2話で慌ててこれを説明している辺り、早速筆者のガバさが露見してますねぇ……(白目
祈りは届かない。
祈りに意味はない。
祈りは通じない。
「クリスティーナ様」
永遠に続くのではないかと思われるほど長い神殿の廊下を足早に歩いていた聖女クリスティーナは、背後から掛けられた呼び声に振り向いた。
肩まで伸ばした美しい金髪が翻り、澄み切った青色の瞳が相手を視界に捉える。
「オドルー様」
「様はやめてくだされ。今は、あなたの方が立場は上です」
そこにいたのは、豊かな白い髭を蓄えた老人。
純白の衣は神のしもべの証であり、その胸につけられている金の刺繍は彼の立場の高さを示している。
彼の名はオドルー。神官たちの長を務める御仁である。
この国でもトップクラスの権力を持つ老人をしてさらに立場が上とされる金髪碧眼の美少女は、ゆっくりと頷いた。
「……そうでしたね」
彼女の衣装には金の刺繍ともう一つ、それを囲むようにして水色の華の刺繍が施されている。
高貴なる王族の血に連なる者にのみ許される王家の刻印。
その印は間違いなく、年端もいかない彼女が目の前の老人よりも高位の存在であることを示していた。
そう。本来なら古臭い神官の仕切り役などではなく、王城で花よ蝶よと育てられていた筈の証明。
「それで、何の用ですか? オドルー」
感情の温度を感じさせない彼女の眼差しを受けながら、神官長のオドルーは口を開いた。
「……召喚の儀についてです。国王陛下が命令を下されたのは知っていますが、本当に実行されるおつもりなのですか?」
「当然です。既に触媒も祭壇も用意しました。ここで中止にする理由がありません」
一切表情を変えることなく冷たい声音で言い切るクリスティーナ。
「しかし! 私は納得がいきません! いくら世界を救うためとは言え、生贄を捧げて存在するかどうかも分からない勇者の魂を降臨させるなど――」
「オドルー」
彼の言葉を遮った彼女の声は決して大きくはなかったが、それでも喉元に突き刺さるような鋭利さを秘めていた。
「国王陛下がそのように望まれたのです。なれば、私たちはそれに黙って従うというのが道理でしょう? 彼は神の使いである王なのですから。それに、これはただ伝承に縋っただけの儀式ではありません。以前より正体不明とされて来た魔宝石が反応を始めたのです。これがどういった原理で動き始めたのかは分かりませんが、試してみる価値はあると私は判断しました」
「……その結果として、無辜の民が犠牲となってもですか?」
「
相変わらず、合理的なお人だとオドルーは思った。
まだうら若き乙女である彼女が感情の一切を殺して冷たく振る舞い始めたのはいつからだったか。
確か、こちらの職場に送られてきた頃には既にこのような性格だったように思うが、幼少期の彼女は明るく利発で、誰からも好かれるような少女だったはずなのだ。
一体何が、彼女をここまで歪めてしまったのか。
心優しき神官はそっと心を痛めた。
話を終えたと判断した彼女は既に先へと進んでおり、無理に着せられた純白の衣装が儚く風に揺れていた。
召喚後。
(思っていたより、上手くいきましたね)
ゆっくりと瞳を開いた勇者を前にクリスティーナは一先ず安堵した。
昼間会ったオドルーにはああして自分が納得しているかのような言い方をしたが、実際には彼女自身かなり半信半疑だったのだ。
世界の危機の最中、急に今までうんともすんとも言わなかった魔宝石が反応を始め、さらには都合よく勇者の依り代が見つかるわ、それをうまく活用するための古の文献が解読されるわと、流石に色々と上手くいきすぎていた。
冷静に考えれば魔王の罠である可能性すら存在しているが、それでも今の彼女にとっては些細なことだった。
世界の滅びなど、彼女にとっては本当にどうでもいいことであった。
(まぁ、これであの人も満足してくれるでしょう。後は、変な癇癪を起さないように注意を払って……念のため勇者との接触も暫くは控えた方がいいでしょうね)
頭の中で今後のプランを練りながらも彼女の口は勇者を懐柔するためにぺらぺらと動く。
マルチタスクは彼女の得意とするところであった。
(それにしても……流石は勇者と言うべきでしょうか。まだ状況が把握できていないのか意識が散漫としている所は見受けられますが、それ以外の部分は完璧と言ってもいい。全身から溢れる威圧感。無駄のない立ち振る舞い。冷静な判断能力。期待はしていませんでしたが、意外に良い拾い物をしたかもしれません)
「こちらが勇者様の寝室になります」
