短めです。
俺の目的は、とても大雑把にいえば、従魔と共に生きることだ。
本筋はそこにある。
アヤナへはそこら辺を伝えただけに留めた。全て言うといったな。アレは嘘だ。
まあ、アヤナには言えないことも多々あるので、隠したことになる。今伝えるとSAN値チェックが入るようなこととか。特に。
とりあえず、俺の計画の一部は明かしてある。なぜ、そうするのか。そこは教えていないのだが。
「さて、この街レイデンでは、主に二つの悪事が働かれている」
一つは、ここがヴエルノーズから最寄りの開放的な街である。ということ。まあ、大雑把にいえば中継地点として役に立っているのだ。
エンドだかノーコスだかわからないが、人間を怪物にする薬を取り扱う拠点が西側にあり、ヴエルノーズまで勢力として取り込んでいる時点で、ここはクロになる。
まあ、ここまでは理解できるであろう話なので、アヤナもこくりと頷いた。
「もう一つは、人身売買だね」
「ここで売春でもさせているってこと?」
「それもあるけど、ここの北にある森が【迷いの森】なんだよ」
アヤナはあまりピンと来た様子がない。
まあ、それだけならただのダンジョン情報だ。その名称の意味がわかるのは、チェリーの所有者でなければいけない。
「柊菜の従魔である【狼少女チェリーミート】は、迷いの森出身の元獣人だよ」
「……ここって、人間以外の種族もいるのね」
「魔術師は貴族と人間のハーフがほとんどだし、獣人とは言っているけど、獣人族っていうのが正しい呼び方になる。他にも何種類かは高度な知能と文明を持った種族はいるよ」
閑話休題。ヴエルノーズでは、人身売買は行われていない。性格に言うと、禁止されている。バレたらアウトだったりするのだ。
というか、この世界には警察は無くてもハッピー工場という凶悪犯罪者の収容施設があるのだ。ゲームでは一風変わったダンジョンとして、サブクエストをこなすことで入れられる場所だ。
コンテンツとしては『ボス敵との再戦闘場所』になる。幾分か弱体化してたり、逆に強化されていたりするものの、とにかく、そこでは今まで倒してきた人間の敵キャラと戦えるのだ。
かなり無視されているように見えるが、一応この世界にも犯罪という概念は存在しているのだ。
「とにかく、ここは明日生きれるともわからない身が多く住んでいるから、犯罪なんてお手の物なんだよ。ここに法は存在しない」
「それこそ、捕まえたら良いんじゃないの?」
「ファンが減るだろ?」
「ああ……そこに繋がるのね」
アヤナが納得した様子で周囲を見渡した。
ゲームキャラクターともあり、アヤナはちょっと現実ではお目にかかれないような見た目の良さを持っている。それを狙った人間が息を潜めてこちらを狙っているのだ。
攻められない理由は、俺の従魔が警戒しているのと、ここまでの道で戦い、勝利してきたからだ。
奴らだって、死にたいわけじゃない。ただ、生きられないからやけくそになっているだけなのだ。
「ストーリーで進めていくなら、更に迷いの森まで進むことで、森で人狩りが行われていることを知り、潜入して敵の本拠地を叩くわけだが……」
「そんなに悠長にしてられないってわけね。チェリーもいないし、人狩りの事情を聞こうと森に入った時点で襲撃されそうだわ」
「それもそうだし、ノーマネーボトムズとかいう集団がどこまでやるつもりで何を目的にしているのかが見えてこないんだ。人類が完全に詰む前に手を打たないといけない」
大まかに言って、俺が回避すべき事は三つある。
一つは、ゲームの破壊。
これは、単純にストーリーでしか入手できない従魔がおり、その根幹を崩されるのは困るというだけのこと。
既に、チェリーは柊菜の手元にあるし、ミルミルは従魔になっていない。
そもそもエンドロッカスが従魔になっている時点でおかしいので、これに関しては努力目標レベルのものだ。
少なくとも、第一部であるこの世界では、大筋が正しければそれで良いと思っている。
