下着を買った。しかし、買い物は続いている。
俺としては、早速学校に赴いてクオリアと会話がしたかったところなのだが、それは普通にネルコさんに止められた。
「まだ話も何も終わってないし、樹少女も何を話せばいいかわかってないじゃん?」
「……この世界から出してくれーとか、仲間になってくれーって話せばいいんじゃないっすか?」
「それは要望っしょ? 会話はもっと別のところにあるじゃん」
人通りが増えたからか、ギャルっぽく話始めたネルコさんがジェスチャーを交えて話し始めた。
「会話っていうのは、まあ、大抵は意見を言い合うことが目的っしょ? アタシらの口が外側に付いている限り、会話っていうのは意思や思考を言葉にして、それを他者に伝えることなんだよ」
「そっすね」
「それで、従魔との会話っていうか、初対面の人同士の会話は、相手を知る、自分を知ってもらうために話すんだよ。だから自分語りか質問が最初の会話になってくる。女性は共感することが目的だとか言われるけど、その共感ですら、自分の感覚を伝えてそれに同意する必要がある」
ネルコさんは指を左右に動かしている。情報か何かが行ったり来たりしているような表現だ。
「イズムパラフィリアは、主張、主義のゲームなんだよ。凄い簡単に言えば、自分の主張に賛同する仲間が従魔で、それを使って世界をどうこうするとか、主義を通す、って感じのゲームだ。だから、その時点で召喚出来る従魔と出来ない従魔が出てくるんだ」
そこで一息おいて、ネルコさんは続けた。
「フレーバーテキストでしかなかったが、従魔の召喚には、互いの気質が合う従魔しか呼び出せないっていう設定がある。また、互いの目的や条件等の細かい項目もあるらしいが、とにかく気の合うやつしか呼び出せない。最低限、互いの考えが理解出来るやつじゃないとダメなんだ」
そこで思い出したのは、クオリアと関わった瞬間のことだ。
俺は彼女を拒絶している。考えがどうとかは関係なく、ただただ彼女を恐れて拒絶していた。
「柊菜は虫系従魔を召喚出来ない。あいつは虫が嫌いだからな。そんな感じで、召喚出来る出来ないっていうのは決まる。だから、変に合わせようとする必要は無いと思う」
自分を変えると、今度は召喚した従魔と合わなくなっちゃうからな。とネルコさんは続けた。
「色々あるだろうけど、最初に持っていた主義を大事にしておけよ。変に変える必要は無い。ただ、それに加えて相手を受け入れる気持ちを持てばいいだけだ」
従魔を受け入れろ。とネルコさんは言った。
「……自分を曲げるなとか、従魔を受け入れろとか、言うことがめちゃくちゃっすよ」
「んー、ごめん。これさ、アタシもまだ完全に理解したってワケじゃないんだ。検証するにも数が稼げないからね。だけど、大体は見てるだけで気付くでしょ。従魔の召喚傾向ってやつがさ」
「例えば?」
「アタシは暴力主義。凄く単純にいえば、野生的理論なんだよ。弱肉強食といえばわかりやすいでしょ? ウィードはその点アタシの考えに近いからね。シルクはまた別だけど、あいつは相手が拒否しなければ多分召喚士なら喚べる従魔だと思う。樹は自分で戦う力を求めたら、リビングエッジが。そして、可愛い女の子を喚ぼうとしたら、ピクシーが出てきた。もう少し強い従魔が出れば、樹少女の思考傾向もわかると思うんだけどね。柊菜はエンドロッカス。……あいつはアタシに似てるよ。力を渇望している。里香は緑色のテリリと鋼鉄のゴーレム。本人を見てれば分かるけど、独裁者っていうか、孤独なタイプだね。今のところは、だけど。そもそも召喚士なんて孤独な存在だからね」
ネルコさんは腕を組んで考えるように首を傾げた。自分で出した答えに納得がいかないようだ。
「みんな弱い従魔しかいないからなぁ……確定的じゃないんだよね。もっと強い従魔になってくると、相手の思考傾向が読みやすいんだけどねぇ……。星が低い従魔って、どっちかというと生存の為に従魔として喚ばれたりするから分かりにくいんだよねぇ……」
「本当に傾向ってあるんすか?」
「フレーバーテキストで、あった。星五以上を三体でも持っていれば大体わかると思うよ。面白いのはね、自分を正義だと思っていると、ダーク系従魔が出てこなくなるんだ。本人がヘドニストでも、自覚して表に出てないと、ヘドニストの従魔は喚べないんだ。ゲームではそうだった」
人間なんて、ほとんどヘドニストなのにね。とネルコさんは笑った。
