次回更新はちょっと未定です。なるべく一週間後に間に合わせるつもりです。
「不気味の谷現象って、知ってる?」
授業終了後、普通に校庭で待っていた新田さんの
「機械を人間に近付けていくと、ある段階に至った瞬間にその機械への好意的な感情が一気に落ちるっていう経験則から出された現象なんだ」
具体的な名称は聞いたことがないが、類似した例は過去に見てきたことがあるので、すんなり胸に落ちた。
「フルダイブVRゲームでも、RPG関係作品が登場した初期は、不気味だって言われてたらしいっすね。聞いたことがあるっすよ」
「そう。ゲームって、NPCの行動を人間っぽくさせるために、さり気ない仕草とかを入れていたんだけど、それがフルダイブVRになった途端に不気味に見えるようになったんだってね」
生憎、俺たちの世代のゲームでは無いので、それを味わった経験は無い。
ネルコさんの年齢が幾つなのか知らないけど、大体あの人くらいの世代が直撃している年代だろう。
「この世界を見て、樹ちゃんは気持ちが悪いとか、そういうことは感じなかった? 私はね、この世界の歪さに気付いた時、どうしようも無い感情が膨れ上がったよ。人を模した醜悪な人形と、それを囲った箱庭。ねえ、樹ちゃん」
しっかりと、新田さん、新田君の目は俺を捉えている。
「私は、この世界を壊すよ」
ああ、これが召喚士というものか。ようやく俺はクオリアの言っていた事を正しく理解したのだ。この打ちひしがれるような衝撃と共に与えてくる強烈な誘引のカリスマ性。ふらふらと生きている自分を、この人に着いていけば間違い無いと思わせる意志の強さ。
現実が見えてない訳では無い。感情で動いているだけでもない。彼女はしっかりとした自我を保ちながら、世界を壊そうとしている。
「エーちゃんを殺した報いも受けさせなきゃ」
「ロストしたってことっすか……?」
「それは……わかんない。今の私には、何も感じられないんだ……」
悲痛な表情の柊菜。まるで迷子にでもなったような姿だった。
「新田さんが、この世界を壊すっていう選択をするのなら」
だからだろうか。彼女を励ますつもりで出た言葉は。
「僕も、その目的の為に、一緒に戦うよ」
自分の性格には到底似合わない。服従を示すものであった。
あの後、少しだけ元気になった新田さんと別れて、俺は街全体の散策をしてみることにした。
表情一つ変えずにどこかへ向かう人の群れは、どこか無機質な、虫のようなものを思わせる。
人という生き物は、虫に近いと、何かの本で言っていたのを、少しだけ思い出した。
「こうして見れば、人間っていうのはかなり不気味な生き物ですよね。よく見てみれば、確かに違和感を覚えるのですが、でも一目見て気付けるほど変ではない。つまりは、人間そのものに、ぷろぐらむされたような習性らしきものがあるってことです」
雑踏の中に紛れるように、痩躯の男子学生がいた。街の建物の壁に背中を預けて、ポケットに手を入れている。
俺を待っていたらしい。
「まあ、むしろ逆なんですけどね。生物は基本的に本能だけで動く存在です。知ってますか? 虫や爬虫類には記憶する脳が無いらしいです。あのくそどらごんはそんな事ないのですが、従魔では無い普通の動物だと、記憶能力がないとか。彼らは、起きた事に対してその場で判断して動いているらしいですよ」
「君は、ネルコさんの従魔っすね?」
「はい。ノーソとお呼びください」
陰湿な笑みを浮かべて軽く頭を下げてきた。
それから、ノーソ君は、街を軽く見渡した。
「これは僕の主様が言っていたことですが、人間とは動物、生命の中では狂った部類なのだと言っておりました」
主、つまりはネルコさんが言っていたこと。理性を持つ人間が、狂った存在なのだと。
「どういう意味っすか」
「これまでの生命から見た場合の話です。人間は知性、理性を手に入れた結果、動物本来の行動目的である種の保存を自ら制御するようになってしまったと。本来の目的から外れたバグのような存在なのだとも、考えられるというのです」
「はぁ……。だとしたら、案外人間が従魔になれない理由っていうのはそういうことかもしれないっすね」
「そこら辺の思考もしていましたが、主様が言いたかったのは別のことでした」
ノーソ君は、ネルコさんが言っていた言葉を再現するように、声真似をした。
「『もし、ハイジャックをするようなやつが現れた場合、全員で敵に挑めば、大抵の場合止めることが出来るだろう。テロリズムの真骨頂は、人間が自己保全を優先した結果生まれた文化のひとつに過ぎない』と」
なんかすごいネルコさんっぽい言葉だった。彼女の暴力主義の思想は、こういう事を考えるのが大好きそうなのだ。
なんというのだろう。力のあり方や使い方について考えるのが凄い大好きなんだと思う。合理的というか、なんというか。
いや、獣的な思考と言えばいいのだろう。ネルコさんは、そういう意味でいえば、人間の中でも、獣とか他の生物に近い思考回路があるような気がする。
「……それで、何を伝えたいんすか」
「主様は今忙しそうなので、少しだけちょっかいかけに来ただけです」
「えっ」
「ぶっちゃけ、混沌の種族たるノーソからすれば、何かをなそうとしているお二人の方に少しだけ手を貸した方が面白そうだなぁと」
今は主様の従魔でも無いですし。とノーソ君は続けた。
「いいもの見せてあげますよ」
