私事になりますが、昨年同様に今年も夏期に駆り出された挙げ句、戻る場所が無くなっていたのでもうしばらくは忙しい日常が続きそうです。
それでも執筆環境は取り戻せたので月一更新はしていきたいですが……。
今回はちまちま時間を見て書いていたせいで文章がおかしかったりする可能性が高いです。一応後々確認して推敲しておきます。
それと、執筆から離れすぎていたので、恐らくですがリハビリ作品を書こうかとも考えております。まあ、そこら辺は書いたら活動報告にあげます。
2021/9/22(水) 機能していない特殊タグ、及び適用していなかった文章の最適化。
なお、今回の修正による詫び石の配布はありません。
剣を握る手の震えが止まらなかった。両の膝もガクガクと肉体の持ち主の意思を無視して震えていた。空気が凍りついたような冷気が漂っている。そんな風に感じていたのだ。恐怖の感情が現実にまで影響を及ぼしているような感覚。
削り取られた空間には一切の情報が無い無が広がっている。光の一つも通さないそれは、風景にぽっかりと空いた穴のように黒がそこにあるだけだ。
正直な所、樹は逃げ出したかった。今までの道程全てを投げ出して、ただ平和な地球での日常に戻りたかった。だが、それは不可能だ。そもそも帰り方すらわからない。
そして、そんな気持ちを抱いているのは樹だけではなかった。隣に寄り添う柊菜もまた、恐怖を前に顔を青くして震えているし、少し間を開けてシルキュリアを睨むように見つめる里香も、恐怖を押さえつけるように剥き出しの敵意で心を武装していた。
樹は二人よりも多くの物が見えている。クオリアから貰った眼には、見えざる物が見えているのだ。人間の物質しか捉えられない視界とは違い、この眼は繋がりや隠された物が全て見えるようになっている。
今まではこれに助けられてきた。しかし、今ではこの眼は樹の恐怖を駆り立てる原因にしかなっていない。パッと見ればシルキュリアはただの女の子にしか見えないはずなのだ。
正しくは、それを覆い隠すように無数の下半身が這えている訳だが。
「行きなさいっ!」
主の命令を受けて、龍が吼える。生物としての格が違う存在の咆哮は、大気を震わせ、振動とはまた別の、しかし音だとわかる物をぶつけてきた。
壁だ。揺れよりも大きなうねりとなって大気がぶつかってきたのだ。しかし、そんな風にも似たような現象を前にしても、シルキュリアは笑みを浮かべたままだった。
一瞬の交差。すれ違い。また距離を開けた時には、龍は大きな打撃を受けたように胸の外殻がへこんでいた。
シルキュリアの方も、一見なんてこと無い様子だが、樹の目では、幾本か足が千切れとんでいるのを確認した。
「……っ! 化け物ですかあれは」
「いや、確かに効いているっぽいっすよ」
普通の目では何も変化がないので、樹が状況を伝える必要がある。
攻撃が通用したと知り、僅かに士気が高まった。後はこうしてヒットアンドアウェイを繰り返していけばいい。
こちらには、回復も多少ながらいるのだ。ゆっくり削っていこう。そう考えが巡ってくる。
それを嘲笑うかのように、シルキュリアから黒い玉が打ち出された。
樹のようなゲームを知るものから見れば闇属性の攻撃にも見えたそれは、砂漠龍ダストに命中する。そこまで大きなダメージは受けていない。
「攻撃力が低いみたい」
里香が呟く。確かに威力は低かった。しかし、千切れた足が生えていく様子を樹は見た。
「地獄属性だ」
「えっ?」
「あれは火力が低いみたいだけど、攻撃と同時に回復出来る地獄属性の攻撃っすよ!」
スリープから幾つか学んでいた属性についての話。何故そのような名前になっているのかは不明だが、一風変わった属性というものがある。
最たる例が地獄属性だ。名前からは想像しにくいが、簡単に言うとドレイン、ライフスティール、スペルヴァンプといった感じのいわゆる吸収攻撃である。
この攻撃は、スリープ曰く「一番使われる属性で、耐性を揃える事が必要とされる属性」とのことだ。
というのも、通常ゲームでは、これら吸収攻撃というのは効率が悪かったり、そもそも火力に優れないというような、普段使いには適さないような制約がかけられている事が多い。
しかし、イズムパラフィリアでは、これら属性も他属性の攻撃と同じ扱いであり、火力はそこそこ出る。ダメージ倍率は流石に低めになっているが、普段使いに向いているような便利属性なのだ。
