また、今回で四章は終了です。色々消化不良なところも多々ありますが、完全に力不足した。三章で出来なかったサスペンスに挑戦したのが不味かったです。本来はもっと樹ちゃんが雌落ちするはずでした。
次回は閑話を載せます。珍しく本編の補足っぽい話です。
次回更新は未定です。7月の第一週までに投稿します。
研究所に向かい、ちょっとした会話があった翌日。俺は新田さんと一緒に登校していた。
重苦しい沈黙の中で、ぽつりと新田さんが呟く。
「…………里香君が死んでいた」
俺が里香君の家に帰った時の事だ。遅くに帰ったから、寝ていたのかと思うような部屋に、里香君の死体が置かれていた。
胸に深くナイフを突き刺して事切れた男性の死体。血溜まりに沈んだその体は、まだ彼が死んでから僅かにしか時間が経っていないという事を示していた。
新田さんに連絡を取り、二人でそれを確認した。彼の行動は残念ながらその日一度も会うことは無かったので、誰が犯人なのかは判明していない。
怪しい、というか詳しい事情を知っていそうなのはネルコさんだが、あいにくと彼女には新田さんが連絡を送ってから今まで一度も返事が帰ってきていない。
「日付的に死んでいたのは今日、もしくは昨日。どっちでも言えるよね。私達の周囲にいる人が狙われている」
新田さんの言葉に頷く。確かにエーちゃんや里香君が死んでいる時点で、こちらに狙いを定めいるのは確定だろう。
今日、もしくは明日死ぬのは、自分かもしれないし、新田さんかもしれなかった。
「これ以上の被害を抑えるためにも、急いでクオリアに会いに行くべきだと思う。今日で、終わりにするんだ」
新田さんの決意を聞いて、俺も覚悟を決めた。今日で、こんな悪趣味なイベントは終わらせてやる。そう思いながら、生徒会室へと足を運んだのだ。
「よく来ましたね」
生徒会室に入ると、にっこりと来訪者を歓迎するようにクオリアは微笑んだ。そんな彼女の雰囲気とは違い、周囲は緊張によってピリピリとした静電気のような気配を纏っている。
「答えは見つかりましたか? あなた達は、私に何を示すのでしょうか?」
「抵抗と解放を!」
声を張り上げて新田さんが言葉を返す。凛とした立ち振る舞いの新田さんを初めて見た。
大抵はおどおどしたような感じか、無鉄砲に突っ込んでいく姿しか見ていない。こういう風に動けるのだな。と、意外な一面を見た気がする。
それとも、男の姿だからこんな感じなのだろうか。
「威勢が良いのは好きですよ。それで、抵抗と解放、ですか」
「……私はこの世界を見て感じました。作り物の張りぼてな世界。生命を生み出そうとする禁忌の研究。生まれた存在を使った人形遊びのような舞台劇。その全てが嫌いです」
「ふふっ……嫌いですか。それで私に立ち向かうのですね」
そう言って、クオリアは俺をちらりと見た。その目には若干の失望が浮かんでいる。
「男の子は召喚士として立派な才能があるようですね。死地に人を連れて来れるだけの意思の強さがある」
ああ、確かに俺は新田さんの強さに惹かれてここまで来た。そこに自分の意思はあったとしても、自分一人の道を選ぶ事も無く、彼女へ何か提案することも無く、唯唯諾諾とここまで来ていた。
「……まあ、これも一つの物語です。望む結果は得られなくても、学習の経験値としては使えます」
そうして、クオリアは新田さんと向き合う。そこに俺の居場所は無かった。舞台端に追いやられて、探偵役と呼ばれたはずの俺は、ただの観客か、逃げ惑うだけのモブ同然に成り果てていた。
「さて、魔王と対面した勇者さんに、言葉を返してあげましょう。それの何が問題なのですか? と」
ぶわりと肌が粟立ち、感覚を無理やり想起させられた。これが、クオリアの言う、他者のクオリアを操るという能力なのだろうか。
「長い歴史の中で、あなた達人間もまた、同じような事をしてきたでしょう? 自己の利便性を追求した、自然を破壊する作り物の世界。生命を生み出すどころか、知識の追求としてあらゆる禁忌を犯し尽くすような研究。プログラムという形であなた達もまた、人形遊びをしているではないですか」
