ベテラン勇者がRTAする話   作:赤坂緑

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あれ、今回は少なく済んだなぁ......って思っていたら余裕で1万字超えていた時の心境を20字以内で説明せよ。

で、でも、いつもよりは少ないから......。

あっ、勇者視点です。


道化師は笑う

 

 

 

 計算通り……って、言えたら良かったんですけどねぇ……。

 

 はいはい、どーも。勇者です。

 

 ゾルディン撃破から一日が経過し、ある程度頭の整理はついたのですが……正直、想定外の事態が多すぎてまだ困惑しています。

 

 特に聖剣ですよ。なんであんなに早く目覚めたんですかねぇ? 

 あれって中盤過ぎた辺りでようやく覚醒し始めるものだとばかり思っていたのですが……。

 

 あぁ、別に残念がっているわけではないですよ? とても強いですし、早く目覚めるに越したことはありません。

 ここ数日ガバを繰り返していましたが、その全てがチャラになり、なんならお釣りまで返ってくるレベルで素晴らしいです。

 

 ただ、ですよ。

 

 何がどうなってこういうことになったのかが分からない(白目)。

 

 というのも、私が聖剣の覚醒によって助けられた本人ですし、そもそも暫くクリスティーナとは別行動を取っていたのでどういう心境の変化があったのか知らない。

 加えて、()()()()()()()()()()()()()()()()()なので、もう本当に詳細が不明なんですよねぇ……。

 

 ゾルディンに斬られたところまでは覚えているのですが、その後の事がもうさっぱりです。いや、ホントにマジで。死んだと思ったら目の前に虹を纏ったクリスティーナですよ? そりゃあ、ビックリもするって話です。

 

 あっ、ゾルディンといえば。

 

 それはもう、気の毒なほどにボッコボコにされていましたね(遠い目

 

 雑にその時の事を説明しますと(誇張あり)

 

 以下、クリスティーナ→ク

    ゾルディン→ゾ

 

 ゾ『虹がなんだってんだ! 色の種類が増えただけでイキってんじゃねーよ!』

 ク「……」

 ゾ「死ね! 必殺の魔剣ビーム!』

 ク「無効化で」(時間巻き戻し)

 ゾ『ハァ⁉』

 ク「……ふっ」(無言の嘲笑)

 ゾ『このッ――じゃ、じゃあ剣技で仕留めてやるぜ!』

 ク「私、五倍速で動けますので」キュイーン

 ゾ『攻撃が当たらねぇ⁉ は、反則だ!』

 ク「反則じゃありません。馬鹿じゃないんですか?」

 私「急なキャラ変に驚きを隠せないっす」

 ゾ『クソ! 調子に乗ってんじゃねーぞクソガキが!』

 ク「良く吼える犬ですね。ムカつくので四肢切断してから微塵切りにしてあげます。ゆっくりとね」

 ゾ『怖い。こうなったら、雑魚勇者狙うしかないンゴ』

 私「はぁ?」

 ク「――絶対に許さない。その攻撃も無効化で。安心してくださいルタ。アイツにはもう攻撃という選択肢を与えませんから(女神の笑み)」

 私「お、おう……」

 ゾ『反則だ! あんなの絶対反則だ!』

 ク「うるさい。取り敢えず、これはアルマの分です!」

 ゾ『ゴバァッ!』(かなりの重傷)

 ク「これはお母さまの分!」

 ゾ『ギャア!』

 ク「それからこれはルタの分です!」

 ゾ『も、もうやめちくり……』

 ク「そしてこれが――私の分だァァァァァァァ!」(怒りのラッシュ)

 ゾ『ぎゃああアアアアアアアアアアアアアアアア』(マジで痛そうだった)

 

 ドンドン、ブッシャ―! ドーン!

 

 ゾ『も、もう殺してクレメンス……』(瀕死)

 ク「いいえ。回復させます」(時間巻き戻し)

 ゾ『はぁ?』(絶望顔)

 ク「地獄は――これからですよ?」

 

 いやあのさ……ゾルディン君、どんだけ怨み買ってたの?

