新しい召喚による顔合わせも済んだことで、ようやく状況の把握についた。
アヤナも、周囲を見渡して、ここが地底湖のようになっている場所だと気付いたらしい。上空は土と石で覆われているのに、何故かどことなく薄明かるいので、ただの湖だと感じてしまうのだ。
「ここは……?」
「……終末の洞窟。その最深部だよ」
トラスを抱き上げる。どうやら川の中で彼女を抱き締められる位置に動かした際に頭を打ったらしく、額から血が流れている。親指で傷口を拭うと、既に出血は止まり、僅かに血が滲んだだけだった。急かして来たので肩車をする。
俺達がやってきたであろう、水が流れ出て滝になっている場所以外は、濃い霧で周囲に水があることくらいしか分からない。
足元の砂を掬い取って見ると、一見透明に見えるが、微かに青い色がある。土砂が堆積して出来た陸地ではなく、何か結晶のようなものが砕けて陸になっている事に気付ける。
とりあえず目的の場所に逃げ込む事は出来たようだ。
「……こうなるって知ってたの?」
「ゲームにあることだからね」
とはいえ、そこに流れ着くまでの時間やら何やらを勘案すると、かなりの博打を打ったことになるが。
まあ、俺が生きているかどうかはともかく、この場所が知られていることはまず無い。ヴエルノーズの聖女を知らない時点で、関連のクエストを受けないと判明しないこの場所は分からないだろう。
少しだけ砂浜を歩く。自分達が来た方とは反対側に。一部分霧がかかって見えない場所がある。そこへ向かって歩くと、周囲が霧で見えなくなる。付いてきたアヤナがはぐれないように腕を掴んできた。
「なにここ……さっきまで周りが見えてたのに。まるでここだけ霧で取り囲んでいるみたい」
推理小説好きのアヤナが鋭い事を言う。まさしくその通りだ。
霧の中を進むと、徐々に空気が冷たく、鋭いものに変わっていく。人が来るのを拒むように、冷気が肌を刺す。
そのまま突き進むと、雲を抜けたように霧が晴れた。
「なに……これ……嘘でしょ?」
「実物で見ると凄い光景だね」
一段と高くなった石の台の上に、青く透き通ったクリスタルが大量に生えている。そのクリスタルの手前には風化した祭壇が置かれ、祭壇には錆びた短剣が置かれている。刃の部分には茶色い血が乾いた痕がある。
「琥珀みたいなものなの?」
アヤナが呟く。透き通ったクリスタルの中には、幾人もの人が中で眠っていたのだ。
近寄って人の入っているクリスタルへ触れようとするアヤナへ注意する。
「触んない方がいいよ。それが、ここを終末の洞窟と呼ぶ理由だから」
「……死んでるってこと?」
「封印、もしくは眠っている方が近いかな」
ここで眠りに付いた人は
クリスタルは一種の封印みたいなものだ。死種に囚われ転生しないために、もう二度と生を歩まない為に眠る場所。
クリスタルに触れて、弱りきった意思で眠りにつきたいと願うだけで閉じ込められるんだ。触らない方がいい。
そんなクリスタルの中央、一際大きいその空間には、何もなかった。むしろ何かがあった痕跡だけ残っていると言っていい。地面が掘り返された跡だけがあり、中央にあったであろうクリスタルごとぽっかりと失われていた。
言わずとも分かるだろうが、聖女があった場所である。掘ったのはミラージュ達ヴエルノーズの地下にいる住民だ。
「この地面を掘り返したら、外に出られないの?」
「ここら辺地底湖だし危険だと思うけど。というか、そっちの道の方が死ぬ」
クリスタルドラゴン相手に戦うのと、ミラージュとゴーレム化した聖女を相手にするのなら、ドラゴンと戦う方が勝ち目がある。
というかミラージュはよくここまで掘り進めたものだ。
表に見えているクリスタルだけが全てじゃなく、地下、水の中にまでクリスタルは存在する。ミラージュはそれを削り取ってか、避けては知らないが、わざわざ聖女を労力かけて回収しているのだから。
聖女がいつ頃からいて、いつ死んだのかははっきり分かっていない。ゲームで見た地形が変わっていない辺り、最近眠りについたのだとは思うが、魔法都市を作ったような話も聞いたことがある。
祭壇の上に置いてある短剣を拾う。これはイベントアイテムであり、ヴエルノーズにいる聖女を召喚するための触媒になる。入手しているとフラグが立つのだ。
「この後はどうするつもりかしら?」
「とりあえず脱出。と、言いたいところなんだけどねぇ……」
