これにて本章完結です。
堂々と宣言したは良いものの。
樹少年の発言により女の子組の士気が下がってしまい、シリアスな雰囲気も残せずに膝をつく事になった。
戦闘を再開したリリトゥライラは非常に強力で、手数にものをいわせた回復の回転率でこちらのダメージ量より回復量を上回り、最終的に無傷のまま樹達を睥睨している。
つっよ。何この化け物。
この手の戦いは普通のゲームならば対策とか詰み防止で耐久低めだとか、そういう風に作られているだろうに。樹もシリアスを崩して愕然とする。
まさかの対策不足で樹少年達は詰んでしまった。
一応、竜の少女が自分の従魔が死にそうになったらリコールしていた様子を見て、樹達も同じようにした事で、最悪の事態は防げている。ロストはしていない。消耗具合でいったら大したことにはなっていないのだ。
地に頭を垂れるように身を落としている樹少年達を見るリリトゥライラは余裕そのものだ。むしろここまで手応えの無い彼らに少し拍子抜けした表情である。
「──契約、星の守護者、主人公、クロノ。反応がありませんね。一応聞きますが、いずれかの単語に聞き覚えはありますか?」
「なんの……話っすか?」
樹の返答に少し考え込むような仕草をした後に、リリトゥライラは告げる。
「実を言うと、あなた方はこの場においてイレギュラーなのですよ。存在している。それ自体がおかしいことです」
「へぇ……運命は必然ってこと? ふざけんじゃないわよ……っ!」
運命という言葉に大きな反応を示したのは里香だった。今までも戦意こそ見せていたが、今は牙を剥くかのように怒りをあらわにして吠えている。
「いいえ。運命は一つではないですし、確定でもない。ただし、盤上の駒遊びと同じです。分岐は無数に見えても有限。把握することは決して不可能ではありません」
星を掌握すれば、大抵の事は予想出来るのです。と、樹達の従魔を見つめて言うリリトゥライラ。
彼女の言葉に思わずといったように柊菜が溢す。
「ラプラスの悪魔……」
「珍しいですね。有名ではありますが、興味がない限り知ることでも無いでしょうに」
「……少し、考えることがあったから」
柊菜はそれだけ呟き、これ以上話す事はないと黙り込んだ。
「そんな大層な呼び名よりも私達に近しい存在はあるのですがね。まあ、どれも似通っていて別物でしかないですが」
──話を戻しましょう。
「私達は今情報を求めています。シミュレーションではなかったはずのイレギュラー。原因こそある程度思い付きますが、既に幕は上がってしまっている。干渉出来る機会がほぼ無いのです」
「交渉っすか?」
「いいえ。こちらが譲歩するものはありません。無関係なら放置。関係があるなら排除。それまでです」
「スリープさんはそれを求めているんすか?」
それは半ば賭けだった。樹達にとって従魔をより深く知る者。それでいて、ストーリーを進めていく者。それに当てはまるのは、彼しかいなかったから。
だが、外れであれば、リリトゥライラが言うとおり、自分は無関係になる。分の悪い賭けではない。そう信じて切り出した。
「王は……王がこの状況を作ったのでしょうか。それすら不明です」
スリープは、その様子からは窺い知れないが、彼女らの王であるようだ。明確に言ってはいなかったが、これでようやく確証が取れた。
「なぜ、私達がただの人を王と崇めるのか、知らないでしょう? 私達とあなた方人間は相性が良いのです。根幹こそ違えど、その在り方はとても近しい。それでいて、私達は情報と概念の存在」
……彼女の言葉に、樹は何か思い付きそうだった。喉まで出かかった答え。それが分かる前に、その時は来た。
ほぼ黒で埋め尽くされた世界の隙間で星が瞬いた。一瞬だけ、リリトゥライラがそちらに意識を引かれる。
その瞬間を狙って、動き出した者がいた。今まで戦闘に参加していなかった人。ノーマネーボトムズのサクメだ。
既にダストはリコールされており、サクメを封じるものは何もなかった。それでも、彼女は動かずじっとしていた。樹達も、彼女に意識を向ける余裕はなかった。
「──私の前に立つ敵を切り裂けっ! 『コール』!!!」
