バレンタイン限定ガチャはガッツリ勝利したのですが、イズムパラフィリアの方は書くのをすっかり忘れていたので今年もバレンタインイベントはないです。
最初、樹には柊菜の怒りが理解できなかった。
「なぜって、決まってるじゃないっすか。困ってる人がいたから、助けられるから、助けた。それだけっすよ」
「困ってたから!? 確かに今はどうすることも出来ない状況にあるよ。でも、なんでノーマネーボトムズの人達を受け入れるの?」
柊菜はサクメを受け入れられないと拒絶する。
「……だって、その人達、大量殺人犯だよ?」
柊菜が吐き出した言葉に、サクメが目を伏せた。
確かに、ノーマネーボトムズは、大軍を引き連れて王国を襲撃した。しかし、それはハンチング帽の男と、もう一人が主導して行っている事だ。一部の召喚士ギルドのマスター達も離反していたが。
「でも、それは一部の人達だけっす! サクメさんだって、全員がバラバラに動いているって、言ってたっす!」
「その一部にいるのがトップの人でしょ? どうやって止めるの?」
「それは、こっちが先回りして、街の頂点にいる人だけ倒していけば……!」
樹が先程まで想定していた事を説明する。
それに返ってきた言葉は、冷たいものだった。
「……それ、私達がやること?」
「……え?」
「確かに、樹君の言う通り、これ以上の被害を出さないようにするためには私達が先手を打って行動すべきだよ。でも、それって、私達だけで勝てる相手なの?」
「それは……」
これまで樹達が戦って来たのは、雑魚がほとんどだ。ゴロツキ、犯罪者、モンスター、野良従魔、そしてエンド。
敵の手先しかまともに相手をしたことがなかった。
「私は、チェリーの時に召喚士を相手にして戦うことの難しさを理解したつもり。私達を守りながら相手を倒す、その事がどんなに大変か、最初の街で思い知ったから」
勝てるかどうかも分からない相手に、将来的に大量虐殺の可能性を防ぐために戦う。
勝てたところで、一度全部壊して生き残りを集めるようなやり方だったら、大量虐殺が発生するのは変わらない。
「本当に防ぐなら、引き金を引いた張本人を倒す。そうするべきだよ。私達が戦った化け物だって、元は人間だって言ってたでしょ? なら、街に残った人が戦力の補充先に使われる可能性は?」
どのようにして、化け物を作り出しているのかは分からない。屋敷での一件から、急激な変異だとは判明しているが、それを引き起こす何かが存在しているはずだ。
スリープ辺りなら知っているかもしれないが、思い返すと、その事について、誰も気にかけていないのか、尋ねた記憶は無い。
「サクメさんの目的を叶えるだけなら、ノーマネーボトムズに手を貸すだけになる。大元を叩くなら、ノーマネーボトムズも同時に叩くべき、でしょ?」
柊菜の指摘により、樹は、自分の心の奥にあった卑怯な本音を自覚した。
ただ、目の前に迫った脅威から逃げ出そうとしているだけなのだ。その為に、表向きの綺麗な言葉を並べて、そして媚を売るように服従を示しただけだった。
「そう……っすね。すっかり忘れてた。俺、ただ王国を襲った化け物にビビってただけだった」
「まあ……勝てる気はしないから、樹君の考えも分かるよ。でも、さっきのは救うための行動じゃなかったから……」
ということで、と柊菜はサクメへ体を向けて、腰を折った。
「申し訳ないですが、私達は、ノーマネーボトムズに手を貸すつもりはないです」
「そうですか……仕方ないですね」
サクメは、頭を下げた柊菜へと笑みを浮かべる。
冷酷な視線が柊菜を突き刺した。嫌な予感を覚え、樹が声を上げる。
「なら、いまここであの人の脅威を排除するまでです『コール』!!!」
「っ! シーちゃん!」
ゲートが開き、振り下ろされた振り子のようなものをピクシーが炎をぶつけて弾き返す。
多少焦げ付いた跡を晒しながら、鋭利な刃物の振り子が姿を表す。骨の両腕が振り子の支点から生えているだけの、生物らしさが一切ない従魔が姿を見せる。
「私は貴族の街のギルドマスターサクメ。ノーマネーボトムズの一員にして、本拠地を任された幹部」
ズルリと彼女の服から液体状の従魔が落ちてくる。青色のそいつは、ふるふると震えた後に、数を二体に増やした。
この街を覆うエネルギーバブルそのものだ。
「王国でエムルスの裏切りを知った召喚士達を迎え撃つ為に配置されたのが、私です」