ノーソ君の言葉が思い返される。狂った獣。自然の理を外れた人間達の罪。
彼女は人間から誕生したともされている従魔だった。
「罪と向き合いなさい。私以上の星の破壊者達よ。ここは私の産んだ世界。ならば、所有者がどうしようとも勝手であるはずです。あなた達の世界ではありません。せめて、自己の勝利の果てに手に入れた星をどうにかしてから私へと立ち向かいなさい。そうでなければ道理が通らないでしょう?」
「例え人間が同じことをしていたとしても! 今目の前で起こされている事から目を背ける理由にはならない!」
新田さんが拳を作る。彼女の主張がクオリアを前にして炸裂した。
「『全ては奪われる者を救うため』! 私は今ここから、世界を作り替えるんだ!」
クオリアが僅かに驚きで目を大きく開いた。しかし、次の瞬間には不敵な笑みへと変貌していた。
「……その心を忘れないように。多少歪んではおりますが、それでも人の主張です。ええ、どこぞの従魔モドキが歪な形で無理やりに固めたようですが、私はそれもまた受け入れます」
……やはり、何か違和感のようなものがある。シャツのボタンを掛け違えたような、どこかで致命的な間違いをしているような気がする。
「あなた達の今の肉体は、私には遠く及ばないものの、従魔と呼ぶに相応しい程度の強度があります」
扉を開けて、女学生のゾンビモドキが入ってくる。クオリアはそれを近くに寄せると、抱きしめた。
俺が持つクオリアの瞳から見える視界からは、彼女が徐々に女学生の中へと潜り込んでいく様子がうかがえる。
「古今東西、意思がぶつかりあった場合にやる事など、決まっていますよね!」
女学生に完全に一体化したクオリアが、拳を作り飛びかかってくる。
「さあ、イズムパラフィリアの始まりです! 互いの主義をぶつけましょう、戦争を起こしましょう! 愛おしい人間達よ!」
そのまま戦いが始まるかと思われた。しかし、駄目だよ。という男性のような、女性のようなどっちとも取れないような声が微かに聞こえた。
次の瞬間、新田さんはせり上がった地面によって押し潰された。一瞬の事だった。クオリアも巻き込まれて、女学生の身体は黄土色の槍によって串刺しにされていた。何が起きたかなど、俺の目で事が終わった時にしか確認出来なかったのだから、新田さんにとってはまるで分からなかっただろう。
「ふふ……。そうですか。やはり貴方は傲慢でいて強烈な意思の光がある……」
クオリアも血が流れすぎたのだろう。女学生の肉体にある瞳は完全に濁り、死んでるであろう状態ながら、短い時間だが喋っていた。
「愛しております……我が、マス……たぁ」
それだけ必死に言葉を紡ぐと、彼女の気配が消えた。
「いやぁ、困るんだよね。初手からクオリアの存在に気付いてしまうとかさ。ゲームだったら発見するのが困難だったのに、あっさりとバレちゃうしさ。まあ、流石に突然の出来事だからアタシが気付くような制限をかけたのも悪いんだけどさ」
明るい声が凄惨な光景の現場に投げかけられた。ここまで感じていた違和感の正体を掴みつつある、と脳内の片隅に浮かべながら、俺は声の主へと対面した。
「ネルコさん」
「やあ、樹少女。元気にしているかい?」
こんな状況を目にしながら、ネルコさんは、街でばったり遭遇した友人に挨拶するように、手を挙げた。
最初の死者は、クオリアの手によって殺されたというよりは、自殺であった。飛び降りによる死亡。それは間接的には彼女が原因なのだろうが、今回の出来事とは全くの無関係だったはずだ。
二人目の死者はエーちゃん。新田さんの従魔であり、首吊り自殺の死者である。時系列的に考えれば彼女がゲームの最初の被害者だ。しかし、何故死に方が首吊りなのだろうか。という疑問がある。これはクオリアの手とは無関係の死亡ではないか、代わりに死んだのでは無いかという疑問が残っている。
