イズムパラフィリア   作:雨天 蛍

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なんか納得がいく文章ではないのですが、勢いで突っ走ります。クオリティが低くて申し訳ございません。
次回か次々回辺りで本章も終わると思います。


84話 ミーイズム

「さて、準備はできた?」

 

 急造の石造りの塔が悲鳴をあげている。外からかかる圧力が強すぎるのだ。このままいけば数分と経たずにこの場は粉々になり、俺たちは放り出される事になるだろう。

 

「どうやって降りるんですか?」

「魔術師なら足場作ったりしてなんとかできるけど、皆でそんなことしてたら狙われるのよね……」

 

 柊菜とミルミルが石壁の前で首を傾げる。そこに、背後からギルマスが声をかけてきた。

 

「前衛をする二人が先行して出てほしい。一応、塔を作った魔術師によって安全に降りられるようにできるが」

「あー、大丈夫大丈夫!」

 

 ひょいと俺と柊菜をエンドソーマが抱える。両腕が使えなくなるがこれで問題無い。

 

「え? ちょっと、スリープさん?」

「できれば壁だけ開けて欲しいんだけど」

「……わかった。本当に大丈夫なんだな?」

「万全を期したいのかもしれないけれど、俺と君の視点は別なんだよ」

 

 そう言うと、見知らぬ魔術師を呼んできた。

 ここは最後の砦だ。内部に入られた時点で負けといえる場所。

 操作は一瞬。まるで液体のように石が溶ける。

 エンドソーマが俺と柊菜を両腕に飛び出した。

 

 浮遊感。そして急激な落下。耳に纏わりつく空気がうるさいくらいに音を立てる。

 塔は思ったよりも高くなかった。二十メートルあるか無いかといった程度。学校で言えばおよそ四階くらいだろうか。プールよりも長くないといえば小さく感じるが、高さとして見れば人生で誰もが見るであろう高さとして想像つきやすいくらい。そしてそれは思ったよりも高い。

 

「きゃあああああ!?」

 

 分かっていただろうに悲鳴をあげる柊菜。耳を塞ぎたいところだが、そんなことしている余裕もない。

 

「せいっ!」

 

 エンドソーマが空中で前蹴りを出す。特に何かに命中するということもなく、ボッと空を切る音がする。

 攻撃のタイミングでエンドソーマが空中で静止する。

 

「ぐうぅえぇ!」

 

 腹に全体重がかかり内臓が押し潰されそうになる。柊菜の口からはまるで潰れたカエルのような乙女の欠片も無い声が漏れ出ていた。

 再び落下が始まる。タイミングを見計らって攻撃を挟み落下速度を消していく。デンドロは近くにいないのか、こちらに襲いかかる枝や根が無くて助かった。

 そして、エンドソーマがスタッと華麗に着地する。つま先から降り立つようなふんわりした優雅さだ。完璧である。

 

「…………スリープさん……恨みますよ」

「ひえっ」

 

 地獄の底から響くような重低音が俺の横から聞こえてきて、エンドソーマが怯えた。確かに人体へのダメージは結構大きいが、身体を壊すほどの無茶はしていない。

 柊菜は俺よりも質量が軽いだろうから余計に問題ないはずだ。

 

「いいから、ほら! 作戦開始だよ」

「っ! 後は任せますぅー!!!」

「ふぎゃっ!」

 

 エンドソーマに指示を出すと、一刻も速く捨てたかったのか、柊菜と俺をパッと手放して駆け出した。俺は事前に準備していたから大丈夫だったが、柊菜は顔から地面に落ちてしまった。

 襟首を掴んで引き起こす。

 

「頼んだ!」

「っ! っ! 死なす……っ!」

 

 顔を真っ赤にして柊菜が絞り出すように叫ぶ。襲いかかってくるが黒に塗り潰されていく。

 数瞬の後に景色が戻り、周辺に叩き付けられた枝が残っていた。

 

