イズムパラフィリア   作:雨天 蛍

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日間ランキングにイズムパラフィリアが入っておりました。皆様本当にありがとうございます。

12/5(土)目標であった通算ダウンロード(UA)数10000回を突破したので、一部あらすじを追加しました。


57話 敗北

 罵声、怒声、集団に煽られて怒りの渦が巻き起こる観客席の中、樹は心の内側で泣いていた。

 

「ちょっ!? トラスちゃんにアヤナちゃんが! ってかなにあの力!」

 

 身体に見合わぬ剛力を発揮して弾丸の如く飛び出したトラスに引っ張られて、勇者アヤナまでもが、スリープの転移で消えた。

 樹は知らないことだが、この世界の存在の多くには、肉体が保有する筋力よりも優先して実行される法則がある。

 その法則では、アヤナよりもトラスの方が優先権を持つようだ。

 

「アヤナは問題無いから! 今は王国を守るよ!」

「ええ!? 逃げないんすか?」

 

 樹はスリープの言ったとおり、この場から脱出することを目的としていた。しかし、里香がこの場に留まることを表明する。

 

「……アイツらが宣戦布告までしてここにいるってことは、確実に王国を滅ぼす準備が出来てるってこと。なら私は勇者なんだから戦わなくちゃいけないの!」

「それで死んだら意味が無いんすよ!」

「大丈夫。勇者は死んでも戻れるから……私も何回か死んでるし。だからイツキとヒイナで王国から脱出して」

 

 里香は右手を掲げ、足は地面と水平に折ってぴょこんと跳ねた。「『コール』」と呟き、緑色のテリリを呼び出す。

 

「それよりも、勇者はここを取られる方が不味いかもしれないの。さっきまでいたアイツ。アレも勇者なんだよ。私達が追っていた敵だから」

「……どういうことっすか?」

「勇者は不老不死なの。厳密に言うと、死んだら王国の、勇者を喚び出した場所に戻される。でも、アイツは勇者が処刑されたって言ってた……」

 

 アヤナがいない今が里香だけは王国を見捨ててはいけなかった。義理だとか、情があるというわけでもない。

 

「ここを敵に取られたら、私達は死んでも生き返れなくなる可能性があんの。それだけじゃない。元勇者だったアイツが不老不死に戻る可能性がある」

 

 そうなってしまえば、もうこちらに勝ち目は無い。相手は召喚士で、その弱点であるダイレクトアタックが効かなくなってしまうのだから。

 

「その上で勇者でも喚んでエンドにされたらそれこそ終わりなの……それだけは防がないと」

「…………それは無いと思うっす。あの男がそれをしたら、それこそ目的に至るまでの経緯と矛盾するっす」

 

 だからといって、樹が里香を置いていくつもりはなかった。同じ日本人だし、短い付き合いでも仲間であり、見捨てられないのである。

 彼の脳内は、切羽詰まっていて、思考がめちゃくちゃになっている。現状を作り出した要因は自分にあり、そのせいで周囲が大変なことになっているのだ。王国の人間がどれだけ死ぬのかも分からない。いずれこうなるとはいえ、それを早めたのは紛れもない樹なのだ。

 

 TS学園で出会った女性が、あのハンチング帽の男だった。

 先日王国で再会した時に、樹は助かるため、彼らの仲間になる道を提示されていた。保留にしたまま、樹は今日までを過ごしている。

 

 今ここで逃げれば、樹だけは確実に助かる。

 

「……勝ち目はあるんすか」

「無い」

 

 樹には死地に向かう勇者の精神性が理解出来ない。死んだ経験がないから死んでも大丈夫と軽率には行動できない。

 

「負けたら結局里香ちゃんは死ぬんすよ」

「……まあ、しょうがないよ」

「…………」

 

 樹では、里香を止める言葉が見つからない。

 無為に終わる抵抗をやめるに足る知識も何もない。スリープのようにゲームの情報も無いし、彼のようにあっさりと他人を見捨てる選択も取れない。

 

「里香ちゃん」

「……なに?」

 

 樹に取れる行動は少ない。切れる手札は他の誰よりも弱いものだ。

 

「お願いします。俺達と一緒に来てください。里香ちゃんの力が欲しいんです」

 

 だからこそ、頭を下げて情に訴えるしかない。

 

「ここで、ただ負けて倒れるよりも、次に繋げて、勝利を獲るために」

「…………そう、だね。今ここで負け戦しても、しょうがないよね」

 

 目を強く瞑り、数秒考え込むようにしていたが、やがて自分に言い聞かせるように呟き始める里香。

 

