ここ一週間は非常に忙しかったので中々時間が取れませんでした……
だ か ら
今回も文字数増大で攻めていきます(白目
これからも文字数増えると思いますが、許してね。
勇者が投獄されていた牢獄が盗賊王ジャリバンと思わしき人物に襲撃を受け、大量の血痕を残したまま勇者ルタが消えた。
その報せを受けた時、クリスティーナは青白い顔色のまま暫く呆然とすることしか出来なかった。
危惧していた事態を遥かに上回る常識外の事態に対し、思考が動くことを止めてしまっている。
どうしてそうなる? まだ時間はあると思っていた自分が甘かったのか? 何故警備を重点的に固めておかなかった? 彼は生きているのか? 生きているとしても怪我の具合は?
ぐるぐると、とめどなく疑問だけが噴出する。
自分への苛立ちと、話も聞かずに彼を投獄した王城の連中に腹が立ってしょうがない。だから言ったじゃないか、と。
だがそれと同時、理性的な彼女の側面が今回の事態のおかしな点を訴えていた。
(なぜこのタイミングで襲撃を? 勇者の逮捕という一大スキャンダルを王室が隠さないはずがない。間違いなく情報統制がされている中で盗賊王を名乗る男はまたしても王城に侵入し、ルタのことを殺そうとした。……やはり、内通者がいると思った方が良さそうですね)
あっさりと国王陛下が暗殺されたことで勘違いされているが、このアルカディア王城の警備は並大抵のものではない。王城をぐるりと囲む城壁には常に結界が張られており、警備兵たちが24時間警戒に当たっている。これでも暗殺を防ぐことが出来なかったと悔やんだ宰相により、さらに警備は強化されているのだ。
まさに鼠一匹通さない王城となっているというのに……犯人は容易く内部の情報を仕入れ、さらには再び襲撃をしてきた。
幸いにも盗賊王は勇者によって倒されたというが、それでも内通者がいるのではないかという疑念は消えない。
そして何より――
盗賊王ジャリバンを名乗る男が死んだということ自体が信じられない。
クリスティーナはこう推測していた。
勇者が姿を見せていないのは、彼がまだ容疑者になっていることだけが理由なのではなく、まだ彼の命を付け狙う暗殺者の影がちらついているからであると。
(やはり、私自身の手で調査を行う必要がありますね)
元より複雑だった状況はさらに絡み合い、本質を見失わせようと立ち塞がってくる。だが、クリスティーナは一歩も引き下がるつもりはなかった。
今までのクリスティーナだったらきっと、大人しく引き下がっていただろう。元より定められたルールや命令に対しては従順だった彼女だ。ここらが潮時と合理的に判断していた筈。
だが、今の彼女に言わせれば、そんなものは「クソくらえ」である。
宰相から脅されているから動けない? 容疑者とされていた男は死んだのだからもういいじゃないか?