第二部以降は、ストーリーから外れると詰む可能性があるので極力避けていきたいが。
二つ目は、リミテッド従魔を奪われることだ。
既にチェリーが柊菜の手に渡っているのに何を言うのかと言われそうだが、これは本気で避けるべき案件である。
単純に、星十より上の従魔は全てリミテッドであるし、それ以下であろうとリミテッドは存在している。
これは、相手が保有している時点でかなり危ない物が多いから。というのがある。
それ以上にコンプ欲の問題で、避けたいところだ。
本気で召喚されたらヤバいのは、星十五と星十六になる。あれらは、そもそも入手条件があまりにも厳しいものの、一度奪われると取り返すのが困難になる。
その上で、地球程度の星なら簡単に破壊できるだけの性能を持っているのだから、厄介すぎる。
最後に、人間を減らし過ぎないことだ。
というのも、多くの従魔が、今でも本格的に人類を滅ぼさない理由が、あちら側の需要に関係しているのだ。
人間は従魔にならない。この条件がある限り、人類は結構さまざまな世界で襲われていたりするが、滅亡が確定するところまで追い詰められる事はないのだ。
逆に、人という従魔が誕生するか、維持できない数にまで人間が減ったとされると、一気に従魔が回収へ向かってくる可能性がある。
だからこそ、人類を滅茶苦茶にするノーマネーボトムズの力は可能な限り削いでおくべきなのだ。
「まあ、決定的な証拠を抑えるか、バレないように本丸だけを攻めるのか、そこだけは決めておこうか」
「……大義名分を求めているの?」
「ハッピー工場送りにできないからね。秘密裏に処分すれば、それだけこちらの影に怯えることになるし」
一度叩きのめしたところで、すぐに復帰されても困るのだ。
「それじゃあ、先に証拠を集めていきましょうか。えっと、人身売買の証拠を押えればいいのね?」
「一番上がそれをやることは無いだろうね。やるとしたら、下っ端でしょ」
「じゃあどうやって証拠を掴むのよ」
アヤナが顔をしかめる。力技で叩きのめしてもあまり効果がなく、街の頂点はただアイドルをやっているだけで、悪事に加担している証拠もない。
「そこでだけど、アヤナは人身売買されたりできる?」
「…………は?」
「彼女を……返せっ!」
数時間後、街の大通りの人が多く集まる場所。
俺は、手持ちの従魔であるシルクを、ゴロツキに倒されていた。
そして、戦力を失った俺の手から、アヤナを引き剥がされる。
「ヒャハハ! 遂に勇者を捕まえたぜ!」
「くっ……スリープ!」
アヤナがこちらに手を伸ばそうとするも、男に阻まれて、引き離されていく。
「おい、彼女をどこに連れていくつもりだ!」
「貴重な勇者様だからなぁ! とりあえず上へ届けるさ!」
そこで味見とかをしない辺り、全年齢対象なんだと実感する。
俺は、ゴロツキ達に押さえ付けられ、アヤナが連れていかれるのを見守る。そして、完全に彼らが視界に収まらなくなった。
「……やれ」
パパパと軽い空気が破裂するような音が響き、俺を押さえ付けていた奴らが、血飛沫をあげて錐揉みしながら倒れ伏せた。
驚き、逃げて行こうとする奴らの足を撃ち、数十秒後には、俺以外に立っている人間はいなくなった。
「任務完了」
「ご苦労」
トラスと共に、ラインクレストがこちらに戻ってくる。
そして、ポケットに手を突っ込み、石を取り出す。
「『再生』」
石一つを砕き、シルクを復活させる。正直に言えば、ここでロストさせても良いレベルの戦力だが、負ける為の調整で有用だと言うことに気付いた。
これは今後も使うときがあるかもしれない。
「マスター。次の指示を」
トラスを肩車し、ラインクレストを見つめる。念のためにノーソとリリィをアヤナの周囲に付けているため、ウィードを出さないで戦える最高戦力だ。
「これは、擬似的なストーリーの再現だ。チェリーの強化イベントで、故郷に戻った彼女は、自分のいた集落で、未だに人狩りが行われているのを知る。そして、それを止めるために、街へ攻め込むんだ」
