「きゃああああああ!!!」
薄暗い洞窟に女性の悲鳴が響き渡る。大気を揺るがし、コウモリを羽ばたかせた。
音量の凄まじさに、むしろ何も近寄ろうとしないほどの大音量だ。悲鳴が収まればまたすぐに音量発生源へと集合してくるが。
「ちょ、ちょ、ちょっと! あれさっさとどうにかしなさいよ!」
「ごめん、予想以上だったんだ。まさか入ってすぐに大繁殖した動物達が待ち受けてるなんて思いもしなくてさ」
流石はギルドに知られていないダンジョンである。悠々と獣達が繁殖し、それを食いに蛇が集まっていた。
小型動物はノーソの病魔に感染してすぐに死に絶え、また病魔を撒き散らしていくが、体力のある大型動物や野良従魔は徐々に苦しんでいくだけだった。効果の程は凄まじいもので、なんとか人間の足でも逃げ回ることが可能。
ダンジョンに入ってすぐのことだから、ウィードも龍種覚醒で動かず。こうして現在のマラソン状態に至る。
「あるじ様ーっ! この数はヤバイですって! ウィードさんももう動けるでしょうに、まだじっとしてるんですが! あっ! 防御スキル使ってるじゃないですか、さっさと敵を蹴散らしてくださいよこのくそどらごん! ちょ……待ってください謝りますからこの数の従魔と獣を私に全て押し付けるのはやめてええええ!?」
んほおおおおお。という情けない悲鳴が背後であがる。一応レアリティ的にもステータス的にも負けてロストする前にアビリティで倒しきれる計算なのだが、これはしばらく時間がかかりそうだ。
肩車したトラスに飛び掛かってくる蛇を殴り飛ばす。ただの生物なので弾き返す事が出来たが、従魔に襲われてはひとたまりもないだろう。
キャーキャー叫ぶ里香も、死ぬ事は良くても気持ち悪い生き物に群がられるのは嫌だったのか、全力で抵抗している。
とはいえ、数の暴力で潰されるのも時間の問題だろう。
「『コール』リリィ。ウィード!」
隠すつもりであった切り札を呼び寄せる。ゲートから呼び出した背の低い少女は、片頬をつり上がらせながらカーテシーを披露する。
「お呼びですか? 旦那様」
「ウィードに援護」
「承知しました『チャージ』『バトンタッチ』」
リリィのスキルであるチャージが発動し、次に行う攻撃ダメージが五割上昇する。その状態をウィードに触れる事で譲渡する。
「【ヘドニズム】」
途端、恍惚の表情を浮かべたリリィがスキルの使用も無しにチャージ状態になる。
これがリリィのアビリティ【ヘドニズム】である。味方が何かしらの強化効果を受けた時、自身にも同じ効果を適用するというものだ。
これだけ聞くとリリィそのものも強力そうに見えるが、リリィはこのアビリティありきのステータス値に調整されているので、本体はこれでようやく星五クラスの実力を発揮できる。
当時のプレイヤー達は、一回切りの自己強化系スキル効果を譲渡してリリィにアビリティで再発動させる、そしてメインアタッカーの自己強化系スキル枠を開けさせる、今回のような戦法を基本に運用している。
完全なサポーターである。これでも優秀な従魔だけどな。最初の準備以降は譲渡スキルを使うだけで強化の手間が省ける分強力なのだ。
とはいえ、これを活かしきる従魔はまだ揃っていない。増えれば増えるほど、サポートに回す手数が減るので、確保出来たのは良かったとしよう。
「いいぞ……ウィード、やれ!」
「グルオアアアア!」
跳び上がったウィードが空中で反転し急降下する。
叩き付けた拳を中心に衝撃波が広がる。周囲の敵の肉体は耐えきれず血潮が飛沫を散らす。
大地に伝わる震動で里香がよろける。腕を掴んで支えれば「ありがと」と短くぶっきらぼうに言い、不思議そうに俺を見上げた。
「どうかした?」
「アンタ……ううん。なんでもない」
変に言い淀む里香だが、言いたく無いことなら無理に言わせる必要もないだろうと判断する。リリィより幾度か補助を受けながら、俺達の周辺にいる敵をウィードは瞬く間に排除した。
「うぅ……ひどい目に遭いました」
ダメージを負ったのか、ボロボロの状態でノーソが帰ってくる。しかし、彼女の背後には病死した動物達が無惨な死体となって横たわっているので、仕事はきっちり果たして来た模様。
