この世界、第一部の世界『ファーストスタート』は、見た目は典型的な異世界ファンタジーである。
典型的なというと、思い起こされるのは中世西洋とかの言葉かもしれない。しかし、ファーストスタートはかつて滅んだ古代文明がある半機械的文明の混ざったファンタジー世界である。どちらにせよ王道的ではあるだろう。
説明が面倒だったのか描写が面倒だったのか、上下水道は完備されていたり、宿屋は中身が日本のホテルみたいな感じだったりと調べてみたらファンタジーもくそもないような状態だが、表向きはファンタジーである。
地下にコンクリの街並みとかネオンライトがあろうと退廃的世界でもファンタジーである。
世界観に一切触れないメインストーリーでは魔王を倒しに世界を巡る冒険譚が繰り広げられ、勇者やドラゴンが出てくる王道的ファンタジーな内容だ。
そして、そのメインストーリーを攻略する分には、必要な戦力は星三以上の従魔が一体手持ちに居れば充分である。つまり無課金でも勝てるしそこまではプレイ出来る。
そこに出てくる敵は全て魔王の信徒やら盗賊やらの人間が主体である。僅かにモンスターも出てくるが、この世界由来のモンスターである。在来種。
では、世界観に触れられるサブクエスト、サブストーリーはどうなのかというと。
攻略難易度は最低でも育成済み星五一体がいる前提、出てくる敵も多くが召喚士や魔法使い、剣士といった戦闘に長けた存在である。
特に最初の街であるここ『資源都市ヴエルノーズ』では、サブクエストの難易度が第一部最強レベルの極悪であったりする。
「ぶっちゃけ早くここから出たいんだよね」
「私でも勝てないのか?」
東大通りを走る俺を先行しているウィードが首を傾げる。
ウィード単体で勝つにしても現在のままでは不可能である。進化をしていないとまず勝てないだろう。
問題なのは従魔の強さではないのだ。戦いの上手さである。
そういった意味では、ここヴエルノーズは無課金勢の天敵が出てくる場所でもある。ちょっとリセマラして良い感じの従魔と少しのゴミを持っていても勝つのは難しいレベルだ。
唯一の救いは、最初の街なだけあって、敵の従魔も育成が完了していない所にある。こちらの手持ちが育成完了していれば、後々戻ってきて攻略するのも不可能ではないのだから。
逆にヴエルノーズのメインストーリーをクリアしてサブクエストにすぐ手を付けたプレイヤーは大体ここでアンインストールする。
「地上だから多分そいつと戦うことはないはずなんだけどね……。それでも召喚士が相手だと負ける可能性が高い。急いで初心者二人を回収するよ!」
樹少年を人質に二人とも大人しく捕まってくれているといいのだが……。
面倒臭いと重くなる足を我慢して、ウィードの後を追いかけた。
・・・・・
「つ、強い……!」
学生服に身を包んだ少年、原田樹は身を後ろに引きながら呟いた。
周囲に倒れ伏しているのは、先程まで彼を馬鹿にして笑っていたゴロツキ達だ。その誰もが床に這いつくばりうめき声を上げている。
誰一人として死んではいなかった。しかし、誰一人として起き上がれる者はいなかった。
明らかな手加減。五倍以上の数を相手に、足手まといの二人を庇いながら圧倒した自らの従魔を見て、その力に羨望と僅かな恐怖を感じた。
この世界は危険だ。樹少年が元いた世界、日本ではテレビで見るドラマやアニメでしか有り得ないような状況が普通に目の前で起きている。
そして、異世界ファンタジーならば、それ以上の危険すらも有り得るだろう。
周囲に倒れている男達は脅威だ。手に持った武器を振るえば道行く人を数人あっさりと殺す事が出来るだろう。
そして、召喚士ギルドの隣にあった魔術師ギルド。アレが想像通りの魔法を使うなら、さらに脅威は増すだろう。見えない武器を持ち歩いているようなものだ。
平和な世界で暮らしてきた自分では身を守ることすら出来ない。
そんな彼を守る存在が、手のひらに乗るような小さな妖精だった。
