次回からは本編に戻ります。
短いです。
「えー、スリープさんが無事だったという連絡を受けました」
柊菜が不機嫌そうな顔で言う。
ここは、いまだ貴族の街だ。樹がメンタルに怪我を負うのと引き換えに、スリープの生存情報を持ってきた事で、今後どのように行動するか決めかねているのだ。
ここまで樹達を運んできた人物は現在土の下にいる。
「陸路は王国を通るので厳しいでしょうし、樹君が船の従魔を持っているので、海を移動しようかと思っています」
そこで一度区切り、柊菜はちらりと周囲へ目を向ける。
コクリと頷いたのは、里香とミルミルだ。従魔達は基本的に召喚士に対して明確に間違えた事を言わなければ口を挟むことはない。召喚時の条件でアドバイザーなどを求めない限り、大抵こちらの言う通りにしか動くことはないのだ。
なお、現在樹はメンタルに大きな傷を負ったと申告して、ピクシーを会議に送って触手と戯れている。
「……ですが、彼は現状動けないのでしばらくは待機になります。以上。解散」
柊菜の号令で今日もやることの無い面々は好き勝手に散らばっていく。
一応互いに大声をあげれば聞こえる程度の範囲で活動しているので、何か問題があればすぐに駆けつける事ができるようになっている。そこら辺は経験と対策が取られている。
散っていった仲間達を尻目に、柊菜は短い間に戦った人達を埋めた墓の近くに腰掛ける。
視線の先は湖だ。水が流れる先も無いが、水が流れてくる先も無いこの湖は、いずれ蒸発して消えてしまうのだろう。水位が下がった様子は見えないが、この不思議な力の果てに生まれた湖に柊菜は感じ入るものがあった。
「……従魔。元々はゲームで、死者の蘇生すら可能な不可思議な存在」
この世界がゲームだと言うのならそこで話は終わりだが、柊菜はそこに疑念を抱いていた。
「私達は基本的にゲームでは傷を負うことは無い。死ぬことはあっても、それは仮想の肉体だけ。仮想現実でも拡張現実でも、本体に影響を与えることはできない。それは絶対のルール」
柊菜や樹はフルダイブVRが存在する地球からやって来ている。だからこそ、この世界がゲームの世界だというスリープの話に違和感を覚えていた。
スリープも恐らくだが柊菜達と同じ時代に生きている人間だろう。そんな人間が、フルダイブゲームを知る人間が、この世界をゲームの中だと表現することがおかしいのだ。
もっと別の言い方がある。創作の世界だとか、もっと別に表現する方法はあったはずなのだ。それなのに、あの男はここをソーシャルゲームの世界だと決めつけた。
ファンタジーだと言ってしまえばそこまでだ。原理も道理も再現も不可能。そんなものはそうなるものとしか言えない。
だが、同時にファンタジーなら気になる事が柊菜にはあった。
「……どうして日本語を使っているのだろう?」
道理の効かないファンタジーなら、それこそもっと突拍子もないものにすればいい。言語がわざわざ日本語になっているなど、ここは異世界で創作のファンタジーではありませんと言っているようなものだ。
現地の人間の唇を見ても、発音と噛み合っており、翻訳を噛まされている様子は見受けられない。つまり完全に日本語を使用しているのだ。
「……従魔、スリープさん、ボトムズの人」
実のところ、柊菜の時代でも、死者の蘇生はできなくもなかった。脳さえ無事なら生きることは可能であり、移植することもできるのだ。
倫理上の問題などがあるので、海外の科学ニュースなどで自分から調べていかないかぎり知ることはない情報だろうが。
「ゲームなのに調べている。私達の肉体の怪我すら一瞬で治せる……」
ゲームが現実になったのを疑うようなスリープの行動。しかし、彼はあまりゲームの法則そのものを疑わず、別の事を検証している。
可能性の一つとしては、ここがフルダイブVRの世界だということだ。セーフティがあるものの、そこをどうにかして乗り越えて、脳をハッキングしている。という可能性はある。
類似としては、脳をスキャンして思考パターン等を複製して、本物は現実に戻している。というシミュレート説だ。柊菜は、これもありうるとは思っている。
「我思う故に我あり。自分を疑うことはできない。か……」
だが、それそのものを疑ったところでどうすることも出来ない。
「うーん! わかんないなぁ……」
結局のところ、これが現実だとして、それをどうしていくかを考えるしかないのだ。それ以外の可能性が真実だった場合、きっと自分はボタン一つで消されてしまう人格でしかないので。
「人格の保存か……」
脳をスキャンして思考パターンを保全する。というシステムは未だ研究段階にある。人類は肉体の檻から出る事は未だ可能になっていない。
「……可能性、か」
思い返せば、従魔というのはずいぶん先のシステムを、技術を持っているように思える。
大きな施設を利用しない怪我や死からの復活。そして、損壊した肉体でもなんでも取り込み従魔へと変えてしまう謎の現象。
そもそも従魔がなんなのだ。ということにつながるので、柊菜は従魔とその周辺の根幹にまつわりそうなシステムを無視することにした。
「今ある技術を疑っても意味はない……。それをどのように使うか。走りながらオーパーツは分析していく……」
柊菜は背後に目をやる。そこには、柊菜を守るように立っているエンドロッカスや、チェリーミートがいる。