クリスティーナが事件の調査と神官の仕事で板挟みになっていた時、彼に言われたことを覚えている。
『君が思うように行動したらいいんじゃないかな? それで上手くいかなくても、僕が助けるからさ』
「あなたが私を助ける?」
『うん。助けるよ。ただ、代わりに僕の事も助けて欲しいな。一人じゃちょっと心もとないし』
ルタは徹底してクリスティーナの味方であると主張してくれていた。その証拠に、調査が滞って宰相を始めとする人物から嫌味を言われたとしても、彼は常に彼女の盾として前に立ち、彼らの追及を防いでくれていた。
今まで積極的に守られることなどなかったクリスティーナにとって、その背中がどれほど逞しく映ったことか……彼は知らないだろう。
だから、今度は彼女が彼を助ける番である。
状況から見ても明らかに彼は生きている。怪我の具合だけが心配だが、彼は自分もクリスティーナも死なせず、敵を此処で倒すと宣言したのだ。
ならば、クリスティーナはその手伝いをするだけのこと。
だが――
残念なことにクリスティーナ一人では何もできない。そこまで彼女は自分の能力を過信しているわけではないし、そもそも聖女という立場を失った彼女に残されたものといえば小賢しい頭脳だけだ。
(……味方が必要ですね。こんな私にも手を貸してくれそうな、お人好しで正義感の強い味方が)
クリスティーナは暗い自室の中で一人の聖人を思い浮かべていた。
「なるほど。状況はよく分かりました。喜んで協力いたしましょう」
クリスティーナの信頼する侍女から極秘に言伝を受けた神官長オドルーは直ぐに彼女の部屋にやって来てくれた。
さらに、彼自身にとってもかなりリスクのある彼女の提案をあっさりと受け入れ、全面的に協力してくれるのだという。
これに面食らったのは提案した本人であるクリスティーナである。彼女はオドルーのことを信頼していたが、それでも彼が王城からの圧力と神への信仰との間で板挟みになっているのを知っていた。間違いなく断られると思って懐柔策を事前に考えていたくらいなのだ。
だというのに彼と来たら――
「……本当に、良いのですか? これから私が相手にしようとしているのは国王陛下亡き今、この国で一番権力を持っている男です。ただでさえ、彼は宗教に対する弾圧の姿勢を強めているというのに、これ以上彼から眼をつけられるのはまずいのでは?」
「確かにその通りですな」
深刻な表情で頷く神官長。
しかし、その瞳には恐れなど欠片もなかった。
「ですが、私はあなたが信じたい人を信じます。聡明で、常に神官たちとこの国の事を考えてくださったあなたです。今こそ、その恩に報いる時でしょう」
「……そんな、私はあなたに感謝されることなど何も……」
「ハハハ、そう謙遜なさいますな。あなたはご自身について過小評価を為さっている。神官として働いている者たちは皆、あなたに感謝していますよ。私が言うのだから間違いありません。それに――」
長年クリスティーナを見守って来た神官長は柔らかな笑みを浮かべて言った。
「勇者様と出会ってからというもの、あなたはいい顔をするようになった。……かつてあなたが絶望の淵に居た時、大した役に立てなかった私です。今こそこの老骨を役立ててください」
「そのような、ことは……」
彼の言葉のどれを否定しようとしたのか。クリスティーナ自身もよく分からなかったので、中々次の言葉が出てこない。
そもそも、自分の方から協力してほしいと厚かましく誘っておきながら、土壇場で迷うなど一体何事か。
クリスティーナは自責の念やらなんやらで再び頭が混乱し始めていた。
オドルーはそんな彼女にフォローを入れる形で言った。
「実はですな、私も勇者様と面識がありまして、あの好青年が不当に貶められるのは我慢がならないことです。是非とも協力させていただきたい」
「む、そうだったのですか。……しかし、いつの間に?」
「クリスティーナ様?」
「いえ、ルタのフットワークの軽さに驚いていただけです」
「ルタ? ……ほうほう、勇者様の本名はルタというのですか」
「知らなかったのですか?」
