イズムパラフィリア   作:雨天 蛍

99 / 105
過去一の難産で載せるべきか悩みました。
もしかしたら全面改稿するかもしれません。

推敲不足な上、短いです。


85話 衆愚

 降り注ぐ攻撃を、歯を食いしばって凌ぐ柊菜。俺は特にやることがないので語り続ける。エンドソーマ一人の操作くらいなら片手間でも十分可能だ。

 

「自己矛盾を起こしにくい。認めにくい人間ってさ、行動の全てに理由をつけるから、自分のやった行動に対してしっかり性格とかもついて行くんだよね」

 

 自分の弱さや怠惰を棚に上げて、あれやこれやと理由を付けて逃げるようになるので、自分に返ってきやすいのだ。

 例えば、締め切りを守らない人とか。半月に一回だけ小説を投稿するのに対して、推敲もろくにしないし、何なら期限を守らないことだってある。

 正直設定もプロットも完結まで保たせられるくらいには固まっているはずなのだから、書くだけで十分なはずなのだ。なのにやらない。

 理由は、忙しいとか、生活が変わったとか、病気とか色々挙げられる。だけど、その中でも十分な時間が取れるからこその半月に一度というルールじゃないのか?

 その間に一切の余裕がなかったのか? そうじゃないだろう。時間は幾らでもあったのだ。ただ、ゲームとかしたり、娯楽に費やす時間が多くなりがちなだけで。

 

「理由を付けて自分から逃げると、人間としてどんどん屑になっていくんだよ。特に、自分から逃げるのが致命的だ」

 

 昨今はストレスや危険性から距離を置くことを重視されているが、なんだかんだ言って、ストレス環境というのは成長には不可欠である。

 特に、自力で行動しにくい奴には。

 

「デンドロもそうだろう? 管理された環境に甘んじたからこそ、自力で生存圏を作ることなく、努力を放棄した。これが外の環境で生き死にが関われば、全力で生き延びる道を探したはずだ」

 

 話を聞いているのか、攻撃が一層苛烈になる。一つ一つに籠められる力が増大し、地面が割れて破片が飛び散る。

 ガツンと頭に石の破片がぶつかった。柊菜が青い顔をするが、大丈夫だと手で制する。

 

 俺はもうあまり地面からの影響を受けないのだ。

 

「わかっているだろう? 結局のところ、現状に甘えた結果が、家畜としての今であり、その先に待っている破棄だ」

「うるさい!」

 

 柊菜のメンタルが崩れて、回避が間に合わなくなる。咄嗟にエンドソーマが間に入ることで、攻撃を受け止めた。

 物理攻撃なので結構ダメージが大きい。回復を打っておく。

 

「短絡的な行動に走ったのは、脳内でバグが起きた証拠だ。自覚している罪と、甘えた自分の中にある逃げた理由。それらが衝突した結果が、衝動的な原因の排除だ」

 

 まあ、これに関しては人次第な気もするが、大抵のカッとなってやったは多分自分が矛盾を自覚して、逃げ場が無くなった時に起きると思う。

 そこで原因の排除に成功すると、また逃げられるようになってしまう。屑スパイラルが始まるのだ。

 だからこそ、俺は排除されずに声を掛け続ける。ストレッサーが居続ければ、手段を講じるようになるからだ。

 そして、その時に、立ち直れる選択肢を選べばいい。

 

「……わかってる。わかってるよ。自分が悪いんだろうってこと」

「まあ、この街の市民もこうなる前に受け入れればよかったと思うけどね」

「スリープさんっ」

 

 脇腹を肘で突かれる。柊菜が余計な事を言うなとお怒りの視線を向けていた。

 いやでもそうじゃん。変にアプローチかけて引っ掛けた女の子を散々利用した挙げ句受け入れなかった。ってお話じゃね? これ。

 

 そら刺されるような事態になるよ。

 

「でも、もう遅いよ。私は受け入れてもらえなくて、処分される。じゃあ生きる為に戦うしかないよ……。他にどうすればいいの?」

「やり直す手段があるとすれば?」

 

 少しだけ期待があったのか、女神像みたいなデンドロが動く。しかし、すぐさま触手が垂れた。

 

「あっても、もうここは無理だよ」

「まあ、そりゃあ受け入れられないって決まった場所でもう一回は無理だけどさ、結局は、自分を受け入れて欲しいってことでしょ。なら、探せばいいじゃん」

「……どうやって?」

「手は差し伸べられているよ」

 

 俺じゃなくて、別の人がね。

 その手を取る。やり直す手段もまた、側にある。

 今を失うことになるけれど、理想が見つかるであろう事象。終焉を飾る次のシナリオを紡ぐシステム。

 

「ああ、もう、そこに居たんだね……」

 

 デンドロが枯れていく。これ以上力を伸ばす必要も無いのだろう。

 空に光の柱が登る。纏わりつくように光の奔流が柱を包む。

 

 エンドソーマが、ステッキロッドを天頂にかざすように構えて、デンドロの脳天に突き刺した。

 光の玉が上っていく。エンドソーマの襟首に柊菜が組み付いた。

 

「な、なんで……今、あんなことを」

「溜飲を下げる為の互いの落としどころですよ」

「そ、それでもっ!」

 

 柊菜で悲痛な声をあげる。

 

「殺さなくても、良いじゃないですか……」

「いや、従魔にするならこれ以上ない確実な手段だけど」

 

