「ふふ」
笑い声が響く。
「ふふふっ」
喧騒から離れ静寂に包まれた廊下に、堪えきれなかったとばかりに、その音は漏れて聞こえた。
「うふふふふ! あーっはっはっは!!! いやぁ今日は最高の一日ですねあるじ様! 大手を振って外を歩けて、あるじ様とも触れ合える! ほら、こーんなことも出来ちゃいますよ!」
そう言ってグイと俺の腕を取り胸にかき抱くノーソ。
部屋でノーソのスキル構成を変えてからずっとこんな調子である。呪いと病魔を撒き散らす彼女に、解呪スキルと回復スキルを覚えさせただけなのだが、何が楽しいのか調子に乗りまくっている。
まあ、ノーソの境遇は話に聞いていたので分からなくもないが、別に問題が解決された訳でもないのにテンションが高いと、どうにも首を傾げたくなる。
こいつの体質自体は何も変わってないんだが?
これまで通りノーソは病魔に冒された身体のままであり、それはどんなスキルを使った所で治らない。好感度イベントが起きればまた苦しみに魘されるのにも関わらず、ただ人の往来を歩けるだけでもこんなに嬉しいと思えるのか。
「私が嬉しいのはですね。何も人のいる場所に堂々と出ていいからという訳じゃないんです」
それも何割かはありますが。とこぼしながらも、ノーソは俺の前に回り込み、正面から抱きついた。ガサガサの皮膚で頬擦りまでしてくる。ささくれた肌が突き刺さり、俺の顔に引っ掻き傷を残す。
「こうして、あるじ様に気負いなく触れあえること。それが一番嬉しいのですよ」
「…………あんまり騒がないようにね」
……まあ、自分の従魔が嬉しそうにしているのは良いことだし、別に害も無いので放っておくのが一番か。抱き締められた身体に纏わり付く人間っぽさを失った肉体の感触を無理やり楽しみつつ、宿の一階へと降りていく。
「今日はそっけないあるじ様だろうが私は気にしませんよ。なんたってこれからは私がひろいんの立場になりますからね! どらごんがなんだって言うんですか!」
「龍種には勝てないと思うから喧嘩売らないように」
「…………」
ほら、ノーソの背後に回ったウィードが物凄い形相でノーソを見つめてるから。八つ裂きにしてやろうかくらいの事は考えている顔してるから。
「……一回ロストしてみるか?」
駄目だよ。絶対やるなよ。何が悲しくて仲間にロストさせられる従魔が現れるんだ。
「ほら、ウィードが喉すら鳴らさなくなったんだからこの辺にしときな」
「そ、そうですね。今日はこのくらいで勘弁してあげますよ」
そそくさと離れていき、リコールされていくノーソ。
「ったく……。今度上下間系をしっかり教え込ませるか」
「従魔同士のアレコレってやっぱり問題になるのかな?」
「私がそんなこと知るか」
ぶっきらぼうに言い放つと、のそのそと俺の背中にしがみつくウィード。なお、肩にはトラスが乗っている。
流石に幼女二人は重い。
「賑やかになってきて、俺としては嬉しいんだけどな。もっと従魔同士も仲良く出来ないもんかね」
「グルル……あれはあれで気を許している証拠だろう」
ウィードが擁護してきた。
「ふーん……」
「な、なんだよっ!」
性質自体は似通っているからね。ウィードもなんだかんだ認めているっぽいし、適当にじゃれあっているのだろう。
「仲がよさそうでなにより」
「悪くはないだけだ」
「そうだね。悪くないだけだね」
「グルルルルルル…………」
不服そうに長く喉を鳴らすウィード。何を思ったのか俺の顔をぺちぺちと叩いて主張するトラスを適当にあやしながら、宿の一階に降りた。
「あ、スリープさん遅いっすよ」
「……ま、まあ。私達だって来たばっかりだし。それよりも、そちらは何がありました?」
「異常は無いよ。……そうだね、ギルド対抗戦が始まろうとしているだけかな。そっちは?」
「こっちも何も無かった。ヒイナもイツキも、既に放棄されているから勇者かどうかすら分からないみたいだし」
手がかりは無かったようで、柊菜と樹少年の顔は暗い。
こちらとしては、樹少年や柊菜が処刑されることはなさそうで何よりである。