三人目の死者は里香君だった。その日の行動では、彼女、いや彼は買い物に出かけたという情報だけシー君から聞いていた。帰りが遅くなった俺に見せるかのように起きた事件。もう少し早く帰っていれば、彼女は死ななかった気がする。そして、先に寝たのではないかと思うようほど、部屋は荒れていなかった。
四人目の死者は、新田さんだ。目の前で死んだ。クオリアも同じようにやられている。
「ネルコさんっすよね? 殺したの」
「ん? そうだよ」
あっさりと認めた。彼女の隣には、大地を操れるドラゴンのウィード君がいる。
「そして、里香君を殺したのも、ネルコさんじゃないっすか? 俺とノーソ君を接触させて、殺すまでの時間を稼いだ。部屋が荒れていなかったのは、知り合いだったからだ」
「微妙に不正解だね」
俺の推理にネルコさんは苦笑する。状況証拠ばっかじゃん。とも言っている。
「まあ、樹少女にノーソを当てて時間稼いだのは事実だし、里香を殺したのも原因を言えばアタシだよ」
「なんで……なんでそんなことしたんすか!」
ネルコさんがそんなことをする人だとは思わなかった。流石に俺達を殺すなんてありえないと思っていた。
なのに、どうしてこんなことをしたのか。
「え? だって、こうすれば早くこの世界から出られるんだよ?」
帰ってきた言葉は、最初まるで理解出来ない異国の言語のようだった。
「はぁ?」
「いやさ、皆早く帰りたがっていたしアタシもこのイベントの条件はさっさとクリアしたかったしね。意見が一致したから、手っ取り早く解決させて貰ったよ」
それは、意識の違いだった。感覚とでも言うのだろうか、初めて俺はネルコさんが怖いと感じた。
この人は、暴力を主体とした最短の解決方法を好んでいる。そんなこと、分かりきっていたのに。
それが、自分達に向くとまでは思わなかった。
「良いか? 基本的に従魔主体のイベントはロスト無効だったり関係無かったり、はたまたプレイヤーが死んでもいいような条件に吹っ飛ばされるんだ。まあ、そうでもしなきゃリミテッド従魔に会うのも難しいからね。なんにせよ、ゲームのメインストーリーとは関係無い部分では、結構自由でなんでもありって感じになるんだよ。流石に死んでも本当に大丈夫かどうかは確かめたけどね」
俺達はこの世界がゲームであることを知らない。正しくは、理解していない。現実世界と同様で、ネルコさんが言っている事を鵜呑みにしているだけだ。
ゲームの世界と同じだとは、確信していなかった。だからこその、認識や意識のズレだろうか。
「今回のイベントである。TS学園p-zは、好感度を稼げるイベントであると同時に、クオリアっていうリミテッド従魔の召喚条件を満たすためのイベントでもあるんだ。条件は『この世界の真実に触れる』『クオリアの目的を知る』『彼女へイズムを見せる』の三つだ」
指を三本立てたネルコさんが、めちゃくちゃになった生徒会室を歩く。コツコツと音が響く。それ以外の音は一切が消えてしまったように、何も聞こえない。
「分岐条件は、従魔の好感度を稼ぎ切らない。そして、背景画面にモブがいるタイミングで、特定箇所をタップする必要があるんだよ。そうすると、プレイヤーがこの世界の人間のおかしさに気付くようになる」
串刺しになった女学生を見つめる。
「現実になると、こんなにも簡単に気付く事が出来るとはね。ゲームだと一年くらい発見されなかったんだけどね」
「説明はいいんすよ……なんで新田さんも殺したんすか」
「そりゃあ、先を越されそうだったし、なにより──」
「いつまでゲーム感覚でいるつもりなんだよっ!」
これは現実だろうが。なんで人を殺してそんな何も無いかのような顔をしているんだよ。
激昂した俺を見て、ネルコさんがため息をつく。その余裕ぶった表情が気に入らなかった。俺の嫌いな斜に構えた人間のようで、嫌気がさす。