更には、地獄属性というのは与えたダメージ分の吸収となる。つまり、下手をすると互いの吸収攻撃で千日手になる可能性もある属性なのだ。
手数次第だが、実質最大HP以上の体力を持つ敵と戦っていることになる。それも、増加分はこちらのHPだ。
黒い玉は数こそそこまで多くないが、確実に一発一発をダストに当てている。距離を離したといえど、離れすぎている訳じゃない。龍なら一拍で詰められる距離を旋回しているだけなのだ。
それでも攻撃が当たるのは、ダストが大きすぎるからだとも言える。人間一人分の大きさにしか見えず、そして実質攻撃時の判定範囲である無数の下半身は、基本的にこちらから干渉するのは困難だろう。
要は、攻めにくく、攻められやすい状況が出来ている。
長々とやりあうのが不味いのはこちらの方である。回復量以上の攻撃でもって速攻で倒さないと、周囲環境もあって負ける可能性が高い。
柊菜や里香と違い、樹の手持ちは強くないし、龍の背から攻撃するのも難しいのだ。リスクを承知で、樹は龍から飛び降りた。
「樹君っ!?」
ピクシーの手伝いもあって、地面に無事降り立った樹は、ゆるりと剣を構えた。
既にシルキュリアの身体に怪我は無い。
そもそもダストはこちらを背に守り、背負いながら戦っていたのだ。それではやりにくいだろう。
「スリープさんが言っていた通りなら、この世界はゲーム。現実になっていたとしても、敵の強さは順々に強くなっていっているはず。……スリープさんもストーリー通りに進めていたとするならっすけどね。なら、シルキュリアはゲーム上では俺達でも勝てるはず。イレギュラーで、恐らく砂漠龍ダスト含めた複数プレイヤー。改変によるインフレなら、敵も多分ダスト前提の強さはあると思った方が精神衛生上良いっす。俺達が手を抜いた状態で戦って勝てる相手ではないと思ってかかった方が良いはず」
言い聞かせるように独り言を呟く。
正眼にリビングエッジを構えて、息を吸う。
「アアアアアーーッ!!!」
剣道における気合いはただの寄声という訳じゃない。剣道、武道においては違うのだが、現実的な効果としては発声によって感情を昂らせて攻撃に対する忌避感を削る役割を持っている。
カッとなって殴った。暴力を振るう時の言い訳にあることだが、カッとならない限り、つまり精神的に安定を欠いていない場合。人は理性が働き暴力を振るうことにブレーキがかかる。逆説的に、感情で後押しすればいとも簡単に人は暴力を振るうことになるが。
樹は剣道の経験者だ。幾度か竹刀を持ち、防具越しにだが人へと力を向けたことがある。慣れによって平常心であろうが剣を握ればそれを人に本気でぶち当てる事も出来なくはない。全く喧嘩等の経験が無い人間と比べればハードルはかなり低い。
一度でも好意を向けてきた存在に、そして恐怖を振り払い忘れる為に、樹は気合いを発した。彼に創作における主人公等の言うような『殺す覚悟』といったものは存在しない。感情で現実を鈍らせる事でそれら一切を忘れる事にした。
それに呼応するかのように、リリトゥライラが下半身を引っ込めた。僅かに理性の灯った瞳で樹を見つめる。しかし、それはすぐさま覆われるように濁っていく。
「……幾つか不具合が出ていますね。作った箱庭で演目の再現をしようとしていたのですが、どこから鼠が入り込んでいたのか。まあ、既知をなぞるよりも刺激にはなるから良いのでしょうか? これで王が生まれずフラれでもしたら病みますよ?」
「何言ってんのかわかんないっすよ!」
「まあ、シルキュリアは敵としてしか存在しない従魔だったのでどうでも良いです。所詮はシミュレーションでしかなかったのですから。私達以外がどうなっていようが特に気にする必要はありませんね」
ぶつぶつと呟くリリトゥライラが不意に顔を上げる。何か遠くにあるものを見ているように空を見上げた。
「クリスタルドラゴンが倒されましたか……。嗚呼、王よ。また一歩進みましたね。この調子なら会うのは早そうです」
「っ……分かる言葉で話せよ! 言わなきゃ伝わらない、伝える気がないなら音の羅列を出すなよ! 会話ってのは、相手がいないと意味が無いんだよ!」
昂った感情に任せて、こちらを見ない
樹の想いは単純に過去にあった事を思い出し、教訓として新たに持った考えだ。ピクシーとの最初にあった不和。地面に伏せた屈辱の記憶。
あれから、樹はコミュニケーションというものに幾つか考えを持つようになっている。それらにおいて、シルキュリアの態度が樹の奥底にあったものを刺激したのだ。
