イズムパラフィリア   作:雨天 蛍

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3話 好感度不足

 往来で我を忘れた俺は少し気恥しい気持ちになりながら立ち上がった。

 重課金ユーザーが石一つで我を忘れるなんて恥ずかしいぜ。

 

 実際、現実では湯水の如くジャブジャブ金を使ってガチャを回していたのだ。とはいえ、一銭を笑う者は一銭に泣く。この感情の発露は正常なものなのだ。

 

 ひとまず心の安定剤を手に入れて落ち着いた俺は、距離をとり他人のふりをする二人へ歩み寄った。

 

「ごめん。少々取り乱した」

「少々ってレベルじゃ無かったけどぉ〜……」

「まあ、反応を見てくれれば分かる通り、この世界は召喚石が重要になってくる」

 

 召喚石と名前は付いているが、それの使用用途は多岐にわたる。言わずもがなの召喚に、リトライ、スタミナ回復、バトルポイント回復、アイテム変換、召喚コスト上限増加など、これでも一部だ。

 全ては石が無ければ始まらないし、石があれば逆に大抵の事は出来る。

 全てはガチャだけに規制が入った為だ。あらゆるコンテンツを快適にプレイする為には石の購入が必須になった。同時に、ソシャゲで必要な時間は課金さえすればほぼ簡略化されることにもなった。それはゲームの面白さを損ない、バランスを崩す原因にもなったが。

 

 召喚石を一気に得る手段は課金か、課金で入手出来るキャラを引く事だ。しかし、現状はどちらもできないと見ていいだろう。こうしてフリークエストをクリアすれば、初回報酬で石が入手出来るのを確認出来たのは大きい。

 一クエストに一つとはかなり総数が減りそうだが、ゲーム時代でもフリークエストはランダム生成だったので、恐らく大丈夫だろう。

 

 …………かなり制限をかけられるが、時間と手間さえ惜しまねば石を割らずとも大抵の事は出来るのだ。

 

「後は、自分達の目でこの世界を見て欲しい」

「そっすね。腹も減ってきたし飯にしましょ」

 

 チュートリアルを教えるNPCの気持ちで別れようとしたが、結局三人で昼食に向かった。

 

 治安の悪そうな酒場を避けて大通りに面したテラスで俺達は昼食を摂ることにした。

 ちなみに、使われていた言語は日本語である。そこら辺開発が手抜きをしたんだろう。

 サンドイッチを両手で持って食べているヒイナが首を傾げた。

 

「……スリープさんって一人が好きなんですか?」

「かなり好きだよ」

 

 というか人間とは肌が合わないのだ。元々俺自身が好きで人生ドロップアウト組に属する人間だし、思想も他の人と違うと感じているので、一緒にいるだけで疲れるのだ。

 愛されたいとかちやほやされたいという欲はある。が、同じ人間相手にそれを求める気は無い。どうせ相手も似たような欲求があるからだ。

 愛するなら従魔のような人外の存在だ。価値観も思想も違うし種族も違う。意思疎通は出来るが人間ほど面倒くさい訳でもない。

 

 隣の席に座るウィードを見る。彼女は素手で丸焼きの鶏肉にかじりついていた。

 ピクシーのシーちゃんは花の蜜を取ろうとして出された花の奥に全身を突っ込んでいる。

 人と同じようにフォークを使ってステーキを食べるエンドロッカスもいる。

 

「グルルゥ?」

「いや、可愛いなって」

「…………ぺっ」

 

 唾を吐きかけられた。顔にベチャリとくっつく。

 可愛くない奴め。好感度が足りてない。

 おっさん臭いが手拭きで顔を拭う。ウィードは鼻を鳴らして再び肉に挑みだした。

 

「……ロリコン」

 

 ヒイナの視線が険しいものになっている。飛び火を受けたくないのか、イケメン君は視線を泳がせて我関せずの姿勢だ。

 俺のフェチズムに年齢はあまり関係ない。外見に若さがあり可愛いのは大体好きだ。

 そして、それ以上に箱頭とか翼が生えているのが好きだった。

 人間の肉体は背中側が寂しいと思うんだよね。とは、自分の法則に気付いた時の感想だ。

 

 とにかく、グラフィックの発展が著しい昨今においては、リアルの女性などお呼びじゃなかった。

 VRゲームの登場によってネカマの需要が限りなく高まった時代における一般的な男性の意見だった。遂にはリア充イケメンすら流行に乗ってネカマに騙され、しかしネカマがありえないほど可愛いと感じているのだ。