不可視の刃が振り抜かれる。切り裂かれる身体から青い血が噴き出す。
「アアアアァ!!!」
痛みによる悲鳴とは違う。怒りのような狂気の咆哮と共に触手の波が彼女を襲う。明らかに先ほどまでの理性を失った状態であり、更には、シルキュリアの力量を超えた力を発揮していた。
一瞬で肉に飲み込まれる少女。同じように飲み込まれていたが、形は保っていた彼女の従魔が光の玉となって天へと昇っていった。
ロスト現象だった。
一線を超えた状況。更には彼女の暴れようを好機と見たのか、竜の少女も従魔を喚び直す。砂漠龍ダストはリコールの間に多少回復していたらしく、既に戦闘態勢であった。しかし、その身は痛々しい傷が残っている。
「せめて、一矢報い──」
動き出そうとした彼女のいた空間がひび割れる。黒に触れた彼女が切り取られたようにそこだけ失くして、地に倒れた。
ダストもまたロストしていく。召喚士の死亡。それが原因だろうことは明らかだった。竜の少女の肉体も飲まれて消える。
世界が大きく揺らいでいた。
「……マスターくん」
「シルキュリアっすか!?」
微かにシルキュリアの声がした。リリトゥライラが暴走したせいか、意識の表面に彼女が現れていた。
駆け寄る樹に、シルキュリアは微笑む。
「……ねえ……マスターくんは知ってる? この世界に、どんな人でも倒せるおまじないがあるのを。……どれだけ硬くても、どれだけ長生きでも、絶対に倒せるおまじないがあるのを」
そんな必殺技のような物があるのか、驚きとは違う、何か拍子抜けしたような感情が樹の心を撫でる。
奥底で響く声はぼんやりしていてわからない。
「原初の魔法って言ってね、聖女様がかつて教えてくれた魔法なんだ……」
ミルミルから最初に教わった魔術は、二つあった。ただの音を出して破裂するボールを作る魔術と、幸せの魔術。おまじない程度だと思われるものだ。
「あ、でも教えてくれた聖女様がこの魔法で死んだって話は聞いたこと無いから、もしかしたらどんな人でもって訳じゃないのかも……ごめん、嘘、ついちゃったね」
無邪気に、平和そうに喋るシルキュリア。彼女の会話内容こそのんびりとしたものだったが、顔は苦痛に歪んでいる。
まるで、死ぬ寸前のように。意識を保つ限界が近いように。
「でも、私なら、私に憑いているだけなら、きっとこれで倒せるんだ」
「……だめだ、それは駄目な奴っすよ」
ようやく、彼女がやろうとしている事に気付く樹。いやいやをする子供のように首を振って、それを拒絶する。
「良いんだ……私、幸せだったから」
リリトゥライラはあくまでもシルキュリアを依り代にして顕現している。それは召喚ではない。
だが、だからこそ、それを失えばリリトゥライラを消し去ることが可能なのだ。
「だから、あなたに、あげるね?」
すなわちそれは。
「『私のありったけの幸せを』」
自らの死だ。
分かっていた。リリトゥライラを倒すということは、シルキュリアを倒す事に繋がると。だからこそ、樹はなりふり構わずに彼女を倒そうとはしなかった。手を抜いていたのだ。
幸運の魔法。樹もかつてそれを受けた事がある。
ミルミルが使ってくれたのだ。自分の幸運を相手に渡す魔法。副作用として、好感度が上がるらしい。
使う条件は、相手に好感を抱いている必要がある。
自分の幸運を分け与える魔法なのだ。相手を想っていなければ出来ない技だろう。ましてや、自分の持つ幸運を全て他人に与えるというのは。どれほどの想いがあるのだろうか。
樹の胸が高鳴る。残りの人生を渡すような、プロポーズにも勝る想いと覚悟を伝えられて、目が覚めたかのようにシルキュリア以外の全てが目に入らない。
貰った想いに応えたくて、自分の幸せを彼女に返したくて、樹の口が開く。
──そして、樹の目の前で、不幸にも空から墜ちてきた隕石が、シルキュリアの身体に直撃した。
「……え?」
ただ降ってきた隕石は、幸運なことにシルキュリアだけに全ての衝突エネルギーを注ぎ込んだらしく、樹達に僅かな風を伝えただけだ。
惨たらしい結末を眼前に、樹は現実を拒絶しようとする。無力を嘆き怒りの声をあげようと息を吸う。
しかし。
「う……あ私は、滅びない。従魔は常に、そこにいる。ずっと。歴史の裏側を喰らい糧にする存在」