あの場を切り抜けるにはこうするのが一番だったので後悔は無いのだが、問題もある。
「出るのにはクリスタルドラゴンを倒さなきゃいけないんだよね」
現状、勝つのは厳しいだろう。どいつもこいつもレベルが足りん。
まず、最初にこの世界に来たときは、チュートリアル効果で、ウィードが完凸レベルマ性能であっさり倒した。ついでに奥へと進んだ後に遭遇したのだが、終末の洞窟はここが最奥である。
つまり、ここから外に出ようとすると最初に戦うことになるので、雑魚狩りによるレベリングが出来ない。
次に、ここの敵は課金前提の強さだ。終末の洞窟はダンジョンであり、最奥のボスは課金プレイヤーが倒せるタイプのレイドボスである。DPSチェックこそ無いが、ギミックを解けないと簡単にロストさせられる。そして、課金必須の理由は、単純にステータスの問題だ。
無課金の雑魚は蹴散らされる。ここに出てくる敵はどいつもこいつもタフでステータスが高いのだ。ステータスの暴力には同じくステータスで対抗しないとやっていけない。
一応、脱出を目的にするのなら、クリスタルドラゴンだけ倒して後は逃げれば良い。そのステータスが高い敵の筆頭こそがクリスタルドラゴンなわけだが。
そして、レイドボス相手にこちらの現在の召喚枠は四つ。トラスを入れても六つ、勇者の力を合わせて七つで全然足りない。
ウィードが星十、ラインクレストが星十三なのが唯一の救いだ。ここは想定レア度星五なので。
それでも未凸は無理があるが。ダメージは一しか入らないだろう。
クリスタルドラゴンは物理防御が高いからなぁ。ラインクレストもウィードも物理型なのだ。
シルク?
「勝てるの? 私も戦うけど」
「……正直に言うと厳しいかな。もちろん、方法はあるよ」
ここでイベントが発生するのを待ち続け、そこでレベリング、石集め、そして召喚を行えばいい。
水はそこにあるし、アヤナは魔術が使えるので火でも起こせば問題ない。食料も、水の中を探せばあると思う。敵は出てきたこと無いんだけど。最悪餓死して罪罰ちゃんで生き返ればいい。また栄養失調で死ぬまで耐えるだけのことだ。
そうして、待ち続けていずれ戦力が整った時にでも、戦えばいい。いつかは出られる。
アヤナにそう伝えると、その生活を想像したのか、非常に苦々しい表情になった。
「それは最終手段じゃないかしら?」
「いや、そんなの選ぶつもりはないけどね」
敵は待ってくれない。悠長に力を蓄えていたら、世界がどうなるか分かったものじゃない。
俺はイズムパラフィリアが好きなんだ。ソシャゲの世界が好きなのであって、それを好き勝手改変されるのは嫌だ。ゲームがもう一度したいんだ。無双して世界をめちゃくちゃにしたい訳じゃない。
「好きなものの為なら、ちょっとした苦行くらい、いくらでもこなせるよ」
ステータス差でダメージが一しか出ない? 最低でも一入るならいずれ削りきれるだろ。それに、ノーソの病魔でもっと早く削りきれるはずだ。
何時間かかろうが、敵わないわけじゃない。俺は攻略情報が出ていない敵に真っ先に突撃し、延々と金を使って戦い続けてきた使い捨ての精鋭なのだ。
「へぇ、結構やる気なのね。いいじゃない。そういうガツガツした感じ好きよ」
アヤナも気丈に笑いかけてくる。トラスも元気そうに俺の額を叩く。
二人ともやる気になっているようでなにより。下手に撤退する事で時間を無駄にしたくないから、そこでやる気いっぱい応援しててくれ。
「それじゃあやることは一つだ『コール』」
リリィ、罪罰、ノーソ、そしてウィードを呼び出す。既にウィードは起き上がっており、不機嫌そうに喉を鳴らした。
「グルルルルル……」
「起きた? 体調はどう?」
「……問題ない。気分こそ悪いが、体調は万全だ」
次は勝たせろ。というウィードに謝罪の意味を込めて頭を撫でておいた。最近は負けてばっかりですまんな。
…………思い返すと、俺の戦績はあまりよろしくない。ミラージュには負けと撤退。ハンチング野郎にはハッタリで引かせて敗北。要所要所で負けている。
雑魚相手に無双は出来ているのが本当に情けないわ。
閑話休題。とりあえず、死からの復活に問題なし、と。ゲームでは、罪罰ちゃんのアビリティは、発動した後は、本人が戦闘離脱してしまい、終了後に復活する仕様だったのだが、現実ではどう処理されるのだろうか?