街を混乱に陥れた張本人にして、この街で倒すべき存在が、正体を現した。
「『リコール』」
「チェリー、ドグマとシルキュリアを回収! エー君は迎え撃って!」
即座に足場であるオセアンをリコールする樹。落下の浮遊感を味わいつつも、柊菜が素早く指示を飛ばす。
エンドロッカスが剣を振り下ろす。狙った先は召喚士ではなく、従魔だった。
阻まれる攻撃。元から切り裂くよりも叩き付けて硬直を狙った一撃だった。反動を使い下がったエンドロッカスの背後から、火炎弾が複数撃ち込まれる。こちらの狙いは、召喚士。
素早く、攻撃に割って入る振り子のような従魔。パンと破裂する音が幾度も響く。
「「撤退!」」
二人の声が重なる。数度撃ち込まれた炎弾が晴れる頃には、サクメの視界に全員の姿が消えていた。
今までの旅で、樹達が覚えて来たことは、逃げの判断が一番である。彼我の戦力差等の判断に関してはイマイチであるが、状況判断と撤退への見切りをつける早さだけは幾度とない窮地で培われてきている。
視界を塞ぎ、音は柊菜の魔法による玉をぶつけることで上書きし、後を追わせないようにする。その技術はギルドマスターにさえ通用するレベルであった。
状況は悪化するかもしれないが、生存能力だけは否応なしに高くなっている二人であった。
これまでの冒険、逃げてばかりである。
それでも、送ってきた日々があってか、無事にその場を脱出することに成功した。
「…………っくはぁー! サクメさんが敵だったんすか!?」
「そう、だね。しかも……ギルドマスターだって」
必死に走って逃げたから息も絶え絶えの二人。
「ごめん、俺……組織じゃなくて個人を見るべきだ。なんて言いながら、何も見えてなかったっす」
「ううん、気にしないで。私も、別に分かってた訳じゃないから……それに、もしかしたら空気を悪くしてただけだったかもしれないし……」
一度時間を置くことによって、冷静になった柊菜。周囲に敵の姿が見当たらないのを確認すると、ほっと胸に手を当てて警戒を解いた。
「ねえ、樹君。少しだけ……お話しない?」
「ん? 別にいいっすよ」
辺りは既に暗くなってきており、崩れた建物の先から、夕暮れのグラデーションが空を彩っていた。
伸びた影が寄り添う。
「…………」
「…………」
改めて何かを話そうとすると、言葉にならない。樹は、柊菜から誘って来たから柊菜の言葉を待つし、柊菜は何を話すべきか、言葉を探している。
「……こうやって、二人きりで何かを話したことって、思い返すとあんまり無いよね」
「そうっすね。学園以来っすかね?」
元々危険な世界に、街の中でさえ複数の人員でほとんどの時間を行動している。
基本的に自衛能力がある樹やアヤナ、この世界に対する知識を持っているスリープ以外は二人での行動を避けるようにしている。ミルミル、柊菜、里香は全員が守り安いようにと意識して集まっているのだ。
「学園……あの時かぁ」
遠い目をして呟く柊菜。何かを思い出したかのように、樹へと振り向く。
さらりとした薄い茶髪の髪が靡く。
「樹君はさ、この世界で何を目的にして行動しているとかって、ある?」
「目的っすか?」
「そう。最終的にこうしたいなーとか、こうなりたいなーって……」
「うーん……あんまし考えてなかったっすね」
樹は、視線を逸らして空を見上げた。柊菜の顔がどことなく遠くて、綺麗に見えて。少しおどけて返事を返した。
「私はね、日本に帰りたいよ」
柊菜の口から小さく溢れた想いに、樹は息を飲んだ。
「もう……一ヶ月くらいは過ぎてるはず……なんだよね。この世界に来て。最初は、ちょっと夢を見ているような感覚だったけど、これだけ過ごしていれば、どうしても焦って来ちゃうよ……」
「新田さん……」
弱音を吐きながら、膝を抱える柊菜。
「学校の勉強も遅れちゃうし、家族も心配してる。……ねえ、樹君。私はさ、間違ってるのかな? 家族も、今までの生活も全部捨てて、ここで生きていく方がいいのかな……?」
樹には、答えられなかった。
彼もまた、帰りたいという気持ちはある。しかしそれは、完全に今この状況を、従魔を捨ててしまうことに繋がりそうで、選べなかった。
彼等は、力を求めた樹へと手を貸したのだから。
それが必要の無い日本へと帰った時、彼等はそれでも一緒に居てくれるか?