「えぇ。図書館で偶然出会って少し話をしただけですから。もしかすると、この王城で彼の本名を知っているのはあなただけかもしれませんな」
「そう、かもしれませんね……」
そう言えば、彼が「勇者」という称号以外の名前で呼ばれている場面を見たことがない。彼自身がそのことを受け入れているようだったので特にクリスティーナから何かを言うことはなかったが……
(そうですか。私だけですか)
妙な優越感が生まれるのを感じつつ、しかしそれを表に出すような愚行を犯すことなくクリスティーナは改めてオドルーに向き直った。
「ともあれ、オドルー殿に協力して頂けるならこれ以上に心強いことはありません。ありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそ、勇者様の危機を救うという大義にお呼びくださり、光栄な限りです。私に出来ることであれば何でもご協力いたしますとも」
穏やかに微笑んだオドルーは右手を差し出した。クリスティーナも自身の右手を差し出し、二人は堅い握手を交わした。
一先ず、ここに二人きりだが優秀極まりない人材が揃った神官同盟が結成される運びとなった。
「まずは、現場を私自身の眼で見てみたいのです」
「いきなり高度な要求がきましたな……」
同盟を結成した二人はクリスティーナの自室で秘密の作戦会議を開いていた。
彼女に全面協力することを誓ったオドルーだが、いきなりの無茶ぶりに早速頭を抱えることになる。
彼自身は別にその意見に対して異議はないのだが、ただ残念なことに宰相ゾルディンが許してくれるとは思えない。
「うーむ……私一人であれば神官長という立場で死者の供養がしたいとゴリ押せば入れないこともないのですが……クリスティーナ様はそういうわけにもいきませんからなぁ……」
「そこをなんとか出来ませんか? 第三者の齎す情報ではどうしても偏りが出てしまいます。無茶を言っているのは承知ですが、どうにか私自身の眼で確認したいのです」
申し訳なさそうに眉を下げながらも一歩も引く様子を見せないクリスティーナ。諦めが悪くなった彼女に老婆心ながら好印象を覚えていたオドルーだが、今回は気合いだけで押し切れる場面ではない。
最悪、謹慎よりも酷い処置が待っていることを考えると慎重に立ち回る必要があるだろう。
必死に頭を働かせたオドルーは、苦肉の策を思いついた。
「……変装して侵入する、というのはどうでしょう?」
「変装、ですか……」
もはや、クリスティーナという名前の力を使えない以上、別人を装うしかない。
中々合理的な策ではあるがしかし、変装と言われてもピンとこないのが正直なところ。
クリスティーナはこれまでの人生において変装などしたことがないし、オドルーに至っては生まれた時から神官の服装などではないかと思わせるほど毎日同じ格好だ。
二人して頭を抱えていたが、不意に何かを思いついたらしい彼が口を開いた。
「私に一つ、考えがあります」
何故か嫌な予感がしたクリスティーナに対し、楽し気な笑みを浮かべたオドルーはお茶目なウインクをして見せた。
「おぉ! 良くお似合いになっていますぞ!」
「それはありがたいのですが……やはりこれは動きにくいですね」
カチャカチャ、と音を立てながらクリスティーナは自分の全身を覆う変装装具を見た。
銀を基調とした全体的に重厚感のある装甲に反し、背部につけられた青いマントが爽やかさを演出している。
至る所にアルカディア王国の紋章がつけられたそれは、神に仕える騎士、神官騎士たちが着用する鎧であった。
当然ながら女性であるクリスティーナ専用の鎧はなかったため、やむを得ず少年用の鎧を持参したオドルーだったが、予想以上に様になっているクリスティーナに驚きを隠せない。
その鋭利な視線と凛とした雰囲気から年齢を間違われやすいクリスティーナだが、実際にはまだ17歳の少女である。顏も整っているもののまだ幼さが抜けきっておらず、全体的に中性的な雰囲気がある。
結果的に、その鎧は彼女に恐ろしいほど似合っていた。
凛と佇むその姿はまるで――
「聖騎士様……」
「? 何か言いましたか? オドルー」
