イズムパラフィリア   作:雨天 蛍

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短め
スランプです。申し訳ありません


65話 サモンナイト

 大丈夫だと柊菜は言ったが、表情は未だ空元気を出しているといった様子であり、そして立ち上がる気配はなかった。

 膝を抱えたまま、柊菜がゆっくりと口を開く。

 

「……私の家さ、お父さんが警察で、そこそこ階級も高くて、いわゆるエリートだったんだって」

 

 柊菜が静かに語り出した。樹はそれに小さく相槌を返す。

 

 そこからは柊菜の幼少期の経験の話だ。

 

 金目の物が目的だったのか、はたまた恨みを買ったのかは不明だ(犯人の口からは精神及び肉体に傷を付ける事が目的だったらしい)が、柊菜は誘拐された経験がある。当時は流石に幼すぎたのか、純潔まで奪われる事は無かった。しかし、それでも当時の事を思い出せない程度には精神に障害を抱えている。彼女が伝え聞いた分には、お茶の間に報道すらされた大事件にまで発展し、以降の柊菜の生活を一変させたものだとのこと。

 高級住宅街に住んでいた一家は、さらにセキュリティの高い家へと引っ越し、柊菜は小学校中学校を厳格で家格の高い人達が通う学校へと進むことに。

 今では、過去の傷を両親も忘れつつあるのか、多少過保護ながらも、一般の私立高校へ通える程度には自由にさせて貰っている。なお、お嬢様学校とも呼ばれている程度には格式は高いのだが。

 

 ともかく、それ以降、柊菜は同年代より上の男性に対して強い嫌悪感と恐怖を抱くようになった。スリープに対する普段の当たりの強さは恐怖の裏返しでもあったらしい。それ以上に胡散臭さが際立って苛立ちの方が大きいとも柊菜が後付けで説明した。

 ここにきて、ようやく柊菜が自分の口から出自を話してくれるようになった。チェリーの時に動いた事と、そのときに感じた経験から、今の柊菜の行動指針になっている。

 

「……私、別に平等とか世界平和とか、本気で考えてどうにかしようって、思ってなかった。それよりも、チェリーの人攫いの時以外は、流されて動いていたようなものだったし、学園の時はエー君が殺された復讐が目的だったし」

「そうだったんすか」

「流石に、見過ごせないとは思ってたよ? でも、何を捨て置いてでもっていう訳じゃなくて……」

 

 流石に柊菜がそこまで覚悟が決まっていたら樹も驚きだ。その生真面目な言葉に思わず笑い声をあげてしまう樹。

 

「……なんですか」

「いや、俺だってそんな真面目に人生かけてまで救済を掲げていると言われたらビビるっすよ」

 

 樹も、ただ目の前で可愛そうな人がいれば助ける程度のつもりで動いているだけだ。

 それよりも、柊菜のように、明確な目標を持ったまま行動出来る方が凄いとすら感じていた。

 

「問題は、これからだよね……」

「そうっすよねぇ。帰る方法は見つからないのに、あちこちであばれる人やら何やらが出てきてるっすからね」

「なんとかして、意思を統一出来ればいいんだけどね……」

 

 柊菜の呟きに、樹は違和感を覚えた。

 

「…………別に、意思は統一されてるんじゃないっすか? いや、統一というより、方向性は同じというか、なんというか」

「えっ?」

「いや、思い返すとこの世界にいる人達のやってる事って、全部自分達が生き延びるための行動じゃなかったっすか」

 

 ミラージュはゴーレムを作り上げて、ゴロツキをまとめあげて自分の街を守っていた。

 ガイストはミルミルを次代の守護者として仕立て上げようとしていた。

 王国の反乱者はハンチング帽の男を除けば、大抵が自分の生きる、生きやすい世界を目的に掲げていた気がする。

 

 まあ、何はともあれ、この世界に生きる人間達は、皆自分の生きる道を主張して押し付けあっているような状態なのだ。そこだけは統一されている。

 

