だ。多分、マスターとか言っていたし、ネルコさんの従魔なんだと思う。

 

「なにあれ、話しかけてよかったの?」

「ネルコさんの従魔……のはず」

「ふーん。人間の姿をした、従魔ね」

 

 言われて思い出した。そういえば、彼は人間にしか見えなかった。

 

「召喚士は人間を喚べないから、従魔なんだろうけど、あんなやつ見たこともないわ」

「僕もないっす」

「ネルコは何隠してるんだか……。明日、問い詰めましょ」

 

 それだけ言うと、里香君はあっさりと思考を切り替えて、この後どうするか、食事などの問題をどうするかについて話し始めた。

 学校では、お腹が空くことはなかったのだが、一応動くためのエネルギーとして食事はとるべきという結論が出た。

 そうすると、次に必要になってくるのは行動だ。物を得るには動かなければならない。

 学校を出て、街を歩き始める。

 

「そういえば、私学校がでかいから来れたけど、最初に目覚めた場所がどこだったか覚えてないわ」

「……奇遇っすね。僕もっす」

 

 しょうがないじゃないか。周辺で一番大きな建物があり、そこに導かれるようにフラフラ移動してきたんだから。

 帰りは目印すらないのだ。迷うのはしょうがないだろう。

 

 下手に街をウロウロするのもどうかと思い、腕に付けてきた水晶を使う。フレンドシステムとネルコさんは言っていた機能だ。

 

「そういえば、私それ持ってないのよね。見せて」

「ミルミルちゃんに貰う時アヤナちゃんと二人居なかったっすよね。いいっすよ。というか、それだと里香君はどうやって学校の屋上まで行ったんすか?」

「ん? 普通に外出て目立つ建物に近寄ってネルコにあっただけ。色々パニックになってたけど、運が良かったと思うわ」

 

 許可を出す前から無遠慮に顔を寄せてくる里香君。何気ない感じに迫ってきた顔に少しだけビビる。

 里香君も今はTSしており、男の子になっている。外見は不良っぽい感じというか、強面だ。

 俺は別に元々女の子だった訳じゃないから気にしないのだが、多分この外見で高校生だったら初対面は怯えられると思う。

 ふと、視界に入る金髪を見た。今の俺も女の子だ。周囲からこの状況はどう見えているんだろうか。少し気になった。

 

「あれ……? 新田君からメッセージ来てる」

 

 ちょうど今来たメッセージだ。一応無事なのが確認できたので、安心する。

 水晶を操作して、新田君のメッセージを開いた。

 

『新田です。樹君……樹ちゃん? そちらは今どこにいますか? 私は今学校の屋上でスリープさんから情報を入手したところです。少しだけ気になることがあったので、夜にもう一度学校へ潜入しませんか? 今日手に入れた情報をそこで話したいのですが、よろしいでしょうか』

 

「……硬い、硬いわね。ヒイナっていつもこんな感じなの?」

「そこまでメッセージ使った訳じゃないからわかんないっすよ」

「私も絵文字や顔文字使うのはあまり好きじゃないけど、さすがにこんな硬い文章書かないわ」

 

 新田君も打ち解けた相手ならもっと砕けた文章書くんじゃないかなぁ。それだと俺と仲良くないってことになるけど。

 夜の予定も特にないので、OKを出しておく。

 

『了解っす。十九時に校門集合でいいっすかね』

『よろしくお願いします。里香君もそこにいるなら、一緒に来て欲しいって伝えといて』

 

 それきり、メッセージが送られてくることは無かった。

 

 

 

 夜。なんとか里香君の家まで辿り着き、諸々の処理を終えた後、再び学園へ戻ってきた。ちなみに従魔は置いてくることになった。

 闇の中にポツンポツンと街灯の青白い明かりだけが浮かび上がっており、恐怖と引き寄せられるような雰囲気が街全体を包み込んでいた。

 

「お待たせしました……」

「またせたかしら?」

「あ、よかった。樹ちゃんも里香君も来てくれたんだね。もしかしたらって思っちゃった」

 

 新田君は既に校門前でノートを抱えて待っていた。俺たちが着くと、早速ノートを開き始める。

 

