イズムパラフィリア   作:雨天 蛍

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75話 淫蕩と遊びの国

「……地球って、どういうことよ?」

「ただ単純に、故郷の話を聞きたいだけだよ」

 

 アヤナは、自分がいた場所について情報を明かしたことはない。知る限りでは、里香も。

 というか、自分達が情報の出処ではないだろう。

 ハンチング帽の男。そいつも地球から来た人間だ。ならばそこから出た情報だと考えるのが普通だ。。

 

「聞いたわ。そこには従魔も、災厄もいないのでしょう? それどころか、人類が頂点となり繁栄しているとか」

「…………まあ、そうね」

「なんて素晴らしい世界なんでしょうね。そこは。こうして安全な街の中にすら居られず、いつ隣に従魔が現れて襲われるのかも分からない。そんな日々とは大きくかけ離れて、明日を信じれるだなんて」

「……」

 

 命の危機。という形では、たしかに地球はこの世界ほど危険ではないだろう。密集し、地脈のエネルギーを管理し続けないと、そこかしこから従魔が現れる世界では、安全である街中にいられないだけで、いつ死んでもおかしくないということになる。

 

「私がノーマネーボトムズに所属している理由はね。生きたいからなのよ。誰しもが安全に、笑って生きられるような。そんな世界に行きたいの」

「そう簡単なことじゃないし、そう上手く行くとは思わないわよ」

 

 アヤナの否定する声に対しても、ネイリィは笑うだけだった。

 

「この世界は既に限界を迎えているのよ。負けが決まっている勝負を続けるほど、私は愚かではないの。災厄を前に、足を引っ張り合い、最終的に聖女を切り捨てて、そして異邦者の手を取ってしまったのだから」

「でも、既に災厄はいないのでしょう? ノーマネーボトムズの男が倒したと聞いているわ」

「確かに、災厄は消え去ったわ。それ以上に、触れてはいけない存在が残ったのだけれど」

 

 ネイリィは、その年齢もあるのか、色々と知っているのだろう。災厄の被害を見てきたかのように語り続ける。

 

「人々は狂い、世界は変わり果ててしまったわ。私もまた、人ではあれどそれを受け入れなければいけない程に」

「技術の発展なんだかそれに伴う汚染なんだか知らないけれど、そういうのと上手く付き合い、進化していくのが人間ってもんだと思うわよ」

「…………本当に何も知らないのね。召喚士ではないから、気付かないのも仕方がないのかしら」

 

 アヤナの様子を見て、少し考え込むネイリィ。ふと、何かを思い付いたように顔を上げて、部屋のドアを開けた。

 そして、彼女はアヤナに手を差し伸べた。

 

「少し、この街を見ていきましょう。勇者ならば知っておいた方がいいかもしれません。この終わりゆく世界について」

 

 

 

「私の街は、魔術師がおりません。要所ではありませんし、束ね上げる地脈も存在しないため、空間に力が分散しており、管理も難しいのです」

 

 先導するように街を歩くネイリィ。彼女が街のリーダーとあってか、アヤナを見ても、住民達は手を出してくることはない。

 

「……そんな場所になんで住んでいるのよ」

「ここしか居場所がなかったから。私達の殆どは、街に入り切らなかった人なのよ。だから、才能も能力も無い弱者ばかりが多いの」

 

 街で見かける人々は、痩せ細っているのも合わせて、肉体的にも弱く見える。浮浪者の如き風貌のものばかりだ。

 そんな奴らがあっちこっちで盛り合っている。

 

「にしても、なんでこの街はいつも……この……人同士でこう、くっつき合っているのかしら」

「寂しいから。では? だからこそ、人はこうして肌を重ね合っているもですよ」

「嘘でしょ!? そんな理由なの?」

「もちろん冗談よ。でも、あながち間違いではないでしょうね」

 

 今まさに最高潮とでもいうような動きを見せる人をネイリィは指差した。

 次の瞬間。突如として開いたゲートにより、従魔が真っ最中の人を燃やし尽くした。断末魔があがり、ネイリィが従魔を素早く打ち倒す。

 そんな一面があったというのに、人々は気にした様子も無い。

 