「お疲れ様。それじゃあ奥に進むよ」
「えっ」
絶句するノーソを尻目に、ウィードを前衛に置き、近くにリリィをつけた状態で洞穴の奥へと進んだ。大慌てでノーソも駆け寄ってくる。
「えっと、あのー……あるじ様? 私まだレベルが一ですし、労りとか休憩が欲しいなー、なんて…………」
「てきを たおさないと れべるは あがらんぞ」
「ご無体なー……」
ぐちぐち言う箱入り娘を引っ張りダンジョンを進む。いるだけで仕事出来る分ノーソは楽な方だと思うのだが。
「ところで、なんでこのダンジョンは他の人に知られていないの? 確かに見つけ難かったけど、今まで一度もなんてあり得なさそうだけど」
「多分発見はされてきていると思うよ」
「じゃあなんでよ。敵とかボスが強いとか? でも危険なら管理は必要でしょ?」
里香のごもっともな質問に、俺もこのダンジョンの特徴を答える。
「普通のダンジョンは、ギミックなりなんなりがあって、奥にいるボスを倒せば終了だよね」
相槌を打つ里香。現代っ子らしく、彼女もゲームについてある程度知っているようだ。
「このダンジョンにはボスがいないんだ。奥のどこかには子犬がいて、そいつを連れてダンジョンの出口まで生還するのがクリア条件なんだ」
故についたのが『子犬の洞穴』どこからか子犬が紛れ込み、連れ出しても気が付くと洞穴の奥地にいる。
護衛系クエストみたいなものだ。そしてもちろん、ゲームでは、子犬は敵に向かって突っ込んで行くが、決して強くない。
「だからじゃないかな。ただのダンジョンではなく洞窟的扱いになっているのは」
ゲームではここはダンジョンという扱いだった。ウィードも戦闘終了しても龍種覚醒が発動していない分、現実でも扱いは同じだと思われる。
気付かなかったんじゃないかな。子犬連れてダンジョン出るだけがクリア条件だなんて。奥に行っても子犬はわざわざ見つけないといけないし、戻りでも敵はリスポーンしているし。
「まあ、ダンジョンと相性のいいウィードや、広範囲への攻撃性能が高いノーソがいるから楽だと思うよ」
ウィードが動き出せば序盤の敵はほとんど倒せるからな。足りない手数はノーソで補う。ノーソとの相性的には手数で攻めるタイプの方が良いんだけどね。
最初の大群を切り抜ければ、後は消化試合のようなものだった。あっという間に奥へとたどり着く。
「あっ! いた、あそこ!」
里香が指差す先に、なんの変哲もないまさに子犬といった風貌の動物が現れる。
「ウィード」
「グルル!」
声をかけるだけで子犬の元まで飛び上がり、手早く確保して戻ってくるウィード。捕まえた犬がギャンギャンわめきだし、暴れる。
「ノーソ」
「はい、あるじ様」
次に呼び掛ければ、ノーソが子犬に息を吹き掛ける。毒々しい色をした吐息が子犬にかかり、瞬く間にぐったりとして動かなくなった。
「よし、生きてるうちにさっさと出るぞ!」
「えぇ……。護衛するって話じゃなかったの?」
とりあえず洞穴から出るまで生きてればいいんだよ。どうせ死んでも出直せば奥地でリスポーンしてるし。
動かない子犬を掴んで駆け足で来た道を引き返した。
「ほら、おかえり」
ダンジョンから無事に子犬を生還させることに成功した。
地面に力なく横たわる子犬は、今にも息を引き取りそうだが、そっと森の方を指差して呟く。
月明かりに照らされた姿は今にも天へと召されそうだ。
「とんでもない外道だわ…………」
顔を青ざめさせ戦慄した様子の里香がポツリと呟く。
失礼な奴だな。どこぞの姫様だって森に返そうとするだろう。俺だって森(の土)に還してやろうとしているだけだ。
手っ取り早い手段を選んだというのに、何が不満なのだろうか。死んでも生き返るなら殺して良いとまでは言わないが、別に悪くもないと思うのだが。
「そんなことよりも、石は入手出来た?」
「えっと……ちょっと待ちなさい!」
里香が服をぽんぽんと叩き、急いだ様子でポケットに手を突っ込んだ。
頭上ではトラスが握りしめた石を見せようとして手から落っことした。拾って「ありがとな」と頭を撫でながら石を渡す。
「あったわ」