 少子高齢化は止まらない。

 古い考えを持った人間が居なくなった結果、海外でも評価されているオタク文化は今や日本に残された数少ない誇りだった。それも失われつつあるが。

 オススメはシミュレーション。暴力表現も無い子供に見せてもいい親御さんもにっこりの作品だ。

 なお、理想と現実のギャップからくる現代社会への批判は大きい。

 

「批判は自由にどうぞ。そうやっていられるのも若い内までだ」

「別にスリープさんに好きになってもらわなくても困りません!」

「男の子ゎ女の子の裏事情に敏感なんだょ……?」

 

 行き過ぎた情報社会の弊害だ。女社会も根付いてきた事で会社内でも陰湿なイジメが問題になることもしばしば。現実は少女漫画よりも奇なり。

 特に悪目立ちしやすい世の中なので偏見を持たれることも多い。

 

「気持ち悪いです!」

 

 社会に出てない子供は強かった。俺の言葉をばっさりと一刀両断すると、席を立ってどこかへ行ってしまった。

 エンドロッカスもそれに続く。

 

「あ、待ってくれよ! 会計やっておきますんで! 後でギルドで会いましょう!」

 

 イケメン君も急いで彼女を追い掛けていった。

 

「雌に逃げられた。雄の恥」

「俺にはウィードがいるから人間のメスは今のところいらないかな。合わない人しかいないんだ」

「…………べー。龍が人間と番になるわけが無い」

 

 見上げてるのに見下した目でウィードが舌を出す。

 見てろよ。龍種の好感度クエストには一部従魔に『恋するドラゴン』のアビリティが付くストーリーがあるからな。

 ちなみにウィードにはない。幼女キャラの名折れめ。同じ属性龍でも風龍ブリーズを引きたかったぜ。

 

 

 

・・・・・

 

 新田柊菜は怪しい風体の男に苛立っていた。

 彼と出会ったのはつい先程の事だ。家で勉強をしようと机に向かっていたら、気付けば洞窟の中にいた。

 そして、自分と同じような目にあった人がいた事に最初は安堵した。それはあっという間に疑心に変わったが。

 

 スリープと名乗る怪しい男。最初は彼こそがここに自分達を拉致した人間かと思った。しかし、どうやらここは日本では無い場所だったので、違うのだろうと判断した。彼は自分達同様に日本人に見えたのでそう判断した。

 そして次に思ったのは、その男が原因でここに来てしまったのではないか、という疑問だった。スリープだけはどうやらこの世界を知っているので、なんとなく不思議とそう感じたからだ。

 それに対する答えはない。本人の言葉を信じるならば、違うのだろう。

 

 次に感じたのは、彼の不親切さだった。自分本位な人間であるらしく、足でまといの自分達を度々引き離そうとしている。

 同郷の人、ましてや子供を見知らぬ世界に放っておくその精神が知れなかった。柊菜の父は警部であり、それなりに裕福な家庭だった。諍い事など無い世界で育てられ、優しい真っ直ぐな少女として育った。

 学校も心配性な父によって、私立のお嬢様学校とも言えるような場所で生活を送ってきている。あまり自分の意志を表に出さない彼女の周囲には似たような人が集まっていった。

 全員が全員優しい人だとは思わない。しかし、彼女にとって自分の想定を超える非常識な人間というのを初めて知った。それがスリープだ。

 

 こちらを鬱陶しがる態度に遂には嫌気がさして、性犯罪者みたいな一面を見せたところで彼女の許容範囲を超えた。

 最後は捨て台詞を吐いて店から飛び出してしまったのだった。

 

「どうしよう…………」

 

 そうして飛び出して、すぐに彼女は後悔した。

 ここは異世界である。見栄え的には友人の一人が好んでいるネット小説に出ているような中世ヨーロッパ風ファンタジーというものではない。

 観光地として栄えていそうな石畳の街。まるで海外に来たような感じの見た目である。

 しかし、行き交う人や物等はここは異世界であると示していた。

 人よりも大きい謎の生き物が荷車を引き、網目のやや大きい服を着た人達が歩いていく。Tシャツを着ているような人間は誰一人としていない。

 そして、極めつけは武器を身に付けて歩く人だ。鎧も着ていたり、人相もそれなりに悪く、ガタイもいい。そんな人達が剣やこん棒などを持って道を歩いているのだ。

 