「誰しもが生きる為に必死なのよ。ここは。文化的な行動なんてほとんど不可能。死と隣り合わせの世界だからこそ。享楽に浸る。そして、なるべく早く子を成す。そうでもしないと生きられませんから。種を存続できませんからね。私が来る前はもっと凄かったわ。数カ所に集まっての乱交パーティー。どこかで貴族か何かの血が混ざったのか、進化でもしたのか、産まれた子供はある程度成長していて、しばらくすれば直ぐに子を成す事ができたのだから」

「なによそのびっくり生物」

「死ぬ以上に生み続ける。それが適応ってことじゃないかしら。早産早成。それがこの街の人間の特色よ」

 

 どこかのゲームのバグっぽい挙動である。

 今まで王国の付近にいるまともな人間以外を見てきていなかったアヤナは、ここに来て異常な生態を持つ人間にドン引きしていた。

 まぐわいの最中であっても、ネイリィが声をかければ普通に応対する辺り、本当にこれが日常として定着してしまっているのだろう。

 

 健全なゲームではなかったのだろうかと、アヤナはスリープの発言を思い返していた。

 

 ──従魔、特にリリィとノーソの発言からして健全ではなかったような気がする。

 

 アヤナは煽られていた時の事を思い出して舌打ちをした。

 

「これもまた自然の形ではあるけれど、あまりにも非文明的だとは思わない? だからこそ、私は自分の身一つで他の大勢を楽しませられるものを作り出したのよ」

 

 それがアイドルへと至った経緯なのだ。

 

「ふーん。まあ、手段も目的も理解したわ。生憎、私は地球に帰りたいとは思っていないし、帰り方も知らないけどね」

「……帰りたくない理由は聞いてもいいのかしら?」

「あら、簡単よ。生きるか死ぬかではなく、人である為に、私は戻りたくないのだから」

 

 アヤナは、少し空を見上げて、この世界に来る少し前の事を思った。

 

「私はね、国内でも最大規模の財閥の令嬢。ここで言うなら、一番大きい街の支配者の娘だったのよ」

 

 北条院財閥。里香や樹、柊菜に言ったところで知らなさそうな反応しか貰えなかったものの。本来なら、街を歩かずとも必ず関わりがあるというくらいの巨大な財閥である。

 

「そこまでは別にどうでも良かったんだけど。私、高校卒業と同時に、また別の企業の代表と政略結婚する予定だったのよね。年齢は……六十を超えていたかしら」

 

 別に、そんなことする必要も無い程に稼いでいるのに。親は、自分を道具としてそこに売り付けたのだ。一族のさらなる発展の為にと。

 

 あのまま生きていれば、きっと好色爺の元で幸せすら分からずにただ道具として使われて終わっていただろう。その前に家出でもして一から自分で生きていくつもりだったが。

 問題があるとすれば、成人にまで間に合うかどうか。そして、間に合わない場合の独り立ちをどうするかだった。

 

「私はこの世界、結構気に入ってるわ。そりゃ乱暴で危険ばっかりだけど、自由なのだから。私を北条院の娘としてじゃない。一人の人間として見てもらえる。親や社会の柵すらない。弱ければ食い物にされていたのだろうけど、私は運良く独力でも戦える才能があった。それだけ備えられていれば、ここを嫌う理由はあまりないじゃない?」

「滅びゆくだけの世界でも?」

「地元の人から見ればそうなのかもしれないけど、私からすれば、別世界の存在を確信しているんだから、それもまた一つの経験でしかないわ」

 

 アヤナが召喚された理由は人間として最高峰の才能があるからだ。少なくとも、この星とアヤナがいた地球においては、どの人間よりも──成長すればだが──優れた能力を発揮する可能性がある。

 

 アヤナが惜しむべきは、その自らの才覚故に従魔を必要としないところにある。

 劣等とまでは言わないが、基本的にどの分野でも一番にはなれない程度の能力ではないと従魔を召喚することは難しかったりする。

 自らの手で運命を切り開ける者に従魔は手を貸さないのだ。

 

「私が地球に帰るとするならば、その時は北条院の座を奪い、私の手で大きくしていく時か、自分で企業を立ち上げる時よ」

 

