推敲はないです。
レイドクエストが予想以上に長引いたが、日程上は問題もなく、翌日にはトーナメント戦が始まる。
「あ、スリープさん。こっちっすよ」
「やあ」
観客席で先に待っていた樹少年や勇者アヤナと里香、そしてミルミルへ軽く手をあげる。
「状況は?」
「今から始まるところっすよ」
会場では、先日レイドを行ったかなり大きい広場に、二人の召喚士が向かい合っている。一人は、ショートボブの美少女新田柊菜。目立つのが嫌なのか、しきりに辺りを見回したり、肩を縮めている。もう少し胸を張って堂々としたらとは思う。それだけの実力はあるだろうに。
もう一人は、無口無表情ながらも柊菜より堂々と立っている金髪の幼女。最近は栄養が十分に摂取出来ているので成長が著しく、幼女から少女と言えるくらいには大きくなってきている。ゲーム世界のキャラクターなだけはあり、無名のモブといえど、地球のそこら辺にいる人間など寄せ付けない美貌を持っている。
あ、こっちに気付いて手を振ってきた。一応振り替えしておく。トラスの動作に引かれて柊菜もこっちに気付いたようだ。安心したようなほっとした笑顔で小さく胸の前で手を振っている。
「うごご……スリープさん、俺はどっちを応援したらいいんすか」
「どっちも応援しなよ」
身内なんだからどちらが勝とうが褒めればいいだろうに。俺はトラスを応援するが。
昨日の様子なら、柊菜は多分勝てないだろうし。
「よろしくお願いします。頑張ろうね。トラスちゃん」
「…………」
互いに見合って一礼。ニッコリ微笑む柊菜に対しトラスの表情は一切変わらない。
初の一人での戦闘だからかガチガチに緊張してるな。あいつ。
『両者揃いましたか? ……それでは、試合開始!』
「……」
大会運営兼解説兼実況兼審判であるギルマスが合図を告げる。素早くトラスは飛び下がり、右手を前に付き出した。
──バチリと空気を叩く黒い雷。開かれたゲートから、巨大な石像が姿を現した。
昨日ようやく発見した無言コールである。トラスはこれでようやくアラバスターゴールドを自由に出入りさせることが可能になった。
そして、ゲートは未だ閉じない。開かれたままのゲートからは更にもう一体の従魔を吐き出した。
グレーの身体にうねりのある幅広い縞模様。愛くるしいモフモフの毛皮に包まれ、鋭く縦に割れた瞳が獲物を見つめている。人間と同じくらいの背丈に、二本足で立つ姿は、その種族の進化を思わせる。歴戦を生きた貫禄を漂わせたその風貌はまさに英傑に相応しかった。
「猫じゃん……」
うるさいよ。
ボソッと呟いた里香の言う通り、二本足で立つ猫の姿をした従魔は、星七の野種【獣王英傑クラシックタビー】という従魔である。
ちなみに、タビーとは虎猫のことだ。顔からしてガチの猫であり、ケモナーに人気があったのだが、限界突破により萌えキャラ擬人化し炎上した歴史を持つ従魔である。メス猫。
安易な擬人化や萌え化は嫌われやすい。でもこれソシャゲなんだよね。
まあ、余計な情報はおいといて、アレでも星七の従魔だ。見た目に合わず耐性や防御に優れた従魔であり、毒で削るタンクタイプである。初期アビリティも、一部野種が取得する【動物の毛皮】というダメージ割合減衰の効果を持つものだ。
「柊菜の問題点は手持ちの強みと本人の戦闘スタイルが合わないことなんだよね」
攻撃型従魔しか持たず、なおかつ本人が慎重な戦い方を好むので、従魔を活かしきれていない。柊菜こそピクシーのような回復系統の従魔を持つべきなのだが。
無強化アラバスターゴールドなら相性もあって勝てただろう。だが、未だ二体しか手持ちがいない柊菜では、タンク二枚をぶち抜くのは困難だ。タビーはレアリティの分攻撃性能もある。
「…………『コール』」
