ヤバい。想像以上に辛い。
川から地下に入りそこら中を打っている。呼吸は意地でも止めており、なんとか意識を保っているようなものだ。
水に入ったあと、どうにか腕の中に収めたトラスとアヤナはまだ余裕がありそうなので、恐らくは俺の身体から出ている血が酸素を急速に奪っている可能性が高い。本当にこれだけは胸を撃ち抜いて欲しかった。検証でウィードの跳躍撃では砕けなかったから。
数分か数十分か、時間の感覚は既に無く、アヤナとトラスも苦しそうにし始めた頃、俺は意識を失った。
・・・・・
「──プハッ。はっはっ……」
洞窟の湖になっている場所へと吐き出される。アヤナはすぐさま水面へと顔を出して酸素を求めた。
トラスは根本的に地球人と違うからか、スリープを担いでなんとか水辺まで泳いでいた。
アヤナも急いで二人の元へ泳ぐ。
キラキラとした白というより透明な粒が集まり堆積した陸地へスリープを引き揚げる。アヤナはスリープの胸に耳を当てると、心臓の音を確認した。
「動いている……呼吸は……」
口元へと手をかざすも、呼吸をしている様子は感じられない。水を吸ったのかは分からないが、このままではいずれ心臓も止まってしまう。
「人工呼吸……? でも水飲んでるだろうし、お腹を押して吐き出させるべき?」
「ハイハイ、そこの巻き込まれ女は引っ込んでてください。私が主様を助けますから。どこぞの人命救助を前にキスを躊躇う女と違いましてね」
嫌みをたっぷり含ませてノーソがアヤナを背後へ押しやる。
「私は主様にキスでもなんでも捧げられるんですよ。あのくそどらごんが死んだのでこれからは私が正妻ですしね。ふひっ」
一人でぶつぶつ呟きながらノーソはスリープへと唇を合わせた。
「ふーっ」
「…………うぐぅっ!!?」
ノーソが息を吹き込むと、たちまちスリープの顔色が白から茶褐色と変わっていく。アヤナが狼狽え始め、ノーソがもう一度息を吹き込もうとし、トラスが容態の急変したスリープを揺り起こそうとする。
緑色にまで顔色が変わった時に、スリープは跳ね起きた。
ノーソの額を掴む。顔色と同じように変色した水を吐き出しながらノーソを睨んだ。
「ぐっ……ゴホッ。人命救助感謝する……が、殺す気か」
「痛いですよぉ。お目覚めですか? 主様」
いくらスリープがアイアンクローをかけたところで、従魔であるノーソを傷付けることは出来ない。力を籠めたところでフラりと倒れそうになったことで、スリープはノーソから手を離した。
「……『再生』」
胸元から零れ落ちた召喚石が砕ける。柔らかな光の小さな玉が集まり、スリープの前に綺麗な姿のままのウィードが姿を現した。
意識は無い。
「げっ。主様、どらごんは死んだのでは無かったのですか?」
「死んだよ。ただ、俺がロストを保留にしてただけだ。ゲームでは出来ない技だけど、一回ミラージュと戦った時に出来たからね」
ちぇーと唇を尖らせたノーソがリコールされて消えていく。スリープが消える直前にノーソへとウィードを押し付けて二人とも消えていった。
「…………!!」
「ちょっと、大丈夫なの?」
「いや、結構危ないと思う。回復役が早急に必要な程度には」
意識こそ戻ったが、スリープの出血は止まっていない。血が抜けすぎたせいか、顔色は真っ白である。ノーソの病魔に冒されたのか、熱を無理やりにでも出そうとしており、急速に体力が失われていく。
ふらつく身体をアヤナに支えて貰いながら立つスリープは、手に持った八面体の結晶六つを掲げる。
「これで全部だ。回復出来る従魔来てくれよ……『召喚』」
血が抜けすぎて感覚が無くなり、スリープの体調はむしろ良好のように感じられた。生命に危機が迫っている証拠である。パニックなどを防ぐために逆に脳内物質がドバドバ出ているだけで、危険信号を出す段階を越えてしまっているのだ。
痛いといった状態は、脳が危険信号を与える為に出しているものであり、本格的に生命の危機に陥ると、脳は痛みをシャットアウトし、逆に快楽を感じさせようとする。