「……いえ、何でもありません。すぐに現場へ向かうとしましょう。あまり時間を掛け過ぎると宰相殿に気づかれてしまいますからな」
「はい」
肝心のクリスティーナは全身を覆う甲冑の重さに苦戦しているが、姿を隠すためには文句を言っていられない。甘んじて受け入れるつもりでいた。
彼女はフルフェイス型の兜を頭に装着し、完全に顔を隠した。
顔さえ見えなければ、胸がない彼女の体型では完全に騎士にしか見えない。
二人は厳かな雰囲気を纏いながら慎重に――だが、堂々と胸を張って歩き始めた。
先導するのはオドルー。
普段の穏やかな雰囲気しか知らない人々は意外に思うかもしれないが、彼は厳粛な神の祈りを粛々と歌い上げることのできる立派な神官である。 純白の証である白のローブでゆったりと歩いて見せれば、大概の人々は彼の全身から溢れ出る圧倒的なオーラに思わず首を垂れてしまうだろう。
ガシャン、ガシャン、と少々耳障りな音を鳴らしながらオドルーの後ろを歩くのはクリスティーナである。
その容姿はさながら、威厳のある神官長に寄り添ううら若き騎士といったところか。若々しい背丈とは裏腹に、その身に纏う空気は凛とした騎士のそれ。
彼女――いや、彼はきっと誠実にして潔白な騎士なのだろうと、誰もが羨望の眼差しで見つめてしまうほどに素晴らしい存在感を放っていた。
(ふむ……苦労して着込んだ甲斐はあったようですね。誰もこの甲冑の中身が私であることに気が付いていないようです)
先ほども言ったように着心地は最悪の甲冑に全身を包まれているクリスティーナは、不自然なほど道を空けてくれる通行人たちに内面首を傾げつつ、変装の効果が抜群だったことを喜んでいる。
その後も二人は誰かに怪しまれて呼び止められることもなく順当に牢獄にたどり着き、さらにはオドルーの権威によるゴリ押しによって勇者が襲撃された地下へ辿り着くことができた。
「――ッ!」
死者の供養という名目で入って来たオドルーと騎士に扮したクリスティーナである。決して長居は許されない身ではあるが――最初に牢獄へと足を踏み入れたクリスティーナは思わず息を呑んでしまった。
兜で覆われていてもなお、鼻腔に絡みついてくる血の香り。
人外たちが争ったようにしか見えない荒れた室内。
そして布こそ被せられているものの、哀れに死体となり果ててしまった兵士と――盗賊王ジャリバンと思わしき人物の死体。
当然の事だが、彼の姿はない。あの腰が低くて、いつもへらへらと笑っている癖に肝心な時だけ役に立つあの男の姿はない。
彼がいたと思わしき牢獄には大量の血痕だけが残されており、当の本人は死体すら残さずどこかへ消えた。
「……
啞然と立ちすくんでいたクリスティーナを現実に引き戻したのはオドルーの小声である。事前に決めた父と同じという、どこか因果な偽名で呼ばれた彼女はようやく自分のすべきことを思い出した。
「――すいません。直ぐに取り掛かります」
オドルーに付き従う形で祈りを捧げつつ、彼女は斬り殺された兵士たちの死体をさり気なく検分していく。
現場にいる調査員たちが向けて来る嫌悪混じりの視線は努めて無視をする。彼らからすれば神官など現場を荒らしに来た無駄飯くらいにしか見えないのだろう。早く立ち去ってほしいという無言の圧力を感じるが、今回ばかりはそういう訳にもいかないのだ。
「聖なる神の導きがあらんことを。あなたの道行きが今世よりも穏やかであることを祈り――」
偉大なる神官長オドルーが血で汚れた床に膝をつき、既に息をしていない兵士の額に手を当て、朗々と祈りを捧げる。
その間にクリスティーナは彼の後ろで僅かに会釈をしながら布を剥ぎ取られた兵士の死体をつぶさに観察していた。
(……背後から頭蓋骨を一撃で射貫かれている。凶器は曲刀。折られた刃の先端に血が付着していることからもそれは明らか。恐らく、逃げようとしたところを背後からの投擲で仕留められた。恐ろしい腕前ですね)
瞬時に死体から情報を読み取ったクリスティーナは、簡略化された祈りを終えたオドルーと共に次の遺体の前に――盗賊王ジャリバンと思われる男の前に移動した。