里香が見せてきた召喚石、八面体の結晶は確かに二つあった。
「それじゃあ、これで里香の依頼は終了かな」
「うん! ありがと!」
満面の笑みを浮かべる里香が早く帰りましょうと、足取り軽く俺の先を行く。
俺は自分のポケットに入っている硬質な感触を確かめた後に、トラスへともう一度石を見せてくれるように頼んだ。
不思議そうな無表情をしながらも、トラスは小さな手を俺の顔の前で開いた。
そこに握られていた結晶の数は三つ。先ほど落としていた時は二つしかなかった。
手を戻させると、トラスは首を大きく傾げて変なおかしな現象が起きたように手のひらを見つめていた。
自分のポケットに手を突っ込む。そこにあった感触は、三つだった。
ニヤリと笑みが零れる。今すぐに寝転がって高笑いしたくなる程だ。
今回入手出来るはずの石は、ダンジョンの初回クリア報酬の二つだけのはずだ。しかし、今回手に入ったのは三つ。
つまり、
今までゲーム通りの思考だったから検証しなかったが、これは使える。今回はしっかり依頼という形にして挑んだからであろう。これからは樹少年や柊菜からの誘いも依頼という形にさせよう。
課金での石の購入が不可能になった今。俺は何らかの方法で手早く石を増やさなくてはならない。
これは石の入手可能条件から調べなくてはならないな。ゲームで入手出来たものはこの世界でも正しく手に入れられるとして、どこまでゲームから外れていいのかを確認しなくては。
同時に、何が引き金となって石が現れるのか。ここを把握すれば、石の増殖も容易であろう。
「ちょっと! 早く来なさいよ、なにしてんの?」
「あー、ごめんごめん」
里香に呼ばれてしまったので、思考を打ちきり彼女の元へ歩いていく。去り際にちらりと洞穴の方を振り向いたが、そこに既に子犬の姿は無かった。
ぽっかりと開いた空洞から、かすかにキャンキャンという鳴き声が聞こえた気がした。
「私に近しい存在でしたね」
ノーソがぽつりと言う。
「土地に縛られた霊的存在でしょう。力は弱く、私と違い呪いにも冒されていないようで。ただ、純粋に飼い主のことを待っているんでしょうね」
「…………そんな裏設定までは知らないね」
ゲームでは、特に明記されること無く特殊条件クリアのダンジョンでしかなかった。
「あるじ様には知らないことがいっぱいあるのですね。どうです? ここらで謎を追求する旅にでも……」
「もう既に出ているよね?」
ただストーリーをなぞるだけじゃなく、俺は現実となった世界で色々調べながら旅をしている。それも完全ではないが、ある程度の納得がいくまで検証と実験はしているつもりだ。
「それはそうですけど。もう少しゆっくり滞在しながら進んでみては? と言いたいのです」
ノーソは頬を僅かに膨らませる。割れた皮膚から血が滲んだのか、かすかに赤く色付く。
「まだ二、三ヶ月も経たないうちに次から次へと移動しすぎではありませんか? じっくり堅実に進めるのもよろしいと愚考いたします」
「うーん……」
確かにペースは早い。適正値的にはかなり余裕があるけど、一回ミスすれば死ぬような世界だし、安定を取りたいのも分かる。
とはいえ、進まないとリソースの確保も難しいし、なにより、ストーリーの進む速度が気になっているのだ。
俺達が来たときに丁度良く発生するストーリークエスト。それは俺達のペースで進んでいるのか、それとも丁度合っているのかが分からない。
とりあえず最大の謎であるエンドロッカスがいる滅びの地まではこの調子で進めておきたい。
「現状維持で」
「あるじ様は人間なのですから、もっと身体を労ってほしいのですが……」
「ヒール覚えたし大丈夫でしょ」
疲労は治せる。精神は好きな世界にいるから高揚している。
なら進めるだけでいいだろう。疲れたら休めば良いだけだ。
ノーソはこれ以上言葉が出ないのか、口をもにょもにょさせながら黙り込んだ。
疲れたら癒してくれよ。と笑い掛ければ、しょうがないですねと言わんばかりに肩を竦める。
「従魔と本当に仲良いよね……」
待っていた里香が一連のやり取りを見て、呆れたように呟いた。
ちなみに、子犬の洞穴はElonaの子犬の洞窟がパクリ元です。