好意を向けられて、嫌悪感を返せる人というのは案外少ない。余程条件が悪くない限りは、大抵の人は褒められたりするのは嬉しいものだし、誰かに好かれるのは自尊心を満たすものであるからだ。
樹も、触手があるとはいえ顔は可愛い女の子であるシルキュリアから好意を向けられるのは嬉しかった。本体はタコとはいえアバターは美少女。男女のお付き合いを気にしなければ、シルキュリアに突発的ながらも好意を向けられた事に嫌悪感はなかった。
そういった存在が何者かに乗っ取られるのは、樹としては気分が良いものではない。実質寝取られに近いような体験を受けて樹の心は結構傷付いているのだ。荒れるのも無理はない。
シルキュリアに感情をぶつけた事で、ようやくソレは樹へと目を向けた。
「…………私は概念としては母親であり女の子の味方なんですよ。そういう従魔であり、根幹において循環のシステムを司る存在ですので。まあ、そういう者から見れば、いきなり女の子の正体を暴いた挙げ句、責任も取らずお断りにも曖昧な言葉に態度を取るような人間に、依り代にまでされた彼女を渡したくも無いんですよね」
ようやく樹達にも分かる日本語で喋り出したリリトゥライラは、まさかの樹を責めるような発言を行った。
「うっ……」
「彼女は曲がりなりにも従魔へとなった存在ですし、分類では死種に相当します。死種の頂点である私にとっては系譜に連なる者でもあるわけです。リミテッド従魔というのが
リリトゥライラは続ける。樹へと、逃げ場を奪うように。
「それに、最初に会話を拒否したのはアナタでしょう? 彼女の告白に応えもせずお茶を濁して、それで無視されたら逆ギレですか?」
従魔の頂点が語る。いつしか聞いた言葉。
「私達は情報です。大元、根幹、最も最小の単位に分けるとしたら、情報により構成された物体といえる存在です。生物ではなく、情報で構成された高度な質量を擬似的に持つ物質。ソレが従魔です。従魔には目的があります。召喚は契約です。選ばれる事で、アナタ達は召喚が出来るようになる。アナタは
見方を変えれば人間だって情報で構築された存在とも言えるが、リリトゥライラが言っている内容はそうではないだろう。
スリープや、クオリアが言っていた。従魔の召喚とは、一つの契約であり、関係性は対等だと。
だからこそ。
「私達を受け入れぬ者に私達は
それが、イズムパラフィリアというものだから。
「…………確かに、そうっす。俺は最初にシルキュリアの事を拒んだっすよ」
リリトゥライラの言葉を受けて、樹はうつむいた。この結果は、自分が引き起こした原因の一部であるだろうと認めて。
「触手がうねうねしているし、会話が一方的だし、擬態が見えてるっすから。騙されているような気もして、嫌だったっすよ」
だけど、と樹は面を上げる。
「別に悪い子ではなかったっす。最初に会った勢いのまま告白されたから躊躇ったっすけど、それでも魅力的な女の子なんだなっていうことは分かったっすよ」
上段に剣を構える。樹の本気の剣の構えだ。高校生になってからはずっとこの型で戦い、勝ってきた。
「でも、恋愛とか友情ってのは最初から上手くいくもんじゃないっすよ。召還だって、最初から相性抜群じゃないと駄目だなんて、可能性を奪っているだけじゃないっすか? 俺は、今ならシルキュリアの事を受け入れられると思ってるっすよ」
シルキュリアを奪ったリリトゥライラへと吼える。自らを誇るように、堂々と。
「触手っ娘とか、スキュラ娘系ジャンルは今まで食指が動かなかったんすけどね
──それも良いなって、思ったんすよっ!!!」
「っ! ここに来て彼女を受け入れますか。良いでしょう! かかってきなさい! 娘に相応しい男か見てみましょうじゃないですか!」
リリトゥライラから圧力が消える。歪む世界が元の形へと戻る。
決闘のような雰囲気を漂わせる二人の周りでは、触手性癖宣言をした樹にどん引く少女達がいた。
実はあんまり空白大きく開けて次の台詞に勢いつけるような小手先の技術を使うのって忌避観というか素の文章力が伸びなさそうで嫌だったんですよね。まあ、今回は悪いことしたので一時的に解禁です
ちょっとした小ネタ
イズムパラフィリアにおいて、世界には幾つかルールがある。本編でイベントは一度しか行われていないが、そのときに既に従魔の世界というものを描写している。クオリアの世界は存在したその時から従魔ではなかった。では、