「そういえば、俺のイメージにあった王様よりも随分優しい人だったっす」
「あ……。それはそうかも。なんというか、スリープさんが毛嫌うほどの人物ではなかったと思います」
樹少年と柊菜が受けたこの国の王様の印象は、予想外のものだった。
「最初に会うと、随分優しいとは思うけど、別に普段通りの姿だよ」
里香の言い分から考えるに、今現在王に何かが発生しているという訳でもない様子。
これは、エンドロッカスと同様に、最初から何かが発生していると見た。
「……勇者、かな」
かつて、王国は勇者アヤナより先に何回か勇者を呼び出したことがあると言っていた。変更点はそこしかあり得ない。
彼の周囲に並び立つ者はおらず、王国は彼の枷であり、守るべきものなのだから。
王を変えることがあるのならば、勇者しかないだろう。
「まあそこは俺達とは関係ない部分だから放っておこう。王国では、言ったとおりギルド対抗戦というイベントと、レイドクエストの解放がある」
召喚士として登録されている俺達も、そのイベントには巻き込まれるだろう。
「ギルド対抗戦の前座として、各ギルドが自らの力を誇示するために、披露をするイベントがある。そこで、俺達召喚士は全員力を合わせて強力な従魔を倒すことになる」
本日召喚士ギルドへ行ってきた時に受け取った紙を皆に見せる。日本語で書かれている文章は、要約すると俺の言ったこととほぼ同じ内容になるだろう。
「これがレイドクエスト。定期的に倒す必要があるとされており、今回の対抗戦でロストせずに戦闘が終了した召喚士は、以降これらに挑戦する権利が得られる」
後はストーリー進めれば常設レイドは段階的に解放される。
「次に、ギルド対抗戦だ。各ギルドの初心者、最近入り成績が一定未満の人達でトーナメント戦が行われ、勝者が代表として魔術師ギルドと剣士ギルドの代表と戦う」
「入りたてかつ成績が低いとされているのはなんでっすか?」
「戦力調整だよ」
樹少年の完凸ピクシーですら、倒すのにはかなりの危険が伴うレベルなのだ。余程訓練した人間でもなければあっさりと殺される。そういった戦力差を見せないための配慮とされている。
「ちなみに、このイベントで負けた従魔はロストしないから安心していいよ」
年に一度の祭りらしく、ここで負けてもロストを回避できる特別な技術を使っているのだとか。
ただし、空間内部での従魔の入れ替えは出来ないので、多分ゲートの仕組みを空間が代理で請け負うのではないかと推測している。
ちなみに、pvpランキング戦でも同じ処理が行われる。あれは毎月のイベントだが。
「えー、こんなのスリープさんの一人勝ちじゃないっすか」
樹少年がブーブー文句を垂れる。まあ、対策出来ない従魔を使われると勝ち目が薄くなるのは事実だろう。
「俺の使う従魔はウィードじゃないからね」
「グル!?」
出る気満々だったのか、ウィードが驚いて俺への締め付けを強くする。
「ハンデという訳じゃないけど、ウィードだと時間がかかりすぎるし、別の従魔を使うんだ」
スキル構成もそうだが、ウィードの龍種覚醒は条件が面倒くさいアビリティなのだ。削られるか時間経過でしか動けないなど無駄でしかない。
新生ノーソの運用試験に利用させていただく。
「へぇ……」
「第一、樹少年も柊菜も俺に勝とうというような頑張りはあまりしてないよね」
石の数に差が出てきているのは間違いない。それだけの時間を従魔に費やしたかどうかが違うのだ。
そろそろ二人には新しい従魔を召喚してほしいものだ。
「勝つことが目標じゃないですからね」
柊菜が冷めた態度で言う。服を払って立ち上がると、そのまま宿の外へ歩きだした。
「さ、師匠行きますよ! 今日も魔法の練習です」
「あ、待ちなさいよっ!」
ミルミルと従魔を連れて出ていった柊菜。それを皮切りに、今日のところは解散となった。
「うーん……なんというか、この調子で大丈夫かなぁ?」
樹少年も柊菜も、自分の力を鍛えていて、従魔に目をかけていない。人の力はたかが知れてるのに、現状に満足していて、変化しようとしない。
