イズムパラフィリア   作:雨天 蛍

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バレンタインイベントは(書いている余裕)ありません。


閑話 風俗へ行こう! 完

 騒動が終わり、空間の異常も解消された頃。

 ようやく日が天頂に昇った辺りで、樹達は一息つくことが出来た。

 

 星十六の最高レアを誇る従魔リリトゥライラの残した爪痕は大きく、抜け落ちた空間は元には戻らなかった。ただ、穴を埋めるように、水や空気が発生した。その源は地脈等のエネルギーだったらしく、既にこの地のエネルギーは完全に枯渇してしまった。

 

 滅びの地の名の通り、過程は違えど結果は同じとなったのだ。

 

 崩壊した街を歩き、どうにか雨風を凌げる場所を確保した樹達は、そこで死んだように眠り続けた。

 だが、昼になる頃には目を覚ましていた。寝心地の悪さもあるが、肉体的には何の疲労も無かったから。

 

「ほら~起きて~マスターくん」

 

 ほわほわとした声で樹を揺する。まだ寝ていたい樹が身動ぎするだけで黙って目を瞑っていると、シュルシュルと音を立てて服の隙間に触手が伸びていく。

 

「ぬあああああ!!! 止めるっすよ!?」

「きゃぁ~」

 

 不快な感覚に飛び起きた樹に嬉しそうに悲鳴をあげる少女。

 

 彼女はシルキュリア。リリトゥライラの依り代となり、樹達と戦って、最後は自分の身を犠牲にした悲劇の少女である。

 

 

 

 幸運というのは目には見えずとも確かな効果を発揮するらしく、樹達の試みはなんとか成功した。

 しかし、特殊な条件下での召喚を行ったせいか、シルキュリアは色々と変な状態での召喚になってしまったのだ。

 

 既に死亡しており、従魔として取り込まれているのだが、そこを無理やり引っ張り出したせいか、従魔としてのステータスを持っていない。アビリティも最期に幸運を全て託したからか、単独で行動すると不幸な結果を引き寄せるという完全なデメリット。スキルは持っているが、ステータスが無いので使うには本人の資質の範囲でしか使えない。

 極めつけは、リコールが発動しなくなっていた。同時に樹から離れすぎるとロストするレベルの不幸が来るからか、一定以上の距離を離れる事はできなかった。自動的に引き寄せが発生するのだ。

 

 実質一般人のようなものであった。それでも彼女が従魔であるのは、召喚主となった樹が感覚で分かっているからだ。

 

 そんな彼女でも、戦闘に使えるスキルを所有していた。とても有用なスキルを。

 

 死者蘇生。シルキュリアはそれが出来たのだ。有効時間はかなり短いのか、樹がそれに気付いた時には、既にサクメも龍使いのギルドマスターも助からなかったが。

 

 所有スキルは全て回復系。蘇生、傷の回復、活力強化──リジェネのような時間経過での回復力を強めるものだ──それらを使う。

 あいにく範囲回復は出来なかったが、それでも強力なヒーラーの登場に、樹達は喜んだ。

 

 ただ、戦いが終わり、眠りにつくタイミングで樹は気付いた。気付いてしまった。

 

 シルキュリアは樹に幸せを託した。彼女は樹が側にいないと不幸を呼び寄せる。リコールはできずに離れすぎると隣に瞬間移動する。

 

 あれ? これもう風俗に行けないんじゃね? と。

 

・・・・・

 

「あ……おはよう、二人とも。身体はだいじょうぶ?」

 

 宿とした家を出て、大きな空間の裂け目があったであろう、今は湖のようになっている畔に柊菜はしゃがんでいた。側には彼女の後ろから覗くようにチェリーミートとミルミルがいる。

 彼女のしゃがんでいた先にはかなり大きな穴がある。

 

「おはようございます。俺はちょっと筋肉痛っすね。……それで、何してるんすか?」

「あ、えっとね……お墓を……作ってたの」

 

 少し言いづらそうに柊菜が顔を伏せる。その様子を見て、樹もテンションが下がる。

 

「あー……」

「仕方ないことだよ。樹君も、シルキュリアちゃんも悪くない。私達はできる事はやったんだよ……」

 

 実際、シルキュリアはチェリーミートと同じような召喚をしている。彼女は一度死んでいるのに、それから延命をかけるような召喚をしたから、完全に従魔として取り込まれる前に拾い上げた形になっている。そういう状況だからシルキュリアは従魔として少しおかしい状態なのだ。

 

 スリープがこれを見た場合は、どうせ後から召喚できるのだから何の意味も無かったと評価するだろう。結局は、シルキュリアを召喚したところで、死んだ人を生き返らせるのには失敗したのだから。

 

 柊菜もその事に気付いているからか、表情は暗いままだ。

 

「……それにしても」

 