むしろ笑えてくる。というのは、一定の段階を越えた場合の安全措置なのだ。パニックを回避する為に。
六つの結晶が砕け、光の奔流がスリープを包み、洞窟内部を強く照らしつける。
光の中から現れたのは二人の少女。一人は背中から機械の部品で出来た翼を生やし、随所の肌から錆び付いた金属が見え隠れする。顔をうつむかせ沈んだ様子で座り込んでいる。
そして、もう一人は身体にぼろ布を巻き付けた、一度も切った事が無いような無造作に延びた髪に、トラス並みの幼く小さい身体。相貌に一切の感情が乗っておらず、隣で座り込む少女よりも無機質な印象を与える。
「【ラインクレスト】……かつて、一つの国境線の守護をしていた……祖国に遣える機動兵器です」
機械の少女が声にノイズを交えながら話す。古くなり打ち捨てられた姿には
「【 】私は──人間です。人間です。人間です」
その少女よりも機械のように同じ言葉を繰り返す幼女。名前は音にならず、彼女の眼には何も写っていない。
「罪罰」
スリープがかすれた声で呟き、その言葉に彼女が強い反応を示した。
グルリとスリープへ首を向け、食い入るように見詰める。眼球が今にも零れ落ちんと言わんばかりに開かれ、光彩が揺れる。
「あ……あぁ……」
よろよろと罪罰と呼ばれた幼女がスリープに近寄る。あり得ない幻覚を見ているようで、しかしそれに抗い切れないように。
スリープがついに倒れ込む。腹に開いた穴からは勢いが衰えた血がただ地面を僅かに染み込ませるばかりだ。
「あっ……ぎぃっ……!」
スリープの元へたどり着き、そっと膝をついた瞬間に、幼女の様子がおかしくなる。痛みを堪えるように腹を押さえ出す。
慌ててアヤナが駆け寄ると、幼女の押さえた手が真っ赤に染まり、彼女の服をも血で染め上げる。
色の無い幼女の下腹部全体を血で染め上げ、アヤナが戸惑う中で、彼女は倍速再生をするかの速度で腹から血を流し、死に絶えた。
・・・・・
死ぬかと思った。いや、死んだけど。
俺の隣で出血をして倒れこんだ幼女を見る。背中側にも出血している跡があり、なにかが身体を貫通したような印象を受ける。
自分の身体を触る。そこには今まであった傷口がきれいさっぱり無くなっていた。
目の前でたおれる幼女の傷の位置は、俺と同じような場所にある。
彼女は【滅亡聖女罪罰】聖女と言われてイズムパラフィリアプレイヤーが思い付くのは、彼女だろう。
彼女はかなり特殊な従魔であり、その特異性から話題を呼んだ存在である。たった一つのアビリティが、イズムパラフィリアの中でも現在まで唯一無二にして、当時は誰もが求めるものだったからだ。
突然だが、ソシャゲというのは常にアップデートを行いキャラを生み出すゲームである。一つのキャラクターこそがソシャゲの商品であり、それらは魅力的な外見を持っている。
ここまでは普通のことだ。どのキャラクターだってあり得る話。ソシャゲじゃなくてもそうだろう。
ソシャゲはそれに合わせて、ガチャを回して貰うための工夫がいる。性能の強化、それが必要だ。今までのキャラクターよりも弱いキャラを出せば、外見で好きなキャラを引くプレイヤーか、コンプ勢しか課金はしない。
初期キャラよりも二年後に出したキャラの方が強いのは当たり前のことで、既存キャラはいい運営だと、上方修正を入れる。大抵はキャラの立ち絵をアレンジし、性能も強化した同一名にして別キャラをガチャで売るものだ。季節イベントなど、そういう手法が大半である。
だからこそ、人権キャラというのは自己性能が優秀なキャラクターではなく、どのキャラクターにでも合わせられるバフ、デバフを与えるキャラクターに与えられる称号なのだ。一度サポート系キャラを出すと、それを越える性能の持ち主を生み出すのが難しくなるし、インフレを加速させていく。ソシャゲはぶっ壊れ性能のバフキャラが出てきた辺りからは落ち目になるので、見切りをつけるならサポートキャラを見ればいい。
イズムパラフィリアも、インフレを警戒していたゲームなので、状態異常系デバフ従魔こそ数多くいるが、純粋なステータスバフ、デバフを与える従魔はほとんど現れなかった。基本的にはどの従魔も使えるスキルでバフデバフ技が入れられている。