 誰かの邪魔がしたくて足を引っ張っているような奴は確かにいたが、影響力は一切無い。安定した生活の上で自分の価値を上げられなくてそうなった奴しかいない。

 この世界では、足を引っ張る奴を殴り倒しても問題無いので、弱者をひたすら虐げるちょっと強い弱者の図式くらいしかないのだ。

 より強くなれば精神的にも充実する。強さから転落したものか、絶妙に弱い奴くらいしか足を引っ張るような発想にたどり着きにくいのである。

 

「今起きている事って、もしかしたらその互いの生き方を決めるための戦いなんじゃないかなって思っただけっす」

「生き延びるための、戦い?」

「そこからもうちょい派生した奴っすよ。自分達の思想を押し付けあっているような……」

 

 樹の知るゲームでの戦争みたいな、誰もが生きるために戦いながら自分の考えを貫いていく。そんなものに近いと思うのだ。

 

 そのなかで、勝った奴の主張が正しいとされるようならば、それはきっと。

 

「人類の意思統一戦争ってやつじゃないっすか? 今の状況をざっくり言うと今まで守勢に回っていた地方の支配者に対して、実力と組織こそあっても、支配はしていなかったギルド側が戦争をかけてきた。目的は、今の支配体制を変えるため……って感じの」

 

 目的は皆ほとんど同じだ。全ては生きるための戦い。生き方を選ぶための戦いだ。

 

「自分達の主張を押し付けあってるってこと? そんなことのために争っているの……?」

「あ……いや、まだそうと決まった訳じゃないし、俺が見てきた中ではそんな感じだったなーっていうだけのことっすから!」

 

 義憤を募らせた柊菜を焦って止める樹。まだ何も確定したわけではなかった。

 とはいえ、その辺りの正誤を確かめたところで今さら流れを止める事など出来ないのだが。

 

「ヒイナー! イツキー!」

「えっ? 里香ちゃん。どうしてここに?」

 

 二人が話し合っている所に、遠くから大きな声を出して里香とミルミルが駆け寄って来た。持ち場を離れたのかと柊菜が驚いた様子で立ち上がる。

 

「どうしてって……作戦成功したんじゃないの?」

 

 小首を傾げる里香に、樹が何かに気付いた。

 

「エネルギーバブルがいないっすね」

「そういえば……途中で見かけなくなったね」

「なに、まだ原因の排除が出来てないの?」

「それがっすね……」

 

 樹が今まであった事を里香に説明した。

 

「ふーん。この街のギルドマスターがね」

「それで、これからどうしようかってなってたところっす」

「……逃げないの?」

 

 里香が意外な提案をしてきた。

 

 その考え自体は樹にも柊菜にもあった。敵わないものに無理をしてまで相手をする必要はない。ここはゲームではないのだから。

 別に今勝つ必要はないのだ。相手はギルドマスター。後になって人間を辞めた召喚士。

 

 つまり、彼等にはもう召喚する能力は無いのだ。対して樹達は未だ成長途中の新人召喚士。

 

 召喚士の強さの一つは戦力の拡充の安易さだ。単純に従魔一体を召喚するだけで手数が一つ増える。

 それも人間より強く、死を厭わず、それでいて裏切る心配の無い存在なのだ。

 

 後になればなるほど樹達の方が有利になっていく。ここは一度引き、体勢を整えて挑む方が、万全の準備をした方がいいのだ。

 

「相手はギルドマスターでしょ? それに、ここは壊滅してるけど元々敵の本拠地らしいじゃない。長居したり、こっちのギルドマスターが寝返る可能性も考えて、逃げるのだって手だよ」

「……いや、多分ここで倒しておくべきじゃないっすかね?」

「……私も、同じかな」

「ふぅん? 理由は?」

 

 里香の言葉に頭を振った樹。面白いものを見たような表情で里香が腕を組んだ。

 二人が感じた事を、樹が代表として語り出す。

 

「まず、相手の従魔が大きく無いっす。そして、短時間だけど好戦してみて、特殊な攻撃を受けたとかは無かったっす。シーちゃんのスキルで手応えがあったので、多分耐久が滅茶苦茶高いというわけでもない……。なら、恐らく相手は強力な攻撃を持ったタイプだと考えるんすよ。手持ちの他従魔がエネルギーバブルなら、手数も補えるし、単体火力型とか、そういうシンプルな相手だと思うっす」

