イズムパラフィリア   作:雨天 蛍

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次回更新は一週間後です。


42話 従魔とは

「逃げるわよ!」

 

 教室の光景を見た里香君が叫ぶ。里香君は、凄惨な光景を見せる教室の中心を指さしている。

 

「あそこ、何かがいるわ! 気配がある!」

 

 彼女が指さした先を、目を凝らして見つめると、確かに何かが蠢くような気配を感じた。

 見えないけれど、そこに何かがいると感じられる。

 

「樹君!」

「あ、お、おう!」

 

 既に教室から離れていた新田君が俺を呼ぶ。慌ててついて行こうとしたところ、急に教室の壁が崩れた。

 

 まずい、分断された。

 

 敵の姿は見えないが、これで確実に何かがいることがわかった。粉塵が舞い上がり視界が悪くなったので、音を立てずにこの場を離れることにする。

 おそらく、あちら側もこの場での合流は諦めているだろう。新田君はともかく、里香君がそう判断するはずだ。

 ならば、この敵を撒いて合流すべきだ。

 

 俺は相手の追いかけてくる考えを逆手に取り、ひとまず上へ逃げることにした。敵から逃げるのに、わざわざ逃げ場の無い場所へ行くとは思わない判断での行動だ。

 音を消すために靴を脱ぎ捨てる。その際に、階段の下へと放り投げた。

 そうして俺は上へ駆け上がる。この先には屋上しかない。だが、いざとなれば配管を使って下へ降りる位は可能だろう。

 

 静かに屋上の扉を開いた。この街で一番大きな建物は、遮るものも無いからか、しっかり扉を掴んでいても、強風にあおられる。

 勢いよく開いてしまった。

 

「……あら? 下校時間はとっくに過ぎてますよ」

 

 夜の闇を吸い込んだような黒髪と、紅の瞳が俺の目を奪った。

 彼女は昼に見かけた時よりも、この場の雰囲気にあまりにも合っている。

 

「……なんて。どうせ見つけてしまったのでしょう?」

 

 一瞬、現実を忘れていた。

 そのあまりにも大きな隙の間に、クオリアは俺との距離を詰めて、しなだれかかるように体重をかけてきた。

 

「あの教室の惨状は、アンタがやった事っすか?」

「いいえ、私がする理由がないです。むしろ、あの光景を作り上げた敵対勢力の排除をしようとしているんです」

「教室にいた、見えないナニカは、アンタの差し金っすか?」

「ええ、はい。彼らは私の下僕ですよ。私の世界を守る為の、自動で動く機能です」

 

 まるで蛇に睨まれたように、身体の指一本すら動かせなかった。

 

「ここに、あの人がいた匂いが残っているんです。私の、私達の王であるあの人が確かにいたんです」

「あの人……?」

「私達を愛し、私達を最も憧れた人間ですよ」

 

 その言葉に、一人の召喚士が思い浮かんだ。

 

「召喚士というのは、いわば、他者を受け入れられる。しかし確固たる自分を持つ人です。それは、まるで海のような性質を持つんです。従魔と召喚士は、目的が一致した仲間であり、道具です」

 

 静かに語り出す少女。ゆるりと俺から離れて、屋上の端へと歩き出す。

 

「ひとつ、お勉強をしましょう。未熟な召喚士。あなたは、従魔がどんな存在か理解していますか?」

「どんなって、意志を持つ別世界の人と違う存在でしょ?」

「そうです。その言葉そのものに間違いは無いです」

 

 くるりと振り返るクオリア。その動きに合わせて、黒い髪が、スカートが、ふわりと膨らんだ。

 

「従魔には、目的があります。その目的を達成させられる人間と、契約を結び、彼らを助けるのです。その契約を結ぶまでに、従魔は、召喚士との気質や価値観が一致出来るかどうかを選ぶことが出来るのです。そうして魅力のある召喚士は、従魔に選ばれるという形で、石を手に入れられるのです」

 

 そう言って、彼女は手のひらを見せる。その中には、八面体の結晶があった。

 

「従魔に愛されている数だけ、その召喚士は才能がある。魅力的に見える分だけ、惹かれあってゆく。私達は、人間を見つめて、彼らを見定めているんです」

 

 初めて聞く情報だった。ネルコさんですら、知り得ていない情報かもしれない。

 