 アヤナに間違いがあったとするならば、一つの街の支配者だから、相応に立派な才能や視点。理解力があると無意識にハードルを設けていたことか。

 

 召喚士は、意思や思想こそ強くあっても、才能が無いものがたどり着くものだ。

 言うなれば、彼らは悪魔の手を取った者に等しい。人の道を外れた者だ。

 

「そう……。あなたは、強いのね」

「もっちろん! 選ばれた一族として産まれた時から、自分の持つものを誇りに思わなかったことはないわ!」

「ならば、聞かせてちょうだい。持つ者が分け与えれば。より多くの人が救われるとは思わない?」

 

 その問いかけに、アヤナは首を傾げた。

 

「その質問。たまに来ることもあるんだけど。あまりにも傲慢が過ぎるとは思わない?」

 

 生まれた時から恵まれているアヤナが、この世界に来るまでに何度も言われたことがあった。その度にアヤナは思っていた。

 

「私じゃないわよ。まあ私も傲慢ではあるだろうけどさ。なんというか、施しを貰おうとでもするような……その乞食みたいな有り様が駄目。より個の無い社会や生物であれば、私だって自分の持つものを分け与えるとは思うわ。だけど、そうじゃないでしょ?」

 

 ネイリィは、顔を伏せたまま黙り込んでいる。

 話を聞いているものだと判断して、アヤナは周囲を見渡した。

 

 ボロボロの廃材を組み合わせて雨風だけをしのげるようにした家。それらが密集し、時には崩落したままで放置されている。排泄物は道脇に退けられたまま放置されており、死者も弔われずに同じ肥溜めに混ぜられたままだ。

 

 文化的も何もあったものじゃない。滅びに向かって突き進んでいるのはこの街だけだ。

 

「全員で頑張るわけじゃない。力を合わせる訳でもない。ただ自分の快楽と種の保存だけを目的に行動し続ける。人類が生き残れば良いのだと思うなら、余分は切り捨てるべきだし、余分はそれでも社会に尽くす。そういった機能が無いままに自己を優先して生きている存在が、恵まれているから分け与えろ。じゃね」

 

 アヤナは、三十六歳だという女の顔を見た。

 街の支配者。指導者でありながら、きらびやかな服を着て、派手な格好をして、色艶が良いのは彼女だけである。

 

「あなただって、この街では恵まれてるんだから、アイドルやるよりも先に、街として最低限の体裁でも整えなさいよ。対抗できる力を持っていながら、それを自分の魅力にだけ使おうとしているんだから、切り捨てられるし、街も発展しないで文化的なものも生まれないのよ」

 

 薄いベールに包まれた顔は、醜い皺が寄っている老婆のように見えた。

 

「底辺アイドルが底辺のままでいたって、誰も見初めないし、代わりが無いからここに居られるだけなのよ」

「…………うるさい」

 

 絞り出されたような低い声。アヤナはやっちゃった。と舌を出した。

 

「有限のリソースで生きていくなら、ゴミを漁り上から切り捨てられないようにするしかないの! 人的資源だって無限じゃない! 手元にあった資源がこれだけで、どうして絶望もしないで生きていくっていうのよ!」

「簡単な話よ。絶望して堕落すれば滅びるだけ。なんとかしようと足掻き続けた人だけが、発展し生き延びていくのよ」

「醜い人間の自己保身で聖女はいなくなった! 復興へ突き進んだあの子を死なせた人類に何が期待できる!?」

「なら、滅びなさいよ。滅ぼしなさいよ。そして聖女をあなたは守ったの? 見てただけなら、見捨てたあんたも同じ人間よ」

 

 アヤナは、感情で動く人間があまり好きではない。自分にも少なからず同じようなところはあるが、意識して律することすらしないのは動物と同じだと思っている。

 

「理由付けて動かないのは何故? 自分が大事だから? 辛いのが嫌だから? ならそのまま嫌嫌と目を瞑って蹲ってなさい」

 

 上に立つ人間だからこそ、感情を主体に動く民衆に足を引っ張られてきた。クラスメイトもそうだし、人権がどうのと騒ぎ、あれこれと禁止してくる団体もそうだ。

 