「確証も無いの? 間違いだったらどうするわけ?」

「……初手で俺達へと攻撃をしてきていない。そして、会った当初彼女はボロボロの状態で来たんすよね。分裂したエネルギーバブルは味方ではなくただの中立。敵ではないならば、恐らく都市で現れている他の従魔によって付いた傷だと思うっす」

 

 野良で現れる従魔は、基本的に強くない。スリープが言う分には星五以下だとの事である。

 エムルスのような対軍性能があれば余裕で対処出来る程度の存在だ。野良従魔はエネルギーバブルを餌として見ているだろうし、敵対関係になるはずだ。

 

 その上であれほどボロボロになるのなら、数で攻められるのに弱いか、召喚士自体の防衛能力に難があることになる。

 

「……従魔ではなく、召喚士を狙えば勝ち目はあるっす」

 

 ただ、樹が懸念していることとすれば、召喚士への直接攻撃についてである。

 最初、樹が連れ去られた時にゴロツキを殺してしまった以外では、樹達は明確な殺人行為をしたことがないのだ。

 

 スリープだけは、ミルミルを自身の手で直接殺したことはあったが、他は自分の手はおろか、従魔へ明確な殺人行為を命令したことすらない。無い方が良いのは確かなのだが。

 

 しかし、だからこそ、人間を相手に戦う場合、どうなるかが分からなかった。

 いざという時に動けるかどうか。そこだけは心配だった。

 

「……まあ、いつまでも逃げ続けるわけにはいかないしね。情報が正しいなら、勝ち目はあるでしょ」

 

 里香が樹の肩に手を乗せる。

 

「殺害に関しては気にしなくて良いよ。私がやるから」

「それはっ」

「いいから。私、アンタ達よりもここに来て長いんだからね。別に殺したことなんて一度や二度じゃきかないくらいあるし」

 

 へらっと砕けたような柔らかい、自虐的な笑みを浮かべる。

 

「人殺しなら勇者にまかせときなさい。ゲームにせよ、なんにせよ、勇者ってよく殺しをするじゃない?」

 

 おどけたように笑った言葉に、樹は胸を突き刺されたような苦しさを味わう。何かを抱きしめたくなるような、そんな感覚に囚われた。

 樹の視線から感情を読み取ったのか、里香が手を振って拒絶する。

 

「同情なんていらないよ。私の過去は私のものだし、やったことに後悔も無いし」

 

 勇者は、死んでも王国の召還紋にて生き返る。スリープのいない間に王国にて集めた情報のひとつだ。

 それらの仕組みは従魔召喚から着想を得ており、しかし同時に使う側が有利な条件になるように組まれている。

 また、ハンチング帽の男が話した情報からすれば、それそのものに帰還させる力は無く、使用者側が自由に勇者の蘇生機能を止める事が可能なのだとか。

 

 勇者召喚に関して言えることは、召喚時に才能ある存在を呼び寄せるものの、蘇生機能以外には何の力も付与しないということだ。

 

 圧倒的な力がないというのなら、恐らく無力化することも出来ずに殺すしか無かった場面が幾つもあるのだろう。

 樹のように誘拐された時に、自殺による死に戻りを使えるとしても、それでもどうにもならない時はあるだろう。

 樹は死ねないので、あの場面で柊菜やスリープが来なかったら、死ぬか全員殺すかの戦いになっていたとしか思えない。

 

「まっ、うだうだ言ってる場合じゃないかもね」

「っ!!! 来たっすね……」

「うっ……り、『リコール』『コール』来てっエー君、チェリー」

 

 里香が視線を向けた先には、遠くであるが、こちらを捕捉しているサクメの姿があった。

 

 少し離れていたミルミルも近寄り、四人で戦闘態勢を築く。

 

「貴方達は危険……。唯一、あの人を倒すことが出来るかもしれない存在。なら、今ここで倒す」

「……奇遇っすね。俺達も、ノーマネーボトムズの力を削いでおく必要があると思ってたところっすよ!」

 

 召喚士同士の戦いが始まる。


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