 この後は適当に魔王軍の情報を引き出してゾルディンの心が本気でへし折れてしまった辺りで聖剣の極大斬撃ビームでフィニッシュでしたが、結構外道なことをしてきた私をしてドン引きするほどの蹂躙劇でした。

 

 いやー、これは酷い(確信)。

 

 ぶっちゃけ、今のクリスティーナは普通に私よりも強いです。

 全盛期の私なら勝てると思いますが、それでもあり得ないレベルで進化を遂げたことだけは間違いないでしょう。

 

 ますますどういった経緯で進化を遂げたのか気になるところですが……まぁ、それについては目が覚めた彼女からそれとなく聞き出して今後のチャート構成に役立てるとしましょう。

 

 閑話休題

 

 

 

 

 

 

 それよりも、ですよ。

 

 今の私はちとヤバい問題を抱えておりまして。

 

 こっちを解決したくてわざわざ城下に降りて来たんですが……うん、色々と詰んでいましたね。主に私のせいで。

 

 うん? 何があったのかって?

 

 まぁ、これ以上ぐちゃぐちゃと長引かせてもあれなので簡潔に申し上げますと魔剣ゾラムが壊れました

 

 ……もう一回言いましょう。魔剣ゾラムが壊れました

 

 刀身が粉々に砕け散り、完全に使い物にならない状況です。

 あぁ、私が壊したわけじゃないですよ? 当然じゃないですか。これから自分のメインウェポンとなる武器を自発的に壊すなんていう馬鹿な真似は決してしません。

 

 では誰が壊したのか?

 

 はい。皆さんもうお分かりだと思いますが、もちろん犯人は()()()()()()()()()

 

 覚醒した彼女が、ゾルディンをフルボッコにする過程で適当にへし折っていました。まぁ、アルマちゃんを殺し、自分の母を葬った剣だからね。見るからに邪悪な気配が漂ってるし、何より敵の武器だから壊したくなるのも分かる。うん、分かるよ? 理屈の上ではね。でもさ、でもさぁあああアアアアアアアア――!(血涙

 

 あ れ は! 俺の武器なの! 俺がこれからメイン火力とする予定だった武器なの! 君はいい火力を手に入れたからもう他人の事なんてどうでもいいのかもしれないけどさぁ、それでも配慮ってもんがあるでしょ? 取り敢えず、世間知らずなクリスティーナお嬢ちゃんに一言だけアドバイスをしておきます。

 

 勝手に人の物を壊すんじゃありませんッ!

 

 

 ……………まぁ、ここまでならまだ良かったんですよ。いや、良くはないのですが、まだリカバリーの効く範囲でした。問題は此処からです。

 

 武器が壊れた。大事な自分の武器が壊れた。確かに悲劇です。ですが、大多数の人はこう思うはずです。「だったら直せよ」と。

 えぇ、同意見です。極めて同意見です。私もそうすべきと思い、呑気にクリスティーナに直してもらえばいーや。って考えてました。

 

 けれど、よくよく思い返してみてください。

 魔剣を壊したのはクリスティーナ自身です。そして、彼女は明らかに自分から壊しにいっていました。

 

 親友と母を殺した憎き剣であると認識して。

 

 うーん、これ、直してもらえない奴じゃね?(真顔

 

 

 

 

 い、いや、まだです! まだ私には手が残っています!

 

 

 というわけで、私は折れた魔剣を手に城下へやって来ました。これを直せる人に会うためです。

 

 もちろん、直した後の言い訳もちゃんと考えていたんですよ? 「使えるものは全て使うべきだ」とか「守られているだけじゃ嫌だ。僕も君を守るための力が欲しい」とか、そういうクサイ台詞を用意していましたさ。

 

 でもね。でもですよ。この街で唯一、この魔剣を直せる鍛冶屋の下にやって来た時、私しゃあ、残酷な運命を呪いましたね……。

 

 

 アンドリューが、死んでる‼ (ドドン

 

 なんと驚いたことに、アルカディア王国一の鍛冶屋であったアンドリューが何者かに殺害されていたんですね。これじゃあ魔剣を直せません。

 一体誰が殺したんだー(棒読み

 

「……フ〇ック」

 

 ……えぇ、分かっていますとも。どうせ皆さんこう仰るんでしょう? 自業自得だと。

 

 でもね、私にだって言い分はあります。まず、あの時の私は非常に急いでいました。遅れたタイムを取り戻すために強力な武器を欲しており、そして私の期待に応えられる武器を持っていたのが唯一アンドリューだけでした。

