「ああもうっ……。なんでこう上手くいかないのかしら!」
アヤナがやけくそになって叫ぶ。
ネイリィへと飛び掛かったものの、謎の斥力により押し出されてしまう。その反動を使って上空へと舞い上がり、文房具を展開する。
シャー芯がアヤナの周囲に散らばる。
「巨大化……射出!」
それらが一瞬の内に全て人間大のサイズへと変貌し、ネイリィの元へと降り注ぐ。
ズガガガッ! と黒い雨が降り注ぐ。巨大化しても折れやすいのか、あっという間に砕けた粉でネイリィが見えなくなる。
アヤナの戦闘方法は、物体の巨大化をメインにしている。それは単純に携行性の問題もあるが、学生らしさを追求した魔法戦闘スタイルを意識したものでもある。
なりふり構わず戦うのなら、それこそシャー芯どころかそこらの小石を放り投げて巨大化させている。
そんなアヤナの小手調べは、ネイリィに通用していなかった。
「……まったく。呆れるほど厄介な強さを持っているわよね。従魔っていうのは」
勇者となってから、アヤナは何度か従魔とも戦った事がある。
そのどれもが簡単にはいかない相手だった。存在からしてこの世界の生物。物体とは根本から違うようだった。
とはいえ、里香と組んでいたが、そのどれもを退けて来ている。負ける気はしなかった。最悪撤退は可能だと思っていた。
この時までは。
「────」
「え?」
肉体が歪み。発する声すらも雑音が混ざっていたとは思えない美声だった。ネイリィがマイクを手に取り、高らかに歌い始めた瞬間。アヤナは膝をついた。
「これ、ダメージだけじゃないわね。空間そのものに仕掛けが施されている……?」
精気が奪われていく感覚とは別に、空気が変わっている。
周囲にいた人達が集まってくる。彼らは熱に浮かされたような表情で、歌を聞き、声を張り上げて歌を歌う。
響く歌声は、さらなる歌声に埋もれ、熱気は新たな熱気にかき消されていく。
人の容貌すらも厭わずに、ただ、今ここにいることを示す為に声をあげる。
歌い続ける歓びの上に君臨するは、一つのアイドル。その外見こそ醜悪なものへと堕ちたが、彼女は誰よりも輝いていた。
積み上げた年数が違う。幾度となく絶望しながらも、前には、歩み続けてきた。
その結果が、自分の名前も無いような人として満足に生きられない者達の、本能に刻まれた歌となって返ってくる。
どんなに未来が絶望的でも、今だけは目の前を希望で輝かせる。
彼らは決して合理的ではない。むしろ状況を乗り越える為に目の前の問題だけに注力する思考能力しかない。
それはとても感情的なもので、刹那的なものだ。
避難したって意味がない。だからこそ、いつか聞いたことのある。見たことのあるライブを、歌を楽しむ。いつ聞いたのかはわからない。生まれたときかもしれないし、もっと後かもしれない。
だが、聞いたことがないという人はいなかった。彼女は毎日公演をあちこちでやっていたのだから。
「……これ、どうしようかしら?」
戦い始めたは良いものの、人が普通に集まってきて中止された。ネイリィも対応を優先したらしく、人外の歌声でもって魅了している。
アヤナは自分でスリープの作戦を破壊したことを理解していた。彼女は既に人間ではないし、そんな人物がここを守っていけるはずがない。
そう思っていた。
しかし、自身の煽り過ぎによる相手が開き直った問題は、ここに来てさらなる局面を迎えた気がする。なんか普通にやっていけそうな雰囲気なのだ。
「でも、この街の人達を従魔化だか人外化されたら不味いのよね……」
相手がそう言っていたわけだし、なんとかするべきだとは思う。
「おぉ~随分面白いことになってますねぇ」
不意に、視界の端から水色の頭がひょこっと現れた。
リリィとかいう少女であり、人よりかなり小さい外見をしている以外は人間とほとんど変わらない。しかし彼女も従魔であるそうだ。
「今現在、ノーソさんが旦那様を呼びに行ってますよ」
「そう……作戦は失敗ね」
「あれ、そうなんですか?」
思いがけない返事がきて、アヤナはリリィの方を見た。
彼女は普段となんら変わりない歪んだ綺麗な笑みを浮かべている。薄ら笑いにしては笑顔で、しかし普通の笑顔と呼ぶにはゲスさが際立っている。
「全ての生物における至上命題*1は種の繁栄でしょう? 産めよ増やせよが基本であり、それを制限しない為に快楽をそこから得られるようになっている。ドラッグだって基本的には脳が物質を出すことによる快楽や全能感等の感覚的な高まりがありますからね。私自身は瞬間的よりもより長期的な快楽を求めるので薬物とか見ず知らずの他人とかNGですが、別にそれ自体を否定するつもりはありませんよ?」
アヤナ、というかほとんど多くの一般人とは決して合わないであろう価値観を所有する少女だ。何故スリープが彼女を召喚しているのか理解に苦しむ。
「人が薬物なりなんなりで従魔へと近付くこともまた、快楽を生み出すものですよ。アレは適性が必要らしいですが、失敗しても快楽そのものは得られるようじゃないですか」
「…………じゃあ、なに? アレを見過ごして、ここの人間全員化け物かソレの餌にでもしたらいいわけ?」