「っ! シルキュリア。いや、リリトゥライラか……!」
苦しそうに呻きながらも、彼女の死を許さないかのように、顔だけ形を元に戻しながら、リリトゥライラが喋る。
既にその目は見えていないのか、樹を見てはいない。いや、樹と目を合わせてはいる。だが、現実に見えてはいないだろう。存在を感じ取っている。
「シルキュリアを喚びなさい。原田樹。シミュレーションを越えた先の可能性をそこに写した。貴方には、ほんの僅かな、だけど資格がある」
最後に言葉を伝えるためだけに、全身全霊をかけている。その証拠に、耐えきれずシルキュリアの身体が崩れていく。
「私達の王でなくてもいい。だけど、彼女の王として、彼女を扱うものとして、イズムパラフィリアを……従魔を使うのです。その愛の形を、私達は拒絶しない」
シルキュリアが溶けてスライムの用になっていく。
「樹君!」
呆然と見送るだけの樹に、柊菜が駆け寄る。そして背中を思い切り殴りつけた。
「いった!?」
「召喚、するよ! 助けたいんでしょ? シルキュリアちゃんを!」
「いや、でも……」
樹が出来ない理由をグチグチと言ってくる。
「石が無いじゃないっすか」
「召喚石はただのゲートでしょ? 従魔を呼び寄せるだけなら、まだこの地に残っている! ミルミル!」
「ええ、そうね! 滅茶苦茶だけど地脈だって確かにあるし、空間にはまだエネルギーはあるわ!」
無茶を言う。しかし、柊菜は全力でそれを成し遂げようとしている。
「その幸運はなんの為にあるの!? 今動かなきゃ絶対に後悔する! あの娘にとっての一番は樹君なんだよ!? 従魔が呼ぶ声に応じるなら、今がその時でしょ! 樹君がやらなきゃ駄目なんだよ!」
「でも、だからって、なんの為に!」
「私の為だっ!」
今まで聞いたこともないような声の荒らげ方で柊菜が答える。
「全部救うの! 目の前で死んだ二人も! 樹君に幸せを押しつけて死んだその子も! 私達が弱かったから死んだ! だけど、可能性があるなら私は手を伸ばしたい! ゼロパーセントじゃないならそれに賭けたいの!」
「……そうだよ、運命なんて糞食らえでしょ?」
柊菜の主張に、里香も同意した。
そして、柊菜は手の甲を出す。
「『全ては奪われる者を救うため』」
柊菜が魔法の誓いを呟く。それは彼女が決めた意志の在り方だ。揺るぎ無い柊菜の武器となる言葉である。
「『三つの試練』……私はこれを乗り越えるわよ」
ミルミルの誓いを呟き、柊菜の手に重ねる。彼女の持つ命の数。それに応じた壁を乗り越える為の誓いだ。
ミルミルが動いた事で、手の平の方に力が収束していく。
「……『運命を切り裂け』」
里香が今まで明かさなかった誓いを口にした。今回の事で判明したが、彼女は運命というのを酷く嫌っている。
流れを理解しているのだろう。大人しく彼女も手を合わせた。
合わせるように、エネルギーが大きくなり、渦巻く。
「…………」
樹はまだ誓いを決めていない。だからこそ、ここで決めるべきだと思った。
手を重ね合わせる。力が束ねられ、変換されるように光の奔流が大地に流れ出す。
最後のピースを埋めるように、樹はこの先背負うことになる誓いを紡いだ。
「『誰かの
ちょっとした言い訳
着地点は最初シルキュリアが死んで樹達に覚悟が決まるのを想定しておりました。ですが、黙ったまま動かない他のメンバーはどうするかを考えた結果、柊菜がエネルギー爆発させてビターエンドを吹き飛ばしにかかりました。まあ、キャラクターとしては合ってると思うので良いです。
それと合わせてですが、もっと長く丁寧に書きたかったです。ですが、これ以上長く足踏みしているとモチベーションが保てなさそうなので短くしました……。
ちなみに、今回の話は今後のストーリーを大きく決定付ける筈なので、だからこそ想定通りのエンディングの為に崩した設定やプロットの修正の方で大きく時間を取った次第です。もっと言うと、設定資料が無いので現在設定とか時間がかなりブレブレなんじゃないかと戦々恐々しております。
そこら辺はいつか未来の私がハーメルンにあげた方を保存して、読み返した時に纏めようと思います。