イズムパラフィリア   作:雨天 蛍

51 / 105
 予定までに間に合いませんでした。謹んでお詫び申し上げます。
 なお、今回のアップデート遅延に対する詫び石の配布はありません。

次回更新は6/11を予定しております。


44話 分岐点H

「どうかした?」

 

 里香君に声をかけられてハッと意識が戻った。どうやら、昨日から生活している里香君の家に戻っていたようだ。

 あの後、どうやってここまで戻ってきたかは分からない。すっかり記憶が飛んでいた。

 

「今日は学校サボってあの人と一緒に買い物してきたんでしょ? なんか言われたの?」

「相談して貰っただけっすよ……」

 

 ネルコさんにも色々言われたが、そちらは今意識に残っていない。それよりも、脳裏に焼き付いて離れないものがある。

 

 焼けただれた皮膚。炭化した肉体。むき出しの肉を覗かせる少女。生きているのが不思議な姿だった。

 まだ、どこか信じられなくて、映画を見ていたようにぼんやりとした気分から戻れない。

 

「そうそう、今日もまた一人死んだよ」

「…………」

 

 なんてことないように、昨晩見た番組の話でもするかのように、里香君が伝えてきた。

 彼女は、死についての感性が希薄に思える。

 

「今日は首吊り自殺。女子トイレで発見した。一応ヒイナにも伝えておいた」

 

 クオリアが言っていた言葉を思い出す。彼女は、これをゲームだと言っていた。彼女の目的を果たす一つの機会だと。

 あの言葉が正しいのなら、あと五回、人が死ぬだろう。

 

「見えない何かがいるんだし、休めばいいと思うんだけどね。今日も夜に潜入するって言ってたよ」

 

 逆に言えば、今日はもう死んでるので、新田君は酷い目には遭わない可能性が高いということだ。

 それに──

 

 ちらりと、窓の外をうかがう。街灯が照らすアスファルトの上。先程からチラチラと視界の端に映る奴がいた。

 

 首の無い人型が立っている。二メートルは優に超える得体の知れない何かが、じっとこちらを向いていた。

 動く様子はない。そして、その何かは、良く意識して見つめないと、はっきりとは見えなかった。しかし、決して見えなくなることは無い。

 なんというか、一つ一つの眼で別の景色を見ているような感覚だ。現実世界に混ざるように、もう一つの映像が紛れ込む。

 

 これが、クオリアの目なのだろう。

 見えない存在を見つけることが出来る。従魔の瞳。それは、単純に見えないものだけを発見する能力ではない。

 里香君から見える不可思議な線。途中で途切れて居るのだが、彼女からは常にどこかと線が繋がっているように見えるのだ。

 俺の体には無い。これが、勇者の能力ということだろうか。

 

「どうしたもんだか……私はとりあえず寝るけど、イツキは好きにしなさいよ。ヒイナと一緒にこの世界を調べるのか、どうするのかは知らないけどさ。私は今日でもういいかなって思っちゃったわ」

 

 昨日までは色々行動していた里香君が、諦めたような表情を浮かべていた。

 

「生きていない奴なんか、助ける意味ないし」

 

 それは、どういうことなのだろうか。

 

「ヒイナもよく調べようとするよね。こんな不気味な街で何がしたいんだか……」

 

 それじゃあ。と気になることだけを呟いて、里香君は寝てしまった。

 本当に、何が起こっているんだ?

 

 誰も彼もが情報を持っていて、何かを隠している。こんな状況で、俺はどうすればいいのだろうか。

 

 悩んだところで、答えは出なかった。

 

 

 

「あれ、樹ちゃん……?」

「おーっす」

 

 結局、俺は俺の思う行動をすることにした。

 自分で正解を探すのでは無く、誰かの補助を、手助けをする。里香さんを説得して、共にこの世界を模索するのでもなく、スリープさんに悩まされながら進む道を捨てて。

 最初からずっといる友達と、この世界を一緒に並んで攻略しようと思った。

 

「どうかした? なにかあったかな?」

「んー、なんっていうんですかね。これが一番しっくりくる答えなんですよ。俺にとっては」

 

 首を傾げる新田さんの隣に立って、少しだけ見上げて、にっこり微笑む。今の俺はヒロインだからな。こっちの仕草の方がいいだろう。

 