「えっと、来てくれたってことは、学園の潜入に参加してくれるってことでいいんだよね?」

「そのつもりで呼び出したんでしょ。なんで潜入なんて危険そうなこと考えたのか説明しなさいよ」

「あ、ごめんなさい。えっと、私が今日一日だけで集められた情報なんだけどね。樹ちゃんも授業受けてたなら気付いたよね……?」

 

 何か明言することを避けて、新田君が確認してきた。

 残念ながら、俺は結局授業に参加しないで逃げ出した人間なのだ。ここで白状するべきだろう。

 

「すみません。学園の生徒会長を名乗る人と接触したために、授業は受けなかったっす……」

「え、ほんと!? 生徒会長と接触しちゃったの?」

 

 何やら新田君が驚いている。というか、俺と接触したなら、多分新田君とも接触したと思うのだが、そうでは無いのか。

 ゲーム世界だったら、全員平等に接触すると思ったのだが。

 

「ちょっと! 私にも分かるように話しなさいよ!」

「あ、ごめんね……。うーん。でも、それじゃあ私の口からは言えないかな。今回はネルコさんが正しいから……」

 

 何やら新田君も決定的な情報でも得たのかもしれない。少し暗い表情で彼女は続けた。

 

「これは、気付くことがトリガーになっているんだ……。だから、気付かないなら多分それが一番いいとおもう」

「何よそれ。イベントの分岐条件かなにか?」

「正解、かな?」

 

 新田君はそれ以上の説明をする気はないようだ。ネルコさんと同じように、何も言わないらしい。

 いや、今回に限っては、何も言えなかったが正しいのだろう。

 思い返せば、生徒会長と接触した時も、俺は何も知らないからこそ見逃されたような場面があったはずだ。多分、そこが違いなんだ。

 

「ゲームと同じ部分の説明は終わり。後は、私が得た情報だけ説明していくね」

 

 そう言って新田君はノートを見せてきた。

 

「これは学園の見取り図。ネルコさんと屋上で話した時に確認したんだけど、不自然に空間があるのに気付いたんだ」

 

 それは、おそらく彼が自分の足で探して作ったであろう地図だった。階層ごとに、部屋の詳細が書かれている。しかし、それは不完全であり、屋上のひとつ下の階だけは空白だった。

 

 それとは別に、一階の職員室と書かれた教室と、放送室と書かれた部屋の間に、一部屋分の出っ張りがある事が強調されていた。

 

「ここだけ、屋上から見た時に、それっぽい部屋が無かったんだ。職員室はずっと先生がいたから近くで調べるのも難しくて……だから、今から地図埋めとそこの部屋を探そうと思っています」

「どうやって部屋全部見て回ったのよ」

「えっと……どこの教室でも、授業やってたんだ。それに混ざった感じ……かな。放課後に探索もしたんだけどね」

 

 随分とアグレッシブに授業を受けて回ったらしい。自分で授業を選ぶ大学スタイルなのだろうか。

 

「NPCってこと? いや、違うかな。限りなく意思か何かが薄い可能性があるのかも……人じゃ──」

「里香君、それ以上は、だめ」

 

 考え込んでいた里香君の唇を、新田君が人差し指で押さえた。

 男女か女の子同士でやれば、さぞかし絵になる光景だが、現在の二人は男の子。片方は真面目系男子で、片方は不良系男子。

 ……でも、BLとかでありそうな光景だな。

 なんとなくだが、二人とも、楽しんで行動している気がするぞ。自分の身体さえ考えなければ、相手は異性になるからな。好みかどうかは不明だが、全員容姿は整っているので、印象はいいはずだ。

 

 百合でホモかぁ……。

 

「逆だとなんか受け入れられないのはなんでっすかね」

 

 TS百合ならわかるけど、TSホモは需要が無いんすね。

 俺がいることを思い出したのか、二人はパッと距離をとった。

 

「そ、それじゃあ、まずは最上階の教室から見て回っていいかな?」

「私はそれでいいけど」

「僕もおっけーっす」

 

 巡回や、防犯センサーなどに一切引っかかることも無く、校舎に入ることが出来た。まるで、それを想定されているかのような状況だ。

 不気味に静まりかえった廊下を歩く。もう五階だ。

 