 大人しく買えばよかったじゃないか? ……いや、実はこの剣滅茶苦茶高いんですよ。具体的には、王城からくすねてきた宝石でも足りないくらいに。

 なんでそんなもんを店に飾ってあるんだと言いたいところですが、あるイベントをクリアしたらアンドリューさんが無償で譲ってくれるようになります。そして、そのイベントこそが城下に蔓延る魔族共の排除だったのです。

 

 ……分かりますか? この矛盾が。私は魔族退治に武器を欲しているというのに、その魔族を殺してからじゃないと武器を譲らないって言うんですよね。

 

 これ……殺すしかなくない?(短絡思考)

 

 まぁ、そんなこんなで一番効率的なやり方を極めた結果、アンドリューさん殺害に至ったわけですが……まさか思わぬ形でしっぺ返しを食らうことになりました。

 しかも質が悪いことに、この魔剣を直せる鍛冶屋が次の次のエリアにしかおらず、結果として私が持っている折れた魔剣は、マジで役立たずのゴミということになります。

 

 恐るべし。これがアンドリューの呪いか……!(自業自得)

 

 

 

 まぁ、やってしまったことは仕方ありません。

 

 幸いにも武器の入手経路はアンドリューを殺害した魔族を私が殺して取り戻したという雑な設定でもバレなかったので、魔剣が折れたこと以外に心配事はありません。

 

 覚醒したクリスティーナの超火力もありますし、前向きに切り替えていきましょう。

 

 取り敢えず、魔剣は厳重に聖骸布で封印を掛けてから旅の荷物の中に放り込んでおきます。やっぱり自前の火力は欲しいので、何としても次の次のエリアで修復して見せますとも!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、切り替えたところで次の目的です。

 

 転んでもただでは起きないのが私。やってまいりましたのは城下第四地区の南通りです。

 実は、王城内ではまだ私が国王の暗殺犯という疑惑が解けていない上にゾルディンの正体も明かしていないので立場的には非常に危ういんですよね。

 というわけで、ここで明確な証拠を握っているエリナちゃんを適当に言い含めて王城に連れて行きます。

 

 何故かアルマちゃんのことを尋ねられたので、死んだと伝えると表面上は無表情でしたが、凄くショックを受けている様子でした。

 

 うーん、やっぱり全ての場所で彼女が起点となっているようですね。今までアリバイ工作の一人としてしか認識していませんでしたが、少々改めた方が良さそうです。

 

 王城に帰ってきた後はオドルーに彼女を任せます。

 私、小さい子供は苦手ですし、これから始まる査問会やらなんやらは政治の得意な人に任せておく方がいいでしょう。

 クリスティーナは少なくともあと一日は目覚めないと思うので、オドルーに任せておけば間違いないでしょう。

 

「分かりました。この子の事は、責任を持って預からせていただきます。……アルマ殿を救えなかった私です。何としても、この子だけは――」

「……お願いします」

 

 相変わらず責任感が強いですね。気にする必要なんかないのに。

 まぁ、こっちにとっては非常に好都合なので深々とお辞儀をしてから立ち去りましょう。

 

 

 

 

 さて、大分忙しい一日を過ごしている私ですが、実は昨日から一睡もしていません。奥義も連発しましたし、激戦の後なのでかなりしんどいのですが、あと一人だけフラグを立てておかなければならない人物がいるので頑張りたいと思います。

 

 

 

 ゾルディン撃破に加え、アルカディア王国を内側から腐らせていた元凶たちを排除することで現れるキャラ。

 

「――そろそろ出てきたらどうだい? ここなら誰かに見つかる心配もないよ」

 

 つけられていることは分かっていたので路地裏に場所を移し、問いかけます。

 これで誰も出てこなかったらマジで恥ずかしいのですが、根が真面目な彼女はあっさりと姿を現してくれました。

 

「……」

「何者だい? 僕に用があるみたいだけど、それなら直接話しかけてくれればいいのに」

「……」

 

 現れたのは、口元を含め全身をタイツの様なぴっちりと張り付く黒の衣装で包んだ、見るからに暗殺者っぽい少女でした。

 彼女の名はシリ。

 私に「夜影音脚(シャドウアーツ)」を教えてくれた師匠です。個人的には黙々と任務をこなすその姿に好感を抱いていました。

 