「聖なる神の導きがあらんことを。あなたの道行きが今世よりも穏やかであることを祈り――」
罪人が相手であろうともオドルーの祈りに変わりはない。彼は全ての人間は平等であると考えており、また神も全ての人の子らを愛していると信じているからだ。
その一方、真摯に祈りを捧げるオドルーの後ろで盗賊王の衣装を身に纏った兵士の死体を観察していたクリスティーナは、奇妙な違和感に襲われていた。
(……違う。この人は、
喉を突かれて死亡しているこの盗賊王ジャリバンと思わしき男性は、ごく普通の兵士だったという。此処に来るまでの道中で如何に彼が情に厚く素晴らしい人間だったのか、という話を同僚から聞いていたが……その話は正しいのかもしれない。
この男性は、盗賊王ジャリバンではない。
クリスティーナはそう断じた。
(彼の死亡原因となったのは明らかに盗賊王の曲刀。自分の武器で自分の喉を突く人間はいない。それに彼がもし盗賊王であったとしても、これだけの戦闘跡があって傷が喉元にしかないのはおかしい。戦いの中で劣勢だったルタが咄嗟に曲刀を奪ってカウンターで繰り出したという可能性も考えられますが、その場合には曲刀が折られて放置されていることに説明がつきません。……ルタが盗賊王は死んだということをアピールしたかった? いや、だったら姿を現さない理由が分からない。だけど、彼の行動には何かしらの意味が――)
クリスティーナの思考は真実を導き出そうとフル稼働するが、どうにも深入りすればするほどに先が見えなくなってくる。
彼女は兜の内側でそっとため息をついた。
(国王暗殺の時と同じ感じですね……情報が錯乱し過ぎていて真意を読み取りづらい。犯人の捜査をかく乱させようという意志を感じる)
盗賊王のフードや曲刀は魔術鑑識に回されるらしいが、大した結果は得られないだろうとクリスティーナは考えていた。ここまで用心深い犯人だ。自分が不利になるような証拠を残しているはずがない。
「……クリス」
熟考していた彼女の意識を再び浮上させたのはやはりオドルーの声だった。
「そろそろ行きましょう。祈りは済みました。後は冥界で二人が良い旅路を歩むことを願うのみです」
「……承知しました」
声を低くして答えたクリスティーナは半ば睨みつけるようにしてこちらを見て来る調査員たちに軽く会釈をし、堂々と歩くオドルーの後ろについて歩き出した。
「何か、分かったことはありましたかな?」
「……残念ながら、複雑な状況が分かっただけでした。折角協力していただいたのに、申し訳ないです」
「いえいえ。まずは着実に一歩ずつ。焦らずとも、あなたなら真実にたどり着くことが出来るでしょう」
穏やかに微笑むオドルー。
「……ありがとうございます。あなたが味方で本当に良かったです」
「こちらこそ。あなたがその聡明さを失わずにいてくれてありがたい限りです。私ではとても解決不可能な事件ですからな……」
先程とは打って変わって深刻そうな表情で彼は言った。
「本当に、痛ましい限りです。勇者様とクリスを襲った兵士の事といい、もう私には何が起きているのかさっぱり分かりません。とてもではありませんが、人間の所業とは思えませんな。裏で悪魔が手を引いているようです」
「――今、何と?」
「はい? いや、裏で悪魔が手を引いているようだと比喩で言っただけですが……」
「……」
再び高速で回転するクリスティーナの頭脳。
彼女の脳裏にはこれまでの不可解な出来事が映し出され、バラバラに見えるそれらを繋ぎ合わせようとしていた。
神出鬼没で、内部の情報を知り尽くしているようにしか思えない盗賊王ジャリバン。
突如、何かに操られているように襲い掛かって来た兵士。
いち早く情報を察知して襲撃を試み、失敗して喉を自分の剣で貫かれて死んだジャリバン。
折られた剣。
これらの意味するところは――
(傀儡。盗賊王ジャリバンは中身のないただの傀儡であり、裏で操っていた人物がいる。それも、誰かの肉体を操作できる凶悪な能力を持った人物。トリガーは恐らく、あの曲剣。あれに触れると意識を乗っ取られてしまうのかもしれない)
全然そんなことはないのだが、ルタを疑うという発想がない以上、彼女の聡明な頭脳はそのように解釈してしまう。