トラスの従魔を見て、顔を真剣な表情に変えた柊菜がゲートを開く。
次の瞬間、会場が無くなった。まるで世界そのもの上書きしたかのように空間が切り替わる。柊菜の足元は黒い沼になり、周囲も似たような光源の無い、しかし相手が見える場所へとなった。
足元から徐々に円系の葉が浮き上がってくる。柊菜の足元では、白との蕾が花を開いた。
「【聖域結界の睡蓮】これが、私の新しい従魔……」
緑種星七の従魔である。
「す、スリープさん! あんな従魔あり得るんですか?」
「ん? 何言ってるのさ、あれも従魔だし、以前説明したこと無かったっけ?」
緑種は自然そのものや虫だ。自然そのもの、というのは、何も植物だけではない。特定の環境を含めて自然だと言えるのだ。
かつて、ミラージュと戦った時、俺は砂漠の空間に連れていかれた。あれもまた従魔なのである。
「緑種の最大の能力だよ。世界そのものを塗り替える事が出来るんだ」
故に、環境の緑種。ミラージュの配下が使っていたスキルによる空間の変化の上位互換である。ゲームなら、背景変更役の従魔として必ず一体は手持ちに入れている従魔である。
ミラージュもまた、緑種の使い手だ。というか、奴の手持ちは全て緑種である。あの聖女はミラージュの従魔ではないのでノーカウント。
「いやー、考えたね。星七緑種は強いぞ」
「あっ! あのでかい石像が沈んでる!」
里香が指をさした先には、沼に飲まれて腰から下が見えなくなったアラバスターゴールドがいる。
聖域結界の睡蓮にあんな能力はなかったのだが、現実となった事による変更点か。思った以上に強力だ。
「『コール』エー君、チェリー!!」
相手が混乱している内に次の手を打つ柊菜。現れたのは彼女のメインである二体。
しかし、エンドロッカスの姿が若干変わっていた。より装飾が豪華になっていたのである。
「エー君見た目変わったっすね」
「……限界突破してんじゃん」
いつの間に経験値貯めたんだ? エンドロッカスは悪魔系統や死種系列の経験値が欲しいんだが……。
「昨日のレイドじゃない? ほら、アレも悪魔だったし」
「死種に関しては、今までの戦闘で稼いで来たわね」
「そうか……そういえばそうだったね」
エンドとかいう化け物は死種だったのか。人間を従魔化させた印象しか残ってなかったな。
里香が袖を引っ張ってきた。
「これ、どっちが勝ちそう?」
「柊菜」
数もレベルも負けているんだ。一人での戦いはほとんど経験していないトラスと、慎重でも戦い方は知っている柊菜ではトラスに勝ち目は無い。
「聖域結界の睡蓮は、味方従魔へHPの常時回復アビリティと、一度だけ攻撃を無効化するスキルがあるんだ」
「ふーん……私と比べたらどっちが強い?」
「柊菜でしょ」
言いきると膨れ面で睨んでくる里香。
しょうがないだろう。事実なんだし。
「里香の強さは戦いの上手さにある。よーいドンで従魔を出して正面から殴り合うならそこまで大きい差は付かないんだよ」
試合なら柊菜が強い。殺しあいなら里香が強い。そう慰めれば、ドヤ顔を見せつけてくれた。
「スリープさん、俺は?」
「…………」
静かに首を振った。
樹少年は召喚士よりも従魔使いに近い道を歩むつもりだと言っていただろう? 俺に言える事はない。
ピクシーとリビングエッジで柊菜と張り合おうとしていることそのものがおかしいんだよ。いいからガチャ引け。
「そんな……」
「ほら、試合応援してあげなよ」
適当にやり過ごしたり、絡まれたりしながら試合を見続けた。
結局、トラスは粘るものの、柊菜の従魔を一体も倒せずに敗退した。珍しく瞳に涙を湛えて帰ってきたトラスを抱き締めて慰めた。
・・・・・
睡蓮の上で静かに佇む新田柊菜は、内心で冷や汗をかいていた。
(これが……召喚士同士の戦い!)