「元はゲームだしっていうのもあるけどさぁ。アタシだって色々考えているんだけどな」
「認められないっすよそんなの! 人を殺していい理由にはならないでしょう!」
「あー……うーん。樹少女さ。人間は同族を殺せない訳じゃないんだぜ」
ネルコさんはいつだってそうだった。ブレない考えで行動していた。それをまざまざと俺に見せつけてくる。
「ただ周囲の環境やら教えとかで禁止されているだけであって、決して不可能じゃないんだよ。俺達人間が本当にやってはいけないことって言うのは、むしろ出来ないようにされているんだ。例えば、アタシ達は同族の人間を食べる事は出来ないんだよ。食うと病気になる。そういう風に作られているんだ」
どこまで行っても、ネルコさんの考えとは相容れないだろう。していい事と悪いこと、それがもっと原理的な禁則事項だけで固められている訳が無い。
もっと人間らしく知性的な事が出来るじゃないか。ネルコさんの主張は獣に近すぎる。
「文化的に生きてるだろ! 俺達は獣じゃないんだ。人間なんだよ!」
「そりゃそうだ。知性ある生き物っていうのは文化的だよな。その通り、ゴリラやイルカ、猿っていう知的動物こそが、無意味に同族を殺すんだよ。知性は凶暴性に繋がりやすいんだよ」
「だからこそ、そういうのを抑えるために理性があるんだろ!」
「生存っていうのは凶暴性と一緒なんだよ。より生きるために、そうして力を手に入れる事こそが正しい形だぜ」
「っ! そういうことを無くすために、俺達は理性を持って行動するべきなんだよ。人間だからこそ、もっと理性的に、理知的に行動すべきなんですよ。道徳を持つべきなんす……」
「そうして生まれた先が、発展の無い平等な世界か、同族以外を殺し続けるような世界なのかな」
ネルコさんが笑う。彼女に寄り添うウィード君が、もっともらしく頷く。
「樹少女。その考えは悪いことじゃない。他者を助けようとする考えだ。尊ぶべき思考だろうね」
「ならっ……!」
「だけど、それだけじゃあ駄目だぜ。自分自身の主義主張を通したけりゃあ、力が無くちゃいけないんだよ」
結局は力に行き着くしかないのか。もっと何か別の方法があるのではないか。
答えは見つからない。
「なにより、問題はそこじゃないだろ? 殺しが悪いことかどうかを問うのではなく、どうして殺したか、他の手段は無いかを聞くべきだったんじゃないのか?」
樹少女がやりたいことを通したいならさ。とネルコさんが笑った。
他の道を探すこと。もっと視野を広く持つこと。それが今やるべき事だろうか。
今となっては手遅れでしかない。俺は間違えたのだ。
「大丈夫だよ、樹少女。この世界では、時間経過でも帰れるけれど、待っていたら柊菜が先を越そうとしたから邪魔しただけだ」
「そういうことじゃ、無いっすよ……」
「安全も確認して殺し戻したんだからいいと思うけどなぁ。向こうがどうなってるかすら分からないんだから、初回は流すべきだと思うし」
この人に俺の言葉は届かないだろう。しょうがない。しょうがないのだ。
怒りも、新田さん達は生きており、先に元の世界に戻っていると聞ければ、萎んでいく。元々八方美人な俺は、強い感情を持ち続けるのは苦手だった。
「なにより、育成がキツいイズムパラフィリアのイベントなんか潰させないからな。曜日クエストすらまだ解放出来てないのに、そんなことさせるかっての」
本当に注意すべきは、ゲーム脳の狂人だったというわけだ。
「この世界をもっと楽しむべきなんだよ。狂っているとかじゃなくて、ゲームが現実になった世界なんだからさ、遊ぼうぜ」
それこそが、ネルコさんの主張だった。
そして、俺はウィード君の能力によって、痛みを感じることも、自分が死んだという感覚も得ることなく、この世界から脱出した。
……先程のネルコさんの言い分なら、エーちゃんが死んだ理由は別のところにあるだろうということに気付かないまま。
ちなみに、ソシャゲのイベントって復刻するんですよね。