だが、彼女は決して思い違いだけをしていたわけではない。
(裏から操っていた人物。怪しいのは――いや、ここまで来ると
「……宰相ゾルディン」
「? クリス、どうかしましたか?」
「いえ。何でもありません。それよりも早く自室に戻りましょう」
当たらずも遠からず。真実に近いようで一番肝心な黒幕オブ黒幕の正体には気が付けていないが、それでもクリスティーナは順調に真実へと距離を縮めていた。
結果的に収穫はそれなりにあったといえる。
次の動きはどうしようかと考えていたクリスティーナは自室前に到着し――
「クリスティーナ様!」
そこで、意外な人物と再会した。
「あなたは確か……アルマさんでしたね?」
「そうです! 以前、勇者様とお話をさせて頂いていたアルマです!」
お城の元気なミーハーメイド、アルマちゃんである。
だが今日の彼女はどこか元気がなく、憔悴しているように見えた。
それも仕方がないことだろう。なにせ、彼女が懐いていた勇者に殺人の罪が擦り付けられ、挙句の果てには謎の襲撃を受けて大量の血痕を残したままどこかへ消えてしまったのだから。
彼女が勇者側の立場なのかは分からないが、複雑な心境であることは間違いない。
兜を脱いだクリスティーナは彼女にしては比較的優しい声音で話しかけた。
「私の自室の前にいたようですが……何か私に用事でも?」
「は、はい! あ、あの……私……その……」
「待ってください」
「クリスティーナ様?」
「……ここで話すのはよくありませんね。一先ず私の部屋に入りましょう」
王城内部が安全地帯でないことは既に十分すぎるほど思い知っている。 彼女を半ば強引にオドルーと共に自室へと引き入れ、しっかりと鍵をしたのを確認したクリスティーナは改まって彼女に向き合った。
「それで? 私にどのような用事があったのですか?」
突然連れ込まれた聖女の自室や、よくよく見ると騎士の甲冑を身に纏っているクリスティーナに心底驚きつつ、アルマはここにやって来た目的をおずおずと語った。
「……実はですね、勇者様からクリスティーナ様宛に言伝を預かっていまして……」
「なんですって⁉」
「ひっ!」
「す、すいません。あまりに驚いてしまって……先を続けてください。出来れば、そこに至った経緯も交えながら」
「は、はい……」
突然大声を上げたクリスティーナに驚くアルマだが、驚きたいのはこちらの方だと騎士の鎧を身に纏ったままのクリスティーナは思う。
だが、今は重要な情報を握っているアルマを優先すべきだろう。彼女はアルマの言葉を一言一句逃すまいと耳を澄ませた。
「あの、いつも通りに森に面している王城の窓を掃除していた時のことなんです。突然窓に石が投げつけられて、びっくりして恐る恐る外を見たら、
「――それで?」
「は、はい。驚いて私が外に出て行くと、彼は木の影に隠れていて……近づいてどうしたのかと尋ねると、『君にクリスティーナへ言伝を頼みたいんだ』と言われました」
「……その情報を他の人物に話したりしましたか?」
「いいえ。その後すぐにクリスティーナ様のお部屋にやって来て待機していましたから」
「素晴らしい判断です。――で、その言伝の内容は?」
ピンと張り詰めた空気が部屋に満ちる中、トレードマークの笑顔を消した真剣な表情でアルマは言った。
「『宰相ゾルディンはこの国に害を為す魔王軍の手下、
「な、なんと……⁉」
「……」
驚きの声を上げたのは、空気を読んで今まで黙っていたオドルーである。実質国のトップにいた人間が魔人だったとは……誰が予想できようか。
だが、その一方でクリスティーナはそこまで驚いていなかった。つい先ほどその結論に至ったばかりだ。アルマの言伝は、彼女の結論を裏付けるものとしてこれ以上ないほどだった。
(あなたの命を懸けた言葉、確かに受け取りましたよ。ルタ)
心中でまだ彼が生きていることへの安堵と感謝を吐露しつつ、クリスティーナはアルマに頭を下げた。
「――ありがとうございました。アルマ。あなたは勇者から託された仕事を見事に全うし、我々にとって有益な情報を与えてくれました。胸を張って下さい」