そんな調子でやっていけないと思うのだが、そこまで言って無理やり進めるにもいかず。
「グルル……進化出来ないやつから死んでいくだけだ。最低限の身くらい守れるんだから、放っておけばいいだろう?」
種的に進化が遅いドラゴンさんにまで言われる始末。
「…………まあいいか」
好きにさせておこう。強要は良くないものだろうし。
「足並みが揃わないなら置いていくまでだ」
二人ならストーリーもそこまで問題なくこなせるだろうし、危険な場所に近寄らない程度の事は出来るだろう。
「ねえ、ちょっと……!」
そこで、里香が宿に戻ってきた。肩には緑色のテリリが乗っている。
わざわざ人がいなくなる時まで待っていたのだろうか。
「時間あるなら少し付き合いなさいよ」
「なにかな?」
一拍呼吸を置いて、里香は顔をうつむかせた。
「魔法都市で、私がゴーレムを使ってあの魔術師を助けたじゃない?」
「あ、了解。これは問題だ」
「一応最後まで聞きなさいっての!」
従魔関係の話題で俺に接触してきた時点で、大抵の予想は付くだろう。あの二人はあんまり役にたたないし。
里香は今ゴーレムを失い(ロストはしていない)緑色のテリリだけが手持ちとなっている状態だ。戦力の大幅ダウンに、自力でクエストのクリアすら覚束ない状態になっている。
「トラスにもそろそろ新しい従魔を召喚させたかったんだ。もののついでだし、ここらであの二人には危機感を抱かせよう」
元プレイヤーの俺が何を言ったところで、あの二人には響かない。だからこそ、里香やトラスのような樹少年達と同じ初心者を育成し、もう少し従魔の数を増やす事に意識を向けさせる。
「となると、今晩のうちに手早く石を回収しようか」
「私達でも受けられるやつにしてよね?」
通常のクエストだと、二人も参加してきっちりクリアしないといけない。しかし今なら一緒に付いてくるだけで石が二つ貰えるクエストだってある。
ダンジョンアタックだ。
「そういえば、トラスはちょろちょろ参加して貰ってる石が七個あるけど、里香はどれくらい石が欲しいの?」
「この前のTSイベント? とかで私も同じ数はあるの。でも、召喚枠も増やさないとだから数が足りなくて……」
「なるほど、ダンジョンの初回参加とクリア報酬だけで十分だね」
ゴーレムに関してはどうするか分からないが、ミルミルの身代わりになり放置されることになったから、ロスト用の石は用意しなくてもいいだろう。
「ダンジョンね……。結局私参加したことなかったし、勇者やってた時も挑戦したことないんだけど、どういうものなの?」
「前回は都合上アンデッドランドだったけど、王国の近場にあるダンジョンは二つだよ」
このダンジョンこそ柊菜が受けてチェリーミートを強化させるべき【子犬の洞穴】と、魔法使いの従魔に必要な経験値の得られる【魔力渦巻く空洞】である。
今回は、里香の強化が主目的なので、緑色のテリリを鍛えることを考えて子犬の洞穴に挑戦するつもりだ。
「ずいぶん可愛い名前してるよね……」
「イズムパラフィリアってネーミングはかなり適当だからなぁ」
無課金の最高ランクたる龍種星十に付ける名前が、
まあ、俺も言えた事ではないが。トラスの本当の綴りとか、真実を知られたらバッシング間違いなしだろうし。
「名前に見合わない敵が多いから気を付けなよ。それじゃあ、三十分後にここで集合」
「あ、ねえ。何か気を付けた方が良いこととか、準備しておくべきものとかある?」
里香の質問に、記憶にある子犬の洞穴に関する情報を引き出す。
ダンジョン自体に特徴はない。だが、今回のメインアタッカーはノーソになる。
「……病気貰わないようにね」
「エキノコックスでもあるの?」
「普通に考えれば、こういう時は狂犬病じゃないかなぁ」
まあ、どちらも違うけどさ。
「回復手段は一応あるから、死体に近寄らず、グロに耐性さえあれば十分だよ」
ノーソの基本的なダメージソースは病魔だからな。長期戦が想定される。