「一緒にこの世界について、挑んでみませんか?」

「……手伝ってくれるの? 嬉しい」

 

 俺の言葉を聞いて、新田さんも微かに微笑んでくれた。

 

 うん、俺にはこれくらいがちょうどいいと思う。

 

「あ、早速で悪いんだけど、職員室に行くよ。今日は日中に三階の確認は済ませたからね。生徒会室は見てないけど」

「了解っす」

 

 新田さんと一緒に、学園一階にある職員室へ向かった。鍵は特にかかっておらず、人の気配もしない。不用心極まりないものだ。

 

「まあ……予想は出来てたかな」

 

 新田さんは特に不審にも思わなかった。彼女が持っている情報は俺よりも多い。その中には、この光景に理由を付けられるものも含まれているのだろう。

 

「……樹ちゃんはさ、この世界が作り物だーとか、考えたことある?」

「小さい頃に、何回か考えたことあるっすよ」

 

 山の向こう側には何も無いとか、そういった空想や妄想はしていた。いつの間にか、そんなことを考えることもなくなって、この世界がどうのこうのと考えることすら無くなっていたけど。

 

「作り物の世界ってさ、どういうことをもって作り物だって定義しているんだと思う?」

「そりゃあ……誰かに作られたら? 不自然だとか、そういう歪さがあるんじゃないっすかね」

「じゃあ、この世界は?」

 

 新田さんは、ドアノブに指先をかけたまま振り向いた。

 

「この世界だけじゃない。私達のいた地球、日本にだって、作られた世界はあった」

「フルダイブVRっすね……」

「そう。もうひとつの世界とまで言われていた。作られた世界。知ってる? フルダイブVRで使われている、限りなく人に近いAIである『プログラムイブ』それだけしか、私達の世界で使われている人格プログラムは無いんだよ」

 

 有名な話である。ゲームのNPC一人一人にさえも、莫大なデータを所有するAIを個別に使用していたら、どんな優秀なスパコンを積んでも、スペックが足りないだろう。

 だから、フルダイブVRでは、ゲームはおろか、全ての生活補助AIには、ひとつの、一人のプログラムしか使われていない。後は個体ごとに記憶セルを作って、情報を蓄えさせる。そうすれば、擬似的な個を持った人のプログラムというものが誕生できる。

 

「それくらい、俺だって知ってますよ」

「目の前にいる人間は、もしかしたらプログラムかもしれない。個人だと思っている存在は、もしかしたら大きな母体を持つ、単なる端末のひとつでしかないかもしれない。だけど、それは目には見えない。気付くことは出来ない。世界にはっきりとした個を持つのは自分だけかもしれない。そんな世界は作りものだと思う?」

「そりゃあ、その母体が作った変な世界でしかないと思うっすよ。偽物ってやつじゃないっすか」

 

 至極当然のことだと言うと、新田さんはくすりと笑った。

 

「私達が本物である証明、それは科学が進む度に難しくなっていったんだ。ARが現実を侵食した時、私達を私達たらしめる外見というものの意味が失われた。VRが発展した時、AIが誕生した時、私達が持ちうる記憶や個性というものは、それ自体が個人を示すものではなくなった」

 

 人間のコピーは可能だからね。まだ不完全だけど。と新田さんが続ける。

 彼女の言葉は事実で、3Dプリンターの応用機械による人体創造自体は可能になっている。VRが脳と意識を電気に繋いでいる時点で、記憶は複写が可能になった。

 そうして生まれたクローン人間というのが、俺達のいる世界では、幾つか数を増やしながら存在している。

 

「心がどうとか、意識がどうとか、主観がどうとか。色々言ってはいるけど、人間のコピーはほぼ完成しつつあるんだよね。ただ、そこには私達にあると言われているものが無いとされているだけで」

「……それが、どうしたんですか」

「この世界の秘密、学園の意味。それがこの先にあるかもしれないってこと」

 

 引き返すならここだよ。と新田さんが呟いた。

 その言葉を半ば無視して、俺は新田さんが指先を引っ掛けるだけのドアを開けた。

 

「……なんだよ、ここ」

 

 思わず、言葉が出てこなくなる。

 職員室の隣、謎の空間があると新田さんが言っていた場所は、小さな研究所のようだった。

 見た事のないプリンターらしき機械。飛び散った肉片。赤くも、白くも見える血の通わない皮膚。そういった物質が辺りには飛び散っている。

 