「そ、そんな! 頭を上げてください! 私はただ言われたことをやっただけですから……それよりも、本当なんですか? 勇者様のお言葉は」
「残念ながら、本当です」
クリスティーナは端的に言い切った。下手に誤魔化しても仕方がない。
彼女はメッセンジャーとして巻き込まれただけだが、ここまで来ては立派な関係者だ。曖昧な嘘をつくよりはきちんと話してこちらの陣営に引き込むべきである。
「そう、ですか……」
複雑そうな表情で黙り込んだアルマだったが、直ぐに顔を上げて頷いた。
「分かりました。勇者様の言葉を信じます。だから、私に出来ることがあったら協力させてください!」
「……いいのですか? 世間一般では、彼は善良な兵士を殺害した殺人犯ですよ? そして、私はその共犯とされている。協力することのリスクを本当に理解できているのですか?」
「大丈夫です。出来ています」
「……」
素直にその言葉を信用したいところではあるが、クリスティーナはいまいち懐疑的だった。あまりにも事が彼女の望む方向に進んでいることへの危惧だろう。アルマが裏のある人物でないことは十分に分かっているが、それでも自ら進んで死地に飛び込んで来る理由が分からなかった。
そんなクリスティーナの考えが瞳から読み取れたのか。
アルマは決意を秘めた瞳で語った。
「……私、勇者様から頼りにされた時、本当に嬉しかったんです。皆、私が馬鹿で愚図だからたくさん雑用を任せてくれますけど、それでも本当の意味で私を必要としてくれる人はいなかったんです」
「……」
「だから! ボロボロになった勇者様が私を見つけた時、心底ほっとしたような表情で『君がいてくれてよかった』って言ってくれた時、絶対に役に立ちたいと思ったんです! だって、こんなこと二度とないじゃないですか! 私が誰かに頼りにされて、大事な役割を任せてもらえるなんて!」
アルマは――頭が空っぽで、愚図で、ニコニコ笑っているだけが取り柄で、いつも誰かに憧れているだけだった雑用係だった彼女は、真っすぐに聖女を見据えて言った。
「私役に立ちます! 絶対に役に立ちます! 何でもします! この国の為に……そして、勇者様の為に頑張ります! だから、協力させてください! お願いしますッ‼」
「……」
「……クリスティーナ様」
何故かアルマと同じような懇願する視線を向けて来るオドルーの視線を切るようにクリスティーナは目を閉じ、それから呆れたように笑った。
「やれやれ。こんな風に頼み込まれて断れるわけないじゃないですか。分かりました。あなたには我々の協力者となっていただきましょう」
「本当ですか⁉」
「ただし」
クリスティーナは今にも舞い上がりそうだったアルマに釘を刺すように言葉を挟み、言った。
「誰かに頼りにされる機会が二度とないと言いましたね。それは訂正させていただきましょう。
「―――」
その言葉に、どれほどアルマが衝撃を受けたか。
どれほど喜んだか。
それは彼女のリアクションが大きく物語っていた。
「あ、ありがとうございます! 頑張ります! 私、本当に頑張ります! もう! が、頑張りまくりますから見ていてください!」
特別な自分になりたい。だから、特別な人に憧れてその背中ばかりを追っていた。
そんなアルマに訪れた突然の転機は、こんな状況にもかかわらず彼女を心の底から笑顔にさせていた。
喜びの余り、クリスティーナの左手を両手で掴んで熱心な握手をしているアルマを心穏やかな心境で見つめていたオドルーではあるが、不意に気になって口を開いた。
「ところでアルマ殿、勇者様は他に何か仰っていませんでしたかな? 正直なところ、気を付けろと言う警告だけでは動きにくいところがあるのですが……」
「あっ、言っておられました! それを今からお伝えしようと思っていたんです!」
きっと、一言一句聞き漏らすことなく記憶しているに違いない。
アルマはそう確信させるほどに淀みのない口調で勇者のもう一つの伝言を語った。
「『彼からは血の匂いがした。もしかしたら、これまで城下でコソコソと
「……あまり、良い意味ではありませんよ」