 凶器を持った人間。それは柊菜にとっていつ襲われても分からない恐怖の対象だった。

 彼女は物心ついた頃に、一度誘拐の憂き目にあっている。目的は金銭ではなく女の子をいたぶる事だった。

 貞操こそは幼さからか無事であったが、彼女の身体には消えない傷が今でも残っている。体が大きくなるに連れて、その傷も大きくなっており、彼女のトラウマとして心身共に深く刻まれていた。

 

 僅かながらに彼女の心を支えていた同郷の存在はここにはいない。誰もが場に合わない服装の自分を見ているような気がした。

 体が震える。刻みつけられた恐怖がフラッシュバックする。

 

 今にも悲鳴を上げる。そんな時、彼女は背中に温かさを感じた。

 

「え、エー君……」

 

 それは彼女が最初に異世界というものに触れた存在だった。金色の悪魔のように捻れた角と、紅色の剣を持つ人型の存在。暴剣のエンドロッカス。

 喋りこそしないが、彼は柊菜を心配しているようだった。人と変わらぬ手が、彼女の背中を支えていた。

 

 気付けば身体の震えは収まっていた。胸の奥でエンドロッカスとパスが繋がっているのを感じる。

 

「大丈夫……私は一人じゃない……」

 

 自分に言い聞かせるように呟いた言葉に、エー君はしっかりと頷いた。

 

「ありがとう……」

 

 彼女は自力で立った。背中を支えていた手は離れ、姫と騎士のようにエンドロッカスは距離を置きながらも傍にいた。

 

「おーい! 新田さーん。待ってくれーい!」

 

 道の向こうから声がする。それは柊菜と同年代の少しお調子者な少年の声だ。

 腕を大きく振って存在感を示しながら走り寄ってくる。彼の肩には薄ピンク色の光が止まっていた。彼、原田樹の従魔花畑のピクシーである。

 

 二人は既に仲が良い。出会った時から友好的だった。もう一人の怪しい男は幼女に嫌がられているというのに。

 顔面偏差値の差であろうか。

 仲良く話しながらこちらへ向かって走る一人と、その肩に乗る一匹を見て、柊菜は話が出来る従魔が欲しいと感じた。正しく言えば、エンドロッカスとも話がしてみたかった。

 

 彼女の従魔だけが話していない。そして一番人からかけ離れた姿をしていた。

 

 もしや彼が話しかけて来ないのは、人と違う姿を意識しているからだろうか。

 樹がこちらに来るまで、少し聞いてみようかとエンドロッカスを見る。

 ばっさり聞くのは不味いと判断して、直接的な話題は避けた。

 

「ねえ、エー君って喋れるの?」

「…………」

 

 その質問に、少しの間をおいてゆっくりと彼は頷いた。どうやら話せるみたいだ。

 

「じゃあ話してみてよ」

 

 すると、首を横に振られた。

 

「……話せない理由でもあるの?」

 

 これも否定。

 

「……今は話すことが出来ないの?」

 

 これには頷いた。

 そっか。と柊菜は俯いた。

 これからの目標というのが、見えた気がする。まずは彼と話を出来るようになる事だ。

 

 これでいて新田柊菜という少女は強い女だ。日本に帰るという発想は無く、いかにしてこの世界で生きていくかを考えている。

 一番精神的にキツいのは樹少年だ。それでいて大人しく一人だけの女の子へ気を遣っている。

 彼のテンションの高さは、不安を隠すものでもあった。

 

 それにしても、先程まで騒がしかった樹達はまだ来なかった。疑問に思い、正面に向き直る。

 

 すると、樹少年は肩パッドをしたいかにもなゴロツキに連れて行かれる最中であった。

 ピクシーも戸惑ったように彼の頭上で右往左往している。

 

 樹少年は必死で抵抗している。すると、肩パッドをしたゴロツキがどこからともなく現れて、あっという間に七人くらいに増えた。

 うろたえる樹少年。隙だらけの腹に強烈なパンチが入る。

 青白い顔を見せて少年はぐったりと肩パッドにもたれた。

 そして、瞬く間に彼は担ぎ上げられ連れ去られていった。

 

「…………大変!」

 

 目の前の突然の世紀末に呆然としていた柊菜は、助けを呼ぶべくその後を追い掛けた。

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