「その時は証拠があったのですか?」
「まあ、出荷するための繋がりは上が握っているからね。保管もされているし」
すぐに済ませるのであれば、このまま本拠地に向かうのだが、今回はもう一つ目的がある。
現状の手持ち従魔のレベルが低すぎる上に、限界突破条件を満たしていないものが多すぎる。だからここで経験値を稼いでおきたいのだ。
今のままストーリーを進めると、実力も手持ちも不足しすぎているので、負けかねないのだ。
ここは、そこまで強い敵もいないし、街中なのに治安が悪すぎて襲われまくる。
効率もそこそこ良いので、次までに必要な分を稼いでおくつもりだ。
「ノーソを完凸させるのを目標に、少し街を練り歩こうか」
ノーソもリリィも召喚はしているので、経験値は自動的に割り振られる。
とりあえず、リアルではエンカウント数にも限界があるだろうし、そこまでは街を全体的に磨り潰しておこうじゃないか。
「いやぁ、蹂躙は楽しいね。苦戦ばかりしていたから、あっさり散っていく敵を見ると爽快感を覚えるよ」
本来ならば、ここに来るまでは召喚士とは戦うことはほぼ無いはずなのだ。
従魔の敵は、基本的に従魔しかありえない。だからこそ、ここまでは楽勝のはずで、ここから戦闘の難易度が上がっていくはずなのだ。
ついこの間まで、終盤かつサブクエストの場所でサバイバルをしていたのがおかしいのだ。
「チェリーの強化はここじゃなくてもできるんだ。最低限故郷に戻りさえすれば、アビリティは貰える。それなら、全部潰しちゃっても問題ないよね」
アタッカーとして優秀な能力を得られる上に、当時は専用スキルだったものまで覚えられたのだ。しかし、現状チェリーはここにいない。
覚醒イベントは潰すことになるが、教え役は救出するし、そいつがいなくても集落に行けば、習得は可能だろう。
「なんなら柊菜に教えてもいいかな。あの三人だって、最低限の自己防衛はできた方がいいだろうし」
一人、次のことを思い浮かべる。皮算用でしかないが、こうして次を考えるのは好きだ。
自分に余裕があるという何よりの証拠なのだから。
「さあ、やることが見えているならとりあえず走り出そうか。全ての成功は、行動しなければ達成しないからね。クレスト、行くぞ」
「──了解。システム起動します」
トラスとラインクレストを引き連れて、軽い足取りで踏み出す。同時に俺とラインクレストの身体が同期する。
この方法を見つけ出すのにかなり苦労した。だが、必須技術だったので、なんとか身につけた。
従魔戦闘のマニュアル操作。一々口頭で指示を出すよりも、圧倒的な速さと正確性を誇る技術だ。
ゲームでは、少数での戦闘をする場合は絶対に必要な技術だった。そうでなくとも、これの有無で全体のダメージトレードなどに差が付くのだ。
ウィードでなんとか編み出して、それを他の従魔にも転用できるようにした。これがあれば、一体の遠距離火力従魔だとしても、早々負ける事はないだろう。
ゲームの操作と感覚の差異はあったが、それも徐々になくなってきている。本調子には程遠いが、それでもかつての俺に戻りつつあることを実感していた。
「見せてやるよ。イズムパラフィリア最強の召喚師って奴の実力をね」
引き伸ばされた感覚で捉えた敵へと狙撃する。射程圏に入ればこちらのものだ。
俺の呟きを聞き取ったラインクレストが首を傾げた。
「マスター、最強の実力に対し、最高戦力を投入しない理由はお聞きしてもよろしいでしょうか」
「こういう場所じゃ役に立たないからだね」
ウィードを出さない理由? ここはダンジョンじゃないから、一回ごとに龍種覚醒が発動するのだ。
龍種は最高峰のステータスを所持しているものの、初動が圧倒的に遅いスロースターターだ。龍種覚醒中でも役に立つアビリティなどがあれば話は別だが、そうでも無ければ、龍種は大規模戦闘で後半に投入される圧倒的な切り札として使われるのが本来の使い道なのだ。
まったく、使い勝手が悪くてしょうがない。