まあ、罪罰ちゃんのアビリティは極力使用したくない。ぶっつけ本番になるが、やり直しは一回まで効くと考えておけばいいだろう。
死を肩代わりする彼女は、その能力故に、彼女の世界であらゆる死を経験したのだから。狂うことも許されず、永遠に誰かの死を代わりに受けつつ、ただ化け物として扱われていた。
めちゃんこ可哀想なので極力彼女の力は借りずにやっていきたい。彼女の入手イベントは救いの無いものだったので、絶対に引かないといけないものだったのだ……。
しかも一度引いたらずっと一緒なんだぞ!? リミテッド従魔は手放すことも出来ないし、ロスト無効従魔だから消えることもない。召喚することがハッピーエンドなのだ。
幸せにしなきゃ(使命感)
話は逸れたが、咳払いをして誤魔化す。いつの間にか抱き締めていた罪罰ちゃんをそっと元の場所に戻し、従魔達を見る。
完全に白けた顔をしてやがる。
「…………これから、終末の洞窟を出る為にクリスタルドラゴンと戦うことになる。そこで、一つ出来るようにならなきゃいけないことがある」
彼女達も、真面目な話が始まり、真剣な表情になる。
俺がウィードを見つめると、ウィードも喉を鳴らすのもやめてこちらを見つめ返してくる。
そして、一言。
「ウィードの身体が欲しいんだ」
「…………は?」
ポカンと口を開けて呆然としていたが、次の瞬間には顔を真っ赤にして俺に飛びかかってきた。
「お、おおおおおまっおまっお前えええ!」
「ヒューヒュー!!! いい
「こ、こここここでなんてトラスの教育に悪いわ! そういうのは一目に付かないところでやりなさいよ! み、見えちゃうでしょっ!?」
「はぁー? 不潔ですよ主様! ドラゴンなんて人体に悪い病気が付いてるかもしれないんですけど? そもそも主様には私がいるじゃないですか!」
「……一緒に居てくれないんですか?」
龍の力で組み敷かれる。ノーソは袖を噛んで悔しがるふりをして、リリィがニヤニヤと見物の姿勢を取る。罪罰は目を潤ませて、アヤナはトラスを肩から奪い取ると目を塞いだ。
「へ、変態がっ! 私はまだ五年も生きていないんだぞ!? それともなんだ、お前は幼い龍に欲情するド変態マスターだったのか!? ああそういえばさっきも白いガキを抱き締めていたな! 確かにお前に私は身体中を隅々まで弄くり回されたが、まさか自分の性欲の為にやっていたとはな! 研究とはなんだ? 自己の性癖探求でもしてたのか? このペドラゴン野郎がっ!」
ペドラゴンは多分ウィードの方じゃないの? 俺のことは
というか、言い方が悪かったけどそうじゃないよ。欲しいのはウィードの完全なマニュアル操作権だよ。
騒がしくなった湖畔に少女達の声が反響する。
倒れた先に見えたクリスタルの中にいる人達が、どこか笑っているように見えた気がした。
これにて王都編は終了です。次回はいくつか閑話を挟んだ後、樹少年視点で進む貴族の街編になります。スリープ視点は次章ほとんどありません。