 今回も仲良くしたいのですが、それは次の次のエリアになります。ここで声を掛けたのは、単に私の存在を知ってもらい、ついでに私が次のエリアを攻略している間に厄介ごとを片付けておいて欲しかったからです。

 

「どうしたんだい? 何か言ってくれなければ分からないよ。僕に用があるんじゃないのか?」

「……」

 

 もう一度尋ねますが、彼女は何も答えません。ただ困ったように眉を寄せるだけで、中々言葉を発しようとしません。

 

「参ったな……」

「……」

 

 困ったように頭を掻いている私ですが、もちろん彼女の事情は知っています。

 

 実は彼女、言葉を話すことが出来ないんですよね。

 喉を潰されているので。

 

 本来は透き通った美声の持ち主だったのですが、歌手になりたいと夢見ていたところ、暗殺者の才能を見抜いた闇ギルドの首領に引き抜かれ、そして仕事に集中させるために喉を潰されました。

 

 可哀想ですが効率的ではあります。報告は文章で済ませればいいし、敵に捕まっても情報を漏らしようがないですからね。

 

 一応、腹話術的な感じで声を出せないこともないのですが、地獄の底から響いて来たような汚い濁声にしかならないので、滅多に会話をしたがりません。

 

 凄く面倒な子なのですが……まぁ、文句ばかり言っていられません。

 

「君……もしかして」

 

 少し睨みあった後、何かに思いついたような顔を作って尋ねます。

 

「声が、出せないのか?」

「――!」

 

 うんうん、と肯定するように首を縦に振りまくる暗殺者の少女。

 

 じゃあなんで私の前に出て来たんだよと言いたいところですが、この子は頭の中がメルヘンなので大目に見てあげましょう。

 

 私は出来るだけ優しい表情を意識して作り、尋ねます。

 

「それじゃあ、文字は書けるかい?」

「……」コクコク

 

 頷いた彼女は懐からボロボロのメモ帳と汚いペンを取り出しました。

 最初から出せよとは思いましたが、恐らく武器を取り出す動作と誤認されたくなかったのでしょう。

 

 サラサラとメモ帳に文字を書いた彼女は、そのページを切り取ってからこちらに投げ渡してきました。

 

「よっと……えぇ、なになに?」

 

“あなたは勇者か? また、この地域を担当していた闇ギルドのメンバーを排除した存在を知っていれば教えて欲しい”

 

「ふむ……ちなみに、回答を拒否した場合は?」

「……」スッ

 

 無言で懐から暗器を取り出して構えるシリ。まぁ、そうなることは予想出来ていたので特に驚くことはありません。

 ここで力の差を見せつけて強引に服従させてもいいのですが、彼女にはまだ闇ギルドに居て欲しいのでここは平和にいきましょう。

 

「冗談さ。言ってみただけ。確かに僕は召喚された勇者だよ。そして、闇ギルドのメンバーを殺した犯人も知っている」

「……」

「あぁ、メモ帳を準備しなくても君の言いたいことは分かるよ。『誰だ?』ってことでしょ? 別に隠すことでもないから教えるよ。――宰相に化けていた魔将騎さ」

「……!」

「驚いているね。嘘と思うなら、明日の新聞を読んでみるといい。きっと、宰相ゾルディンの化けの皮が剝がされているはずだよ」

「……」

 

 疑いの視線を向けて来るシリ。

 暫く何かを考え込んでいた彼女ですが、結局明日の新聞を読んで確認することに決めたのか。コクリと頷いてからメモ帳に何かを書き込んでこちらに寄越してきました。

 

“協力、感謝する。私の事は誰にも言わないでもらえるとありがたい”

 

「あぁ、別に話すメリットもないしね。黙っておくよ。――ただし、条件がある」

「……」

「いや、言い方がまずかったか。頼みがあるんだ。闇ギルドの暗殺者である君にね。もちろん報酬は払うよ?」

「……」

 

 再び警戒心がマックスになった様子のシリちゃん。私は懐から宝石がたんまりと詰まった袋を取り出して彼女に投げ渡しました。

 

「……!」

「取り敢えず、それが前金兼口止め料ってことで。きちんと仕事をやり遂げてくれたら追加で払うつもりだ。……どう? 悪い話じゃないでしょ?」

「……」

 