「いいぞ! その調子だ!」

「あー!! もうっ! ほんっと嫌い! 社会人なんだから報連相くらいしてくださいよ!」

 

 盛大な愚痴と共に柊菜が手を掲げる。降り注ぐ触手を前に怒りに任せて叫び声が出ていた。

 

「『コール』!!!」

 

 

 

・・・・・

 

「あれが……召喚士の姿なのか?」

 

 男は震える声で呟いた。

 彼の従魔であるカンテラを掲げ、迫りくる植物を炎で焼き払っていた。ほとんど自動で戦えるソレは、一つの通路を封鎖して防衛するのに向いていて。だからこそ、ギルドマスターという率いる立場でありながら、全体を俯瞰し指示する位置にいた。

 故に、彼は異常な者達の戦いを目の当たりにする。

 

 男女のペアだ。ギルドマスターからすれば若く、しかし子供ではない年齢の後期青年。彼は自らを守る為の従魔を側におかず、ただひたすらに静かに目を見開いている。

 彼が使う従魔は、あまりにも異質だった。同じ従魔なのかと思うほどに。見た目こそ、街の教会でひっそりと暮らしているシスターにそっくりだ。しかし、外見以外は人間だった時の姿とは大違いである。

 

 彼女が使うロッドステッキを振り回し、迫りくる枝葉を迎撃している。まるで重力が存在しないかのように身体が横へ滑るようにスライドし、反動を無視した一振りで体格の倍以上はあるそれらを弾き返す。そして、息をしていないとしか思えない連続詠唱。運動量に対して息をする暇がない魔法の連打。

 彼女は元々そこまで運動は得意ではなかった。それなのに、踊るように戦っている。人の身では行えない事を成し遂げている。

 頭部に咲く花のように、彼女は既に人間ではないのだろう。だが、人と同じような姿の従魔は居ても、そのどれもが物質の持つ性質に従って生きていたはずだ。

 

 それを成し遂げているのが、あの男なのだろう。常に動き回るシスターを視界に捉え続ける召喚士。どのように指示をしているのかは全くわからないが、それでもシスターの視界外の攻撃に反応させている辺りから、彼が何かをしていると伺える。

 

 

 そして、そんな男を守るように腰に手を回しながら、ただ目を閉じ続ける少女。

 彼女は、青年とは反対に目を閉じている。しかし、時折彼らに向かってくる攻撃の全てを、彼女が持つ従魔によって防いでいる。

 彼女が使うのは、一部有能な召喚士が持つと言われる環境型の従魔である。詳しい事は分からないが、現実を塗り潰して自らを顕現させる能力と、逆に自らの空間に指定したものだけを引きずり込む能力を有しているとされている。

 

 理論上は、その能力を使えば攻撃を完全に防ぐことができるだろう。自らを世界から隔離し、その後に開き直せば、攻撃を回避する事は可能である。

 だが、一つのミスも無く行えるかといったらそれは困難だ。そもそもこの技術は実戦で使われるようなものではなく、魅せる為の曲芸のようなものでしかない。

 それを実戦で通用するレベルで使用するというのは、どれだけの胆力と精神力が必要なのだろうか。

 

 振り上げられた枝が叩き潰すように二人へ迫る。

 一瞬、水面が揺らぐように二人は消えて、地面へと枝が叩き付けられる。地面が割れる程の威力が込められたそれは、しかし、再び現れた二人には何の影響も与えていなかった。

 

 先程から、これの繰り返しである。枝や根を操る本体が姿を見せていないからか、隙の大きい攻撃しかしてこないが、それでも生きた心地はしないだろう。

 

 そして、彼らへと攻撃をした触手へロッドステッキが流星のように駆ける。

「『マナブレイド』!」

 離れたここまでシスターの気合が届く。

 そのままシスターは止まることなく駆け抜け、触手は一文字に断ち切られていた。

 