「ちなみに、予想出来る対処とかあるの?」

「一つも無いっす。でも、この世界って、召喚士が主人公らしいんすよね」

「ふーん……アイツも私も召喚士だけど。まあ、希望が一つでもあるならそれでいいか」

 

 冗談めかして言う樹に応じる里香。絶望を誤魔化して、現実逃避をするような笑い方だが、二人は強気に笑みをのせた。

 

「話は終わった?」

「ミルミルさん!? 今までどこに?」

「えっ……ずっと、一緒に……観戦してた……」

「あー、なんかごめんね?」

 

 そこに入ってきた樹や柊菜の魔法の師匠である魔術師ミルミルが、心に傷を負った。彼女はツンデレのような勢いで喋るところがあるが、それ以外は物静かな女の子であった。

 今まで誰にも認知されていなかったように。

 

「そ、それより、新田さんはどうしたんすか?」

「ふんだ。師匠のこと忘れるような馬鹿弟子に教えることなんて無いわ。……様子がおかしいから今寝かせてある。チェリーミートが背負ってて、移動は出来るから」

「すみません……ありがとうございます」

 

 一度はむくれたミルミルだが、今はそんなことをしている場合ではないと気を取り直す。

 

「空か海か山に行けって言ってましたけど、俺達の手持ちにはそんな従魔いませんよね?」

「あってチェリーが山の道案内が出来るかも……てところかな?」

「すみませんっ! 樹さん達ですか?」

 

 どうしたものかと話し合っていると、かなり焦った様子の王国の召喚士ギルドの長である龍人の女性が飛び込んできた。

 

「あ、はい。俺が樹っす」

「勇者リカ、樹、柊菜、えーっと、あなたは?」

「同じ旅をしている魔術師のミルミルよっ!」

「そうですか、この場に全員いますね?」

「いるけど……何急いでるの?」

「今現在王国の周辺にエンドと呼ばれた怪物が集まっています! 反逆者以外の召喚士を纏めて一度貴族の街へ撤退します! この場に貴族の街のギルドマスターがいない以上、エムルスが率いるヴエルノーズの上を通るよりかは安全なので」

「え? ……ちょっと待って!」

 

 ギルドマスターがそう言うと、里香が慌てて引き留めた。

 

「何か?」

「王国の人たちはどうするの? それに、剣士や魔術師は?」

「ああ……ミルミルさんは連れていきますから安心してください」

「そ、そうじゃなくて! ここにいる残された人たちは?」

 

 ギルドマスターは、現状を把握出来ておらず、ひたすら罵詈雑言を唱える民衆を眺めた。

 

「知りませんよ。こんなの」

「──っ!?」

「……私の従魔で運べる数は限られているのです。より強く価値のある人材を優先して助けないといけません。それに、私の所属は王国ではなく召喚士ギルドなので」

 

 絶句した里香と樹を前に、ギルドマスターは「もういいですか?」と確認をしたあとに、地面へと手を伸ばした。

 

「『コール』」

 

 足元が大きく揺れ動き、樹達は座り込んだ。一人だけ、悠然とたたずみ、揺れをものともしないギルドマスターは、東を指差して叫んだ。

 

「【砂漠龍ダスト】貴族の街へ向かいなさい!」

「ヴァアアアアアア!!!」

 

 普通の土だったはずの地面を砂へと変えながら、樹達を背にのせたダストは、咆哮で周囲を威圧したあと、大きく腕を羽ばたかせて飛び上がった。

 

 龍種星八【砂漠龍ダスト】アビリティは【飛行】【砂漠化】その他幾つか。地形を砂漠へと変えるアビリティの持ち主だが、緑種星七以上で無効化できるスリープがいらないと言い放った従魔である。

 

 

・・・・・

 

 見覚えのある渓流へと視界が切り替わる。足元にあったピンク色の花を見て、俺が来たかった場所へと上手く転移出来たことに安堵の息を吐いた。

 

「いたたた……」

「…………」

 

 腰に手を当てて尻餅をついた姿勢のアヤナと、彼女の腕から抜け出してしがみつくように俺の頭へ飛び乗ったトラスさえ居なければ。

 

 どうすんだよこれ。トラスのアラバスターゴールドは飛翔こそアビリティで持っていないが、飛んでトラスの元へ移動をしているので、無理をすればいけるだろうと思っていたのに。

 

おとうさん

 

 何事かを呟き俺の頭を抱き締めるトラスに文句も言えず、ただ頭を撫でる。

 

「……悪かったね。こっから先は死ぬかも知れなかったんだ」

「いや、今から死ぬでしょ」

 

 首に手を当てて左右に鳴らしているハンチング帽の男が俺の言葉に被せるように言った。

 

 まあ、こいつは知らないのも無理はないか。

 