「最上階までに、生徒会室が見つけられてないから、多分どこかにあるんだよね」

 

 生徒会室と聞くと、クオリアと名乗った女の子を思い出す。この世界は、彼女の世界だと。

 この世界を知っているらしい新田君に、彼女と会わせていいのだろうか。

 ……やめた方がいいだろう。会話が出来る召喚士の従魔では無い存在に触れてみて、わかったことがある。

 彼女達は、人間では無い。当たり前のことだが、そのことを理解していなかった。

 意思を持ち、知性があり、力を有する。上位存在的な何か。地球にいては、知ることの無いその存在に触れてみて、初めてわかったのだ。

 皮膚が粟立ち、足が震え、恐怖で口角が持ち上がるあの感覚を。

 関わってはいけないのだ。

 

「……生徒会室を探すのは、やめませんか?」

 

 俺がぽつりと言うと、全員の足が止まった。

 

「……なに、今更ビビってんの?」

「そうっすよ。俺は生徒会長と接触したんすよ。だから、その危険さは身をもって知っている。下手に関わらない方がいいんすよ。ネルコさんもそう言ってたじゃないすか。他の人と話すなって」

「死ぬかもしれないからって? そんな理由で立ち止まれるわけないでしょ」

 

 里香君が眉を吊り上げて迫ってきた。

 新田君はおろおろしている。声が響くことに不安を抱いているようで、どちらかというと周囲を気にしていた。

 

「人なんてすぐに死ぬ危険がある毎日を送ってるの。日本の自殺者数は年間およそ二万人。単純計算で一日五十四人が死ぬの。交通事故発生数だって四十万もいくんだよ。車に乗れば一年で一パーセントの確率で事故を起こす。死ぬのはその中でも僅かだけど、たった二つの事例をあげるだけでも人は頻繁に死んでるし怪我をしている。危険なのは承知だっての!」

「それは、日本の話じゃないっすか」

「そう。この世界は日本以上に危険で力の差があって、安全ですらないけど、日本より死んでいる人間の数は少ない。割合で言えば高いでしょうけど」

 

 里香君は、怖気付いた俺が気に入らないらしく、まくし立てるように言葉を吐き続ける。

 

「従魔だろうがなんだろうが、動かなきゃ変わんないの。じっとしていても誰かが助けてくれるなんて考えるのはやめなさい。何も知らないままビビってじっとしてるよりも、今をなんとかするためにさっさと足を動かす! 従魔が危険だ怖いって遠ざけるよりも、全力でぶつかって意思を確かめて理解した方が安全なのよ。あいつらは会話が出来る。目的がある。交渉することが大事なのよ。それは偶発的に起きる事故よりも回避が容易なんだから!」

 

 それは、それが出来る強さがある里香君の話じゃないか。

 クオリアを知らないから言えるんじゃないか。

 

「ちょっと二人とも、喧嘩はダメだよ。少し落ち着こう? この教室で休憩しよっか」

「……イツキ。私はアンタのこと仲間だと思ってるから。対等でいるつもりなら、着いてきなさい」

「わかったっすよ……」

 

 確かに、動かなきゃ何も変わらない。それは理解しているつもりだ。クオリアという少女にビビっているのも事実だ。

 何も知らないし分からないなら、このまま何も知らないでいるよりも、知った方がいいはずだ。何より、俺たちは召喚士なのだ。従魔と触れ合わずに、召喚士としての道を進むことは出来ないだろう。

 

 新田君が近くの教室の扉に手をかけた。

 しかし、少しだけ立て付けが悪いのか、上手くドアが開かない。

 

「なにか……くっ付いてる? よいっしょ!」

 

 腰を入れて扉をスライドする。乾燥した何かがパキリと壊れる音がして、勢いよく扉が全開になった。

 

「ヒッ……!」

 

 瞬間に、新田君の息を飲む音がした。

 

 開けられた扉の向こう。ひとつの教室と思われる空間は、異様な光景が広がっていた。

 

 全体が血に塗れ、弾け飛んだような肉片や、銃で撃ち殺されたような様々な死体がある。噎せ返る血の匂いが鼻をつき、若干茶色に染まりつつある教室が、その光景を生み出した時から、しばらく時間が経過していることを示していた。

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