戦闘はつい先ほど終わったばかり。全ての従魔を倒しきり、とことことトラスが去っていく様子も眺めることしかできなかった。
足は震え、心は竦み、思考は凍てつかされ、五感も失いどこが上なのか下なのかすら分からない。そんな状況だった。
柊菜はこれまでも幾度か死闘を切り抜けてきた事がある人間だ。自負は無いが、積み上げた経験は自覚が無くても彼女を強くしている。
だが、そんな彼女ですら、この戦いは死を覚えるものであった。昨日のレイドクエストなんかよりも、圧倒的に。
大きさではない。技の威力でもない。召喚士に使役される従魔の持つ違いがそこにはあった。
柊菜は明確に理解していないが、従魔には死がない。ゲートを介してこの世界に現れ、敗れれば元の世界へと戻ることになる従魔には、この世界でムキになるほどの出来事も理由も無い。彼らの感覚は人間で言えばただ遊びのつもりでこの世界にやって来ている、ゲーム感覚でしかないのだ。
とはいえ、そこで得られるものだってあるし、遊び以外の目的でやってくるものもいる。野種や緑種なんかは元の世界よりも安全に、長く生きる為にこの世界に来ているものもいるが、それはまた別の話だ。
召喚士に喚ばれてやってくる従魔は、基本的に何かしらの目的があって応じる事になる。彼らは自らを与える代わりに、召喚士から目的の達成を対価として受けとる。仕事の関係にしては関係が近しいものになるが、似たような物でいえばそれが適切であろう。
その目的意識の違いは、明確に他従魔との戦闘で違いが出る。野生の従魔は死んでも良いと思いそこまで本気を出さないが、召喚士が率いる従魔は、自らの主へ勝利を捧げるべく剣となって襲い来るのだ。
ヴエルノーズで召喚士と戦った経験はある。あの時は無我夢中であったり、碌に見えなかったり、相手が弱かったり調子に乗っていたりで、本気で命のやり取りをしているという気にはならなかった。
要は、対等に向き合い戦う事がほとんど無かったと言える。その真剣さにあてられただけのことだ。
(この先、あれくらいの敵は出てくるってこと、だよね。トラスちゃんはスリープさんより弱いし、スリープさんでも敵わない人はいるらしいし……)
ミルミルに魔法の力を求めてみた。遅々として進まない魔法研究であり、スリープは召喚した方が良いと常々訴えていた。今後あのような敵が現れるのならば、彼の忠告もより真剣味を帯びてくる。
ただ、ゲームの世界だから同じようにやれって事ではないのかもしれない。
しかし、今回の一件で柊菜の心は折れかかってしまった。あの力がもし自分に向かえば? そして、そんな状況の真っ只中に従魔を送り込んでいる自分とは?
──全ては奪われる者を救うため。
あの日誓いを立てた言葉が胸によみがえる。奪われる者を救うのだ。それは、自分の従魔だって対象だ。命を奪われるほどの脅威なら、自分がそれを補えるくらいに強くならなくては。
自分もそうだ。奪われた日常を早く取り戻さなくてはいけない。足を止めてはいけない。心を折ってはいけない。従魔と支え合えばいいのだ。手を取り合い助け合えば、今もなんとかなっている。
力が足りない。新しく召喚した従魔だけじゃ足りない。自分を、弱者を、全てを救うには、まだまだ何も足りてやしない。
救いを。救済を。と胸の内にまるで祈りのように言葉を繰り返し唱え続ける。
柊菜の足元では、蓮の花が咲いていた。
・・・・・
少し様子のおかしい柊菜が戻ってきた。樹少年は敏感にそれを察知して、熱心に声をかけていた。
「ごめんね……少し、緊張が解けちゃった」
力無く笑う柊菜を見てそれもすぐに引っ込んだが。
「……それじゃあ、次は俺が試合だから行ってくるよ」
物理的に重い腰を上げて、トラスをアヤナに渡す。
「そういえば、王国ってこのギルド関連以外に何も起きないの?」
「メインクエストはね。一応サブクエでギルマスと戦えるよ」
本来ここは主人公がトーナメントに優勝して評価され、交流戦で剣士と魔術師相手に無双して召喚士上げをする場面なのだ。その後に滅びの大地へ向かい、魔王発生事件勃発、主人公がそれを各地で解決していくといった感じの話になっている。
誰が優勝するのかは知らないが、適当に流して次へ行きたいところだ。ここでの目的はほぼ達成しているので。
待合室へとたどり着く。中に人はおらず、手持ち無沙汰だったのでウィードを呼び出す。
「グルル……嫌な予感がする」
「野生のカンってやつ?」
出し抜けに言い放ったウィードはそれきり警戒したまま黙り込んだ。何が起きるって言うんだ。
アナウンスに呼ばれたので、会場へとウィードを連れて向かう。
「──やあ、待ってたよ」
そこでは、ハンチング帽を被った痩せぎすの男がヘラヘラと笑いながら立っていた。
昨日見たトーナメント戦の表を思い返す。あの場に、自身の記憶に該当するプレイヤーネームや、それらしい日本語は無かった。
こいつ、偽名か替え玉しやがったな。