「私達は決して善なる存在ではないです。目的の為ならば、他に手段を選ばないような怪物達です。それを受け入れ、愛することが出来る人間だけが、召喚士になれるのです」

 

 彼女が囁く。

 

 

 

「あなたは選択肢を間違えた」

 

 

 

「従魔を恐れてはいけない」

 

 

 

「拒絶してはいけない」

 

 

 

「ただ、あるがままに受け止め、受け入れるのです」

 

 彼女の口は動かない。どこかから声が響く。脳に直接流し込むように言葉が入る。熱中症や貧血の時に声をかけられるみたいに、グラグラと頭が揺れて、音だけが鮮明に響き渡る。

 俺は、この状況から逃げ出したくて、耳を塞ぎたくて、仕方がなかった。ザラザラとした異物を埋め込まれる感覚が全身を支配する。

 

 そして、気配が離れた。

 

「今まさに、あなたは私を召喚する権利を失いました。そして、多分あなたの周りにいた真面目そうな男の子も、私を受け入れることは無いでしょう」

 

 ドチャリ、と何か重いものが落ちたような音が響く。

 

「私は人間が気になるのです。人間を作りたいという目的があります。そして、それ以外に、彼に私の世界を見て欲しいという欲求もあるのです。ここは私の世界。破壊するものは全て殺します。人間よ。これは忠告です。大人しくしていなさい。その身には過ぎたる力をただじっと我慢してやり過ごすしか無いのです」

 

 喋り尽くすと、彼女はゆらりと溶けるように姿を消した。

 その瞬間、身体が動くようになる。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 思い出したように身体が汗をかき、呼吸を開始する。

 よろよろと、重い足を引き摺りながら、屋上の手すりの向こう側を覗く。

 

 下では、何かが真っ赤な花を咲かせていた。制服を着ていない。スーツ姿の女性。

 それを理解した時、まるで目眩が起きたようだった。俺は、彼女を知っている。この世界で見つけた、俺達以外の召喚士。地球にいたはずの人間だった。

 

 つい先程、本当に半日もしないくらい前だった。彼女と僅かながらも会話をしていたのだ。

 

 足元が現実感を失ってふわふわする。このまま覗いていたら、吸い込まれるように俺は落ちていたと思う。

 ゆっくりと手すりから離れる。数歩後ずさり、腰が抜けたように座り込む。

 

 簡単に殺人を行う異常性。狂気に塗れた世界。従魔という存在。

 

 胸の内の繋がりが断たれた今だからこそ、それは痛烈に響いた。俺の従魔のイメージを粉々に打ち砕いた。

 彼らは、人と違う化け物なんだと。その意味をようやく、少しだけ理解したのだ。

 

 

「いた……大丈夫?」

「大丈夫っす……大丈夫」

「顔色悪いよ? 今日はもうやめよっか。私が明日自分で探すから……」

 

 どれくらい時が経ったのだろうか。五分にも、その十倍にも感じられた。

 ふいに扉が開き、男子が二人入ってくる。俺の姿を確認するなり、駆け寄って身体を支えてくれた。

 

 汗でぐしゃぐしゃになった服が肌にくっつく。夜風に触れて冷めていた。思わず身震いする。

 

「怪我も無いし、何があったのよ」

「生徒会長さんがいました。忠告だそうです。大人しくしていろ、と」

 

 彼女からの伝言を教えると、里香君は眉を顰めた。

 

「何よそれ……。自分の足元嗅ぎ回られるのが嫌ってこと? そんなのここに何かあるって言ってるようなもんじゃない」

「……樹ちゃんは、これ以上何かしなくてもいいよ。これも私が勝手にやってた事だし」

 

 まだ二人が動こうとしているのを見て、俺はゆるゆると屋上の手すりの向こう側を指さした。

 彼らはそれを見て、指さした方向を確認した。

 

「…………」

「へぇ……」

 

 口に手を当てて悲鳴を飲み込んだ新田君とは対照に、余裕のある声で意味深に呟いた里香君。

 

 そのあとは、全員一致で逃げるようにして、校舎から出た。

 

 

 

 翌日。俺はネルコさんと一緒に、街中でショッピングをしていた。

 

「サイズに関してはよく分からなかったから、色々着けてみたやつで判断するしかないわな」

「そうっすよねぇ……」

 