召還の仕組みも、彼女達が何者なのかもあまり良く分かっていない。ただ、柊菜はそれが敵ではないことだけは理解していた。
「全ては奪われる者を救うため……」
柊菜の魔法の誓いではあるが、それは従魔を使う理由にもなる気がした。
「……だれかを救うため」
そう、もっと強い従魔ならば。過去に死んだ人だって蘇らせることができるかもしれない。
柊菜が望む、誰も不幸にならない世界を作り出すことができるかもしれない。
「ヒイナ、どうしたの?」
「あ……里香ちゃん」
従魔の力や可能性に目がくらみそうになった時に、里香が駆け寄ってきた。
ここしばらくの間、柊菜の表情は暗く、何かを抱え込むように悩んだ顔をしていた。
「私達仲間でしょ? 何か悩んでるなら言いなさいよ!」
「う、うーん……。えっとね。里香ちゃんは、従魔が何かって知ってる?」
「さぁ?」
かなり遠回しに質問をしてみたが、全く興味が無いように里香は顔を横に振った。
「従魔っていうのがなんなのか、そんなの考えてどうするの?」
「え……だって、わからないものを使うのは不安があるでしょ?」
「それを言ったらコンクリートが固まる理由だってわからないんだし、CDの原理もなんか不明だって聞いたことあるし、そもそも私達が日常で使っていたデバイスだって、原理とか全く分かんなかったじゃん」
そう言われれば。と柊菜は思い出す。違いは生きているかどうか。とでも言った方が良いレベルだ。
それに、既に人類はシンギュラリティを引き起こしたAIが人智の域から外れつつある状況だったはずだ。
「そういう難しいことは、そういうのができる人に任せんの! ほら、私達はそれをどのように使うかが重要でしょ?」
「使い方……」
「そう。従魔って、大体召喚士に逆らわないじゃん。だったら、道具と同じで使う人次第で変わっちゃうんだよ。これだけ強力な力がね」
それは、先ほどまで柊菜が考えていたことと同じだった。
そして、里香はもう一つ考えていた事を口に出した。
「たぶんさ、ノーマネーボトムズ? だっけ? あの人達のリーダーがやろうとしてる事って凄いことだよ。死者の蘇生なのか、地球へ戻るための次元の穴あけかはわからないけど」
「あっ……そっか。そうだよね。これを使えば、もしかしたら、帰れるのかもしれない」
リリトゥライラは、本体ではなく分霊のようなものが憑依しただけで、空間が無造作に壊れていった。それだけの力、エネルギーがあれば、もしかしたらこの世界を脱出できるかもしれないのだ。
「帰り道、見つかったのかな……これで」
「んー……まあ、たぶん? 現状一番可能性はあると思うけど」
「後は、スリープさんと話をしたい、かな」
「えぇ? 喧嘩しないでよ?」
「ごめん……もう、大丈夫だから」
柊菜は分かっていた。あの男が話さないだけで、帰る方法に関して、何かしら手段を思い付いている事を。
「聞きたいことが……できたんだ」
それとは別に、柊菜は彼に会ったら聞いてみたい事があった。
「……スリープさん」
貴方は、従魔を集めて、何をしようとしているのですか?
ザァ……と突風が吹き付ける。柊菜は髪を押さえ付けて、目を瞑る。
吹き抜けた風が湖畔を揺らす。いずれ、長い時間の果てに、ここの湖もいつか枯れるだろうか。それとも、地脈が戻り、豊かな自然やエネルギーを取り戻すのだろうか。
「……? なんか言った?」
「ううん。なんにも」
柊菜は立ち上がり、湖へ背を向けた。
「行こう。明日には樹くんを引っ張ってでも先に行かなくちゃ」
「そうね! ケツ蹴飛ばして次へ行かなくちゃ!」
柊菜の表情から陰が消え、いつもの控えめな笑顔が浮かぶ。
里香も安心した様子で、いつもの強気な笑顔を見せる。
引きこもった樹を叩き出しに二人が駆ける。数分後、一つの建物から、男の悲鳴が上がった。
そして、翌日。
若干姿勢のおかしい樹が手を海に伸ばす。そして「『コール』」と一言呟くと、足元まで届く大きな波飛沫をあげて船が着水する。
古き木船は、水に濡れる事で、被った埃を洗い流していく。
そうして浮かび上がった真の姿は、大海原にも負けない古強者の様相を醸し出していた。
「さあ! 目指すは西へ! オセアン、出航っすよ!」
召喚士達を乗せた船が行く。人の手が入っていないどこまでも蒼い水平線に沿って。
「…………そういえば、スリープって今どこにいるの?」
「「あっ」」
食料の準備すらしていない三人は、これから数日間、地獄を見ることになるのを、誰も理解していなかった。
そして、彼女達が出発を果たしたその日。
「──っだぁ! おらぁ! やってやったぞ糞ゲーがよぉ! クリスタルドラゴンも四つ腕のトロールも全部低ランク低レベル従魔で突破してやったぞ!」
「よかった……もうこれから先一生洞窟で生きていくかと思ったわ……」
ボロボロの格好をしたスリープや、アヤナが洞窟から出てくる。
激闘を繰り広げたのであろう。その出で立ちは大きく変わっており、精悍な雰囲気の出で立ちになっていた。
従魔達も強力な敵を相手にしたからか、力強さを内に湛え、感動に震えるアヤナを見て静かにしていた。その誰もが軍隊のようにスリープの背後に控えており、ただ主の言葉を待っている。
「……グルル、新しい力を得た今なら、生意気な奴らを打ち砕けるだろ。外に出た喜びよりも先へ早く行くぞ」
──ただ一人、彼の横に並び立つ、小学校高学年から中学生程度の外見に成長したウィードだけを除いて。