 死のプロセスは結構大事だぞ。

 チェリーミートみたいな特別や、リミテッド従魔の一部でもない限り、一旦の終わりである死というのは従魔になるのに対して有効手段である。

 特に、この世界なら確実であろう。従魔がいないような世界だったら俺も慎重に行動するよ。

 

「何より、これでデンドロを許してくださいって言って、許されるとお思うか?」

「……それでも。罪は償えるのでは? 謝罪が無理でも、処分までする必要はありましたか?」

「この街の民衆感情を見て、そう言えた?」

 

 かわいいは正義の日本じゃないんだよ。ここは。

 従魔になって生きられるなら、一度全部リセットしたほうがスッキリするだろう。

 枝や触手が消えたことで、様子を見に降りてきたギルドマスター達がこちらへ来る。

 

「やってくれたのか?」

「ざまあみやがれ! 化け物め!」

 

 戦いもせず、デンドロの声も聞かなかったであろう守られていた人間が、口々に言う。

 ギルドマスターが正面に立ち、頭を下げてきた。

 

「……討伐感謝する」

「いいよ。気にしないで」

 

 それを期に、戦いが終わったのだと確認した民衆が手をあげて喜び喝采する。

 お祭りでも始まるのかというような浮かれた雰囲気が周囲を包む。悲観にくれていた柊菜が、信じられないものを見るように立ち尽くしていた。

 

「性格にもよるけど、大体の人は自分に甘いし弱い。娯楽が多い世界、ストレスの少ない、逃がしやすい世界では特にそうだろうね」

 

 この世界は生きていくのが厳しい。力あるものは横暴に振る舞い、力無きものは声を上げても無意味。

 ある意味無気力になりやすい環境だ。そういう意味では現代に似ているかもしれない。

 

「この街は結構いい場所だろうね。東のような混乱も無い。生きるだけに全力を尽くさないといけないアイドルが守る場所でもない。モンスターを研究して、技術や進歩に使える余力がある」

 

 ギルドマスターが顔をあげて俺達を歓迎する。

 

「君たちは英雄だ! どうだろう。次のギルドマスターに興味はないか? 街は魔術師であっという間に復興できる! どうだろう。我々は、君たちの事を無下に扱うつもりはない。恩人だ。……そうだ、この街は身分制を導入しているんだ。君たちに爵位をあげよう! 上に立つ人も随分少なくなったからな。誰も文句は言わないさ! もちろん、身分には相応の特典があるんだ! 街に対する自由な行動や権力等ね。最近は獣人も貴族の奴隷も入ってこないので、あまり使える物はないんだが……。ああ、そういえば、あの怪物のように、今は知性あるモンスターを奴隷のように使う方法を研究している。どうだろう? 君たちの実力なら、この研究もすぐに実用段階になるだろう!」

 

 捲し立てるように話すギルドマスター。その目は既に次を見つめており、この街に起きた悲劇などには目もくれない。新しい力として、俺達をしっかりと見つめている。

 ああ、そういえば、ここ身分制の街だったか。

 

「わかっただろう? 人は、逃げる為に理由を探す。水は低きに流れる。自分自身を保つ為に、人は、理由を作り上げる。そうして徐々に、自分や問題から逃げた人は、屑になっていく」

 

 全部、人間の話である。知性ある従魔やモンスター。貴族や獣人は、似ているとしても、人間なんかじゃない。

 役割を守り、自らの領分と超えずに生きる個体が多い。それは、進化の過程により生まれた生きる術だろう。

 人はそうじゃない。不満に弱く、それらを解消する為に進化した。領分など関係無しに自分の為を追求してきた。それこそが彼らの発展の力でもある。

 そして、それは自らにも働く。環境に甘んじて逃げれば、それ相応の人間になる。他に原因や理由を求めれば、反省しない他責思考の人間の出来上がりだ。

 

 それを乗り越えるには、破壊しかない。全部壊して、取り繕えるものも全部無くした方が、開き直って頑張ることができる。

 

 暴力は闘争だ。争いの中にこそ、成長がある。

 

 この街は、他と比べてあまりにも暴力と無縁である。守られた民衆。率いるギルドマスター。守る力を持った魔術師達。

 それらを支えるのは身分制。権力という構造と、力ある人間の保護。それらがバランスを取っている。

 一番下の身分には、人ならざる物を。そうして民衆の不満を逃がすのだ。

 

 残された草木を民衆が、不満をぶちまけるように蹴り飛ばし、引き抜き、踏み躙る。彼らは言外に、しかし声高に叫んでいる。人間様の怒りを知れ! 民衆の怒りを知れ! と。

 

「なんで、あんなことができるんですか……」

「しょせんは、全部他人事だからだよ」

 

 当事者同士なら、もっと見えるところはあっただろう。悲痛な声を聞いたことで、死体を蹴り飛ばすことはしなかっただろう。

 だが、小さな不満や怒りを間接的に受けただけならば、そんなの関係ない。

 当事者意識もないから、反省も無いし、考えることもしない。

 

「これでもまだ、罪を償うべく残した方がいいと思える?」

 

 俺はギルドマスターの誘いを断って、柊菜に笑い掛けながら、民衆を指差した。

 

 そこには、愚かと呼ぶべき無関係な第三者が小さな不満を敗者にぶつけて、狂い嗤っている姿があった。

 彼らの口からは、今回の出来事に対する反省も考察も無く、ただ感情のままに言葉を吐き連ねていた。

 

「いっぺん全部ぶっ壊して、やり直したほうが早いんだよ」

 

 なにもかもね。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。