それが、樹には分からなかった。シーちゃんでさえ、今のままなら、共に日本で生きていけるとは信じられない。
「…………俺は、俺も。確かに帰りたいと思ってるっす。でも、それは何もかもを放り捨てて、逃げるようにじゃないんす」
「私だって、そうだよ……」
抱え込んだ膝に顔を埋める柊菜。消えそうな声で呟く。
「せめて、こんな体験を自分の人生の経験にしよう。いいものにしようって。ポジティブに考えて頑張ってるつもり。だけど、帰る方法も全然見つかってない……。弱い人を救う。その片手間に帰る方法を探すだけじゃダメなんじゃないかなって、ずっと、不安なんだよ……」
「王国も、帰還の方法を知ってるなんて言ってたっすけど、ノーマネーボトムズの人が嘘だって、言ってたっすね」
どちらが本当の事を言っているかは分からない。証拠も何も無いからだ。だが、同郷の人が、嘘で王国をわざわざ滅ぼうとするとは思えなかった。
しかし、ゲームとしてこの世界を知っているプレイヤーですら、樹達のいた世界への戻りかたは分かっていないのは事実だ。
ゲームの日本へと帰る方法はあるらしいが、そこは樹達のいた日本ではない。確実性の無いものに賭けるほど、柊菜は無謀ではなかった。
「今の時代、時間は有限なんだって、誰でも理解してることだよ。それでも明日からって後回しにすることが多いけどさ」
柊菜達学生の身で、社会人までの道程における足踏みはかなり厳しいものがある。より地位があり、より世間に認められ、より金の稼げるような将来性のあるいわゆる『勝ち組』への道を進むならば、どこまでも賢く効率的にやっていかなければならない。
それが出来ないものから落ちていく。集団社会において必要なのは、先導を取り、引っ張っていくごくわずかな天才と、それを支える無数の歯車だ。天才も、歯車も、より優れたものから順番に選ばれていく。
そこに人情は無い。必要なのは表向きの経歴。中身の優秀さは判断に難しいが故に、まずは目に見えた実績が求められる。
実は優秀。実は最強。
そんなもの、誰も評価しない。
積み上げられた実績による信頼。それこそが社会での人の価値だ。ルールを守り、ルールの上で小賢しく立ち回れる人間だけが評価に値する。目立たなければ誰も目にしない。
樹達は今、その実績の積み上げの途中で足踏みをしている。人生経験は豊富になるだろう。行ってきたことは人道的で素晴らしいものだろう。
それを証明する手段が無ければ、少なくともスタートダッシュでは確実に出遅れる。
「勉強、追い付けるかな……? 私、将来ちゃんとやっていけるかな?」
柊菜は常に先を見据えているだけだ。日本へと帰ったその時。一度外れたレールから戻った時の事を考え、憂いている。
「お父さん、お母さん、心配してるよね……」
そこにいるのは、ただ一人の等身大の女の子だった。控えめで大人しく、気の弱い、日常ではそこら辺で見かける事が出来るような、そんな普通の女の子。
「帰りたいなぁ……」
額を赤くした柊菜が顔を上げる。目は潤み、声も僅かに震えている。遠い目をして空を見上げていた。
月が崩壊した街を照らす。すん、と鼻を啜った柊菜が、樹を見て照れ臭そうに笑った。
「えへ……ごめんね? 変なこと、言っちゃったよね。話したら、少しだけ楽になったから、大丈夫だよ」
ちょっとした解説
柊菜は最初から帰ることを目的に行動しています。その途中で、自分のトラウマやらなんやらもあって、他の人を助ける道を選んでいますが、最優先事項は日本への帰還になっております。
スリープと里香とアヤナは日本に戻らなくても別にいいタイプの事情を抱えていたり、考えを持っているタイプです。その為、彼等が寄り道をすればするほど、帰還にかかる時間が延びれば延びるほど、彼女は焦り、余裕を無くしていきます。
そこから精神安定のための依存先を求めるようになっていて、従魔へと傾倒していくようになります。
もっと時間がかかれば、逆に余裕を持って行動出来るようになるのですが、本編は記憶が正しく、プロット通りならば、まだ一ヶ月経ってない(半月くらいの行程)状態なので、巻き返せると思える分焦っているんですよね。
小ネタ
サクメは新参のギルドマスターだ! 使ってくる従魔は数で圧倒してPCをフリーズさせるエネルギーバブルと、物理攻撃が稀に致命の一撃*1になる従魔を使ってくるぞ! なお、ゲーム本編では戦う事の無い相手であり、シルキュリアやエンドロッカスに殺される程度の実力しかないので、ギルドマスターのなかでは弱い部類だ! 勇者時代のハンチング帽の男達に救われており、心酔レベルに慕っているぞ!(出されることの無くなった設定)