俊敏に飛び回り、時に体当たりをして彼らを弾き飛ばしたり、炎を飛ばして敵を倒す様は、小さなヒーローが怪物を倒すようなものだった。
どこか頭がふわふわする。まるで夢を見ているような感覚だが、同時に、つい先程まで感じていた痛みがこれを現実だと突き付けていた。
「原田君、大丈夫!?」
男達が立ち上がれないのを確認した新田柊菜が樹少年に駆け寄る。身体を見て、怪我をしていたり、汚れが着いていないか確認していく。
「ご、ごめんね……。私の事を追い掛けて来たんでしょ? それなのにこんな目に遭わせちゃって」
「い、いいいいや! 新田さんは悪くないでしょ! それに、ほら。こうして怪我も無いんだし。俺、元気! 無事!」
頬に手を添えて間近で顔を覗かれて、ようやく樹少年の頭は働きだした。
素早く身を離して照れを誤魔化すようにポージング。そして飛び跳ねた。
樹少年は顔面偏差値に対して男子校へ通う男だ。女性に対する免疫が無かったりする。
そして、着地の際に何かを踏みつけてすっ転んだ。
「痛てぇ!?」
「あ、大丈夫……?」
少年の視界には柊菜の学生服のスカートの中身が覗けた。ホワイト。
柊菜はそれに気付かず、樹少年を起こそうと近寄り手を差し伸べた。
「あ、ありがとう……感謝っす」
「もう……はしゃがないようにね?」
「そういや、何を踏んづけたんだろ」
「マスター! 石見っけたよ!」
「へ? あ、おう。サンキュー」
二人の間へ割り込んできたピクシーのシーちゃんが樹少年へ先程踏んだ物を渡した。
それは虹色に輝く八面体の水晶だった。
「召喚石……だったっけ?」
「だよな。確か、スリープさんが持ってたやつ」
「あっ。スリープさんって何処にいるんだろう……」
「やっべぇ……! 新田さん追い掛ける為に別れてたんだった! ギルドで待ちぼうけになってるはずだよ。急ごう!」
「────オイオイオイオイ。俺の可愛い子分ちゃん達がボコボコじゃあねえか」
部屋の唯一の入口に、一人の男が立っていた。
部屋に転がるゴロツキ達とはまた違う。ローブに身を包んだファンタジー世界の住人と思える服装だ。手には百二十ミリメートル程度の短い杖を持っている。
魔術師、というにはやや軽装だ。それよりも、ギルドで見かけた召喚士の服装に酷似している。
「これは俺らが氷炎の人形団だと知っての事だな? 売られた喧嘩は買わなきゃならねぇな。ボスのトロイ様が相手をしてやるよ」
そう言って男は樹少年と柊菜の二人を舐めるように見て、樹少年へと顔を向けた。
「随分可愛い彼女連れてるじゃないか。ルーキーには勿体ないくらいだ。この子置いていけばてめぇだけは許してやってもいいぜ? ピクシー連れた可愛いガキじゃあどう足掻いても俺には勝てねぇしな」
この場で一番弱いのは自分だろう。見た目にも威圧感が無い従魔を連れているし、怪我は無くとも血を流した後は残っている。
逃げれば自分だけでも見逃してくれる。少なくとも柊菜へ向けられた物からしても、命までは奪われないだろう。
「お、俺はお前みたいな奴が死ぬほど嫌いなんだよ! 新田さん見捨てて生きるくらいなら、死んだ方がマシだね!」
さっきまで命乞いしていた男とは思えない言葉である。
それでも膝は震え、今すぐにでも逃げ出したい気分だった。それをしなかったのは、自分自身のプライドのためだ。
自分が傷付くのはいい。だが、自分のせいで他人が傷付くのも、他人を見捨てるのも嫌だった。
日本では同調圧力に屈してひょうきんに振る舞い、それを見て見ぬふりをしていた。しかし、今なら二対一という状況もあって、そして、身に迫った危険もあって、ややハイになりながら言葉が出てきた。
樹少年が、周囲を気にせずに、自分の意志を出した瞬間だった。
「ハッ! 熱いこった。こいつらの分落とし前つけさせて貰うぜ! 『コール』!!」
現れたのは半身が炎、もう半身が氷で出来た人型の従魔だった。その背は百二十センチメートル程度の大きさである。両手両足には天へ伸びた糸が繋がっており、吊られた人形のようにふわふわと浮いている。
小さくとも、宙に浮ける分機動力は高そうだ。