「……死を恐れぬ者達」

 

 男が呟く。男が今まで見てきた中で、これほどまでに自らを顧みない前のめりな戦い方は見たことがなかった。

 しかし、既視感がある。

 

「勇者なのか?」

 

 死から這い上がる不屈の傭兵。その存在は知っていた。これまで召喚士の勇者など聞いたことも無かったが、いないという事はないのだろう。見て来なかったか、隠されていたか。はたまた、偶然か。

 しかし、勇者特有の命に対する価値の低さを感じられない。

 

「今考えることではないか」

 

 頭を振って、思考を中止する。

 戦局は優位になっている。このまま行けば、地上での活動拠点を確保できるだろう。

 だが、こうまで大暴れしている人間がいて、あの怪物が出てこないとは思えない。

 

「……来たか」

 

 大地が揺れる。怒り、嘆きの悲鳴が轟く。

 硬いはずの岩畳を容易く突き破り、天へと魔の花が咲き誇る。

 小さなアルラウネは成長し、人の面影だけを残して像へと変わった。

 

 ここからが本番だろう。

 魔術師が作った塔に、視界を埋め尽くすほどの根が迫る。

 

「焼き払え!」

 

 カンテラが炎を吐き出し、近付く植物を灰へと変える。しかし、灰になった根を乗り越えるように再び伸びてくる。

 埋め尽くすような物量を前に、今一度カンテラを振るうと、周囲に青い炎が広がった。それは、根をゆっくりと焼くことで、他へと炎を広げていく。

 僅かな空白地帯が生まれる。男はシャムシールを抜いて、カンテラへと刺し入れた。

 剣が炎を纏う。一振りふるえば、炎が軌跡を辿り、前へと突き進む。離れていた根を両断し、断面を燃やし始める。

 

 根がまるで恐れるように蠢いた。

 

「あの者たち程ではないが、狭い空間での戦闘は得意でね……。人類を舐めるなよ。化け物。死ぬまで先へ通ることは敵わん」

 

 炎すらも埋め尽くす勢いで増えていく根に、男は悠然と剣を構えた。

 

・・・・・

 

 ミーイズム。という言葉がある。この言葉はあまり知られているものではない。何故なら、その主義は当たり前のものとなったからだ。

 自己中心主義。自らの幸福や満足のみを求める思想。他者に関する無関心。これは、現代における当たり前である。

 水は低きに流れる。悪貨は良貨を駆逐する。文明の発展の先に得た利便性は、人に余裕を生み出し、視野を広げさせた。

 

 そして、人類は希望ではなく絶望を見つめる事にした。それこそが現代社会である。

 

 無論、このミーイズムに対する批判的思考は強者の理論である。しかし、同時に広まった悪貨は残った僅かな良貨を前にして苦しみを覚えるのも事実だ。

 低きに流れた水は、より低い水を見て、高きにいる水から言われるのだ「自己責任」と。

 環境的理由もあるだろう。絶望を前に足が挫けた心の弱さは否定する事はできない。

 

 理論を認識する賢さがあるからこそ、罪は自覚されるのだ。知恵の実が罪になったのは、知識を得たからに過ぎない。罪を自覚できるだけの賢さこそが、罪の本質だ。罪に与えられるのは、罰ではなく罪悪感である。

 

 話を戻そう。ミーイズムが進み、全員がそれを当たり前と認識した結果。社会は崩壊する事になる。恵まれたものは強者の理論を振りかざせる。弱者はただ強者の理論を理解するからこそ、黙り込むしかない。

 

 その先に待つ事こそが、暴力による破壊だ。

 

「どうして……どうして……?」

 

 人らしさを捨てて、神秘的な女神像のようになったデンドロが嘆き悲しむ。

 

「私も人になりたかった。友達になりたかった」

 