 話題を変えようと、柊菜が顔を上げて語り出した。

 

「従魔っていうのは凄いね。科学では倫理上問題があるってことで、実行はされてないことや、そもそも不可能な事も出来ているんだよ」

「……? そうっすね」

 

 死者蘇生は、樹達のいた時代の科学技術でも可能だった。脳としての生存、という形ではあるが。

 

「……化学を越えた力」

「新田さん?」

 

 少し思い詰めた様子で柊菜が呟いた。しかし、樹が声をかけると、パッと表情を切り替えて明るく笑いかけてくる。

 

「ううん。なんでもない。今エー君と里香ちゃんが二人の死体を持ってきてるから。そしたら埋めようね」

 

 その表情に、樹は柊菜が何かしら隠したいことがあるのだと察した。普段の彼女なら、この犠牲に対して明るい表情は見せないからだ。

 

 目に見える死者の数は、多くない。だが実際は、王国の召喚士ギルドのマスターであった竜の少女が連れてきた人達が見当たらないことからもある程度理解できる。

 無に飲まれたのだろう。目の前に広がる湖は、別に珍しい光景でもないのだから。街の外まで、水没したかのようにあちこちに水辺がある。

 

 それだけの人を救えなかったというのに、何も語らない柊菜は、やはり何か自分の中に押し込めておきたいことがあるのだろう。

 

「新田さん。辛い時は口に出した方が楽になるもんっすよ」

「…………」

 

 だからこそ、樹はそこに踏み込むことにした。

 

「俺たち仲間じゃないっすか。助け合い、支え合っていきましょうよ」

「……樹君」

「あ、俺には言いにくい事だったら、別に他の人に言うんでも良いっていうか……とにかく! こういう時だからこそ我慢するべきじゃないっていうか」

 

 樹は徐々に何が言いたかったのか分からなくなってきて、焦りだす。その必死な様子を見て、柊菜は思わずといった感じで笑い声を漏らした。

 

「クスッ……ありがとう、樹君」

「うっ……どういたしまして」

 

 樹は自分が笑われたと思ったが、それで柊菜が元気になるならと思い直す。

 それと同時に、柊菜自体が可愛い女の子だったということを改めて実感した。

 

「……それじゃあ、早速なんだけどね」

「おーい、持ってきたよ……って、イツキじゃん。おはよ」

「おはよっす。んで、新田さんなんだって?」

「……ううん。今はいいかな。また後で、時間あるときにね?」

「なになに? なんかの相談?」

「うーん……まあ、相談、かな?」

「ふーん。後で私にも話してよね!」

「良いの……?」

「仲間じゃない!」

 

 樹が頑張って引き出した柊菜の話をいとも簡単に引き出す里香。

 

「ありがとね。それじゃあ、先にお墓作ろっか」

「そうね、ここは召喚もあったし、空間の断裂もあって地脈そのものがズタズタだから、多分もうしばらくは従魔に襲われることも無いだろうし、生物も寄り付かないでしょ。静かに眠るならここが良いでしょ」

「火葬するんすか?」

「ん……ここの文化ってよく分からないし、ミルミルはどうなの?」

「死者の身体は次への礎として利用されるけど? 具体的には魔法の触媒ね」

「あー……死者の弔い自体が文化に無いのかな?」

「大抵は遺言にでも残すし、そうじゃなくても死んだところで次へ行くってだけ。その先が従魔なのかゴーレムとかなのか、はたまた触媒になるのかは分からないけど」

「私達は~、死んだら食べるかな~」

「なんか、凄い文化だね」

 

 わりと大きな違いを見せる文化様式に若干引いた様子の柊菜。

 対するミルミルやシルキュリアはあっけらかんとしている。

 

「迷い子達の文化の方が異常なのよ。残った身体を使わずに、わざわざ穴を掘ってまで埋めておくとか。よほど安全で安定した世界なんでしょうね」

「食べ物には困ってなさそうだね~」

「あっ……そっか。そう、だよね」

 

 この世界には従魔がいる。そもそも、人間は食物連鎖の頂点ではないだろう。

 都市、という形で人類が他の生物や従魔に押し込められているのが現状なのだから。

 

「……それでも、死の概念はある」

「どうしたの?」

「…………ミルミルは、死にたくなかった?」

「そりゃあね。まだここでやりたいこともあったし、積極的に死を選ぶなんてことは誰もしないでしょ。ただ、私達は生きる為に死者でも利用するの」

「……そっか。さ、埋めよう。火葬は、しなくて良いと思う。あんまり死体は綺麗じゃないけど、骨にするのもかわいそう、かな。私だったら、だけど」

「焼いて砕いてって、それだけやってる時間もあんま無いし、そうしよ」

 

 この後、柊菜はずっと思案した顔で黙々と作業を進めた。

 葬儀などは行われず、ただ死体を埋めて、そこに石を削って、名前や誰の墓なのかを示す墓標を立てて、手を合わせた。

 