 なんてことは無い。ただの下着探しだ。昨日は最初から装備されていたのだが、今日は里香君の家で過ごしていたから予備すらなかったのだ。

 我慢して学校に行こうとしたら、里香君に引き止められた。俺も思った以上に擦れて痛かったから今思えばやめて正解だった。

 ちなみに件の里香君は、途中で合流した新田君と一緒になって女性から男性になって楽になったことを話し合っていた。曰く。

 

「男子はポジション整えれば擦れないしそこまで敏感じゃなくていいわね」

 

 とのこと。男子の身体に慣れすぎである。

 

「それにしても、樹少女も案外女体化に慣れたもんだね」

「慣れたというか、それ以外の事で驚きが多過ぎるんですよ……」

 

 昨日は人が死にまくりだったのだ。教室の中は血がびっしり付いていたし、どこかの階から知っているかもしれない女性が飛び降り自殺したのだ。

 

 そう、俺はあの時死んだ人が誰だったのかを確認していない。教室での出来事はあまりにも突拍子が無さすぎて、現実感が薄いし、今までも何度か人死には見てきたが、流石に今回は確かめたくなかったのだ。

 まさか、こんな身近な人が死ぬとは思えなくて。

 

 この考えがただの逃げであることは理解している。しているつもりなのだが、それをどうしろっていうんだ。立ち向かったところで、どうしようもないだろ。

 そう考えてしまう自分に嫌悪感が湧いてくる。

 

「何か悩みでも?」

「そんなもの尽きないですよ。…………ネルコさん。クオリアっていう言葉に聞き覚えはありますか?」

「主観的に得られる感覚の事だね。本来は他人が得られることの無い、何か」

 

 ネルコさんはあっさりと言うと、俺の顔を見てクスリと笑った。

 

「そんな顔をするなよ。そういうことを聞きたいんじゃないってことくらい理解しているさ。だけど、聞きなよ。クオリアっていうのは、いわば心だ。アタシ達の中にある感覚の質なんだよ。昔さ、考えたこと無かったか? 自分が今見ているものと、相手が見えているものは、実は違うんじゃないかって」

 

 ネルコさんはそう言ってひとつのブラを手に取った。

 

「これは黄色のブラジャーだ。そして、その黄色という色は、アタシと樹少女では実は全く別の色に見えているかもしれない。だけど、それは同じ『黄色』という名前で呼ばれている。意識的ギャップだ。俺はこれを整合性の取れた矛盾って呼んでいる。実は見えている形も、色も何もかもが、俺と樹少女では全く違うんだ」

「光があるじゃないですか。光の反射が色を示し、形を作る。それが物質ですし、俺達の身体が受け取る信号です。信号が同じなら、それは同じものが見えているのと同義ですよ」

「だから整合性の取れた矛盾っていうんだよ。光が、物質が示した信号は同じだ。だけど、それを受け取り、意識に写すクオリアは別なんだよ。だけど、それを示す言葉は同じだから、違いには気付けない。そもそも、互いの認識の違いなんて観測することができないんだから」

 

 ネルコさんは何を言いたいんだろうか。同じものを見ているけれど、それは別のものに見えているかもしれなくて、だけど、互いにそれは同じものとして見えているように感じる……?

 

「生まれや価値観の違いで、人は千差万別になる。クオリアっていうのは心でもあるんだよ。アタシ達が主観的に受ける感覚。水の冷たさや世界の色。それは自分にとっては当たり前のことだけど、他の人が観測すれば、まったく別の世界に見えるかもしれない」

 

 ネルコさんが手に持っていたものを俺に渡してくる。

 

「全ては理解することから始まるんだ。知り、受け入れ、認める。それこそが従魔と関わっていくのに大事なことなんだよ。従魔は人間じゃない。だけど、話せないわけじゃない」

 

 ネルコさんが笑って拳を突き出した。

 コツンと、突き合わせる。

 

「挑め。樹少女。従魔クオリアは死種星五。感覚ジャックが出来るタイプの従魔だ。相手にあるクオリアを操作して、正常性を崩してくる。ここでは従魔は使えない。どんな選択肢であれ、あいつはお前を認めるよ。クオリアは優しい従魔だからな」

「はいっ!」

 

 ブラとパンツを持って駆け出した。

 まずは会計済ませなきゃ。

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