「……あぁ」
一通り現在の状況を説明し終えたクリスティーナはあまり感情を表に出さないタイプらしい勇者を連れて王城を簡潔に案内しながら最終的に彼の自室に着いた。
不愛想に頷いた勇者は自室に足を踏み入れ、室内の様子をチェックしている。
その様子はごくごく普通の青年にしか見えず、身に纏っている異質な雰囲気との間に少しギャップがあった。
「また詳しい説明については明日にさせていただきます。今日はお疲れだと思いますので、この部屋で英気を養って下さい。朝食時にまたお呼びいたします」
「……あぁ」
「では、これにて失礼――」
「クリスティーナ、殿」
退室しようとした彼女を呼び止める声に、聖女は一瞬固まった。
思えば、彼が目を開いてからここまで彼の方から声をかけてくることはなかったのだ。
しかし沈黙はほんの一瞬。直ぐに気を取り直したクリスティーナは手を掛けていたドアノブから手を放して顔を上げた。
「なんでしょう勇者様?」
「その、なんというか……」
「?」
物ははっきりというタイプに見えたが、意外にも歯切れが悪い。クリスティーナが脳内で勇者の人物像に修正を加えている最中に彼は言った。
「ありがとう。まだ目覚めたばかりでよく分からないが、あなたの親切には感謝しかない」
「――――」
意外な、言葉だった。
明らかに愛想のない事務的な態度だったというのに、こんな言葉を掛けられることが。
度を越したお人好しか、或いは馬鹿なのかと人物像を再度訂正しかけたクリスティーナだが、ここで違う考えに至った。
(不安、なのかもしれませんね)
この青年の中身が勇者と言えど、彼はまだ召喚されたばかりだ。まだ詳しいステータスを彼から引き出せていないが、
右も左も分からずテンパっている状況の中、それなりに丁寧に説明して自室まで与えてくれる存在が居れば感謝の一つもしたくなるもの……なのか?
クリスティーナにはよく分からないが、そういうものなのかもしれない。
一先ず彼女は不安定らしき彼に対して少しだけ優しく接することを決め、口を開いた。
「お気になさらず。まだ不安なことが多いかもしれませんが、私に聞いてくだされば分かっていることは全てお伝えいたします。今日のところは一先ずお休みください」
「あぁ。そうするよ」
「それから――殿は止めてください。私の事は普通にクリスティーナで構いません」
「分かった。じゃあ、俺も勇者様じゃなくてルタって呼んでくれ」
「ルタ? それがあなたの本名なのですか?」
思えば、勇者の本名など聞いたこともなかった。
首を傾げながらクリスティーナが尋ねると、勇者も何故か首を傾げながら答えた。
「えーと……多分。今パッと頭の中に浮かんだ名前がそれだったんだ。そうか。俺って、ルタっていう名前だったんだな……」
感慨深そうに頷く勇者改めルタ。
自分の名前に確信が持てないなど恐怖しかないだろうに、今の彼は名前を思い出せたことを純粋に喜んでいるように見えた。
どこか異様で、ほんの少しだけ心に棘が刺さるような光景。
それを振り払うように今度こそドアノブを掴み、クリスティーナは部屋を後にすることにした。
「……それではルタ様。私は明日の朝にお迎えに上がります。それまではごゆっくりとそちらのベッドで疲れを癒してください」
「いや、様はいらな――」
「失礼します」
彼の言葉を強引に遮って扉を閉め、クリスティーナは廊下を歩き始めた。国王に報告をする為である。
背筋をピンと張って歩く彼女の姿にいつもと変わりはないが、その心中は些か穏やかではなかった。
(参りましたね……)
コツコツ、と無機質な音を立てながら廊下を歩く。
陰で「鉄仮面」「冷血女」「能面使者」などと揶揄されている彼女は僅かなため息と共に先程の勇者について考えていた。
(思っていた以上に人間臭い。これではオドルーの抗議を止められないかもしれません。もう少し英雄らしい覇気を剥き出しにしてくれれば助かったのですが、中身があまりにも普通過ぎる。同情と憐憫は得られますが、それだけ。おまけにメンタルもそこまで強くはなさそう。駒として不安定極まりないですね)
そんな事ばかり考えてるから腹黒なんだ! とどこかの勇者がツッコミを入れたような気もするが、彼女が気付くはずもない。
着実に王室へと足を進めながらも彼女は頭の中で妙に人間っぽい勇者を如何にして手懐けるかを考えていた。
――その勇者の中身こそが最も人間からかけ離れていることも知らずに。
RTA→ルタ
ネーミングセンスもガバガバとはこれ如何に。