「地球人は特にそうだ。物質主義。心の豊かさを失って即物的満足感を求める。SNSでの自己顕示欲を満たす行動。他者の在り方に抑制を促すクレーム。自らの快楽の為に他人を蹴落としたり、未来を捨てる人間ばかりだ」
「それは、ネットのバイアスっすよ。目立つ人間しか見えない。それがインターネットっす。必要な情報とされる、注目を集められるものしか目につかないのがネットっす。もっと多くの人間が、世界にはいて、そんなことはしていないはずですよ」
「そうかもしれない。だけど、未来はそうじゃないかもしれない。見える世界が全てだ。人は肥溜めの中でもそこしか知らないのであれば、幸せをそこで見つけられる。大海を知らない子供がネットに触れた時、目に見える世界は馬鹿者ばかりだったら、それに倣うだろうね。そして水が低きに流れるように堕落していくってもんだよ」
ネルコさんはぼんやりと空を眺める。どこか遠い記憶に思いを馳せているかのようだ。
「樹、君は力を手に入れた。意思ある怪物の力だ。それは世界に変革を巻き起こす力だよ。望んでなくても、手に入れてしまったんだ。それの振るい方。付き合い方。しっかり考えときなよ」
ネルコさんは、俺の方を見て、安心させるようにニッと笑った。
「アタシはさ、暴力主義者だけどそれを人にまで押し付けるつもりは無いんだよね。人も従魔も生きてるし、考えがあって、それに基づいて活動してるんだ。今の世界に不満はあるけど、わざわざ変える必要は無いと思ってるんだよ。愛する怪物達と共に生きていくってのが、夢なんだ。樹少女はさ、夢を持ってる?」
「俺の夢……」
「そ。今までは自分の等身大で出来ることだけしか夢に見てなかったかもだけど、その手が届く範囲が大きく広がってるんだよ。クオリアのことは置いといてさ、自分のやりたいことを前に出していくってのも、考えときなよ」
そう言って、ネルコさんは買い物を続ける。残り数日間しかこの世界に居られないことを知っているのか、知らないのか。それは分からないが、この世界を全力で楽しもうとしていることだけは、伝わってきた。
「シーちゃん……クオリア……」
俺は、どうすればいいのだろうか。ネルコさんはいつもの如く、俺に答えを教えることは無いままに、問題だけを増やしてくれた。
こういうことは、誰に相談すればいいのだろうか。身近な、強い意思を持った人なら、答えを教えてくれるだろうか。
強い意志。それは、ネルコさんがはっきり教えてくれていた。
意見の言い合い。それは何も、互いの考えを示し合わせるだけでは無いだろう。
会話というものは、別にそれだけでも無い。相手を知るのならば、悩みを相談するということも、またひとつの手段である。
悩みに対する答え。それは、紛れもなくひとつの主義なのだから。
「──それで、私のところに来たのですか?」
彼女は頭痛を堪えるように額に手を当てた。
「だってなんかもう分かんないすもん」
日も暮れる頃の生徒会室。黒髪で紅色の瞳の少女に、俺は気軽な気持ちで会いに来ていた。
最初はもちろん恐怖があったのだが、別に彼女と対面してどうこうする必要は無いと理解してからは、少しだけ肩の荷が降りた気持ちで接することが出来るようになっていた。
「生徒会長ってのは、生徒の悩みも聞くものっすよね?」
「それは……そうですし、私としても人間がどのように悩むのかを知れて願ったり叶ったりなのですが……」
パイプ椅子に座り、紅茶まで用意してくれた生徒会長は結構乗り気だった。こうして今までの経緯を話せば、ため息をつきながらも話をしてくれる。
「……まあ、いいです。知らなければ別にそれだけでもいいでしょう。貴女が聞いた言葉に置き換えるなら『肥溜めの中でもそこしか知らないのであれば、そこに幸せを見つけられる』のでしょうね。たとえ凶悪な殺人鬼だろうとも、知らなければ、貴女の前でだけ優しい人間なら、貴女の目で見えるその人は殺人鬼ではなく優しい人間なのだから」
「みーんな僕を置いて難しいことばっかり話したり考えたりするんすよね。おいてけぼりみたいで寂しいんすよ」
「そう感じるからこそ、人は努力をして、置いていかれないようにするのですよ。他者がどうでもいいのなら、置いていかれてもなんとも思わないものです」
「その努力の一環がこれっす」
「はぁ……」
クオリアとしては、あまり好ましい展開では無いようだ。何度もため息をついて出来の悪い生徒を見るような目をこちらに向けてくる。
「……そもそも、人間が従魔に考えを頼るのはよろしくない傾向です」
新田さんはかなり従魔に考えを聞いてみたりしているが?