「『コール』ウィード」

「グルル……」

 

 リリィは転移の時に無理をしたことでリコールされている。ウィードを呼び出せば、なにかを察しているのか、静かに俺の隣へ並んだ。

 

「…………それだけかい?」

 

 俺とウィードを見て鼻で笑う男。そいつは指を鳴らすと──。

 

「『コール』」

 

 空を埋め尽くすほどの従魔が次々に現れる。その多くは星一から星五以下のゴミばかりだが、数が圧倒的だった。レア度が低い分異形の怪物共がうじゃうじゃと静かに溢れでてくる。

 可愛らしい笑顔で固まったままのチェリーミートや、睨んだような目で顎を上げているミルミルもいる。

 

 ストーリー以外で入手できるリミテッド従魔はいないようだ。

 

「まったく、品が無いというか無課金は本当にそれで楽しいの? っていう遊び方しかしないね」

「勝つための方法だろ? 文句を言われる筋合いは無い」

 基本的にイズムパラフィリアにおける同時召喚枠は、三十が目安になっている。これは個人でレイドクエストに挑戦できるだけの数だ。

 

 レイドクエスト以外での多くのコンテンツには、従魔の召喚数に制限はない。特にメインストーリーでは、チャレンジによる報酬増加以外で従魔の召喚枠を増やし続け、物量で押しきる作戦にデメリットはない。

 無課金プレイヤーは、とりあえずゴミでも戦力にしないとやっていけないので、枠を増やし続け、従魔を召喚し続けるのだ。

 

 だが、増やせば増やすほど処理は重くなり、軽量化の為に画質を落とし、それでもカクカクに動かしながら、重なりあって元の姿が見る影もないテスクチャの塊を眺める作業の何が楽しいのだろうか。

 ゲーム楽しむ為に課金して快適に遊ぶんだろ。なんでゲームクリアするために楽しさを捨ててんだよ。ゲームやる意味無いだろ。勝つのが楽しいだとかカタルシスを感じたいならスポーツでもやれば良いのに。

 まあ、無課金プレイヤーがいてこそ、課金プレイヤーが輝けるのだから、彼らには悪いがそのまま目的を見失った乞食でいてくれ。

 

 イズムパラフィリアは量じゃなくて質のゲームなのにね。

 ダメージ計算式の都合上、最低ダメージは一になる。保証加減ダメージとか付いていないので、ウィード相手に星三以下の有象無象が攻撃しても勝ち目はないのだ。

 

 もちろん、それはウィードが完凸レベルマになったらの話だが。今ここに並べられている従魔達は、ウィードに攻撃が通るのだ。

 

 事の成り行きを見守っていたアヤナを抱き寄せる。アヤナにそのまま大人しくして貰う為に、小さく耳元で囁いた。

 

「ウィード」

「グルル……なんだ」

「悪いね。ここで死んでもらうよ」

 

 ウィードが咆哮をあげて男へと突貫した。

 次の瞬間、男の背後にいた従魔達から無数の攻撃が浴びせられる。

 男の前で倒れたウィードは、黒焦げの血塗れで、生きているのが不思議なほどの惨状であった。

 

「……それで?」

「もう終わりさ。後はその手に持っているピースメーカーで俺を撃てばいい」

 

 特に強い従魔でもないのに後生大事に持ち抱えているってことは、何か思い出でもあるのかね。

 

「ああそう……呆気ない幕切れだったね」

「本当だよ。せっかくゲームの世界に来れたっていうのに、学生は付いてくるわ無課金プレイヤーが無双してるわ。嫌になるね」

 

 構えた銃口はかなり振れている。しっかり胸に当てて欲しいのだが。

 

「……どこで間違えたんだっけな」

 

 誘いとして、聖女の台詞をもじる。男は少しばつの悪そうな顔をしただけだ。

 

「じゃあ……さようなら」

 

 引き金が引かれる。俺の予想は大きく外れて、土手っ腹に穴が空く。吹き出る血と共に、衝撃で後ろに倒れ込む。

 ……胸に隠しておいた召喚石の守りは外れたか。

 

 ドボンと水の音。渓流の流れはかなりのもので、三人連れたまま水底へ引き摺り込みながら俺達を運んでいく。

 

 ──男と対峙した場所。ここは聖女が人に追われて身投げした川と同じ場所だ。

 

 聖女は流されて、そのまま別の場所へと辿り着く。旅の終点。彼女が眠る場所へ。

 

 

 

 終末の洞窟へ。

 

 従魔に死んで貰ったんだ。俺もここで命張らなきゃいけないんだよ。

 失血を抑えるべく、傷口を全力で握り潰しながら、俺達は流されていった。

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