「それだと旦那様は嫌がるでしょうし、力を奪っておいて、方向性を変えればいいんじゃないでしょうか?」
「方向性?」
「ものは使いようってことです。どんなブスでも壁尻なら気にする必要はなくなるでしょう?」
その例えはどうなんだ。アヤナはリリィの言葉に顔を顰めた。正直に言えば、彼女との会話は苦手ではなく極めて不快である。
決して相容れないだけじゃない受け入れがたさを感じるのだ。
「……まあ、これ以上失敗してもアレだから、待つことにするわ」
無駄に関わって不愉快な思いをするくらいなら、放っておくべきだと判断して、アヤナは武器を構えたまま、アイドルのライブを眺め続けた。
・・・・・
「で、今こうなっていると」
割とゆっくり経験値稼ぎしていたら、敵の強化がされたらしい。まあ、おかげで必要な経験値は稼げたのでトントンだ。
「なんか、つやつやしてない……?」
「え? そんなこと無いですよぉ! うへへっ」
アヤナが、俺に連絡をしてきたノーソを見る。ようやく二凸目が完了し、三凸に必要な条件もレベル以外は満たしている状態だ。
ガサガサだった肌は、病弱ではあれど生命を感じさせられる瑞々しさを取り戻し、全体的に乾いたミイラみたいな感触だったのが、死ぬ間際程度の病弱さを取り戻したのだ。
そのせいか、ノーソは俺の腕を捕らえてくねくねと照れているかのように蠢き続けている。
「ラインクレスト。解析は可能か?」
「照合……。個体名ネイリィ。彼女が使っているのは緑種系従魔が持つ種や胞子から、従魔を生み出す因子のみを取り出し、人間向けに調整されたものです。構成としては、アルラウネ系統が四割。人間が五割。この世界由来の触手が一割の比率で作られています」
アルラウネは予想通り。というか原作通りだが気になるものがある。
「人間?」
「正確に言えば、召喚士の肉でしょうか? 魔術等の余計な添加物が加えられていない純粋な人間です。おそらく、マスターと同じ地球人の肉であると予想されます」
もしかして、これ薬じゃないのか?
「ラインクレスト、これはどうやって従魔に近付くのかな?」
「人間の肉を実として、アルラウネの種を。そして、従魔、人間両方に適性がある触手を混ぜる事で、混ざりものを作り出します。それに死種の持つ呪詛を入れる事で、中身に憎悪を抱かせ、同時にかなり衰弱させます。それらを箱詰めなどで密閉し、使用者が開ける事で、弱まった生物を使用者に取り付かせます。ここで適合すれば、人間を辞めて従魔の因子を取り込めるでしょう。ですが、従魔の要素を薄め過ぎているので、人間として強化されるでしょうが、完全な適合でも、使用者はそのままで従魔になれるわけではありません」
どうにも、効力を弱めているらしい。それにしても随分紛らわしい作り方をしているが。
いや、多分だが、第二部で出現する従魔人間のプロセスに魔術的な要素を掛け合わせているのだろうか?
少なくとも、あの失敗作よりかはマシになるだろう。従魔の肉片ではなく因子を使っているようだし。
そもそも、この世界に出回っていた従魔化用の薬品は、エンドロッカス専用の薬品であったのだ。それを人間にも適用できているだけマシな結果と言えるだろう。
「仕組みとしては共生です。片方は共生先に恨みを持っているので、寄生に近いですが、従魔としての能力をある程度発揮できるでしょう」
「ふーん。寄生なら、剥がせたりする?」
「理論上は可能です」
つまり今はできないということか。
「どうしよっかな」
一番大きな問題は、従魔に寄ると、人間の思考能力が大きく傾くことだ。これさえ無ければ放置しても問題ないのだが。
今回の場合は、呪詛を使っている辺りあえて人間へと害なす意思を植えつけようとしている気がする。
…………罪状はともかく、今のアイドルって人間の敵でありながら人間と言える状態で、普通の人じゃどうすることもできないよな。
何より、薬物ではないが、リーダーが悪事の一つに加担している証拠がある。
ついでに言うと、アヤナは、拐われているし、証言としては弱くとも、犯罪行為として後押しくらいならできそうだ。
「よし、決めた! ごちゃごちゃ考えるよりもぶっ飛ばして解決する方が良いよな!」
思い返して見れば、第二の悪事である人身売買の証拠は掴めなくても、今こうして王国を滅ぼしたテロリスト集団の道具使ってる時点でハッピー工場送りにできるし。
「何よ。やっぱり脳筋解決じゃない」
「暴力で解決してなにが悪い!」
俺は暴力主義者だっつーの! こういう時こそ暴力で解決しないでどうするんだよ。
一度咳払いをして、気を取り直す。ウトウトと半分眠りについていたトラスが目を擦った。
「さて、長年支え続けてきたアイドルに引導を渡しにいこうか。卒業ライブをさせてやろう」
「その後はでかい建物でも作って、風俗基地にでもしましょうね!」
リリィが目を輝かせている。商売するには文化的な素養が足りていないものの、彼女の興味を引く要素はあったようだ。
「遊んでいる時間はないから却下」
「えー」
状況を理解しているのか、声はそれほど残念そうでもなかった。
さて、それじゃあ、新しい力を見せに行くとしますか!