そう言って、先へ進んでいく。少しだけ考えて、情報のために俺は彼の後を追いかけた。
辿り着いた先は、街からかなり離れた山間部だった。こんな所にも何故か古い建物が置いてある。中は、もぬけの殻だった。
「この世界って面白いですよねー。蚕って知ってます? 僕の先輩であるシルクさんの事なんですけど、彼ってば人間の手がなくちゃ死んじゃう生き物なんですよ」
獣道を行くノーソ君が愉快そうに喋る。時折咳き込んだりする辺り、病弱なのだろうけど、その肉体自体は健全らしく、息切れをする様子はない。多分、癖になっているのだ。呼吸か、咳き込むのが。
「この世界も似たようなものなんですよね。管理者たる従魔の手が無くては生きていけない世界。管理者のために作られ、作り替えられる傲慢な所業。正しく人間そっくりです」
そう指摘されて、若干胸に刺さるものがあった。何かは分からないが、呼吸が苦しくなる。
「規模もやってる事も大違いじゃないっすか?」
「あははっ。本当に凄いですね。人間様って感じです。気をつけた方がいいですよ。従魔は会話が出来る怪物です。理解するには遠く及ばない部分もありますが、人間なら理解出来てしまう部分だって多々あります」
草を掻き分けて山の中に入っていく。空がオレンジ色に染まり、カラスが鳴いて飛び回る。
「寝物語じゃないんですから、どっちが完全な正義とかはありませんよ。自分のこと棚に上げて正義を押し付け合うことになります。従魔と戦うっていうのは、勇者が魔王を倒すのとは訳が違います」
鉄線で囲われた立ち入り禁止の札がある洞窟の前に辿り着いた。ここです。とノーソが告げる。周囲は暗くなっており、ここから引き返すのも容易ではなさそうだった。
洞窟を進む。最初は自然の土で出来た道だったのだが、奥へ進むとリノリウムで出来た通路へと変わっていく。
研究施設、だろうか? 洞窟の内部は施設であり、研究所か何かのようなものだと思われる。謎の機械が立ち並び、今なお稼働を続けている。
「ここが研究所兼生産施設ですよー」
案内終了です。とノーソ君が立ち止まって言う。目的地はここのようだ。
しかし、何が面白いものなのか、全く分からない。研究所ということは、クオリアのレポートに書いてあった事を研究、ないし生産する施設だろうことが伺える。
「要は確定的な証拠現場ってことっすか?」
「いえいえ、それ以外にも面白いものがありますよ。水槽の中を見てくださいな」
そう言って、奥の扉を指さした。この施設はIDカードなども無しに自由に部屋を出入り出来るようだ。それもそうだ。そもそも侵入するような人間がいないのだから。
扉を開けて入ると、薄暗い部屋が出迎えた。部屋の照明は落とされていて、機械の明かりだけが照らしていた。
部屋の中央には水槽がある。所謂研究施設にある円筒状の水槽だ。人とか化け物を作り出す為のあれである。
そして、そこに居たのは、一人の男性であった。
「これ……スリープさんっすよね?」
全裸のスリープさんが水槽に入れられていた。意識も無く、ただ眠るように閉じ込められている。
なぜ、この人がここにいるのだろうか。
「悪趣味ですよねー。かつて愛した人を作ろうとしたんですよ、これ。中身なんて無いし、違うというのに」
クオリアが匂わせていた目的の一つがネルコさんだというのは、わかっていた。ただ、その為だけに、同じ人間すら作ろうとしていたのか。
「まあ、あんな女の執着心は置いといて、ここは人もどきの製造所ですよ。どうします?」
にっこりと笑って、ノーソ君が問いかけてきた。彼が求めるところはただ一つだろう。この施設の破壊だ。
俺は新田さんに賛同して、この世界を破壊するという目的を定めた。なら、正解はこの施設の破壊だろう。
だけど、動けなかった。
彼女の目的を知り、行動を知った。レポートの内容だって、こうして本物まで発見している。
だけど、動きたくは無かった。
「帰るっす」
「……は?」
「いや、この施設の破壊方法とかわからんし、無理っすよこんなん」
「…………はぁ。つまんないですね。目論見が外れました。あなた随分甘い人のようで」
ノーソ君は呆れてため息をついた。恨めしそうにこちらを睨んでいる。
「その甘さに、ほとんどの従魔は着いてきません」
「そうっすか。まあ、僕に才能が無いことくらい分かってるっすよ」
「選択を間違えているって思わないんですか?」
「でも、これが僕にとっての正解なんですよ」
「いつか絶対苦労しますよ」
「しょうがないっすね。自分で選んだ道です」
そこまで言うと、ノーソさんは話す言葉も無いといわんばかりに踵を返してさっさと歩き始めた。
「まあ、あなたそれでも召喚士には向いてますよ」
最後に呟かれた言葉は、少しだけ嬉しかった。
「召喚士っていうのは、主様曰くテロリストに向いている人間だと言うことです。まあ、善でも悪でも何かを成し遂げる強い主義があるっていうのが従魔を引き寄せる能力ですからね。まあ、あなたの事を表現するのなら……」
一拍、呪いを込めるように吐き出す。
「勇者って感じじゃないですかね? 寝物語のような」
それきり、一切会話を交わすこと無く俺達は街まで移動し、そこで別れた。
翌日、里香君が無惨な死体となって発見された。今日の犠牲者なのだろう。何者かに胸をナイフで刺されて死んでいた。
そして、今日で決着をつけると、新田君が俺に告げてきたのだった。