クリスティーナはシェイクされ過ぎて痛む左手を空中で振りながらも勇者からのメッセージをきちんと読み解いた。
(なるほど。まずは椅子の上でふんぞり返っている将を引き摺り下ろすのが先決ですか。ここでいきなり勝負を挑んでも勇者を欠いた私たちでは敗北は必至。まずはあの化けの皮を剥ぎ、その上で全面対決を挑むと)
着実に、一歩ずつ。
オドルーがいつも言っている言葉である。
クリスティーナは自分の部屋に集まった数少ない味方を見た。
いつも穏やかな笑みを絶やさず――しかし、その確固たる信念でこの国の宗教を守って来た偉大なる神官長オドルー。
お城の元気なミーハーメイドで――特別な自分になることを心の底から望んでいた善良で、記憶力の良いクリスティーナの新しい部下、アルマ。
頼りなく見えるかもしれない。ほとんど負け組に等しいお前達に何が出来ると思われるかもしれない。だが、クリスティーナはこの二人が誇らしくて仕方なかった。
それに――
この部屋には居ないだけで、この王城にはまだまだ彼女たちに協力してくれるであろう善良な人々がいる。その事実が、無性に嬉しい。
「聞いてください。二人とも」
視線をこちらに向けたオドルーとアルマに向かい、クリスティーナは神に宣戦布告するように言った。
「私たちの敵は、勇者ルタの情報によれば魔将騎だそうですね。魔人の中でも最上位の存在が私たちの国の頂点に立ち、傲慢にも私たちを見下ろしている。……はっきり言って、恐ろしい相手です。これまで誰も彼の事を疑わず、自分が楽を出来るからと彼に国の舵取りを任せてきました。今なら分かります。この国が衰退したのは奴のせいであり、そして同時に私たちの怠慢が原因であったと。でも、だからこそ――」
ふと、クリスティーナの脳裏に全てが崩壊したあの夜の事が過った。
思えば、父が可笑しくなったのも宰相であるゾルディンが何かを吹き込んだせいかもしれない。
つまり、彼女の全てが壊されたのは奴のせいかもしれない――
(いや、今は関係ない)
クリスティーナは心中にどろりとした黒い感情が生まれたのを感じつつ、それを封殺して続けた。
「……だからこそ、私たちは負けてはならないのです。この国は私たちの祖先が築き上げて来た財産であり、これからも続く未来だ。私たちはまだ――滅びを受け入れるつもりはない」
そうですね? と尋ねたクリスティーナに二人は大きく首を振って頷いた。
「おっしゃる通りです。……追い詰められた人間たちのしぶとさを魔人に教えてやりましょうぞ」
「私、頑張ります!」
意気揚々と賛同してくれた二人に頷き返し、クリスティーナは確かにこの三人の間で絆が生まれたのを感じた。
これまで一人で戦ってきた彼女にとってそれは新鮮な感覚であると同時に、これが正しいのだと感覚的にしっくりくる。
彼女はもとより全体を指揮するタイプの人間であり、孤軍奮闘で状況を打破するタイプではなかったのだ。
適材適所を得た今、クリスティーナ・エヴァートンに死角はない。
そして後は――全てのキーマンである勇者の帰還を待つのみ。
「……信じていますよ。ルタ」
他人を信じる。今までのクリスティーナではあり得なかった心境の変化に彼女自身はまだ気が付けていない。それよりも考えることが多いからだろう。
しかし、彼女の変化をしっかりと読み取っていたオドルーは密かな喜びと共にこの王国にまだ未来があることを悟った。
祈りは無駄ではなかったのだと。
どれほどの理不尽にさらされようとも、人の心は折れないのだと。
彼の脳裏には、一振りの聖なる剣が浮かんでいて――
彼の視線は、騎士の甲冑を脱ぎ忘れたままアルマとこれからのことについて話し合っている一人の少女に向けられていた。
聖騎士が如き威光を無意識のうちに発しているクリスティーナへと。
ここらでルートの進行具合を明かしていきたいと思います。
聖騎士クリスティーナルート:70%
闇騎士クリスティーナルート:30%
女王クリスティーナルート:50%
色魔クリスティーナルート:5%
冷血鉄仮面聖女ルート:閉鎖
レジェンドウェポンフルカスタマイズ勇者ルート:永 久 閉 鎖
勇者「はぁ?」