 宝石を真剣な瞳で物色しているシリちゃん。ちなみに、あの宝石は国王を殺した時についでに奪っていた奴です。指輪はもう捨てましたが、宝石だけ抜き取って王城の近くに埋めておいたんですよね。

 

 備えあれば患いなし。

 

 シリちゃんは喉の治療やギルドを抜けるために大量のお金を必要としているため、ここで奮発しておけばあっさりとこちらに寝返ってくれます。

 ……まぁ、途中でバレて体内に爆弾を仕掛けられ、特攻道具とされるまでがワンセットなのですが、クリスティーナの聖剣があれば肉片からでも再生できるので問題ないでしょう。(外道)

 

「……」

 

 宝石の鑑定を終えてからじっくりと考え込んでいたシリですが、ようやく覚悟を決めたのか。メモ帳に文字を書き込んでこちらに送って来ました。

 

“私に何をして欲しい?”

 

「……殺して欲しい人がいる」

「……」

「いや、正確には人じゃないな。魔人だ。倒した魔将騎のゾルディンから手に入れた情報によれば、北のエルランド王国に人間に擬態した魔人がいるらしい。そいつを、殺してきて欲しい」

「……」

 

 最初は疑いの視線を向けてきていたシリですが、依頼内容が勇者っぽいこともあり、若干肩の力が抜けました。

 

 ちなみに、今言った情報は全て本当です。

 

 北の国には第七位がいます。実力的にはゾルディンよりも弱く、しかも魔将騎になれただけで喜んでいるような小物なので、対処には苦労しないのですが……如何せん、遠いんですよね。

 

 だから、私よりも「夜影音脚(シャドウアーツ)」が上手いシリに(ていうか、彼女が教師だったから当たり前)サクッと暗殺してもらおうという訳です。

 

 彼女、嫌々暗殺者をやっている割には才能だけは本物なので、ゾルディンくらいまでなら一人で暗殺出来てしまいます。

 下調べや本人の慎重な性格も相まって、暗殺まで時間が掛かってしまうのが唯一の弱点ですが……こちらが別のエリアに居る間に仕事を頼む分にはこれ以上ないほどに最適な人物です。

 

「――というわけで、頼まれてくれるかい?」

 

 こちらの思惑をオブラートに包み、少しダーティーだけど人類を守るために必死な勇者像を演出しながら頼み込みます。

 

「……」

 

 少し悩んでいた様子の彼女ですが、最終的には頷いてくれました。

 良かった、良かった。

 

 彼女は非常に義理堅い性格ですし、そもそも話すことが出来ないので情報が漏洩する心配はありません。

 もしバレても殺せばいい話ですし、こちらはローリスクで彼女にハイリスクな仕事を頼むことが出来るわけです。

 

 いやー、便利ですな!

 

「それじゃあ、よろしく頼むよ。……本当はこんな手段取りたくないし、君の様な女の子に汚い仕事を頼むのは心が痛むけど、これも人類の為なんだ。完璧に、仕事を成し遂げて欲しい」

「……」

 

 頭を深々と下げます。こんな仕事の頼まれ方をしたのは生まれて初めてなのか、かなり困惑した様子が伝わってきますが、最終的にはおずおずと頷いてから気配を消して立ち去って行きました。

 

「――よし」

 

 これは毎回恒例のイベントなので特に思うところはありません。クリスティーナの聖剣で色々と予定は狂わされましたが、こういった細かいイベントを忘れずにこなしていけば、案外良いタイムが出せるかもしれません。

 

 さて、城下で出来ることは全てやり終わったので、そろそろ王城に帰って休むとしましょうか。休息が大事なこともありますが、今眠りこけているクリスティーナの部屋で休んでおけば、目が覚めた彼女に好印象を与えることが出来ます。

 

 程よく疲弊した顔色をしているので、彼女の事が心配で心配で仕方ないように見えるはず。

 

 一先ず、食堂で適当に腹ごしらえをして図書館で本を借りたらもう夜になっていました。

 

 時間管理も完璧ですね。

 借りた本を持ってクリスティーナの部屋に行き、彼女のベッドの近くにある椅子に腰かけて座ったまま眠りに入ります。

 

 いやー、マジで疲れましたわ。

 取り敢えず、もう寝ますね。

 

 お休み――!