話は少しズレたが、ソシャゲはインフレが宿命であり、少しづつ切り分けながらインフレしていくゲームだ。強い従魔はより強い従魔を出してガチャを回させる。売り物になるのは単純なステータスだけではない。
ゲームにおけるストレス要素を排除するのもまた課金要素の一つだ。キャラクターの衣装違いや、背景変更、BGMなど。それらもまた売り物に出来るシステムの一つである。
いずれ来るであろう一つのストレス要素『ロスト』を回避する方法もまた、最大の売り物になる。
「んぅ……」
「え? 死んだはずじゃ……」
倒れ付した幼女が立ち上がる。アヤナがそれを見て困惑の表情を浮かべた。
「あっ……おはよう、ございます。人間さん」
「おはよう、罪罰ちゃん」
何事も無かったかのように立ち上がり、俺を見上げて心底嬉しそうに微笑む幼女。静かにすり寄って来て、弱い力ながら、もう二度と離さないという意思が伝わるほど固く抱き締めてきた。
「…………」
トラスの目がジト目になっていく。
「もう、永遠に離れませんから」
そりゃあそうだ。罪罰ちゃんを引いた時点で俺はずっと彼女を持ち続ける事になるだろう。
天種星零【滅亡聖女罪罰】あらゆる生命の死に絶えた世界に産み落とされた、あらゆる死を肩代わりして世界を蘇らせる聖女。
彼女の名前でもあるアビリティ【罪罰】は、他従魔のロストを一度だけ肩代わりし、戦闘終了後にHPを代わりに全損した彼女が復活する。ロスト無効化の能力を持つ従魔なのだから。
彼女の唯一無二である他者の死を肩代わりする能力と、その後復活する能力はイズムパラフィリアプレイヤーが求めた事故によるロスト回避の能力である。
まあ、彼女はそのアビリティ一つだけを持ち、他ステータスも全部一で固定された戦えない従魔なのだが。
身代わり人形みたいなものだ。彼女以外に星零などという盤外の従魔などいないし。
ちなみに、罪罰ちゃんはリミテッド従魔であり、死んでもロストしないので、一度入手したらずっと消せない従魔である。召喚した時からレベルMAXであり、一度も限界突破をしない。不変の従魔である。
その性質から、ヤンデレ代表みたいな性格を与えられているイメージが多い。非公式漫画でもヤンデレキャラだった。
欲しい従魔といえば欲しい従魔だ。もうちょい早く来てくれれば、ウィードの復活に石を割ることも無かったのにな……。
というか、この反応を見る限り、リミテッド従魔は全員プレイヤーだった頃から俺の事を認識しているっぽいな。罪罰ちゃんのイベントはプレイヤーと二人きりのハートフルストーリーだったからな。最初から仲良い従魔だけど、ここまで甘えるようなキャラじゃなかったし。
……そして、もう一人だ。
この明らかにメカバレフェチを意識しているような美少女メカキャラは機種星十三【人造天使ラインクレスト】である。
「……照合完了。お待ちしておりました。マスター」
「やあ……」
ギシギシと関節を軋ませながら立ち上がり、俺へ深く一礼をしたラインクレストは、折った上体を持ち上げると、そのままピクリとも動かなくなった。
「指示をどうぞ」
「待機で。戦闘の時にまた呼ぶから」
「了承しました」
罪罰ちゃんとラインクレストをリコールする。
無機質なイメージだが、それはラインクレストがまだ
それよりも、リミテッド従魔に、ゲーム時代の記憶があるのならどうして未強化のままなんだろうか。ため息しかでない。
彼女は国境線上を単騎で守護する人造天使なので、高機動高火力紙装甲な従魔である。今は未強化なのでただの紙装甲だ。
「…………とりあえず、一通りの役目は揃ったのかな」
タンクのウィード、魔法攻撃のシルク、状態異常デバフのノーソ、バフ役のリリィ、後衛機動火力のラインクレスト、蘇生役の罪罰。
作戦命令死ぬまで戦え。一人死んだら撤退。
使い難いなぁ……。全体的に尖りすぎだろう。
ちなみに、罪罰ちゃんはかなり序盤の方に名前だけ出ております。