「……死ぬこと、か」

 

 手を合わせた後、墓と、その向こうにある静かな湖畔を見つめて、柊菜は小さく呟いていた。

 

 

・・・・・

 

 柊菜が結局相談もせずに考え込んだ様子で動かなくなってしまったことで、本日は移動を開始しないことになった。

 唐突に生まれた自由な時間。何時は、やることも特に無く、日課としていた素振り等の鍛練も終わればずっとムラムラしていた。

 そもそも昨日は生命の危機を今まで以上に感じていたのだ。こうして色々片付くと、運動ですら発散しきれない生存本能というのがこみ上げてくる。

 

「……不謹慎過ぎるから適当にスリープさんにでもメッセージ送り付けとこう」

 

 一切の連絡がつかない状態のスリープは、既に死んだか通信用の道具を失ったと思われる。そこで、樹は今の思いを吐き出す為にスリープへのメッセージをメモ帳として使うことにした。

 

『はぁ~新田さんめっちゃ可愛いよー! 控えめ従順系美少女良いよー! しーちゃんも小さいけど人形のような人外の可愛らしさと健気さと無邪気さがあるし、里香ちゃんですら小生意気な年下女の子って感じの美少女だし、チェリーさんは毛皮で色々隠れているだけでほぼすっぽんぽんだし、ミルミルさんもツンデレみたいなグッとくる可愛さがあるし、シルキュリアちゃんはもうわけわかんないけど好意向けてきてもうたまんねえよー!!! リリトゥライラとかいう従魔が憑依した時はなんかもう母性みたいなもんも混ざってドスケベだよあんなの! 生命の危機乗り越えて一度仲間に目を向けるとすっげえ美少女ばっかりでもう性的な目でしか見れねえよー! 助けてくれー!』

 

 樹は年頃の男で、男子校出身だ。女子への免疫はあまり高くないのだ。

 同郷の子は潔癖なところもあるし、そういう視線は極力見せないように意識している。すると、逃げ道は自分の従魔しかいなくなり、徐々に性癖の歪みを引き起こしていた。

 

『従魔の肉体はあくまでアバターだから言えば外見を変えてくれるよ。大きく逸脱は出来ないけどケモ度合いを変えたりするのは可能。あれらはあくまでも本質が情報であり、実体も同じように変えられるからこその芸当らしいけどね。ステージ解放で見た目変わるけど、それも元に戻せるし。外見に関しては同意だけしとくよ。柊菜が従順だとは思わないし、里香は小生意気というよりも若さがあるってイメージだけだからね。

 というか、リリトゥライラとかとんでもない名前聞いたんだけど、シルキュリアに憑依したからかな。よく生きていたね。あの従魔は星十六の最高レアの死種で、役割としてはヒーラーだよ。最優先で本体叩かないと味方全員に死亡時復活を付与するから無限の兵士を産み出せるんだ。ちょっと面白いところだと、女の子の概念というアビリティを持っていて、男に対するダメージ増加と攻撃無効があるんだよね。マジでよく生き残ったね』

 

 そんな樹の叫びに返ってくる返事があった。柊菜の端末では音信不通のスリープだ。

 樹は、スリープが連絡を取れない状態だと判断してメッセージを見られないつもりで送ったのだ。そうしたら返ってきた。つまり、スリープは無事であり、生きており。

 

 樹のハーレム状況への喜びの声もバッチリ読んだというわけだ。

 

『死闘を戦い抜いたのもあるんだろうけどさ。おじさん黙っとくから困らない程度に発散しときなよ……』

「い……」

 

 最後に送られた、こちらの感情を読んだような気遣いのメッセージ。普段のからかい様から大きく離れた文章は、樹のメンタルを大きく揺らす。

 

「イヤアアアアアア!!!」

 

 樹の叫びに柊菜達が慌てて様子を見に来る。樹は何も喋りたくないとトラウマでも患ったかのように個室へ引きこもり、時折「うぐぅ!」といったうめき声をあげるようになった。

 心配した柊菜達だが、何も出来ることはないと樹に断られた。そして、彼の従魔であるシルキュリアとピクシーが介護するようになった。

 

「ますたー、無理して抱え込まなくていいんだよ? わたしたちはますたーの味方だからね!」

「マスターくん、従魔はマスターくんのことをほぼ無条件に受け入れられるような相性がよくないと召喚はできないんだよ~。おとなしく吐け~」

 

 優しく従魔が慰め、問い掛けてくる。

 

 樹がくるまった布へ触手と妖精が潜り込む。樹の弱ったメンタルに、染み込むように入り込んでいく。

 

 樹の性癖が歪んでいく。

 

 出立の時期はまた遠ざかった。

 




次も閑話です。
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