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「ルタ?」

「う……ん……あれ、クリスティーナ?」

 

 柔らかい声に目を覚ますと、目の前には心配さと嬉しさが入り混じったような表情をしたクリスティーナがいました。

 外を見ると、もう殆ど昼間。

 どうやら、かなり眠っていたみたいですね。お互いに。

 

 私は変な態勢で眠ったせいで背中が非常に痛いのですが、クリスティーナはすこぶる調子が良いようですね。

 けっ、これだからベッドでしか眠ったことはないお嬢様はよぉー!(自業自得)

 

 まぁ、冗談はさておき。

 

 クリスティーナと軽く会話をしましたが、メンタル面も特に問題はなさそうでした。時々、変な質問をされましたが、適当に濁しておきました。なんすか? 私じゃない私って。哲学的過ぎて私にはよー分からんとです。

 

 取り敢えず、朝食をとって来ると言ってから部屋を退出しました。彼女もずっと寝間着姿は嫌でしょうからね。今のうちに着替えてもらおうという私なりの配慮です。

 あと、純粋に腹減りました(本音)。

 

 食堂でクリスティーナお気に入りのパンとスープにサラダを受け取ってからお盆に乗せて運びます。

 部屋に戻る途中、モブの神官とすれ違いましたが……はて、どこかで見たことのある顔でしたね。

 

 妙な違和感を抱えつつ部屋に帰ると、何やら真剣に考え込んでいるクリスティーナがいました。私が配慮したにも関わらず、まだ寝間着のままです。これは、私以外に来訪者があったとみるべきですね。

 さっきすれ違ったモブの神官、とか。

 

「どうしたんだい? お腹が空きすぎて考えることを止めたの?」

「その逆です。とても……考えさせられることを言われまして」

「誰に?」

「オリバーです」

「?」

「あぁ、あなたは知りませんでしたね。まだ若い神官です。オドルーにも信頼されている優秀な方ですよ」

「ふーん」

 

 そういえば、そんな名前でしたね。取り敢えず、朝食を乗せたお盆をクリスティーナに手渡してから椅子に座ります。

 

「で、何て言われたんだい?」

「――女王に、ならないかと」

「それは、また……」

 

 厄介なことを頼んでくれますねぇ。当然、私としては看過できることではありません。あんなに強力な武器を使わないなど、RTAを舐めているとしか思えませんからね。

 

「クリスティーナは、どうしたいの?」

「……それを今、悩んでいたのです。父は死に、母も死に、そして曲がりなりにもこの国を回していたゾルディンも亡くなりました。アルカディア王国は今、前代未聞の危機に瀕しているのです」

「……そっか。確かに、ゾルディンと戦うことに必死でそういったことについて考えていなかった。ごめんね」

「ルタが謝るようなことではありません。本来であれば、ゾルディンのことも私たちで解決すべきだったのですから」

 

 そう言い切ったクリスティーナですが、その瞳には迷いがありました。

 

「……君が責任を取って女王になるべき、そう思っているの?」

「……思わないわけでは、ありません。この国に王女として生まれた以上、私にはその義務がありますから」

「相変わらず、お堅いね」

「否定できないですね」

 

 フッと笑ったクリスティーナは一旦考えることを止めたのか、私が持ってきた朝食に手を付け始めました。

 

「そうだ――」

 

 お気に入りのパンをもしゃもしゃと頬張っていた彼女がふと此方を向きました。

 

「ルタはどう思いますか?」

「……僕に聞く意味ってある?」

「ありますよ。これから私と関わりのある方々に意見を求めて回るつもりですから」

「なるほどね。じゃあ、直球で言わせてもらうよ」

「はい」

「僕は、君が女王になるべきだと思う」

「……」

「ただし――それは、今じゃない」

 

 クリスティーナは手を止め、こちらを凝視してきました。

 何としてでも旅に付いて来て欲しい。その思いを隠し、私は出来るだけ冷静さを維持したまま言います。

 

「ゾルディンのことで思い知らされたよ。僕は、一人じゃ何もできない。一人じゃあ、魔将騎たちを相手取ることは出来ないってね」

「そんなことは――」

「あるんだよ。……この世界を救うために呼ばれた身としては口惜しい限りだけどさ、僕一人の力なんて高が知れているんだ。だけど――」

 