 その嘆きに強者の理論を振りかざす気にはなれない。

 俺は基本的に弱者であり、どちらの思想もまた理解できるからだ。

 強者がいる限り賢き弱者は苦しむ。されど、強者がいなければ弱者は存在できぬ。

 

 努力が足りない。とは言えなかった。

 

「人と違うだけで排除されてしまうの? 私は街に貢献していたのに!」

「作った者にこそ感謝すれど、人は道具に感謝はしないよ」

「家畜として殺すのなら、私はこんなに手を貸さなかった! 家畜であることを望まなかった!」

 

 だからこそ、今こうして人を殺そうとしているのだろう。

 

「なら、交渉でもしたら良かったんじゃないですか?」

 

 吐き捨てるようにエンドソーマが言う。彼女はデンドロの言葉に怒りを覚えているようだった。

 

「私達はあなたの持つ力を欲している。あなたは友を欲している。ならば、最初から平等の立場を目指して交渉すればよかったのです」

「……人の世界のことなんて、知らなかった! 人肌の温もりも、営みも、その優しさも知らなかった!」

「知った後に、動けば良かったんじゃないですか?」

 

 エンドソーマは口撃の手を止めようとしない。

 後から結果を見てあれこれ言うことはできる。それは楽でありながら、結果に対して改善点を見つけることで、強者の理論の如く見せかけられる無責任な言葉の武器だ。

 

「…………」

 

 言われた事を理解できてしまう。別の道があった事を理解できてしまう。賢さとは、自らをも傷付ける力であり罪だ。

 俺は、人はその瞬間における自らの最善を選ぶことしかできないと考えている。テストになればいい点を取ろうとする。それがその時のそいつにとって最善の道と考えたからだ。

 全教科五十点しか取らないとするならば、それにはそいつなりの最善があるのである。例えば、目立たないように行動した結果として。とか。

 

 結局のところ、条件が同じであれば、人はその選択を再び行うしかない。

 問うべきは結果ではなく過程だ。結果を批判したところで、どうしようもない。

 過程ならば、条件を見て選択肢を増やせば、別の最善が見つかるかもしれない。

 結局のところ、瞬間における条件を見て、しかたないと諦めるしかないのである。それができるのは自分だけだ。

 逃げ道を塞いで他人を傷付ければ、どうなるかは見ずともわかること。

 

「うるさいうるさいうるさい!!!」

 

 ただ自己矛盾の苦しみの果てによる発狂か、外敵の排除のみである。

 

 止まっていた枝や根、触手の動きが、理性を手放したように滅茶苦茶に暴れまわる。

 

 結局のところ、行き着く先はミーイズムだ。

 自分の事は自分でしか納得させられない。乗り越えられない悲しみや苦しみに対し、差し伸べられる手にすがりつくしかない。

 

 絶望を見つめて自分自身を慰めることしかできなくなる。

 

「そうだ。好きなだけ暴れなよ」

 

 狂い許せない怒りの果ては破壊だ。暴力でもって全てを破壊する。

 

「瓦礫の上で泣きはらせ。絶望を前に苦しみ続けろ」

 

 エンドソーマを呼び寄せる。ただ、コツンと頭を小突いて、力強く撫で回した。

 

「その果てに、自らの力で立ち上がる力がある。絶望を打ち砕くのは暴力だ。全てを壊した後は、自らの暴力のみが己の武器だ」

 

 首を鳴らして、一歩前。踏み出した足で地面を躙る。

 

「さあて、か弱い女の子の癇癪だ。満足させて、自分の力で立ち直らせるぞ!」

 

 自分も守るベールの先に、ただの願いがある。それを聞かなきゃ従魔にはならないだろう。

 なんたって、この世界はイズムパラフィリアだ。自らの持つ価値観(主義と愛)でしか、物語は綴れない。

 

 四方八方からがむしゃらに振るわれる触手を前に、俺は柊菜を抱き寄せた。後は任せたぞ!

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