「人間と召喚の話はしましたよね? 他者を受け入れながらも、確固たる自我を持つ存在だと。それに従うようにして従魔は現れます。その召喚士が従魔に考えを委ねるのは問題なんですよ」
「そう言われると不味い気がするっすね」
「従魔に飲まれ、取り込まれるっていう問題です。主従関係が逆転するんですよ。そうすると、召喚士は次の従魔を召喚出来なくなってしまいます。魅力なんてないですからね。ただの誰かの言いなりなんて。誰もそいつに着いていきたがらないんですよ」
「それじゃあ相談も駄目ってことですか?」
「悪くは無いですよ。いえ悪いですけど、一回だけで全部ダメになるなんてことは無いです。だけど、一回だけで終わるなんてことは無いじゃないですか」
そこで一度区切って、紅茶に口をつけた。
「人間というのは、弱い生き物です。例えば、嵐の海に投げ出されたとしましょう。そして運良くあなたは掴まれるものを手に入れた。こういう時、助かるには動かないで体力を消耗させないように務めるのが良いんですよ。だけど、そんな中で力強い声で『こっちだ! ついてこい!』なんて言われたら、その言葉に縋りたくなるんですよ。姿が見えなくても、声のする方向に寄りたくなるんです。それが、たとえ間違っていたとしてもです。まさしく藁にもすがる思いってやつです」
そりゃあ、助かりそうならそっちを選ぶと思うのだが。
「自分の下した選択に自信を持てないのは、別にいいです。だけど、そのせいで他人に全てを委ねるのは本当に愚かな行為なんですよ。自分に自信が持てるように努力すればいいと言うのに。楽な道を歩むんです。召喚士は、たとえ死ぬと知っていても『こっちだ! ついて来い!』と言える側の人間でなくてはならないんです」
強くあれ。と、言っている。ネルコさんも、生徒会長も。誰もがそう言っている。
「大変っすね……」
「ええ、それは凄く難しいことなんです。確証があれば、人は安心して強い言葉を使えるようになります。自分の正しさに自信を持ちます。誰かに示された道を進む愚者にならないように、気をつけてください」
俺の相談も終わり、さて、とクオリアは切り出した。
「気付いてますね?」
「…………」
「私の目的のひとつは、貴女のすぐ傍にありましたか……。従魔を騙そうだなんて、そう簡単に出来ると思わないでください」
「やっぱ……ネルコさんっすよね?」
最強の召喚士っていうのは。
まあ、あの人はこのゲームでもかなりのトッププレイヤーだか有名人だか知らないけど、精通していることは確かだったからな。
「さあ? 私は見てないのでわかりません。ですが、あの人は確かにいると理解しました。なにか目的でもあるのか、私の前には姿を現してはくれませんが」
ですが、と彼女は続けた。
「私の目的のひとつを果たす機会です。ひとつ、ゲームをしましょうか」
自分の顔に手を当てている。
「彼は知っているゲームです。今回は動いていないところから、静観するでしょうね。……ある日、学校で自殺者が出ます。最初は投身自殺。その自殺を皮切りに、毎日一人の自殺者が出てきてしまうようになります。自殺する人は、みんな同じことを言うそうです『この世界はおかしい』そして、逃げるように死んでしまいます。あなたは最初に自殺を発見してしまった一人です。あなたは知っています。この自殺事件の裏では、怪物がいる。自殺をした人は、怪物に怯えて逃げるために死んでしまうのだ。と」
昨日見た、怪物の事だろうか。目に見えない。謎の気配。
「他の参加者は色々知っていますし、協力してこの事件を解決に導いて見てください。誰を頼るのかは自分で決めてくださいな。それと、一番何も知らない貴女には、プレゼントを差し上げましょう」
クオリアが、自分の顔に当てた指を立てる。瞳に爪をたてて、抉り出すようにして目を取り出した。
恐怖で俺は言葉も出せない。まるで金縛りにでもあったかのように動けないでいた。
「私の目をあげましょう。大丈夫です。魂に軽くくっついている程度のものです。一度、この世界の外で死んだら私に帰ってきます。遠慮なく使ってください」
そう言って、彼女は俺の体に抉り抜いた目玉を押し付けた。体に溶け込むようにそれは沈んでいく。
クオリアの顔からは血が流れ出ていない。
「【整合性の取れた矛盾】でしたっけ? 貴女には、私の目で見える世界を感じ取ることが出来るようになりましたよ。人の知覚圏内でしか見えないでしょうから、そこまで大層なことは出来ませんが、役に立つとは思いますよ」
次の瞬間に見せたクオリアの顔は、目を抉り抜いた跡なんて形も残っていなかった。それどころか、目まで元に戻っていた。
「探偵さん。頑張ってくださいね」
にこりと笑うクオリア。
彼女の姿は、先程までとはうってかわり、生きた人とは思えない姿になっていた。
皮膚は焼けたように爛れ落ちており、腕は左側が炭化している。右は筋肉がむき出しになっており、足は片方が無かった。
まるで凄惨な事故にあった後のような身体をしていた。
未開情報 クオリアは死種