「予備施設、かな?」

「なんの予備だって言うんすか」

「うーん……通じていない時点でそれは説明出来ないよ……」

 

 これが説明禁止項目に抵触する施設らしい。

 近くには本棚があり、分厚いハードカバーの辞書や百科事典みたいな本がある。見てるだけでワクワク出来る本だ。

 タイトルを眺めて見ると、生命や心といった部分に共通したような書籍が多い。

 

「やっぱり、目的は判明したかな」

「? クオリアの目的なら、人間を作ることっすよ」

「…………」

 

 俺が本人から聞いた情報を教えると、新田さんはジトーっとした目を向けてきた。

 

「樹ちゃんって、偶に過程をすっ飛ばして答えを手に入れていることあるよね」

 

 巻き込まれ体質だとでも言いたいのか。

 

「まあ、そこまでわかっているなら言っちゃおうか。ここは、人間を作るための施設だと思う。多分……だけど」

「機械で作るんすか?」

「ネットで人体錬成ってネタよく見かけるでしょ? 水が何割、炭素が何割とかってさ。それと同じだよ。人工で肉体を作り出す為の施設。人間に含まれる成分自体は既に解析済みなんだよ。多分だけど、数十年前から、人間の肉体を複製すること自体は可能になっているんじゃないかな」

 

 そもそも従魔が機械を用いて生命体を生み出しているという事実に驚きである。もっと魔法的な不思議パワーで生み出すのかと思っていた。

 

「人間を作るため施設があるとして、何がしたいんすかね?」

「うーん……侵略? 人間を知ることのメリットかぁ……」

 

 それは違うだろう。クオリアの言葉が全てなら、彼女は人間を作ることだけが目的になっているはずだ。

 なら、現段階で彼女の目的は達成していると思うのだが。

 

「……何か完成していない部分があるんすかね?」

「これ以上は、確定した情報は出てこないかな。戻ろっか」

 

 新田さんが幾つか書類を集めて、それをコピーしてから職員室まで戻った。

 

「そういえば聞きたいんすけど」

「なに?」

「新田さんは、クオリアの情報を手に入れて、目的を知って、何をするつもりなんすか?」

 

 一週間程度待っていれば、この世界から戻れるとクオリアは言っていた。それが嘘か本当かは不明だが、真実であるとするなら、じっと待っている方がいいと思うのだが。

 

「うーん……この施設っていうか世界は、かなり非人道的実験が行われていると思うんだよ。だから、それを止めたいかなって」

「そうなんすか?」

「めちゃくちゃ人が死んでいるのは見たでしょ? ああやって誕生した生命を好き勝手に壊すのはいけないことじゃない」

「だから、クオリアの目的を阻止するんすか?」

「そのつもり。……樹ちゃん。この世界はかなりの年月をかけて作られて、稼働しているんだよ。そしてまれに、私達みたいな人が偶に紛れ込んでいる。その度に彼女は実験を進めているんだ。人を殺して、作り替えて、生み出そうとして。この世界で生きている人達のためにもさ、阻止すべきだと思うんだよ」

 

 そう言って、新田さんは杖を取り出した。

 

「『全ては奪われる者を救うため』私は、クオリアさんを敵に回すよ」

 

 先程新田さんがコピーした紙束を渡される。そして、彼女がまとめたノートも一緒に手渡された。

 

「これを読んでみてください。その後で、結論を出すのも遅くはないから……」

 

 返事を返すことは出来なかった。

 

 クオリアは、俺の目から見て悪だとは思えなかった。確かに怪物であり、理解の及ばない存在だとは思うのだが、決して悪い存在だとは決め付けられなかった。

 それは、俺が彼女と会話したからだろうか。突き放され、脅されてもなお、踏み込んで理解を深めようとしたからか。

 はたまた、彼女への恐怖からか。

 

「……クオリアか、新田さんか」

 

 俺は、どちらを選ぶのだろうか。

 怪物と共に歩もうとする道があるのか。それとも、数少ない友人との道を選ぶのか。

 

 今更、引き返して何も無かったことには、出来そうもなかった。




補足説明 今回のイベントで、樹少女は新田柊菜ルートを選びました。他には、クオリアルート、ネルコルート、里香ルートがあります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。