 作り、産み、育て上げる。地に満ちるべきものの全てを抑えつける。その有り様が大嫌いだった。

 

「例え少しでも理想へ近付く努力をしなさい。始まらないと何も成せないのだから」

 

 説教臭くなったな。と自分で少し思っていた。

 ふと、アヤナは目の前に立つネイリィが静かになっている事に気付いた。

 怒りを籠めた全身の震えは消え去り、顔の皺も見えなくなっている。穏やかそうな笑顔を浮かべて、神託を受けた聖職者のように手を組んでいる。

 

「……そうですね。私もようやく覚悟ができました」

 

 そう言って、袖から小さな箱を取り出した。

 箱全体に、魔術による回路が組まれている。アヤナは、それを封印の一種だと看破した。

 

「これは、完成品だそうです。人類の編み出した次なる進化をもたらす箱」

「最後まで頼りまくりね」

「まあ、道具は使いようですよ。これを使うことを私は躊躇っていましたが。今ようやく決心が付きました」

 

 ネイリィの浮かべた笑顔から、うっすらと目が開かれる。

 

 強い強い怒りが宿っていた。それは、プライドから来るものだったのだろうか。自分の生きてきた道を否定されたから来るものだったのだろうか。判別はつかない。

 

「『解錠』」

 

 召喚士の言葉のように、キーワードを呟く。開いた箱からは、呪詛のような黒や濃い緑などの色が、モザイク状に溢れ出てくる。

 

「やはりこれは、適応できない人が使ってしまうと大きく自我が飲み込まれてしまい、肉体をボロボロに崩してしまうそうです」

 

 ネイリィの体を這うように、色が広がっていく。

 

「本来はもっと小さな飲み薬みたいなものだったのですが、完成品は技術的な問題で大きくなってしまったそうで……結構なレア物なんですよ? 付けられた名前が『ハイエンド』」

 

 身体全体まで広がり、ネイリィが痛みに耐えかねたように絶叫し、のたうち回る。

 

 名前を聞いた瞬間に、三角定規を巨大化させたアヤナが、ネイリィへと斬りかかる。

 その瞬間に、アヤナは弾き飛ばされた。ネイリィを中心にステージが上がってくる。マイクやスピーカーがふわりと浮かび、ネイリィの周囲へ設置される。

 肌色が青い子供くらいの妖精が、ネイリィの背後へと控えた。

 

「嗚呼……私ハ、ナント優柔不断ダッタノデショウカ」

 

 色が霧散し、ネイリィだったものが立ち上がる。

 皮膚には病気のような斑点が浮かび、顔が大きくゆがんで、崩れている。完全に白目を向いているのに、見えている様子が見て取れる。

 大きく裂けた唇は歯を見せるように笑顔を剝いている。

 

「人成ラザル力ニ怯エ、実ニ愚カデシタ。デスガ、今ハ気分ガ良イデス。コレナラ、コノ街ノ住人ニ使ッテモ問題無イデショウ」

「あらら……こりゃヤバそうね」

 

 アイドルが化け物に変貌したというのに、街の様子は変わっていなかった。少しだけ気にしたような素振りを見せるものの、また上下前後に動き出していく。

 その様を見て、アヤナは白けた様子で三角定規を肩に担いだ。

 

「あっきれた! こんな状況だっていうのに、まだ誰も騒がないだなんて。むしろ清々しいくらいよ」

 

 この調子じゃあ、彼らは化け物が街の支配者になろうが、自分達が化け物になろうが何も変わりやしないのではなかろうか。

 

「生マレ変ワッタ記念ニ、盛大ナライブヲ行イマショウ!」

「お祭り騒ぎばっかりね! このままじゃ不味そうだから、ちょっと落ち着いて貰うわよ!」

 

 アヤナは、アイドルに向かって走り、ステージへと登ろうとした。

 

 

 




ちょっとした小ネタ
僅かなシーンですがリゼルクロスを意識しているところがあります。久々に箱をひっくり返してこんなゲームだったのかと思い返しながらプレイしました。
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