「機種『氷炎のマリオネット』だ。俺達の象徴さ」
狭い部屋が、炎と氷の温度差で対流を生み出す。溶けて蒸発した霧が周囲に漂い始める。
「こいつは室内で最も力を発揮出来るんだぜ。連携も取れずに各個撃破されな!」
霧の向こうに見える炎が、二人へ迫ってきた。
「っ! シーちゃん! 魔法攻撃!」
「エー君、防いで!」
突進してきたマリオネットを剣を構えたエンドロッカスが受け止める。
背後からピクシーが炎弾を飛ばした。
炎を受けたマリオネットの半身が燃え上がり、エンドロッカスの身体を包み込む。
「エー君!」
マリオネットを押し飛ばしてエンドロッカスが後ろへ距離を取る。柊菜のすぐ近くまで下がったエンドロッカスは、その身が熱されて赤くなっていることが伺える。
「氷炎のマリオネットに炎も氷も効くわけねぇだろ! 接近戦すら無意味だな! 寄れば火傷するぜぇ!」
一々説明をしてくれるトロイの言う通り、ピクシーとエンドロッカスでは相性が悪かった。
剣で戦うエンドロッカスは、二人を守る為に攻勢へ出ることも難しい。ピクシーでは前衛も出来ないが、魔法攻撃も通用しない。
ピクシーの回復魔法で傷を癒したエンドロッカスは再び二人を守るように剣を正面に構えて前に出た。
霧はさらに濃くなり、エンドロッカスの姿すら薄く見える程度になっている。
勢いを増した炎が霧すらも温め、気温が上がり不快なジメジメとした空間になっていく。
「どうしよう……今はまだいいけど、このまま暑くなれば蒸し焼きにされるかも……」
「うえ!? マジかぁ……。隙を付いて逃げるしかないじゃん」
「…………うん。そうだね。相手も言っていた通り、部屋の中で一番強くなるなら、部屋から逃げればいい。何も相手が有利なまま戦う必要は無いから……」
「数の上ではこっちが有利だし、エー君が抑えている間に後ろを抜ける、とか?」
「まあ……思い付くのはそれくらいしかない。かな」
柊菜は考える。問題は数メートル先すら見えない霧がある。そして、召喚士の男が何かしら力を持っていた場合だ。
恐らくだが、従魔の二体目は出てこないだろう。やるなら最初から出しておくべきだ。こちらが不利なのは一合撃ち合ったあの瞬間に判明した事なのだから。
次に気を付けるのは、伏兵の存在だ。これほどに濃い霧の中では、周囲を満足に見渡すことすら出来ない。動けなくなったゴロツキは兎も角、トロイといったあの男の後から誰かが入り込めば、自分達はそれに気付けないだろう。
手数も情報も足りなかった。今更ながら、あの不快な男の存在が恋しくなる。そもそも自分たちを助けようとするかは怪しいところだが。
このまま戦っていても、ジリ貧になるだけだ。柊菜は、相手に聞き取られないように小さな声で樹へと話しかけた。
「私が先行するから、原田君はすぐ後ろを付いてきて、シーちゃんにエー君の回復をお願い」
「りょ、了解です。シーちゃん、回復よろしく!」
「おっけーマスター!」
「じゃあ、行くよ。気付かれるまでゆっくりね。足元気を付けて……」
エンドロッカスをその場に留まらせ、動いていないように見せかける。そうしてゆっくりと動き、トロイが背後にしている壁まで来た。
「エー君! 引き付けて! 走るよ!」
先程まで気付いていなかったのだろう。時折挑発する声を出しながらも、動く様子のない状況に苛立っていたトロイがこちらへ怒声を浴びせてきた。
「クソがっ! ここで逃がすかよ! マリオネット、剣士をぶっ飛ばしてこいつらを捕まえろ!」
しかし、エンドロッカスが上手く追い縋っているのか、マリオネットがこちらへ来る様子はない。
「マリオネットォ!!!」
「シーちゃん、アイツを飛ばしてくれ!」
「どっかーん!」
「ガァ!? 絶対許さねぇ!」
「エー君、戻ってきて! 『コール』!」
先程男がやっていたように、エンドロッカスを呼び戻そうと唱える。
そうするまでも無く、エンドロッカスは自力で帰ってきた。
「逃げろ逃げろ!」
トロイの怒鳴り声を背後に、大急ぎで廃墟を後にした。