「――君と一緒なら、戦える。何も聖剣だけが理由じゃない。クリスティーナが一緒に居てくれれば、僕は勇者として戦えると思うんだ」

「……」

 

 だから、と私は頭を下げて言いました。

 

「僕と一緒に来てくれないか、クリスティーナ。一緒に魔王を倒そう。そして全てが終わった後、君は女王になるんだ」

「……それが、あなたの考えですか」

「あぁ。まず、世界を救うのが先決であると僕は考えている」

「なるほど、あなたらしい答えだ」

 

 柔らかく微笑んだクリスティーナは、瞳を閉じてから物思いにふけっていた。

 色んな考えが頭を巡っているのだろう。愛する国に背を向けてでも世界を救うのが先決か。それとも、この国だけでも守らんと尽力すべきか。

 

 虹の剣を託された少女の決断は、勇者が思うよりもずっと早かった。

 

 

「――分かりました。あなたの旅に同行させていただきます。共に魔王を廃し、この世界を救いましょう。王国の事は、ゾルディンに虐げられていた優秀な人材たちに託すとしましょう。……私の仕事を押し付けるようで、申し訳ないですが」

「あぁ、ありがとう! 君が来てくれるなら百人力だ! 直ぐにでも魔王を倒してこの国に帰ってこよう!」

「そんなに早く終わるものなのですか?」

「当然さ! なにせ僕は――」

 

 

 

 

 

 

ベテラン勇者だからね!

 

 

 

 

 

 

 

「……ベテラン、ですか」

「うん? どうしたの? ここは新米だろう!ってツッコミを入れる場面だと思うんだけど」

 

 私渾身のボケが滑ったことに納得がいかない件について。

 何やら再び考え込んでいたクリスティーナですが、直ぐに顔を上げて頷きました。

 

「そうですね。世界の危機など、直ぐに終わらせるに限ります」

「でしょう?」

 

 にこやかな笑顔で頷くクリスティーナ。

 だが不意に、彼女は表情を引き締めると真剣な瞳でルタを見つめて来た。

 

 動揺する勇者を前に、彼女は口を開いて宣言した。

 

「――アルカディア王国第三王女、クリスティーナ・エヴァートン。虹の聖剣を携え、あなたの剣にして盾になることを此処に誓います。勇者ルタ。どうか共に」

 

 寝間着だ。

 ベッドの上だ。

 だが、ルタはここが玉座の間であるかのように錯覚した。

 

 それほどまでに神聖な気配が彼女から発せられていた。

 

「あ、あぁ……勇者ルタ。特に肩書はないけど、世界を救うことには全力です。えぇと……よろしく」

「ふっ、締まりませんね」

「うるさいなぁ」

 

 二人で共に笑い合う。

 

 釣り合っていないようで、実は相性抜群の二人。

 お互いの欠けている部分を補うように、二人は誓いの固い握手を交わし――ここに、勇者と聖騎士のパーティーが誕生した。

 

 

(よっしゃー! 聖剣ゲット! 勝ったな! 風呂入って来るわ!)

 

 道化師は笑う。

 

 道順こそ狂ったものの、結果的に強くなった聖騎士を手に入れたことを喜び、無邪気な子供のようにはしゃいでいる。

 

 だが、覚悟するがいい。

 

 ここから先の道のり、其方を待ち受けているのは数多の試練。

 

 歯車は狂い始め、世界は彼の知るものから逸脱し始めている。

 

 世界の変化を敏感に悟った者たちは備え始めたぞ。

 

 

 第五位は引きこもり。

 第四位はさらなる修練を積み重ね。

 第三位は焼けた右手を見遣り。

 第二位は不敵に笑い。

 第一位は目を細めた。

 

 

 

 そして嗤う、魔の王。

 

 真なる戦いの幕は、此処に切って落とされた。

 

 

 

 




次回で第一章は完結となります。
その後は人物紹介や幕間を挟み、それから第二章を開始したいと思います。
番外編はモチベが下がった時の切り札ということで。

この話は次回の後書きでまたさせて頂くと思います。

ここまで読んでくださった読者の皆様。本当にありがとうございます!

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